「廃墟の舞踏会」(4)
「くそったれ! なんでこうなる!」
長坂が悪態をついた。
フェンスを乗り越え、植え込みの陰から建物に接近したところで猛烈な射撃を受けた。
アズリ達は建物の横に土嚢や鉄骨を使ったバリケードを築いていた。
彼我の距離はおよそ百メートル。間には積み上げられた鉄骨や重機など、接近する際の弾除けとなるものが残されていた。
「人数は四人。装備はAK四挺、手榴弾が数発。一人は刀を持っているみたいだね。それと……何か、鉄パイプのような音も聞こえる。気をつけて」
機銃掃射の合間にアズリが言った。
隣にいるブランカは小さく頷くと、スナイパーライフルの暗視スコープを覗き込みながら笑った。
「……見つけましたよ」
長坂は突然背筋に寒気を感じ、地面に這いつくばった。
それと同時にブランカの構えた半自動狙撃銃――MSG-90の銃口から超音速で七.六二ミリ弾が飛び出し、長坂が手にしていたAKMを一瞬にしてガラクタに変えた。
「クッ……!」
長坂はすぐにそれを手放すと、頭を下げたまま軍刀を握り、先行したアンドレと近江に声をかけた。
「大ちゃん、アンドレ! 一旦、退がるぞ!」
「おう!」
返事をした近江が這ったまま後退しようとすると、突然その足元に集束弾が送り込まれた。
「……ッ! 俺達の声が聞こえてるのか!」
近江が思わず口走る。
「もちろん聞こえてるよ、全部ね」
アズリは舌を出して笑った。
彼女は人間離れした音感の持ち主だった。この戦場騒音の中から一つ一つの音を抜き出し、それらを正確に分析していた。
先行したアンドレと近江、後方の長坂とユミは分断されていた。下手に動けば頭を撃ち抜かれる。
近江は自らの不用意さに舌打ちした。
「左翼から回り込んで!」
アズリが言い終わる前に、G36Kアサルトカービンを構えたベアトリスとヴァーグナーが射撃しつつ前進を始めた。
「……ユミ、スモークだ! それと……!」
木の陰に隠れながら近江が叫ぶ。
「了解!」
後方にいたユミが発煙手榴弾のピンを抜いて前方に投げた。
地面に落ちた手榴弾が激しく燃焼しながら煙を上げる。
ベアトリスとヴァーグナーは足を止め、煙の向こうへ激しい銃撃を行った。
「発煙弾か。そんな目くらまし、無駄だよ」
機関銃の射撃を停止し、加熱した銃身を引き抜きながらアズリが言った。
使用するMAG軽機関銃は高い信頼性を誇る傑作機関銃である。
素早い銃身交換ができることが大きな特長であり、彼女はこれをまるで自らの身体の一部のように自在に扱っていた。
「ベアトリス! 煙の中に一発、撃ち込んで」
早くも銃身交換を完了したアズリが言葉を発した。
ベアトリスは無言で頷き、アサルトカービンに取り付けたグレネードランチャーの引鉄を引いた。
ボン、という発砲音の後、オレンジ色の光と共に煙の中で爆発が起きた。
爆風で植木が吹き飛び、木の枝や葉が辺りに激しく飛び散る。
「……いない。アズリ」
煙の消えた前方を注意深く見回しながら、ブランカが声を発した。
「どこに隠れたかはわからない……何かを操作するような音が……注意し……」
言い終わる前に、大型花火を打ち上げるような轟音が鳴り響いた。
「……ッ! みんな、伏せッ――」
アズリの言葉を凄まじい炸裂音がかき消した。
手榴弾や一般的なグレネードランチャーではない。それらを遥かに上回る爆発によって、バリケードが粉砕された。
「命中ッ!」
ユミが小さく叫ぶ。
ユミは奇妙な物を近江の上腕部にあてがっていた。
直径五センチあまりの円筒の底にやや細い支柱が取り付けられ、根本に京都銘菓『八橋』のような形の湾曲した台座が固定された、鋼鉄製の兵器。
「うぅッ……! うぐッ……あぁぁッ……!」
瓦礫に埋もれたブランカの腕の中でアズリが小さく呻き声を上げる。
軽野砲の炸裂音に匹敵する轟音に鼓膜を痛めつけられ、聴覚が一時的に麻痺していた。
びくびくと身体を震わせながら激しい呼吸を繰り返す彼女に、ブランカが形相を変えて何度も平手打ちを見舞う。
「このッ、くそ豚が! しっかりして! 殺されたいの?」
アズリの耳元で叫びながら、周囲の状況を確認する。
鉄骨と土嚢が散らばる中で、ベアトリスとヴァーグナーは地面に伏せて難を逃れていた。
ブランカが手で二人に合図を送る。
ベアトリスとヴァーグナーが合図に呼応して前方への射撃を再開し始めると、アズリがようやく立ち直った。
「あの音……聞いたことがある」
アズリが頭を押さえながら呟いた。
「……え?」
「思い出したよ。私がボスに拾われる前……マザリシャリフであの音を聞いた。威力・命中精度・軽量さ。そのどれもが優れた日本製の軽迫撃砲。あれは……」
「……八九式重擲弾筒」
アズリの言葉に応えるように、ユミが呟いた。
「持って来て正解だったな。こいつで形勢逆転だ」
苦痛に顔をしかめながらも、近江が口元を歪ませる。
八九式重擲弾筒――。
日本陸軍が開発・運用した、兵員一人で携行・射撃が可能な軽迫撃砲である。一般的なグレネードランチャーを遥かに上回る威力を持ちながら、軽量で命中精度も高い。
第二次世界大戦時、連合軍歩兵を最も苦しめた兵器の一つ。
ユミはこの擲弾筒を近江の腕にあてがい、水平射撃でバリケードを破壊したのだった。
ユミは砲口から次弾を装填し、駐板(台座)を再び近江の上腕部にあてがった。
米軍兵士は鹵獲した八九式に『ニーモーター(膝撃ち迫撃砲)』というニックネームをつけていたが、それは湾曲した駐板を大腿部に乗せるものと誤解したことによる命名であり、実際にそんなことをすれば大腿骨が砕けてしまう。
こんな無茶な射撃が可能なのは、人並み外れた近江の筋力があってこそだった。
「ベアトリス! グレネード!」
ブランカの叫びにベアトリスが素早く反応し、予備の弾薬に手を伸ばしたが――。
それよりも早く、ユミが擲弾筒の引鉄を引いた。
「伏せてェッ!」
擲弾筒の発射音とほぼ同時に響き渡るブランカの絶叫。それから一秒の間も置かずに、凄まじい炸裂音が再び辺りに轟いた。
「……ベアトリス! ヴァーグナーさん!」
瓦礫と土をかぶったまま、ブランカが叫ぶ。
「……私は無事! でも、ヴァーグナーさんが!」
ベアトリスは息を切らしながら応えた。
ヴァーグナーはベアトリスを庇い、倒れた鉄骨の下敷きになっていた。脳震盪を起こしているらしく、ベアトリスの呼びかけにも反応がない。
「くッ……!」
爆発の際に手放してしまったMAGにアズリが手を伸ばすのと同時に、前方から猛烈な小銃弾の雨が降り注ぐ。近江とアンドレが前進射撃を開始したのだ。
「おのれ……ッ!」
ベアトリスが素早く次弾を装填し、グレネードランチャーを発射した。
榴弾が付近の地面で炸裂し、近江とアンドレの姿が爆炎と黒煙に包まれる。
射撃が止んだ隙にアズリとベアトリスはそれぞれの武器を手にした。
「アズリ、ブランカ! 後退して! 私はヴァーグナーさんを――」
ベアトリスが足元の鉄骨に手を伸ばした、その瞬間。
「ベアトリス! 後ろ!」
響き渡るブランカの絶叫。
「…………ッ!」
振り返ったすぐそこに長坂が立っていた。軍刀を上段に構え、今にも振り下ろさんとする勢いだった。
すぐさまブランカが射撃を試みるが、射線上にベアトリスがいる。
一瞬の逡巡――。ブランカが声を発するよりも早く、長坂の軍刀が振り下ろされる。
ベアトリスがすぐさまG36のストックで受け止めようとしたが――。
「しまっ……!」
長坂の剛剣がG36のファイバー製ストックを切り裂く。
ベアトリスが身体のバランスを崩したのと同時に長坂は空かさず二太刀目を放った。
繰り出された逆袈裟の斬撃。刹那の煌きが闇を裂いた。
「うぁ……」
短い呻き声の後、ベアトリスの身体が崩れ落ちた。




