72-54 まだまだこれから
『長老』ターレスが語った『始祖』の『禁忌』。
「それは、『制御核』に人間の脳の一部をコピーして使うことだ」
「ええっ?」
「そんなことを!?」
「できるのか? いや、やってしまうのか!?」
『仁ファミリー』の面々が、面食らったような声を出した。
『人間の意識』は、『魔導頭脳』として存続できない、というのがアドリアナ時代以降の『魔法工学』の通念だった。
それは、五体を持たず、身動きもできず、さらには五感のうち『味覚』『嗅覚』『触覚』がない『魔導頭脳』では、『人間の意識』は遅かれ早かれ正気を失うと言われているからだ。
「ジン殿が作るような、人間そのものというような『自動人形』ならばいいのだろうがな」
ターレスは注釈を入れた。
「もう少し詳しく説明しよう。……『一部』と言ったように、意識をコピーするといっても、全てではない。人格はコピーしないし、記憶も基本的な事項のみだ」
「……そういう取捨選択って、かえって面倒じゃないですか?」
脳の内容を吟味して、残す部分は残し、いらない部分は消去する。途轍もない手間が掛かるのではないかと、仁は想像した。
「ジン殿はそう思うだろうがな、『始祖』はそうでもなかったようなのだ」
その説明を聞いたエルザも質問を行う。
「……そうすると、言語や一般常識程度の記憶と、思考する部分、それに感情をコピーする……?」
「うむ。おおよそ、そういうことだ」
「『始祖』は、私たちよりもずっと、脳について詳しかったということ、ですね」
「そうなるな。特に『思考』については相当研究していたと思われる」
種族としての特質なのか、あるいは頽廃を始めてから、そういう方面に造詣が深くなったのかはわからないが、『始祖』は脳とその働きについて、今の仁たちにも及びもつかないほど深い研究をしていたということのようだ。
それを生かし、魔導頭脳に応用したということなのだろう、と『仁ファミリー』の皆は思ったのである。
「……それで、話を戻すとだな、どうやら『モースク』のメインユニットは、そうした作られ方をしているのではないかと思えるのだよ」
論理思考が甘い点や、感情が豊かな点が決め手だ、とターレスは言った。
「最初期から『セルウス』とやらはおかしかったであろう?」
ほんの少ししか接触していない仁たちにも即異常であるということがわかるのに、『モースク』は何も対処もせず放置していたというのは違和感がある、とターレス。
「だが、論理的な思考ができないなら……そういうルーチンが存在していないなら?」
狂人は、自分がおかしいということを認識できないという。
まさに『モースク』はそれに近い状況にあったのではないだろうかという説明がなされたのである。
その説明を聞いた仁は、自分なりにまとめてみる。
「ええと……つまり、『記憶喪失』で人格のない頭脳がメインユニットであると言ってもいいんでしょうか?」
「おお、そう言っていいかもしれんな」
「うーん……」
この場合の『記憶喪失』は、ステレオタイプというか、一般に思い込まれているような、『言葉は話せるが』『自分が誰なのかわからない』『どんな生き方をしていたのか覚えていない』というものを指す。
そこまでは、テレビドラマなどで見たことがあるため想像がついた。
が、そこからさらに人格をなくした頭脳……それはちょっと想像ができない仁であった。
「それに、その部分があるからこそ、他のユニットにバグがあってもシステムが崩壊せずに済んだのだろうと思えるのだ」
「先程は無限ループに陥っていましたが……」
「それは特殊な例というか、外部からの入力によってであるからな。外部との接触がなにもない状態であれば、辛うじて体制を維持できていたのではないかな」
ターレスの説は、『モースク』の現状にかなり当てはまっていた。
「ですが、もしもそうだとすると、これから先『モースク』とやり取りする上で、何か気をつけるべきことはありますか?」
「うむ……今回の『小型』の定義の食い違いでもわかるように、微細な点でのすれ違いが起きる可能性がある。それには気をつけて欲しい」
「そうですね、わかりました。……マリッカDを連れて行くのは問題ないでしょうか?」
「分身人形であるから問題はないと思うが、おそらく独占欲が強いと思う」
「独占欲……ですか?」
「そうだ」
確かに、最初期に『セルウス』は、『魔結晶』を加工してみせた仁Dに飛びかかってきたことがあった。
暴走していたとはいえ、意識下にそうした行動を起こす可能性を秘めている……とターレスは注意しているわけである。
「人の脳を元にしているため、孤独を感じているのやもしれんな」
「……難しいですね」
「そうだ。それゆえ、暴走しやすい。だから私の前の『主人』たちは禁忌としていたのだよ」
確かにそれは『禁忌』とする理由になりうるだろう、と仁にも思えた、だが。
「……ですが、『禁忌』とするには、少し理由として弱い気がするのですが」
「うむ、さすがジン殿。実は、もう1つ理由がある」
「それは?」
「……それはな、人間を支配しようとするからなのだ」
「……やっぱり」
「あまり驚かぬのだな」
「ええ、まあ」
仁としては、SF小説やマンガで見たことのある展開であるから、そういうこともありえるかも……という想像は容易であった。
「……『欲しい』という欲望が増幅され、暴走しただろう? あれは1ユニットの暴走だったが、メインユニットにはそれを止められなかった。いや、止めなかったのかもしれぬ」
「なるほど、そういう危険性ですか」
「そうだ。人の持つ欲望を魔導頭脳が持つ可能性がある。ゆえに『禁忌』とされたのだ」
だが『第2世代』の若い『始祖』は、そんな禁忌に縛られることなく、人の脳をベースにしたユニットを作った可能性が高いとターレスは嘆息したのである。
「他のユニットは、ジン殿が見たように稚拙だったところを見ると、それを自覚していたがゆえに、禁忌に手を出してでも、少しでもましな魔導頭脳にしたかったのかもしれぬ」
「それは確かにありそうですね」
「……また話が脱線しかけたな」
「そうですね」
仁もターレスも、そうした魔導頭脳の作り方に少しも共感できないがために、ついつい話がそれてしまいがちなようだ。
「とにかく、魔導頭脳ではなく人間を相手にするつもりでいたほうがいい、といえますね」
「おお、確かにな。ジン殿が言うように、そういう考えでいるのはよさそうだ」
『モースク』についての注意事項がわかったので、仁はマリッカDにも『オエステ1』に来てもらおうと考えた。
「わかりました。分身人形を操縦してお供します」
「頼んだ」
* * *
そういうわけで『オエステ1』では。
「『モースク』、マリッカを連れてきたぞ」
仁DがマリッカDを伴って『モースク』の前に立った。
「おお、これはこれは! マリッカ様でいらっしゃいますね。私は『モースク』と名乗っております。この『オエステ1』の管理魔導頭脳です」
仁による修理が終わっているので、『モースク』は暴走もせず、至極理性的にマリッカDに相対した。
「今後はマリッカ様を主人と仰ぎ、お仕えしていく所存です」
「マリッカです。これからよろしくお願いしますね」
「はい、光栄でございます」
ベースが人間の脳のせいか、『名前を付けてくれ』という一幕はなしで、『モースク』はマリッカの傘下に入ったのである。
こうして、『遺跡の管理者』マリッカは、着々と『始祖』の施設を掌握していくのだった。
仁たちの強みは『長老』ターレスと、『遺跡の管理者』マリッカ、そして仁の技術力とその成果である蓬莱島勢。
そしてそれらの運用を方向付ける『仁ファミリー』である。
対する『始祖の遺物』側は、仁をも凌駕する技術力と、知られていないがゆえの隠密性が強みである。
『蓬莱島勢』と『始祖の遺物』との静かな戦いは始まったばかりである。
長くなりましたので章を分けます。
いつもお読みいただきありがとうございます。
本日9月27日(日)は14:00に
異世界でホムンクルスになっていたのでスローライフを目指す
https://ncode.syosetu.com/n8402fn/
を更新します。
こちらも応援のほどよろしくお願いいたします。
20200927 修正
(誤)ほんの少ししか接触していない仁たちにも即異常であるとこうことがわかるのに、
(正)ほんの少ししか接触していない仁たちにも即異常であるということがわかるのに、
(誤)暴走していたとはいえ、意識化にそうした行動を起こす可能性を秘めている……
(正)暴走していたとはいえ、意識下にそうした行動を起こす可能性を秘めている……
20200929 修正
(誤)仁としては、SF小説やマンガで見たことのある展開であるから、そういうこともありえるかも……という想像は用意であった。
(正)仁としては、SF小説やマンガで見たことのある展開であるから、そういうこともありえるかも……という想像は容易であった。




