第76話「赤坂先輩、アーケードの再会」
この物語はフィクションであり、登場する人物、団体、地名、企業名等はすべて架空のものです。実在のいかなる存在とも関係ありません。
九月の第一週の土曜日。
港川駅前の商店街。
午後二時の日差しはまだ夏の終わりの残りで強かった。
アユシュの送別会から、まだ数日だった。八月の末に居酒屋・かいかんで九人で囲んだ、あの卓の温度が、まだ薄く胸の脇に残っていた。
僕は寮の洗濯機で回し損ねたシャツを買い替えに、駅前のユニクロまで歩いた。
商店街のアーケードに入ると、日差しが和らいだ。
その和らぎの中で、向こうの店先から出てきた顔を二度、目で追った。
……赤坂先輩。
心の中でその三文字を置いた。
白いポロシャツに淡いベージュのチノパン。手にはコンビニの薄いビニール袋。いつもの軽い背格好。
たぶん向こうも僕に気づいていなかった。
しかしアーケードの中で目が合った。
「お、桐谷くん!」
赤坂先輩の声は、一年目の頃のあの軽い温度から変わっていなかった。
「久しぶり! 元気?」
商店街のアーケードの真ん中で、赤坂先輩がこちらに歩いてきた。
僕は息を整えた。
「赤坂さん」
短く返した。
「お久しぶりです」
赤坂先輩はコンビニのビニール袋を左手に持ち替えた。
「桐谷くん、土曜日に商店街珍しいね」
「シャツ、買い替えに」
「自社サービスのほう、どうですか?」
僕はそう聞いた。
赤坂先輩は口の端で薄く笑った。
「桐谷くん、知らないか」
「はい」
「俺、今年の初めにヨキエル辞めたんだ」
短く運んだ。
商店街の音が一段だけ遠くなった。
……辞めた。
胸の奥でその二文字を撫でた。
二年目の夏、赤坂先輩はチームAから自社サービス事業チームへ異動した。その異動から一年あまり。あの異動は本人の希望、と当時は聞いていた。しかし異動先で合わなかった、というのが、たぶんいまの「今年の初めに辞めた」の奥に置かれていた。
僕は息を整えた。
「そうなのですね」
短く返した。
「うん、自社サービス事業チーム合わなくてさ」
赤坂先輩はあっさり置いた。
「半年くらいは粘った。でも半年でここじゃない、って自分の中で結論が出ちゃって」
「はい」
「で、東京の中堅IT転職。年明けから向こうで働いてる」
「東京」
「うん。こっちにはたまに、顔を出しに戻ってくる」
少し間があった。
「あと、立花さんに久しぶりに会おうと思って。連絡したら、じゃあ港川おいでよって」
「立花先輩、いまも同じ島です」
「そっか。変わらないなあ、あの人も」
赤坂先輩は軽く答えた。
僕は息を整えた。
立花先輩。僕が一年目の頃から、赤坂先輩と同じチームAの島に並んでいた先輩だった。
赤坂先輩がいまその名前を出した理由の輪郭を、胸の奥でそっと確かめた。
……聞くことでもなかった。
立ち話で確かめることでも、ない。
「そうなのですね」
赤坂先輩は一年目の頃、僕に対して軽い距離の優しさを置く人だった。LGTMの四文字と絵文字二つ、五分の速さ。その人がいま、自分の決断のあとの時間を僕に運んでいた。
僕はその温度を断罪しなかった。断罪は、たぶんもうしなくていい種類の温度だった。
「桐谷くん、いま三年目?」
赤坂先輩は聞いた。
「はい」
「三年、続けたんだ」
「はい」
「えらい、ね」
赤坂先輩は口の端でほんの少しだけ笑った。
「俺、君が一年目の終わりに『観察してます』って言ってたの、たまに思い出すよ」
「はい」
「あの一行、君の中でちゃんと続いてる?」
僕は息を整えた。
「続いてます」
短く返した。
「うん」
赤坂先輩は頷いた。
「君、合ったみたいだね、ヨキエル」
「合った、というか」
僕は口を開いた。
「観察してます」
「観察、ね」
赤坂先輩は笑った。
「君らしい」
短く運んだ。
その「君らしい」の温度は、一年目の頃の赤坂先輩の軽い温度と、たぶん同じ温度だった。距離を置きながら理解を置く、あの形。
僕はその「君らしい」を内心で断罪しなかった。
「桐谷くん」
「はい」
「俺、ヨキエルが悪い会社、って言いに戻ってきてるわけじゃないからね」
赤坂先輩は口の端でわずかに笑った。
「俺は合わなかった、それだけ」
「はい」
「君みたいに半秒ずつ人を見て、自分の手の中で組み立てるタイプの人には、ヨキエルはたぶん合ってる」
「俺は半秒ずつ、というよりは半時間ずつぐらいで動くタイプだった」
赤坂先輩は小さく笑った。
「東京のいまの会社のほうが、たぶん半時間ずつで動くタイプ向け」
「はい」
短く返した。
赤坂先輩の「半時間ずつ」、という言い方は、たぶん赤坂先輩なりの自己観察の一行だった。
僕はその一行を胸の内で撫でた。
……赤坂先輩、たぶんヨキエルを出てから、自分のことを見直したんだ。
その見直しはたぶん赤坂先輩にとって、健康な見直しだった。
「桐谷くん、葉山さんとか他の同期、元気?」
赤坂先輩は聞いた。
「はい、皆、元気です」
「黒木は、たぶんもうテックリードかな」
「六月に正式に」
「お、やっぱり」
赤坂先輩は口の端で薄く笑った。
「黒木、合ってるよね、ヨキエルの組込み」
「はい」
「葉山さんは?」
「葉山さんは、パッケージ事業チームで元気にやってます」
短く返した。
「そうなんだ」
赤坂先輩は目を細めた。
「みんな、それぞれ続けてるんだな」
「はい」
赤坂先輩は、コンビニのビニール袋を、軽く持ち直した。
「俺さ、東京合わなかったのかな」
「合わなかった、というよりは」
僕は言葉を選んだ。
「赤坂さんはたぶん、ヨキエルが嫌いになったわけじゃない、ですよね」
「うん、それはそう。いい会社だと思ってるよ、いまでも。合わなかった、というだけ」
赤坂先輩は頷いた。
「桐谷くんの言い方、ちゃんと整理されてるね。君、三年目だね」
「はい」
短く返した。
商店街のアーケードの中で、二人の半秒がそっと揺れた。
「じゃ、俺、もう寄ろうかな」
赤坂先輩はコンビニのビニール袋を軽く揺らした。
「桐谷くん、ユニクロ行くんでしょう」
「はい」
「邪魔して、ごめんね」
「いえ、お会いできて、よかったです」
短く返した。
「うん、俺も」
赤坂先輩は口の端でわずかに笑った。
「じゃ、元気で」
「赤坂さんも、お元気で」
二人で軽く頭を下げ合った。
赤坂先輩は商店街の奥のほうに歩き出した。
白いポロシャツの背中が、アーケードの光の中で揺れた。
僕はその背中を目で追った。
赤坂先輩は一年目の頃に僕が見ていた赤坂先輩と同じ背中だった。
しかし最後の一段だけ、たぶん違う背中でもあった。
その違いの輪郭を、心の中でそっと撫でた。
ユニクロでシャツを二枚選んで、レジで会計を済ませた。
紙袋を提げて、商店街のアーケードを駅のほうへ戻った。
午後三時の商店街は、夏の終わりの少し乾いた風が吹いていた。
駅前のロータリーでベンチに座って、紙袋を膝の上に置いた。
赤坂先輩の「君らしい」の一行をもう一度撫でた。
……赤坂先輩、悪い人じゃなかった。
胸の奥でそう運んだ。
一年目の頃、僕は赤坂先輩の優しさを「放置する優しさ」と内心で名づけた。悪気なく、軽く、深入りしない。その軽さを、僕は整理しきれない種類の優しさと感じていた。
いまもその整理は変わっていない。
しかし整理しきれない、ということを、いまは断罪しなくていい温度で受け止められる。
赤坂先輩には赤坂先輩の人生があって、赤坂先輩なりの自己観察があって、合わなかった場所から合いそうな場所へ、半時間ずつで動いた、というそれだけの話だった。
立花先輩に会いに来た、という一行の奥に、たぶん何かがある。けれど今日の立ち話でそれを確かめることは、僕の仕事ではなかった。
半径3メートルの観察の中に、赤坂先輩はもう入っていない。
しかし半径3メートルの外に出た人を、ちゃんと「お元気で」と送ることは、たぶん観察の延長線上の所作だった。
寮に戻った。
ユニクロの紙袋を玄関の脇に置いて、机のノートを開いた。
今日の日付の下に最初の一行を書いた。
「赤坂先輩と、商店街で再会」
もう一行。
「赤坂先輩、今年の初めにヨキエル退職、東京の中堅IT」
もう一行。
「『君らしい』と言われた」
ペンを止めた。
最後の一行を丁寧に書いた。
「赤坂先輩、お元気でと祈る」
書き終えてから、その一行を目で追った。
「お元気でと祈る」。
その一行は、断罪と祝福のちょうど真ん中の温度で書けた、と胸の内で頷いた。
一年目の頃の僕なら、たぶん「赤坂先輩、ヨキエルを離れて、楽になったかも」と書いた。
二年目の頃の僕なら、たぶん「赤坂先輩、本当は合わなかったんだ」と書いた。
三年目の僕は、「お元気でと祈る」と書ける。
その差が、たぶん観察の三年の奥の結論だった。
ノートを閉じた。
窓の外、九月の第一週の夕暮れ。
桜並木通りの葉桜は、もう、夏の終わりの少し乾いた緑に傾いていた。
心の中でもう一度つぶやいた。
……人は合う場所と合わない場所がある。
その当たり前の一行が、一年目の頃の僕にはたぶん見えていなかった。
優しさを「本物か偽物か」で問うのではなく、「合う人にとっての優しさか、合わない人にとっての優しさか」で問うほうが、たぶん正確だった。
赤坂先輩の優しさは、合う種類の人には本物として届く。合わない種類の人にはよく分からない優しさとして届く。僕は合わない側の人だった。それだけのことだった。
胸の奥でそう運んでから、ノートの脇にペンを置いた。
部屋の明かりを落とした。
明日の朝もまた、桜並木通りを歩く。
月曜日になればフロアの島で、香織さんと白瀬さんと、言葉を交わす。
先週、鈴木未來さんはインターンの最終日を迎えた。夏の終わりの送り出しが、まだ薄く胸の脇に残っていた。
その日々の中に赤坂先輩はもう入ってこない。
しかし入ってこなくていい人を、ちゃんと「お元気で」と内心で運べる場所には、自分が立てるようになっていた。
その立ち位置がたぶん、三年目の僕がいま、ようやく自分の足で立っている半径3メートルの輪郭だった。




