73-44 欲求を満たすことで得られるものは
「ところで」
仁Dは改めて『紛い物』に語りかけた。
「1つ、面白い提案があるんだが」
「ほう、何だね? 聞かせてもらおう」
『ジェドエフ』は興味深そうに頷いた。
「あのな……『お菓子』を食べてみないか?」
「なに!?」
「お菓子!?」
「お菓子ですって!?」
「是非!」
「お願いするわ!!」
「…………」
『ジェドエフ』よりも『ルセネト』『サフラー』『ネフェル』『ルサンク』の方が提案に喰い付いた。
種族が違っても、年齢がどうあっても、やはり……と思わずにはいられない仁Dであった。
「……よし、それじゃあ少しだけ待っていてくれ」
仁Dはそう言うと、2つ隣の部屋、つまり『転移魔法陣』のある部屋へ行った。
そして5色ゴーレムメイドの1人、『ペリド10』と共に戻ってくる。
ペリド10は、その手に『岡持ち』を持っていた。
蛇足ながら『岡持ち』とは、出前のときに料理などを入れて運ぶ、取っ手(持ち手)付きの箱である。
岡持ちの中には、比較的単純な甘味ということでクッキーが入っている。ただ、砂糖だけではなくメープルシロップ味や蜂蜜味も一緒だ。
それとシンプルな紅茶も、魔法瓶に入れてあった。
「この子も、俺が作ったメイドゴーレムだ」
「ほう」
「見事だな」
「それじゃあ、こっちでお茶会にしよう。……『変形』」
仁Dはそう言うと、床に転がっていた適当な素材で椅子とテーブルを人数分作り上げた。
「おお、見事だな」
「さあ、適当に座ってくれ」
丸テーブルにスツールなので、本当に簡易的なものだ。
だがかえって気のおけないお茶会になった。
「さあ、食べてみてくれ」
「う……うむ……」
『紛い物』たちはクッキーをつまみ上げたものの、口に運ぶことを躊躇っていた。
無理もない、何千年も飲食とは無縁の刻を過ごしてきたのだから。
なので、まずは仁Dが食べてみせる。
「うん、甘い」
それを見た『ネフェル』がまずクッキーを一口食べた。
「……甘……い……これが、甘い、って感覚…………ああ、何千年ぶりでしょう!」
それを聞いた他の7人も、次々にクッキーを口にした。
涙を流している者もいる。
「甘い! これが、甘さ!」
「ああ、忘れかけていた味覚……」
「また再び、味を感じることができるなんて……」
「美味い……!」
皆、何千年ぶりかの『味覚』に感激していた。
仁の作るゴーレムや自動人形場合、口中に『味覚センサー』を備えている。
簡単に言えば『分析』で成分を分析し、ブドウ糖・果糖・ショ糖などは『甘味』という出力を出すわけだ。
もちろん塩化ナトリウムなら『塩味』、カプサイシンなら『辛味』、クエン酸や酢酸なら『酸味』というわけである。
どれにも分類されないものは『無味』あるいは、味覚ではないが『まずい味』としている。
その他にも、『食材』のデータも出力されるので、『蜂蜜味』とか『オレンジ味』という認識もできるわけだ。
「ジン君、感謝するよ」
クッキーを頬張りながら『ジェドエフ』が言った。
「同じ甘味でも違うのだな。3種類用意してくれたのか」
「そう。砂糖、蜂蜜、メープルシロップだな」
「そうか、この風味はメープルシロップというのか」
仁Dの説明を聞きながらも、彼らの手は止まらない。
「美味い、美味い」
「お茶も美味いな」
大量に用意したクッキーと紅茶は、10分ほどで全てなくなってしまったのだった。
「ふう……」
「満足したわ」
「ありがとう、ジン君」
「どういたしまして」
腹部に食べたものを一時蓄えるタンクがあり、そこがいっぱいになると『満腹感』が出力されるようになっているのだ。
なので際限なく食べ続けるというようなことは起きない。
というか『満腹感』という感覚も、彼らには数千年ぶりだったのである。
「ああ、『身体』があるというのはいいことだなあ!」
「ほんとうね」
「完全に同意する」
『引きこもり』の元『始祖』でも、やはり霞を喰って生きる仙人にはなりきれなかったようで、『食欲』は健在だったようだ。
「それにしても、この『身体』は素晴らしい」
「ええと、『食欲』と『睡眠欲』に関しましては、意識的に切り替えられますので」
仁Dが補足した。
夢中になって寝食を忘れる、ということがあるように、普段は食事も睡眠も必要としない『自動人形』なのであるが、今回の身体は特別製なのだ。
もちろんリミッターもあって、1回満腹感を得ると、5時間は『空腹感』が得られないし、睡眠も8時間で一度目が覚めるようタイマーがセットされている。
当然、意識的にそれらをカットすることもできるのだ。
「ううむ、『魔法工学師』と言ったか。ジン君はたいしたものだな」
「いえ、その身体を作ることでいろいろと学べたことも多かったですよ」
「ふむ、向上心もあるか」
『食事』を楽しめたことで、『紛い物』たちの仁Dに対する態度はさらに軟化したようだった。
* * *
さて、同じ頃、保安施設『ポーセ』の調査を進めている『忍部隊』。
〈参と肆はうまく報告できただろうか〉
その2体は魔法障壁の外へ出るゴーレムにくっついて抜け出し、老君へ報告していたのである。
〈……大丈夫のようです〉
忍壱の呟きに、『魔法障壁』のそばで様子を窺っていた伍が答えた。
魔法障壁は可視光や音波を通すので、内と外で手話や音声による会話をすることが可能なのだ。
〈そうか。それならいい。よし、調査を続行するぞ〉
〈了解〉
今いるフロアには、もう新たな発見はなかったので、もう1つ上のフロアを目指す『忍部隊』。
前回見かけたのとは異なる形式のゴーレムが行ったり来たりを繰り返していたので、その移動に便乗してフロア間の障壁を通過した。
転送装置を使えば『物理障壁』は抜けられるのだが、念の為である。
〈さて、このフロアもざっと調査しよう〉
〈了解〉
8体となった『忍部隊』は、また2体1組で調査のために散らばった。
〈さて、このフロアでは何が見つかるだろうか〉
〈慎重に行こう〉
『忍部隊』は慎重に、フロアの各部屋を目指した……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20211110 修正
(誤)もちろんリミッターもあって、1回満腹感を得ると、5時間は『満腹感』が得られないし
(正)もちろんリミッターもあって、1回満腹感を得ると、5時間は『空腹感』が得られないし




