「廃墟の舞踏会」(1)
「君は私を……どんな風に見ていたんだろうな」
なつきは正通の目の前に人差し指を突き付けながら、まるで心の奥を見通すようにまっすぐ目を見据えていた。
「おそらく……本来の私とは全く違うものを見ていたんだろうが」
突き付られた人差し指はまるで刀の切先のようで、正通はまったく動くことができなかった。
やがて、なつきはゆっくり瞬きをすると、わずかに表情を和らげた。
「少し、昔の話を聞いてもらおうか。私が何故、処刑人となったか。何故、アイドルとなったか……君にとっては、気になる話だろう?」
正通は無言で小さく頷いた。
「私は幼い頃、強盗団に家族を皆殺しにされた。そしてボスに救われ、腕を磨いて自らの手で復讐を果たしたんだ。私が芸能界に足を踏み入れたのも同じ頃だ。私はアイドルとしての研鑽を積みながら、その一方で仲間達と共に処刑人として腕を磨き続けてきた。未だ自らの目指す場所へは辿り着いていないがな」
なつきは正通に突き付けた人差し指をそっと下ろしながら言った。
――やっと、わかった。『ドロメアス』は疾風さん自身の物語だったのか。だから僕は疾風さんに惹かれると同時に、あの歌に強く惹かれていたんだろうか。
「……疾風さん。ご家族を……」
正通は口ごもり、目を伏せた。
「私の為に悲しんでくれるのか……君は優しいな。だが、同情は無用だ。私はこの手で家族の仇を討つことで、既に過去を克服したんだからな」
なつきは穏やかな笑みを浮かべていた。
氷の微笑……ではない。温かく、目を合わせているだけで心が休まる程の、優しい笑顔。
これが何人もの命を奪った人間の表情だとは、とても思えなかった。
その笑顔が逆に、正通の胸に激しい痛みを与えた。
「……疾風さん」
それは、喉の奥から絞り出すような声だった。
「何だ、江原君?」
なつきは微笑みを崩すことなく、声を発した。
「僕には分かりません。ご家族の復讐を果たしたなら、もうそれで十分でしょう? ……それなのにどうして、今も戦い続ける必要があるんですか?」
途中で顔を上げて一気に言葉を投げかけ、たまった唾を飲み込んだ。
なつきはやや考え込む素振りを見せた後、再び正通の目をまっすぐ見据えた。その顔からは笑みが消えていた。
「……それが、私だけの復讐であればな」
「え……」
「私が仇を追い求め、復讐を果たすまでに二年もの月日が流れていた。その間に犯人グループは犯行を繰り返し、六人もの命と財産を奪っていた。私の家族を殺したのと同じ手口でね」
淡々とした口調の中に悔しさがにじみ出ていた。
「『もはや自分だけの復讐だと思うな』……ボスは私にそう言った。私は自らの家族の分と合わせて十発……一人につき十発の弾丸を撃ち込んでからとどめを刺した」
年端も行かぬ少女が男達を射殺する光景を思い浮かべ、正通は戦慄すると同時に耐えがたい胸の苦しさを覚えたが、微動だにせずなつきの視線を受け止め続けた。
「復讐を終えた私は、力無き人々の為に戦うことが力を得た人間の義務と知った。この世には生かしておいてはいけない卑劣な人間達と、それに苦しめられる無数の人々が存在する。だから私は戦い続けることを選んだ。同じ運命の下に集った四人の仲間とともに。それがペンタメローネの原点だ」
正通は再び唾を飲み込んだ。
なつきの理屈は以前、岩本の口から聞いたものと何ら変わらない。悪徳と暴力の被害者である正通にとって、それは正論以外の何物でもなかった。
――でも、それならどうして……?
それなら何故、自分を誘拐するという悪行を働いたのだろうか――?
「……君をここへ連れて来た理由を、まだ話していなかった」
正通の心の声に応えるかのように、なつきは話を切り出した。
「私は君のパートナー……マリュートカに果し合いを申し込んだ。もうすぐ彼女は現れるだろう、君を救う為に」
なつきの言葉がすぐには理解できず、正通は間を置いて言葉を発した。
「戦う……神岡さんと……? 何の為に?」
「私には彼女との戦いが必要だからだ。私がアイドルとして、処刑人として更なる高みに登りつめる為にな」
なつきは平然と言い放った。
正通の額から汗がしたたり落ちた。
「……やっぱり僕には分からない。何でそこまでして神岡さんと戦おうとするんだ? 更なる高み? ……あなたはトップアイドルじゃないか。日本であなたを知らない人なんかいない。いや……今じゃ海外でもあなたの名前が知られてるっていうのに! 僕はあなたよりも才能がある人は今の芸能界にはいないと思ってる。あんな素晴らしい歌を唄って……詩や曲まで自分で書いて……衣装まで自分でデザインして。それだけじゃない。あんなに優しくて、それに疾風さんは……そんなに、き……綺麗なのに。そんな人が。何でも持ってる凄い人が、まだ不満だって言うのか?」
途中で顔を赤らめながら、正通は振り絞るように言葉を発した。
しかし、なつきは眉一つ動かさず、冷たい目で正通を見下していた。
「アイドルとしての自分と処刑人としての自分を統合した存在が私だ。両方の道を同時に走り続けることで今の私は成り立っている。どちらか一方を無くしてしまえば、私に存在する理由は無い。だから私は唄う。踊る。演じる。作る。そして戦い、殺す。私がアイドルとしての自分を昇華させることができたのは、処刑人として数々の死線を潜り抜けたからだ。皆が求め、私が求める最高のアイドルとなる為には処刑人としての自分を捨て去ることなどできない」
「な……」
正通は反論することができなかった。
ファンやマスコミが求める姿を、何より自らが求める姿を維持する為にアイドルが努力を続けるのは当たり前なのだから。
なつきにとっては処刑人としての仕事がそれに相当するというだけの話なのだ――。
「『今の芸能界』には私以上の存在はいない、と言ったな。或いはそうかも知れない。だが、これから先、今の私を超える存在が現れないと断言できるか? ……それに、その可能性を持つ者も既に現れている。マリュートカ……神岡陽子がそれだ」
「まさか。神岡さんが……?」
なつきの口から出てきたのは意外な言葉だった。
「ふふっ。君はマリュートカ……いや、神岡君の近くにいながら何も分かっていないんだな。命のやり取りを経て生き残った者のみが到達できる高みが存在するんだよ。神岡陽子という三流アイドルと、マリュートカというプロの処刑人。神岡陽子は取るに足らない存在だ。だが、マリュートカは違う。彼女は幾多の戦いをくぐり抜けた真の戦士だ。私もマリュートカの戦いをこの目で見た。そして……確かに彼女を美しいと感じたんだよ」
そう言ってなつきは正通に背を向けた。
「神岡さん、いや……マリュートカを?」
「そうだ。彼女の中の処刑人『マリュートカ』とアイドル『神岡陽子』が一つになった時……彼女は必ずや私達を脅かすほどの存在になるだろう」
なつきが正通に背を向けたまま華麗にステップを踏む。
そしてベルベット生地のスカートをひらりと翻しながら片足立ちで一回転し、突然中段蹴りを放った。
正通の横にあった木箱が一撃で粉砕され、木片が周囲に激しく飛び散る。
なつきは軸足を少しもぶれさせずに蹴りを放った足を高く上げ、そのままゆっくりと下ろした。
「うッ……」
それは、自らの身に降りかかった危険を忘れてしまうほどの美しい動きだった。
見事な脚線美よりも、視界に入った黒の下着と白い肌よりも、何よりもその足運びの美しさに正通は魅了されていた。
こんな状況でも動きの一つ一つに見とれてしまう自分が悔しかった。
「……つまり神岡さんがライバルになる前に殺すつもりなのか? あなたを見損なっ……!」
言い終わる前に正通の顔面をなつきの手刀が掠めた。
まるで本物の刃を振ったような高い音の後、頬に一筋、生温かいものが流れるのを感じる。ややあって、かすかな痛みがあり、ようやくそれが汗ではなく血なのだと理解できた。
「莫迦にするな。殺すことが目的であればとっくにやっている。こうして君を人質にとって呼び出す必要はない。こんな、我々の信条に反する卑劣なことをする必要はない」
ぎらりと目を光らせ、吐き捨てるように言い放った。
「それじゃ、なんで……?」
「これだけ説明してもまだわからないのか? 強い者と戦い、倒すことで私はより強くなる。目指す存在にまた一歩近づくことができる。私はその為にマリュートカと戦うんだよ。殺すことが目的ではない。戦うことが目的なんだ」
両手を広げ、清々しいばかりの口調で言い放つなつき。正通はその笑顔に戦慄を覚えた。
――ドロメアス――。
正通は六日前に見た夢を思い出していた。そして、夢の中に現れた赤い瞳の少女を自分が何と呼ぼうとしたのか……ようやく思い出すことができた。
ドロメアス。それは正通が無意識のうちに見出した、疾風なつきの真の姿だった。
正通を見下ろすなつきの瞳は赤く染まった満月のような、妖しい光を放っていた。
「クワァー!」
突然、正通の背後からカラスの鳴き声が聞こえた。
「二人とも。話はもう終わったかい? 今宵のメインゲストがお出でになったよ」
正通が後ろを振り返ると、香苗がカラスを右肩に乗せて立っていた。
香苗は正通と目を合わせると笑みを浮かべ、横に二歩移動して自らの後ろに立つ者に進路を譲った。
香苗の後ろに立っていたのは陽子だった。
出会った時と同じ、真っ赤なブレザーに黒のスカートを身に着け、足を肩幅に開いて前方を見据えていた。




