「輝ける道へ」(3)
「さーて、料理も揃ったことだし、そろそろ始めるとしよう」
テーブルをつなぎ合わせて用意した食卓を埋め尽くさんばかりの料理の数々。
和・洋・中の料理の数々に加え、アズリが作ったアフガン料理や香苗が作ったスーダン料理なども並んでいる。
日本料理は主に守屋と鈴木が、西洋料理は近江とブランカ・ベアトリスが、中華料理は陽子とユミが作ったものだった。
これだけのものが作れるなら、芸能事務所を辞めてもレストランとしてやっていけるのではないか、と正通は素直に感心した。
「江原君。遅くなったが、ようこそスヴォーロフ・プロへ。そしてペンタメローネの皆。ヴァーグナー君。ようこそスヴォーロフ・プロへ。長坂君、ヴァーグナー君。全快おめでとう。それでは、これからの皆の活躍と成功を祈って、乾杯!」
「乾杯!」
岩本の音頭で皆が一斉にグラスを掲げ、賑やかに立食パーティーが始まる。
二週間前には殺し合いをした間柄なのに、なぜこうして打ち解けられるのか。正通には不思議だったが、「まあいいか」と笑って済ませてしまうのがいいような気がした。
かつては敵同士だった面々が笑顔でグラスを傾け、料理に舌鼓を打つ。
平和――。正通の脳裏に浮かぶ、その言葉。
幼い頃から何度も耳にしながら、どこか空虚なものを感じていた言葉が、初めて現実味を持ったように思えた。
「よぉ、ちょっとテレビつけてくんねぇか。一時のニュースの時間なんだ」
「あ、はい」
顔を赤くした守屋に言われ、正通はテレビの電源を入れた。
「あ…………」
テレビに映っていたのは真鍋だった。芸能事業からの撤退を表明したクオーレが、慈善事業団体として生まれ変わるというニュースだった。
この映像を観ていたのは、たまたまテレビの前にいた正通となつきだけだった。
正通がそっとなつきの様子を窺う。なつきは嬉しそうに、だが少し寂しそうに微笑んでいた。
正通は静かにテレビの電源を切った。
「ニュースはお休みですよ、守屋さん」
「……なぁんだ、そうかい」
守屋はそう言って笑うと、日本酒をあおった。
正通となつきはどちらからともなく、グラスを合わせた。なつきがグラスを口に運ぼうとした時、中身が空になっていることに気づいた。
「はいっ、どうぞ」
サイダーの入ったグラスをなつきに差し出したのは陽子だった。
陽子はいつになく、楽しそうに笑っていた。
「ありがとう、神岡君……」
一息に飲み干すなつきだったが、飲んだ瞬間に頭がぐらついた。
「な、何だこれは……?」
正通が慌ててなつきの肩を支えると、陽子はその様子を見て大笑いした。これは……完全に出来上がっている。
「あらあら、陽子ちゃん。あなた、間違えて私の作ったチューダー飲んじゃったでしょう。今、なつきちゃんに飲ませたのもチューダーじゃないのぉ?」
フライドチキンの山の向こうから、ユミが顔をのぞかせた。
「チューダ……何ですか、それ?」
「うふふっ。チューダーっていうのはね、要するに焼酎のサイダー割りよぉ。日本の伝統的なカクテルねぇ。日本ではパーティーの時には、決まってこれを飲むことになってるのっ」
「へえーっ。そうなんですか……知りませんでした」
アズリとブランカは素直に感心していた。ベアトリスが眉をひそめながら正通に尋ねる。
「そうなの、江原君?」
「少なくとも、僕はそんなの聞いたことありませんけど……」
陽子は香苗と肩を叩き合って笑っている……チューダーを手に。
香苗も頬を赤らめているところを見ると、彼女も飲んでしまったらしい。酒が入っているとはいえ、陽子は以前よりずっと社交的になったように思えた。
「まったく……先が思いやられるなぁ」
「神岡君から預かっていたトカレフだが……渡すのは後の方がよさそうだな」
「そうですね。今、渡すのはちょっと危ないかも……」
正通となつきが顔を見合わせて苦笑する。
そんな若者達の様子に、岩本達が声を上げて楽しげに笑う。
「ところで、この八宝菜はおいしいね。誰が作ったんだい?」
岩本が尋ねると、陽子が勢いよく手を挙げた。
「はいはーい! 私でーっす」
すっかりテンションのおかしくなった陽子に、岩本は苦笑しながらビールの入ったグラスを傾けた。
正通も八宝菜を皿に取って食べる。確かにおいしい。味付け、火の通し具合、共に申し分ない。これは、金を出しても食べたいと思える味だ。
正通が口をもぐもぐさせていると、八宝菜を味わう自分の顔を嬉しそうに眺めていた陽子と目が合った。正通は不敵に笑う。
「唄って、踊って、料理もできるアクション・アイドル……か。よし、それで行こう!」
正通は箸を握り締めて天井に掲げた。
「おぉーっ!」
陽子が訳も分からず同じリアクションをすると、なつきが清々しい笑顔で拍手を送る。それに続いてすっかり顔を赤くした長坂と近江が、そして全員が拍手に加わっていた。
「ところで社長。お願いがあります」
拍手が一段落した頃、声を上げたのはなつきだった。
「何だい、疾風君」
岩本は穏やかに尋ねる。
「神岡君と、一緒に唄わせてください」
なつきの提案に、その場にいた全員が驚きのあまり動きを止めた。
「……駄目ですか?」
恐る恐る尋ねるなつきに、岩本が満面の笑みを浮かべた。
「駄目だなんて言うわけ、ないじゃないか。神岡君はどうかな?」
頬を桜色に染めた陽子が、美しい敬礼で応えた。
「……ありがとう、神岡君。みんな、演奏を頼む」
なつきの言葉に香苗達は笑って頷いた。そして――。
歓迎会も一段落した後、三階のスタジオ兼道場にメンバー全員が集った。
愛用の楽器を携えた香苗達の演奏に合わせて、陽子となつきは爽やかに曲を唄い上げた。
陽子と唄う為になつきが作ったというその曲は、明日への希望をテーマにした明るい曲だった。
陽子となつきはそれぞれのパートを見事に唄いこなし、曲の終了と共に、その場にいた全員が惜しみない拍手を送った。初めてのコラボレーション、初めて唄う曲であるにもかかわらず、陽子はそれを感じさせない歌声を披露した。
曲を唄い切った陽子が晴れ晴れとした笑顔でなつきに頭を下げる。なつきは笑って首を横に振り、そっと右手を差し出した。
「疾風さん……」
陽子が差し出された手を握った瞬間、盛大な拍手が二人を包み込んだ。正通は精一杯の拍手を送りながら、溢れ出る涙を止めることができなかった。
「さて……そろそろ、いいだろう」
なつきは樹脂製の黒いガンケースを陽子に差し出した。手に取ると、ずっしりとした重み。
「疾風さん、これ……」
「預かっていたトカレフだ。分解して部品は全て磨き上げ、オイルも注しておいたよ。君の御眼鏡に適うといいが」
なつきにケースを開けるよう促され、陽子が発泡ウレタンで保護された中身を取り出す。トカレフはその輝きに深みを増しているように思えた。
陽子はマガジンの抜かれたトカレフを手に取ると少しだけスライドを引き、弾丸が入っていないことを確認してからスライドをいっぱいに引き、手を離した。
甲高い金属音と共にスライドが前進し、手に心地良い感覚を与えた。
「綺麗……それに、動きが良くなってる。疾風さん……本当に、ありがとう」
「礼には及ばない。それと、これを」
なつきは可愛らしい紙袋を差し出した。陽子が手に取ったそれは、思いのほか軽かった。
「これは……」
「ありがた迷惑かも知れないが……開けてみてくれ」
陽子は小さな期待を胸に、袋を開けた。中から出て来たものは明るい琥珀色をしたカチューシャ。それは、陽子が愛用していたものと瓜二つだった。
「カチューシャ、どうして……」
「同じものがないか探したんだが、いいものが見つからなくてね。私が作ったんだ。あのカチューシャは大事なものだったんだろう? 壊してしまって、本当にすまなかった」
なつきは陽子に深々と頭を下げた。
「疾風さん、もう謝らないで。私、とっても嬉しい。これ……早速、着けさせてもらうね」
陽子は慣れた手つきでカチューシャを髪に挿した。
再び拍手が沸き起こり、陽子は恥ずかしそうに頭を下げた。なつき自作のカチューシャは陽子の頭にぴったりな上に軽く、快適な着け心地だった。
なつきは顔を上げ、陽子に微笑んだ。なつきの表情からは裏表のない敬意と友情の念が感じられた。
陽子はなつきの笑顔に応えるように微笑むと、涙を流しながら傍らで見守っていた正通に、これ以上ないほどの晴れやかな表情で語りかけた。
「江原くん……これからもよろしく。私、頑張るから」
「うん。頑張ろう、神岡さん。みんなに愛されるアイドルになる為に……!」
正通は涙を拭うのも忘れて、温かい拍手に包まれながら決意を新たにした。
陽子がみんなに愛されるアイドルになる為の、正通のマネージャーとしての仕事はまだまだ始まったばかりなのだ。
テレビ局のニュース番組収録スタジオ――。
正通はテレビを消してしまったが、そんなことは関係なくニュースは進行する。
キャスターはカメラの位置を気にしながら、原稿をめくった。
「次のニュースです。ウガンダ政府は三十一日、アフリカ東部・ウガンダを中心に虐殺や子供の誘拐などを行っていた反政府組織がその活動を停止しつつあると発表しました。
詳しい情報は入ってきておりませんが、現地メディアは未確認の情報として、この組織を率いていた中心人物と幹部の多くが相次いで死亡したと伝えています。これにより、長く続いていた紛争も終結するとの見方が強まっています。ウガンダではこれまで……」
『GUN・ACT!(ガン・アクト)―武装アイドル神岡陽子の活動記録―』――完――




