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GUN・ACT!(ガン・アクト)‐武装アイドル神岡陽子の活動記録‐  作者: 鳥羽輝人
最終話

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「輝ける道へ」(2)

「今日は君と私達の歓迎会だと、社長が」


 正通と共に二階の会議室でグラスを置きながら、なつきが嬉しそうに言った。


「君の歓迎会がまだだったから、と社長がおっしゃっていたよ」


 なつきは優しく微笑んだ。それは、まさしく天使の微笑みだった。


「そ……そうですか」


 思わず頬を赤らめ、テーブルにグラスを置きながら目を伏せる。


「江原君。また……二人きりになれたね」

「え……」


 なつきが真剣な表情で、すぐ側に立っていた。そして、正通の左手をしなやかな両手でそっと包み込んだ。


「わっ!」

「傷痕が、残ってしまったね」


 なつきは目をつぶり、そっと傷痕を撫でた。


「大したことはありません」

「そんなことはない、銃創だ。これは普通の人間がする怪我じゃないんだ。これだけは君に聞いておきたい。君はこの世界に入ったことを後悔してはいないか? この世界にいる限り、君はこれ以上の危険に遭遇するかも知れないんだよ。本当に……いいのか?」


 一呼吸置き、正通は笑顔で答えた。


「後悔なんてしていません。そのおかげで……こうして疾風さんに会えたんですから」


 なつきは真剣な表情のまま正通の目を見つめていたが、やがて顔を綻ばせた。


「……そうか」


 言い終わる前に、なつきはその両腕で正通を抱き締めていた。


「あ、あのっ……!」

「君の身体は温かいな。とても……快い」


 正通は突然の出来事に思わず身を引こうとしたが、なつきは素早く踏み込んで正通の身体を捕えていた。

 そのままの状態で数秒が過ぎる。正通は全く身動きが取れないまま、自らの心拍数がこれ以上ないほどに上がってゆくのを感じていた。


「……江原君、私は後悔していることがあるんだ」

「え……?」


 なつきは迷いを振り切るかのように、大きく息を吸い込んだ。豊かな胸の膨らみが一層強く押し付けられる。


「私が後悔していること……それは君との出会いだ」

「ふぇ……?」


 なつきの考えが理解できなかった。自分と出会ったことを後悔しているという人間が何故、こんなことをしているのだろうか――?


「江原君。君は初めて私に出会った時のことを……覚えているか?」


 ややためらいがちに、なつきが尋ねた。正通は力を失いつつある自らの舌と唇を必死に動かして答えた。


「忘れるはず……ありません。僕にとって、夢のような出来事だったんですから」


 なつきの瞳が揺れた。そしてしばしの沈黙の後、その口が開かれた。


「あの日の出会いが仕組まれたものだと知って……なお、そう言えるのか、君は……?」


 言葉の端々から、苦しみがにじみ出るようだった。


「私は……神岡君のマネージャーがどんな男かなど、考えもしなかった。神岡君のマネージャーが少年だということだけを知って、あのような醜行を思いついた。そして君に……肌を見せた。神岡君のマネージャーを楽屋で足止めするという目的の為だけに」


 なつきは正通を抱き締めながら、後悔の言葉を発した。発言と行動が全く噛み合っていない――。


「は、疾風さん。僕は、その……」


 なつきは正通の言葉を遮るように、両腕に力を込めた。


「あッ……」


 柔らかな胸を通してなつきの鼓動が胸に伝わってくる。これほどの心地良さを感じたことは、これまでの人生で一度もなかった。


「私は……人に肌を見せることなど、何とも思っていなかった。あの時、君に見せた恥じらいの仕草も……ああすれば男が喜ぶと聞いていたからだ。本当は、恥ずかしいなどとは微塵も思っていなかった。だが、私は今……あの時の自分が恥ずかしい。あのような形で君に肌を見せた自分が……今では恥ずかしくて、憎くてたまらない」


 何かに怯えるかのように、なつきの身体が小さく震えていた。


「私は君との出会いを自らの手で穢した……! 君は私を尊敬していると言ってくれた。それなのに、私は出会ったその時から君を欺いてしまったんだ」


 なつきは正通の肩を手で強く握り、うつむいた。


「……でも、これだけは信じて欲しい」


 なつきは言葉を区切り、顔を正通の肩に乗せた。


「あ……」


 正通の肩に心地良い重みが加わり、美しい黒髪の香りが鼻腔を刺激した。


「あの時、君に見せた笑顔は偽りではない。どうか、これだけは……信じて欲しい」


 なつきが言葉を発する度に、背筋にびりびりと痺れが走るようだった。それでも正通はなつきの言葉一つ一つを高鳴り続ける胸に受け止めていた。


「憧れのアイドルが言うことを……疑うわけ、ないじゃないですか」


 すぐ近くにあるなつきの耳を労わるように、戸惑いながらも優しく囁いた。


「アイドル……か」


 寂しげに呟くと、なつきは静かに腕を解き正通の背中から肩にその手を滑らせた。そして肩に手を置いたまま、恍惚の表情を浮かべる正通の瞳をじっと見つめた。


「江原君。君は……何故、私達がアーティストでもミュージシャンでもなく、『アイドル』と名乗っているか、わかるか?」

「ふぇっ……か、可愛いから……ですか?」


 質問の意図を理解できないながらも、正通は自分なりの回答を返した。


「ふふっ。不正解だよ」


 なつきはいたずらっぽく笑い、小さなため息をついた。


「アイドルとは本来、偶像を意味する言葉だ。その言葉が意味する通り、私達はあくまで偶像であり続けようと考えた……ファンにとっての理想像を具現化した存在であり続けようと」


 なつきは多くのファンと同じく正通にとっても、理想の女性像だった。

 美しく聡明で、不思議な魅力に満ちたなつき。正通は彼女の曲を聴き、彼女の姿をテレビの画面で観ているうちに、崇拝に近い感情を抱くまでになっていった。


「そうする以外にないだろう? 私達の正体はこの手を血に染めた処刑人。ファンの思い描く理想像からはかけ離れた人間だ。しかし、アイドルとして活動を続け、処刑人として手を下し続けるうちに……私達は偶像としての自分と本来の自分との狭間で揺れ動くようになった。そして……アイドルとしての名声、処刑人としての自信と実力が高まるのと比例して、それは大きくなっていった」


 なつきの表情は、助けを求めるかのようだった。


「……そして、私達はいつしか……ファンの心が理解できなくなっていった。あの夜……君を攫い、神岡君と戦った夜。神岡君の言った言葉は、まさしく真実だった。ファンの前に立つ自分達は偶像に過ぎないのだと考えることで、私達は自分からファンとの間に壁を作っていた」


 正通は初めて、なつきも一人の人間なのだと実感した。手の届かない存在であったなつきを、初めて近くに感じたように思った。


「私を……抱き締めてくれないか」


 正通の肩に手を置いたまま、なつきが囁いた。


「えっ……」


 頬を赤らめるなつきの表情に、正通の心臓が大きな音を立てて揺れた。


「君は私の正体を知り、私に裏切られてもなお、私を憧れのアイドルだと言ってくれた。身を挺して、私を救ってくれた。私は君のおかげで、今もここにいる。だから君の手で、私を抱き締めて欲しい。私を救ってくれた……君のその手で」


 正通はそっと手を伸ばし、なつきの身体を抱き締めた。あの凄まじい怪力がどこから来ているのかと思うほど、なつきの身体は細く華奢に感じられた。


「……江原君」


 なつきは満足げに息を吐き、正通の肩に置いていた両手を背中に伸ばした。


「あの時は分からなかったが、今なら分かる。私が神岡君との戦いを焦ったのは……彼女を倒し、一秒でも早く君を手に入れたかったからだ。君のそばに彼女がいることが許せなかったからだ。ふふっ、どれだけ小さな人間なんだろうな、私は」


 呆れたように笑うなつきの身体が、小さく震えていることに正通は気が付いた。


「あっ……」


 なつきが小さく声を漏らした。気が付けば、彼女を抱き締める手に自然と力が込められていた。


「疾風さん。あなたが神岡さんを殺そうとしたことは、許せません。でも……僕は今、不思議と嬉しいんです。あなたは偶像なんかじゃない……僕と同じ感情を持った、一人の人間なんだと分かったから」


 その言葉に安心したかのように、なつきは正通の身体に体重を預けた。

 なつきの耳が首筋に触れる。未知の感覚に思わず身を反らそうとしたが、なつきの腕はそれを逃さない。

 二人の身体がより密着する。肩になつきの涙が落ちるのが分かった。


「ありがとう、江原君。私はもう二度と、君を裏切らない。アイドルとして……一人の人間として」


 正通は無言で頷いた。

 二人はいつしか、一つの鼓動を共有するような感覚に陥っていた。


「本当は、今すぐ君を独占したい。でも……それは卑怯だ。だから、君はこれからも神岡君のマネージャーとして彼女を支えてくれ。そして、私のことを……いつか、その日が来るまで見守っていて欲しい。ただ……」

「……言ってください、疾風さん」


 正通に促され、なつきは大きく深呼吸をした。


「もし許されるならば……時々こうして、二人きりになりたい。二人きりで君と話したい」

「……はい、疾風さん」


 正通が応えると同時に、なつきは身を震わせて両腕に力を込めた。

 どれほどの間、そうしていただろうか。正通となつきはゆっくりと腕の力を抜き、見つめ合った。それは――互いの吐息が唇に触れ合うほどの距離。


「江原君……そろそろ戻ろうか」

「はい、疾風さん」


 正通は未だ高鳴り続ける胸を押さえ、笑顔で頷いた。

 瞳を潤ませ、切なげに微笑むなつきの表情を――これまでに見た中で一番美しいと感じた。

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