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新卒エンジニア、観察ノートを開く(下巻) 道を、選び取る  作者: 音無 凪


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第88話「澪での、四つのお祝いの夜」(インタールード⑬)

この物語はフィクションであり、登場する人物、団体、地名、企業名等はすべて架空のものです。実在のいかなる存在とも関係ありません。

※ この話は、楽しい話の回です。


 十二月の第二週、日曜日の夜。


 川沿いの「澪」の引き戸の前に四人が並んだ。


 僕と、葉山さん、黒木、丸山くん。


 寒さで肩をすぼめて、コートの襟を立てて、白い息がふわっと重なっていた。


「ここ、ほんとに敷居高そうっすね」


 丸山くんが引き戸の上の「澪」の小さな木札を見上げて言った。


「いつもの『とんぼ』とは、雰囲気違うね」


 葉山さんが笑った。


「桐谷さん、玲奈さんってどんな方っすか」


 丸山くんは僕の方角を向いた。


「静かな人。カウンター六席だけ」


「丸山くんの『っす』も、ちゃんと受け止めてくれるよ」


 軽く笑った。


「桐谷さん、その『たぶん』根拠あるんすか」


「半年通った根拠」


 四人で笑った。


 


 白木の引き戸を押した。


「いらっしゃい」


 玲奈さんの低く穏やかな声が、奥のカウンターから四人を迎えてくれた。


「玲奈さん、こんばんは」


 短く頭を下げた。


「桐谷さん、お待ちしてました」


 玲奈さんは穏やかに笑った。


「今日は、四人で」


「あと二人、画面で参加します」


「分かりました」


 玲奈さんは穏やかに頷いた。


 カウンターの奥の四席に、ゆっくりと進んで、葉山さん、黒木、丸山くん、僕の順番に座った。


 葉山さんが一番奥、僕が引き戸の側の端。


 四人並ぶと、カウンター六席のうちの四席が温かく埋まった。


 


「皆さん、コート、こちらに」


 玲奈さんは、カウンターの脇の小さなハンガーに、四人のコートを丁寧に掛けてくれた。


「ありがとうございます」


 葉山さんが穏やかに頭を下げた。


 カウンターの上には、すでに四人分の小さなお皿が等しい間隔で並んでいた。お皿の上にはまだ何も載っていない。これからお料理が、順に運ばれてくる。


「桐谷さん、画面の二人いつから?」


「アユシュくんは二十時。杉本さんは二十時半、五分だけ顔出してくれるらしい」


「了解」


 葉山さんは穏やかに頷いた。


「ソウル、寒いってこの前のビデオ通話の時、アユシュ言ってたね」


 四人で頷いて笑った。


 


「皆さん、本日は『お祝い、四つ』と桐谷さんから伺っております」


 玲奈さんは穏やかにカウンター越しに声を整えた。


「桐谷さん、何ですか、四つって」


 葉山さんは僕の方角を向いた。


「葉山さんのオファーを断って、ここに残る決断の祝い」


 最初に一つ置いた。


「黒木の組込みチームの、補佐が取れた祝い」


 二つ目。


「丸山くんの物流ドメインのエンジニアとしての確立祝い」


 三つ目。


「で、僕の決断の祝い」


 四つ目。


「ただし、中身は皆にはまだ言わない」


「な、なんで?」


 丸山くんが頭を後ろに引いた。


「明日、月曜日、諏訪さんと遠野さんと社長に、自分の口で先に伝えるから」


「同期に先に言うのは順番、違う」


「あー、それは分かるっす」


「ずるい、桐谷くん」


 葉山さんが口元を緩めた。


「私たちの中身は、もう半分皆知ってるのに」


「桐谷くんの中身だけ、伏せる」


「許してください」


 頭を下げた。


「桐谷さんがいつも半年、静かに通ってくださっていたので」


 玲奈さんは穏やかに声を整えた。


「特別な日には、特別なお祝いを」


「皆さんも、桐谷さんが大切にしている同期の方と伺っております」


「私の方からも、お祝いさせてください」


 玲奈さんは頭を下げた。


「玲奈さん、ありがとうございます」


 葉山さんが深く頭を下げた。


「五月と十一月初旬の時のお料理、本当に美味しかったです」


「今日、また、いただけるの楽しみです」


「ありがとうございます」


 玲奈さんは穏やかに笑った。


 


 最初に、徳利と、温かいお猪口が四つ並んだ。


 玲奈さんは細く湯気の立つ徳利を、葉山さんの手前に置いた。


「葉山さんから、お注ぎいただけますか」


「はい」


 葉山さんが徳利を取って、僕、黒木、丸山くん、最後に自分の順に、四つのお猪口を温かい湯気でゆっくり満たした。


「乾杯、しよう」


 葉山さんがお猪口を上げた。


「三年、お疲れ」


「三年、お疲れ」


 四人の声がそっと重なった。


 お猪口を合わせた。


 チン、と澄んだ音が四つ立った。


 最初の一口を、四人で運んだ。


 温かい酒が、喉の奥をゆっくり降りていった。


「あったかい」


 丸山くんが目を細めた。


「俺、こういう温かい酒好きっすね」


「丸山くん、いつもハイボールばっかりなのにね」


 葉山さんが小さく笑った。


「温かい店に、合うっす」


 黒木も穏やかに頷いた。


 


 二品目に、お刺身の盛り合わせが運ばれた。


 白い磁器の長皿の上に淡く赤い切り身が扇のように並んでいた。鰤、鯛、鮪、烏賊。


「鰤の脂が、乗ってます」


 玲奈さんは穏やかに説明してくれた。


「いただきます」


 四人で頭を下げた。


 丸山くんが最初に箸を運んだ。


「これ、めちゃくちゃ美味いっす」


「鰤」


「桐谷さん、半年通うと、口肥える?」


「肥えた」


 短く頷いた。


「丸山くんの口は、丸山くんの口で、いい」


 黒木が穏やかに目元をゆるめた。


「それ、嬉しいっす」


 丸山くんが頭の後ろを掻いた。


 


 二十時、ちょうど。


 葉山さんのスマホが震えた。


「来た、アユシュ」


 葉山さんがスマホを、カウンターの真ん中に立てかけた。


 ビデオ通話の画面に、アユシュくんの顔が現れた。背景はソウルの新しいアパートのリビング。白い壁に淡い水色のカーテン。明るい照明。手元には温かそうな白いマグカップ。


「みんな、お待たせ」


 アユシュくんは画面の中で笑った。


「アユシュさん!」


 丸山くんが画面に手を振った。


「アユシュさん、お久しぶりっす!」


「丸山、Hi」


 アユシュくんは画面の中で頷いた。


「蒼太、葉山、黒木」


「お疲れさま」


 黒木が低く穏やかに画面に返した。


「アユシュ、Settled の顔だね」


 葉山さんが薄く笑みを浮かべた。


「うん、Settled。三ヶ月頑張った」


 アユシュくんは穏やかに頷いた。


「ソウルの夜は?」


「いまソウル、夜の九時。さっき韓国式のおでん食べた。辛い」


「辛いおでん、想像つかないっす」


 丸山くんが画面に近づいた。


「次ソウル来た時、食べさせてあげる」


「ソウル、行きたいっす」


 丸山くんは画面に手を振った。


 


「アユシュさん、初めまして、篠原玲奈と申します」


 玲奈さんは穏やかにカウンター越しに、画面の中のアユシュくんに頭を下げた。


「桐谷さんから、アユシュさんの話、半年何度か伺っておりました」


「Thank you, 玲奈さん」


 アユシュくんは画面の中で穏やかに頭を下げた。


「桐谷から、玲奈さんの『澪』のこと聞いてました」


「画面でぼんやり見えています」


「アユシュさん、またいつか、こちらに」


「Yes, 必ず」


 アユシュくんは穏やかに頷いた。


 


「アユシュ」


 葉山さんが画面に身体を向けた。


「今日は、お祝い、四つ」


「四つ?」


 アユシュくんは画面の中で首をかしげた。


「私の断って残る決断、黒木くんの組込みテックリード、丸山くんの物流ドメイン、桐谷くんの決断」


「桐谷の決断?」


 アユシュくんは画面の中でこちらに視線を上げた。


「中身は?」


「中身は、明日まで秘密」


 葉山さんが口元を緩めた。


「桐谷くん、月曜に会社の三人に伝えるから、その後」


「あー、Got it」


 アユシュくんは画面の中で穏やかに頷いた。


「蒼太、Follow your『観察』、この前のソウルからのメッセージで僕言ったよね」


「うん、言ってくれた」


 短く返した。


「だから、もう答え出てるよね」


 アユシュくんは画面の中で笑った。


「出てる」


 頷いた。


「明日、皆に伝える」


「楽しみ」


 アユシュくんは画面の中で穏やかに頷いた。


 


 二十時十五分、玲奈さんがお椀を四つと、画面の前にもう一つの小さな空の場所を作って運んできた。


 冬野菜の炊き合わせ。


 大根、人参、里芋、しっかり出汁の効いた厚揚げ。


「あったかい」


 葉山さんが目を細めた。


「冬の出汁」


 黒木が穏やかに頷いた。


「丸山くんの『コーヒーカップの天気予報』みたいに、湯気がまっすぐ立ってる」


「黒木さん、それ、十一月の終わりの俺の話ちゃんと覚えててくれたんすね」


「うん、覚えてる」


 黒木は穏やかに頷いた。


「丸山くんの三年、ちゃんと聞いてた。組込みの現場と物流の現場、似てる」


「ええっ、俺の三年、参考っすか」


 丸山くんは頭を後ろに引いた。


「現場に降りないと、ちゃんとしたシステムは作れない」


「そうそう」


 黒木は穏やかに頷いた。


 


 二十時半、ちょうど。


 葉山さんのスマホに、もう一回着信が入った。


「来た、杉本さん」


 葉山さんがスマホをもう一度画面の側に回した。


 画面の中に、杉本さんの顔が現れた。背景は杉本さんの寮の自室の机の前。後ろの本棚に、文学全集の背表紙がずらりと並んでいた。


「皆さん、こんばんは、すみません、遅れて」


 杉本さんは頭を下げた。


「杉本さん、お疲れさま」


 葉山さんが穏やかに返した。


「五分だけ、いいですか」


「うん、もちろん」


「私、今日いとこの結婚式で、さっき寮に戻ったところなので、画面で失礼します」


「いとこの結婚式、おめでとう」


「ありがとうございます」


 杉本さんは穏やかに笑った。


「皆さんの四つのお祝い、おめでとうございます」


「ありがとう、杉本さん」


 四人と画面の中のアユシュくん、計六人で頷いた。


「桐谷くんの中身、まだ皆知らないらしいですよ」


 葉山さんが笑って、画面の中の杉本さんに伝えた。


「明日、明らかになるということで」


「楽しみです」


 杉本さんは穏やかに頷いた。


「私、五分だけなので、これで抜けます」


「うん、ありがとう、杉本さん」


「皆さん、また」


「また」


 画面の中の杉本さんが手を振って、画面が暗くなった。


 葉山さんがスマホをもう一度画面の側に置き直した。アユシュくんの画面は残っていた。


「いいね、Family gathering」


 アユシュくんが画面の中で静かに笑みを浮かべた。


「うん、ね」


 葉山さんは穏やかに頷いて、お猪口を口元に運んだ。


 


「ところで皆さん」


 葉山さんが声を整えた。


「四人、いや、画面の中入れて六人」


「私たち、ニックネーム研修の春から、もう三年なんだね」


「うん、三年」


 黒木が穏やかに頷いた。


「俺、いまだにニックネーム研修の最後の日、覚えてるっす」


 丸山くんが頭の後ろを掻いた。


「葉山さんが号泣してた日」


「あー、丸山くん、それ、言わないで」


 葉山さんが頭を伏せた。


「葉山さん、号泣?」


 アユシュくんが画面の中で笑った。


「あー、それは見てない」


「アユシュ、その号泣は見てないもんね」


「うん、見られなくてよかったね、葉山さん」


「よかった、アユシュ」


 葉山さんは笑った。


「号泣の中身は、私の青春の墓場の中」


「葉山さん、急に、文学」


 丸山くんが噴き出した。


「うつるね、杉本さんから」


 葉山さんも笑った。


 


「桐谷さん」


 丸山くんがこちらに身体を向けた。


「俺、聞いてもいいっすか」


「うん」


「桐谷さんの三年、いちばん嬉しかったこと、何っすか」


 考えた。


「いちばん嬉しかったこと、ね」


 お猪口を置いた。


「たぶん、三つ、ある」


「三つ、いっすね」


「一つ目は、研修の最後の日、皆と『あおちゃん』『はーちゃん』『りっくん』『あゆ』『けんちゃん』『ゆいちゃん』のニックネームを交換できた日」


「俺のけんちゃん、ね」


 丸山くんが穏やかに笑った。


「うん、けんちゃん」


「二つ目は、二年目の冬、遠野CTOがホワイトボードに半径3メートルの円の図を青と赤のマーカーで描いてくれた日」


「あー、それ、桐谷さんっぽい」


 葉山さんがふっと笑った。


「三つ目は、三年目の八月、未來さんの小さなバグの日、諏訪さんに『私の指導の問題です』と言えた日」


 置いた。


「あの日、僕は諏訪さんから受け取った何かを、返した気がした」


「Sounds like 蒼太」


 アユシュくんが画面の中で笑った。


 


「葉山さんは?」


 逆に、聞き返した。


「私の三つ、ね」


 葉山さんは考えた。


「一つ目は、入社二年目の十一月、パッケージ事業チームに異動になった日」


「あの異動が、私の縦棒の根っこ」


「二つ目は、三年目の五月、君と『澪』でこれからのことを話した日」


「あの夜、私の中で、外の方角がひとつ灯った」


「三つ目は、その東京のオファーを自分で断ると決めた日」


「決めた後、寮の自室で、一人で号泣した」


 葉山さんは照れたように笑った。


「号泣、また葉山さんの三年で、もう一回」


 丸山くんが頭の後ろを掻いて笑った。


「丸山くん、黙って」


 葉山さんは軽く肘で丸山くんの腕を突いた。


 四人と画面の中のアユシュくん、ひとつになって笑った。


 


「黒木くんは?」


 葉山さんが黒木に振った。


「俺の三つ、ね」


 黒木は穏やかに考えた。


「一つ目は、入社一年目の秋、大沢マネージャーから最初のテストコードのレビューで『黒木、これ、ちゃんと書けてる』と言ってもらった日」


「あの一行が俺の組込みの最初の灯り」


「二つ目は、三年目の六月、補佐が取れて、正式にテックリードになった日」


「三つ目は、先月の終わり、組込みチームの新人の宮岡くんが俺のレビューを『黒木さんのレビュー、勉強になります』と言ってくれた日」


「黒木らしいっす」


 丸山くんが穏やかに頷いた。


 


「丸山くんは?」


 黒木が丸山くんに振った。


「俺の三つ、ね」


 丸山くんは穏やかに考えた。


「一つ目は、入社一年目の冬、担当してる現場のお客さんに『丸山くん、現場、分かるね』って最初に言ってもらった日」


「あの一行で、俺、ヨキエルに根、生やした」


「二つ目は、二年目の夏、LTの特訓の夜、俺の倉庫の動線の描き方が桐谷さんのLTの二枚目に載った日」


「桐谷さんが俺の現場、ちゃんと観察してくれた」


「三つ目は、先月、そのお客さんから『丸山くん、来年も頼むね』ってまた一緒にやれる、って分かった日」


「俺、ヨキエルでもう続けるっす」


 丸山くんは穏やかに目元を緩めた。


 


「アユシュは?」


 葉山さんが画面の中のアユシュくんに振った。


「My three things、ね」


 アユシュくんは画面の中で考えた。


「One is、ニックネーム研修の最後の日、皆と『あゆ』のニックネームもらった日」


「あの日、I felt belonging。日本に、belonging。ヨキエルに、belonging」


「Two is、二年目の十一月の頃、ソウルの会社からresearch engineer のオファーもらった日」


「あの日、僕の研究の道、ぽっと灯った」


「Three is、ソウルに引っ越して最初の三ヶ月、heavy だったけど、Settled、と画面で皆に言えた日」


「I'm Settled now」


 アユシュくんは画面の中で穏やかに小さく頷いた。


 


「皆」


 葉山さんがお猪口を上げた。


「三年、お疲れ」


「もう一回乾杯、しよう」


「うん」


 四人でお猪口を上げた。


「これからも、繋がっていよう」


「繋がる、繋がる」


 四人と画面の中のアユシュくん、揃って頷いた。


 お猪口がチン、と澄んで四つ合わさった。


 画面の中のアユシュくんも、マグカップを上げた。


「To the next three years」


「次の三年に」


 葉山さんが穏やかにそっと英語を訳した。黒木と丸山くんも、短く頷いた。


 


「皆、ありがとう」


 頭を下げた。


「三年、本当にありがとう」


「桐谷くん」


 葉山さんが穏やかに笑った。


「明日の決断、ちゃんと運べ」


「うん」


「皆、月曜の夜、報告待ってる」


「うん、報告する」


 短く頷いた。


「桐谷さん、明日、頑張ってくださいっす」


「うん、ありがとう、丸山くん」


「桐谷、決まったら、LINEに半行でいい、置いて」


 黒木が穏やかに頷いた。


「うん、半行で置く」


「蒼太、Looking forward to it」


 画面の中のアユシュくんも、穏やかに頷いた。


 


 二十一時半。


 お会計をして、玲奈さんが四人のコートを丁寧に渡してくれた。


「皆さん、今日はありがとうございました」


 玲奈さんは穏やかに四人に頭を下げた。


「玲奈さん、今日、本当にありがとうございました」


 葉山さんが深く頭を下げた。


「桐谷くんの『澪』、いい店ですね」


「ありがとうございます」


 玲奈さんは小さく笑った。


「皆さん、また、いつでも」


「玲奈さん、俺また来てもいいっすか」


 丸山くんが玲奈さんに聞いた。


「もちろん、丸山さん」


「えー、嬉しいっす」


「アユシュさんも、いつかソウルから戻られた時、また」


 玲奈さんは画面の中のアユシュくんにも頭を下げた。


「Yes, 必ず」


 画面が暗くなった。葉山さんがスマホをポケットに戻した。


 


 白木の引き戸の外、川沿いの夜の道は、冬の風が四人の頬にひやりと触れた。


 星空は澄んでいた。


「あったかいね、玲奈さんの店」


 葉山さんが息を吐いた。


「俺、ファンになったっす」


 丸山くんが頭の後ろを掻いた。


「丸山くん、毎週通うとか、しないでね」


 葉山さんが口元を緩めた。


「半月に一回、くらいっす」


 四人で笑った。


 


 桜並木通りの方角に、四人で歩いた。街灯の光がぼんやり足元を照らしていた。


 葉山さんはヨキエルのパッケージ事業チームの方角、黒木は組込みチームのテックリードの方角、丸山くんは物流ドメインの方角、僕は明日の月曜の朝の方角。


 四人の足取りは、それぞれ別の方角を向きながら、いまは同じ歩道の上をそっと並んで歩いていた。


「葉山さん、パッケージ、来期も?」


「うん、来期も。新機能ちゃんと出すまでは」


「葉山さんらしい」


 黒木が穏やかに頷いた。


「桐谷くんは?」


 葉山さんがこちらを向いた。


「明日、たぶん、答える」


 短く返した。


「うん、明日待ってる」


 葉山さんは穏やかに頷いた。


 


 寮までの道を、四人でそのまま歩いた。


「皆、ありがとう」


「桐谷くん、また」


「また」


 寮の共用の入口で、葉山さんは女子棟のウイングの方角に。黒木と丸山くんの足音も、男子棟の廊下の先にそっと遠ざかった。


 ひとりになって、廊下を、ゆっくり歩いた。


 明日の朝の予約画面を思い浮かべた。諏訪マネージャー十時、遠野CTO十一時、村瀬社長十四時。順番に、自分の口で伝える。


「僕は、ヨキエルに残ります」


 その一行は、もう静かに決まっていた。芯のところに、玲奈さんの「澪」の温かい料理と同じ温もりがあった。


 寮の自室で、ノートを開いた。今日の日付の下に三行だけ書いた。「『澪』で、四人と、画面で二人」「ニックネームの春から、もう三年」「明日、運ぶ」


 ペンを置いた。窓の外、冬の月はそっと僕の決断を見守ってくれていた。


 


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