15.有栖の夢
海水浴から戻ってきた有栖は、相変わらず多忙な生活をしていた。
海水浴旅行から帰って来た私達は、夏休みでもやっぱりバイトをしている。
さらには夏期講習まで入れてあるものだから、遊ぶ暇は無いのである。
バイトを終えて、その足で夏期講習へ向かい、帰りに蘭菜の家に寄りアルを回収する。
ほぼ毎日こんな感じだ。
夏期講習に参加しなければならないというほど、成績が悪いわけではないのだけど、出来るだけの事はしておきたい。
「なあ、毎日大変なのはわかるが、俺をヴィエラザードへ帰す方法とかちゃんと探してんのか?」
「あー、ごめん。 そっちは蘭菜に任せっきりだわ」
とは言え、そんなものが簡単に見つかるわけがない。
大体、異世界から人間が転移して来た、という事例がまず無い。
実際にはあるのかもしれないけど、そんなこと調べようも無い。
「有栖、大体お前は何でそんなに頑張ってんだ?」
「何でって、夢の為よ」
「夢……?」
「そうよ。 将来は小学校の教師になりたいの」
「なんだそれ?」
「学校の先生ね」
「お前、大人になっても学校行きたいのか……」
学校に嫌な思い出でもあるのか、苦虫を噛み潰したような表情で、そう言った。
「そうね。 それが夢だからね」
◆◇◆◇◆◇
小学生の頃の私は、頭も良くなくて、運動だって苦手で、今みたいに明るくも無くて、取り柄も何もない
普通以下の女の子だった。
「柊、またテストの点数一桁かよー」
「……頑張ったもん」
テストをやればいつも一桁、体育をやっても逆上がりは出来ないし、跳び箱も跳べなかった。
クラスの男子は、そんな私をネタにして遊んだりもしていた。
「浜谷君、ダメよそんな事言ったら!」
5、6年生の時に担任だった足立先生は、そんな私の味方であり、理解者だった。
ある日のお昼休み。
私は足立先生に誘われて、中庭で二人で話をした。
「柊さんは、昔の私に似てるなぁ」
「……え?」
足立先生は、誰が見ても美人だし、教師になれるぐらい頭が良くて、性格も明るくて、私に似てるところなんて一つも無い。
「先生ね、小学生の頃は頭悪くて、テストでも0点とか取ってたのよ?」
「嘘だよ……先生凄く頭良いもん」
「頑張ったもの! 皆にバカにされてるのが嫌で、皆を見返してやりたくて、凄く頑張って……気が付いたら先生になってた」
「……私も頑張ってるのに」
その成果は全く出ていない。 何がいけないのだろうか? 頑張り方が足りないのかな?
「よし! 今度の休み、先生の家で特別授業しよっか! 勉強の仕方とか教えちゃう!」
「えっ?」
「決まりね!」
強引に決められてしまい、週末は足立先生の家にお邪魔する事になった。
「この方が覚えやすいでしょ?」
「本当だ!」
先生は教え方が上手かった。
どうやら、私は勉強のしかたが下手だったようで、先生にちゃんとした勉強方法を教えてもらってからは、どんどん成績が良くなっていった。
時間がある時は、先生と一緒に勉強するのが当たり前になった。
「はい、柊さん100点だよ! 頑張ったね?」
6年生の夏頃には、私はクラスで一番の成績になっていた。
先生のおかげだ。
バカな私を変えてくれた足立先生に、教師という職業に憧れるようになったのはこの頃からだ。
卒業式の前日──
クラスでは、足立先生の最後の授業が行われた。
内容は「将来の夢を一人ずつ発表する」というものだ。
サッカー選手、野球選手、ケーキ屋さん、デザイナー等が出るなか、教師という生徒も居た。
「じゃあ、柊さん」
「はいっ!」
私は勢いよく立ち上がり、自分の夢を発表した。
「私は将来、小学校の先生になりたいです! 頭の悪かった私を応援してくれて、一緒に勉強もしてくれて、頑張れば出来るんだよって教えてくれた、足立先生みたいな先生になりたいです!」
私は胸を張ってそう語った。
足立先生は、目に涙を浮かべて「柊さんならなれるよ。 頑張ってね」と、言ってくれた。
◆◇◆◇◆◇
「……この世界の学校ってのが、どんなのかは知らないが、良い人に教えてもらったんだな」
「えぇ、私の憧れであり、私の目標なの」
「なれると良いな? まあ、その頃には俺はもう、ここには居ないかもしれないから、見れないだろうが」
「そうね……なれるかしら」
「なれるだろ。 バカな俺にこの世界の事を色々教えてくれてるけど、お前の教え方、凄く上手いしわかりやすいぞ」
アルから思いもよらない言葉が返ってきて、一瞬びっくりした。
というか、自分がバカだって認識はあるのね。
「ありがと」
「ま、頑張れよ」
その言ってアルは、仕切りのカーテンを閉めた。
もうそんな時間なのね。
「おやすみ、アル」
「おう」
◆◇◆◇◆◇
あ、また夢の中でアリスさんと繋がったっぽい。
本当に条件がわからない。
それに、この夢の記憶を現実に持ち越せないのも困っている。
まあでも、今は──
(アリスさん、私です)
「はひぃ?!」
「どうしたアリス?」
「い、いえ何でも……」
どうしたんだろう?
というか、どういう状況なのかしら?
目の前が真っ暗で良く見えないわね。
「ウ、ウェイン様……すいません、私はまだ……」
ウェイン様? 勇者さんの名前だったわよね?
あ、明るくなっ……えぇっ!?
目の前には上半身裸の男性が覆い被さっていた。
こ、これってつまりはその……アレの真っ最中?!
「……アルはもういないんだ。 諦めたらどうだ?」
「アルは生きています。 必ず帰ってきます」
ウェインと呼ばれた男性は、悲しそうな表情を見せると、服を着て部屋を出て行った。
どうやら真っ最中ではなく、今まさにという状況だったようだ。
さっきのやりとりから察するに、ウェインさんはアリスさんに惚れていて、アリスさんはアルに惚れているという感じかしら。
恋のトライアングルね。
(あのー、もう平気ですか?)
「……は、はい。 お見苦しいところを」
私──アリスさんは、乱れた衣服を正してベッドに座る。
(複雑な関係なんですね?)
「えぇまぁ……。 そう言えば、ラーナちゃんが色々調べてくれていますよ。 アルを飛ばした魔法の事とか」
(おお! そっか、そっちからアプローチするてもあったんだ!」
これは盲点だったわね。 こっちの世界で何かしらわかれば、アルを帰せるかもしれない。
「アルは元気ですか?」
(相変わらずバカですけど、元気ですよ)
アリスさんの声は、とても安心したようだった。
やっぱりアルの事が好きなのね。
「まだ、記憶を向こうに持ち越す事は出来ないですか?」
(……残念ながら)
アリスさんは「そうですか……」と、トーンダウンして言った。
(すいません)
「謝らないで下さい。 しかし、なんとかならないでしょうか」
そう言って、アリスさんは近くにあった果物の皮を、ナイフで剥き始めた。
「あ、痛」
指を切っていた。 アリスさん、不器用なんだ。
(大丈夫ですか?)
「だ、大丈夫です」
そう言いながら、皮を剥き終わる頃には3回程指を切っていた。
◆◇◆◇◆◇
「んん……」
目が覚めて時計を見ると、朝の7時。
夢を見たような気がするんだけど、内容は覚えていない。
最近こんなのばかりね。
起きて顔を洗いに洗面所へ向かう。
蛇口のコックを捻り、水を出して手で受ける。
「っ?」
何故か指先に痛みを感じて見てみると、何かで切った様な傷がいくつか見られた。
この傷が水で染みたのだろうか?
でも、私はいつこんな傷を? 昨日寝る時はこんな傷ほ無かったと思うけど……。
その時だった。
頭の中で、身に覚えのない情景が思い浮かぶ。
見た事の無い部屋で、見た事の無い果物の皮を剥く私。
その途中で指を切った。
「っ!」
突然、激しい頭痛と目眩を起こして意識が朦朧とした。
思い……出した……。
次の瞬間、私の視界は黒く染まった。
急に意識を失う有栖。 一体何が?




