73-31 長い時間はさまざまな弊害をもたらすようだった
『メメンタス=クフカエフ』の話は、驚くべき内容だった。
《まず、私『クフカエフ』は、『始祖』の1人だ。いや、1人だった》
〈どういうことだ?〉
これまでの経緯から、蓬莱島側のスポークスマンは『忍壱』が務めている。
《我々は、知っているかもしれぬが、元々は『ジェドエフ』『テプヘレス』『クフカエフ』『フェルヘテ』『ルサンク』『ルセネト』『サフラー』『ネフェル』という》
〈……うむ〉
それは、一部、知らないものがあるが、6人までは礼子が見つけた墓碑に刻まれていた名前だ。
《その8人の集合……いや、8人分の記憶を集めた魔導頭脳の集合体が『メメンタス』である》
〈……そうだったのか〉
これでようやく『メメンタス』の正体が判明した。
それは『第1世代の始祖』の記憶と、おそらくは人格を受け継ぐ魔導頭脳だったのだ。
《……我らは没する直前、自動的に魔導頭脳に『自我』……記憶と人格を転写した。そしてこの星と子孫を見守ってきたのだ》
〈…………〉
《しかし、4000年という月日は長すぎた。1000年を過ぎたあたりから、我らは『身体』を欲するようになった》
〈なるほどな〉
* * *
「うーん、想像もしたくないな」
それは、蓬莱島にいる仁にもなんとなく理解できることだった。
魔導頭脳として永の歳月を過ごすことに、始祖の精神は耐えられなかったのだろう、と。
「視覚と聴覚……はあるのかな。だが、嗅覚はともかく、触覚、それに味覚がなくなるわけだろう?」
目は見える、耳は聞こえる。だが、それだけ。
身体は動かせず(そもそも動かす身体がない)、食事も運動もできない。
できるのは思考することだけ。
「……あの『精神生命体』でさえ退屈していたからな……」
そこまでの発展段階に達していない……自ら肉体を捨てられるほどではない……『始祖』が退屈しないはずがないのだ。
「俺だったらもっと早く退屈したと思うぞ」
「ジン兄、話がずれてる」
「ああ、悪い悪い。……とにかく、身体がないと人間、やってられないだろうなあと俺も思うよ、と言いたかったんだ」
風邪を引いて1日2日寝込むだけでもうんざりするのだから……と仁は思っていた。
* * *
『メメンタス=クフカエフ』の話はまだ続いている。
《……そういうわけで、我らは『身体』として精巧な自動人形が必要だったのだ》
〈なるほど、少し事情はわかった。だが、なぜ自動人形なのだ? 『人造人間』でもよかったのではないのか?〉
《ほう、そこまで知っているのか。なかなか事情通ではないか》
〈いや、たまたまだがな〉
《……そういうことにしておこう。……で、『人造人間』にしない理由、それは簡単だ。肝心な『素材』がなかったからだ》
〈もしや『精神触媒』が、か?〉
《これは驚いた。そこまで知っているとはな。……そのとおり。『精神触媒』がないため『人造人間』を作ることが叶わなかったのだよ》
大分事情が飲み込めてきた忍壱。
〈それで自動人形を、というのはわかった。だが、『人間並み』の身体能力にする理由は?〉
《簡単なこと。必要がないから、だ》
〈ふむ……そうかな?〉
《そういうものだ》
『始祖』の考え方は仁たちとは違う。忍壱は、これ以上そのことで議論する気はなかった。
《使い慣れた、というよりも、本来あるべき状態の身体、といえばいいか》
〈……わかった。続けてくれ〉
《うむ。……だが、なかなか気に入る自動人形は作れなくてな。君の製作者殿に作ってもらうまでは》
〈なるほど。……他の部屋にあった、動かない自動人形は、そういう目的で作られ、気に入らなくて廃棄した、というわけか〉
《まあそういうわけだ》
〈……廃棄というが、再利用しないのはなぜだ?〉
《………………それなりに理由があってな》
珍しく少し言い淀んだ『メメンタス』である。
〈どうした? 何か説明できないことでも?〉
《……いや、そうではない。いいだろう、理由を話そう》
〈うむ〉
《我らには敵がいるのだ》
〈敵?〉
またまた思いがけない事実が判明した。
《そうだ、敵だ》
〈そんな存在が?〉
《いる》
* * *
蓬莱島でも、その会話を聞き、驚いた者がいた。
「ええっ? まだそんな相手がいるのかい!?」
『サキさん、それはおそらく『A』『B』が発見した、細かい穴や鞭、熱兵器の痕跡を残した存在のことでしょう』
「あ、ああ、あったっけね、そんなの」
「細かい穴ってのがよくわからないんだよな」
『御主人様、可能性としては強酸などの腐食液を散布した際の飛沫、盾に付いた棘の跡、それに足裏の滑り止めスパイクなどが考えられます』
老君が推測を述べた。
「確かに、そんなものか。俺としては足裏のスパイクを推したいな」
「ん、私も」
「くふ、なるほどねえ。そんな敵がいる……って、一体何モノなんだろうね?」
「少なくとも好戦的だよな。相手を壊すだけじゃなく素材レベルまで分解しているし」
「……ジン兄、その敵も、もしかして素材を欲しているんじゃ?」
エルザが 思いつきを口にした。
「ああ、その可能性もあるわけか。……て言うか、それは目的であって、手段を正当化するものじゃないよなあ」
「ん、そう思う。でも、徹底的に分解する訳としては納得できる、かも」
「うーん……じゃあ、その素材は何に使うんだ?」
「それは、わからない」
情報が少なすぎるので、それ以上の推測は困難であった。
そこで仁たちは『メメンタス=クフカエフ』の話に注意を戻したのである。
* * *
〈ここを襲うような敵とは?〉
《……恥を晒すことになるが……我らがその昔に作った保安措置だ》
〈……え?〉
『メメンタス』の話は衝撃的であった。
《……魔導頭脳が暴走したり、倫理にもとる行動をした際に抑制力となるよう設定したのだが……》
〈……まさか、そっちが暴走したと?〉
《……そのとおりだ。……まったく恥ずべきことだ》
〈…………〉
自分たちが作ったシステムに反抗された、ということになる。
つまりそれは、潜在的に大きな脅威が存在しているということで、それを聞いた忍壱をはじめ、蓬莱島勢はさらなる面倒事を予感したのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
20201030 修正
(旧)《……そのとおりだ。……まったく不甲斐ない》
(新)《……そのとおりだ。……まったく恥ずべきことだ》




