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GUN・ACT!(ガン・アクト)‐武装アイドル神岡陽子の活動記録‐  作者: 鳥羽輝人
第十五話

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「夏の始まり、何かの終わり」(3)

 時刻は午後五時を回っていた。

 夏の盛りの為、外は明るい。

 ライブとジャンケン大会は盛況のうちに終わり、正通は陽子・長坂と共に商店街の人々に温かいもてなしを受けた。

 友人を待たせているからと言って正通と陽子が挨拶のみで退席しようとすると、吉岡や明美達も招いて料理や飲み物を振る舞ってくれた。

 予想外の盛況ぶりに商店街の人々は大喜びで、宴会の席で秋祭りへの参加も要請された。

 正通と陽子は思わず手を取り合って喜び、快く承諾した。


 正通は陽子・長坂と共に事務所へ戻って勤務報告をすると、一人で事務所を出た。

 この日は訓練も休みであり、正通は久々に家で寛ぐつもりだった。

 陽子はユミと買い物に出かけるらしく、その後も事務所に残った。




「それにしても……暑いなぁ」


 青梅街道を徒歩で西へ進みながら、何気なく呟いた時のことだった。


「あ……レクサス……」


 歩道を歩く正通の横を、黒のレクサスがゆっくりと追い抜いて行った。

 黒のレクサス――。

 あの日、ペンタメローネのメンバーが乗っているのではと勘違いし、必死で追跡した。そしてビルの建設現場で陽子と武井に会い、『テレビの裏側』を知った。

 その後、正通は見習いマネージャーになって陽子や長坂と危機を切り抜け、先日は憧れの疾風なつきと直接話すという、夢のような体験をした。

 あの日、黒のレクサスを追跡しなければ、それらはあり得なかったことを考えると、不思議な思いがした。


「……あれ?」


 前方を走っていたレクサスが、道路脇にゆっくりと停車するのが見えた。


「こんにちは、江原サン!」

「あっ……! ヴァーグナーさん……こんにちは」


 ドアを開け、正通に声をかけたのはペンタメローネのマネージャー、ヴァーグナーだった。


「先日はありがとうございました、ヴァーグナーさん」

「ちょうどよかったデス。お話があって事務所へご挨拶に行こうとしていたのデス」


 そう言ってヴァーグナーはにっこりと笑った。


「お話……ですか?」


 正通は期待に胸を膨らませた。

 もしかしたら、またなつきに会えるかもしれないと思った。


「夏のイベントで、ペンタメローネと神岡サンの共演企画があるのデス。まだ決定事項ではありマセンが、社長と神岡サンにお話ししたいのデス」

「ええっ……!」


 まさしく降って湧いたような話だったが、まさしく千載一遇の好機だ。


「わかりました。それじゃ、早速社長に電話を……」


 正通が携帯電話を取り出そうとした時、後部座席の窓がゆっくりと開いた。


「やあ、江原君。車の中からで失礼」


 窓の隙間からサングラスをかけた顔を見せたのは真崎香苗だった。


「真崎さん……こ、こんにちは」


 正通は先日のことを思い出し、頬を染めた。

 そんな様子を見て香苗が楽しそうに笑う。


「ふふっ。ところで喉が乾かないかい? この近くに静かでいい喫茶店を知ってるんだ。おいしいコーヒーが飲める店だよ。ねえ、ヴァーグナーさん。駄目ですか?」


 ヴァーグナーは腕時計を見ると、小さくため息をついた。


「仕方ありマセンね。三十分だけデスよ」

「ありがとう、ヴァーグナーさん。江原君、乗ってくれ。僕の隣にね」


 香苗はそっと後部座席のドアを開けた。


「いいんですか……?」

「勿論だとも。さあ」


 香苗はサングラスをずらして切れ長の目をのぞかせながら言った。

 トパーズ色の、吸い込まれるような瞳――。まさしく、そんな表現に相応しい目だった。


「は、はい……」


 正通は言われるままに乗り込んだ。




「ふーっ、重かったぁ」

「いっぱい買っちゃったね、ユミさん」

 時刻は午後六時半を回っていた。

 陽子とユミは買い物を終え、事務所へと戻って来た。

 吉祥寺に行き、手芸品店で衣装用の素材を購入し、その足で駅前の安売り菓子店に寄って大量の菓子を購入。更に駅ビル内の紅茶専門店で紅茶を購入した。

 二人とも両手に荷物を抱えて電車に乗る羽目となった。


「すごいな、おい。半分はユミちゃんのおやつかい? はははっ」


 長坂が笑いながら言うと、ユミが長坂の肩をばしん、と叩いた。


「もうっ! デスクワークには糖分が必要なんだからねっ」


 ユミと長坂のやり取りを他のメンバーが笑いながら見守る。

 武井が去った後の陽子にとって、かけがえのない日常だった。

 この日は岩本とユミ、長坂の他にアンドレと鈴木が事務所にいた。暇を持て余した長坂は岩本達を誘って大富豪に興じていた。


「くそっ。私が一番立場が上のはずなのに……」


 大貧民の地位に落ちた岩本がぼやく。


「革命狙いで行きましょうよ、社長」


 貧民の鈴木が岩本を励ます。


「ババ抜きやポーカーもいいですが、大富豪はやっぱり楽しいですね」


 そう語るアンドレは大富豪である。コンゴでの困窮した生活が根底にあるだけに、『大富豪』という言葉はとりわけ魅力的だった。


「あれ……? 何だ、この音?」


 妙な音に気づいたのは長坂だった。


「警戒態勢に入れ! ゲームは中止!」


 言うが早いか、岩本は持っていたカードを机にばらまき、山札を崩した。

 アンドレは恨めしそうにそれを見たが仕方なく命令に従い、耳を澄ました。


「コツコツ聞こえるが、窓を叩いてるような音だな」


 長坂の言葉に、全員の視線が事務所の窓ガラスに集中する。

 窓の外にいたのは一羽のハシブトガラスだった。カラスが窓枠に足をかけ、外側から嘴でガラスを叩いていた。


「カラスがガラスを……って、ベタな洒落だな」


 苦笑しながら窓に近づいた鈴木は、カラスの足に金属の筒がついていることに気づいた。


「社長! これ……」


 岩本は眉をひそめて頷いた。


「伝書鳩ならぬ伝書ガラスというわけか。鈴木君、窓を開けてくれ」


 鈴木は恐る恐る窓を開け、カラスの足の筒から丸められた紙を取り出した。


「クワァー!」


 カラスは「毎度あり」とでも言うかのように一声鳴くと、再び空へ飛んで行った。

 鈴木から紙を受け取った岩本は机の上でそれを開く。他のメンバーは机の周りでそれを見ていた。


「な……何だ、これは……?」


 紙に書かれた内容に、岩本は困惑の表情を浮かべた。


  果たし状

 神岡陽子殿

 貴殿の力と技に心より敬意を表し

 名誉ある果たし合いを申し入れん

 武装を整え来られたし

 本日 午後八時 大田黒公園にて待たれよ

 立会人 江原正通殿

 立会人 真崎香苗

          ペンタメローネ 疾風なつき


 和紙に毛筆で書かれた美しい字が並んでいた。それを見る全員が困惑していた。

 今日び、こんなものを本気で送りつけて来る人間がいるのだろうか。しかもカラスで――。


「……何だ、これ」


 長坂が困惑の表情で呟いた。


「何かのいたずらじゃ……あ!」


 陽子に続いて、他のメンバーも文面の一部に注目した。


 ――立会人 江原正通殿――


「立会人……?」


 嫌な予感がした陽子は、スマートフォンを取り出して正通の携帯電話に発信した。


「どう? 陽子ちゃん?」


 ユミが心配そうに声をかける。


「……駄目です。つながりません」


 陽子は背中に冷たいものが流れるのを感じた。その後、何回かけ直しても同じだった。


「つまり、江原は人質ってわけかよ」


 重い沈黙の中、鈴木が歯ぎしりをした。

 誰も、正通が裏切った可能性については言及しなかった。


「まさかこうも早く姿を現すとはな。しかも、その正体があのペンタメローネとは……」


 長坂はここ最近で起きた、新たな勢力による凶悪犯の処刑と今回の事態とを結びつけた。

 その分析に他のメンバーは驚きを見せたものの、誰も異を唱えようとはしなかった。


「……みんな、いい人だったのに……」


 陽子は一昨日に見たなつき達の笑顔を思い出し、信じられないといった表情で呟いた。

 陽子は人の表情や声の変化で、心の動きを読み取ることができる。しかし、先日会った時には何ら不自然さを感じることはなかった。


 再び沈黙が続く中、口を開いたのは岩本だった。


「……ペンタメローネだけでは、この四年間に起きた事案の数は説明がつかない」


 手紙に目を落としながら、低い声で言った。


「それじゃ、まさか!」


 ユミはハッとして顔を上げた。


「クオーレが国内での福祉事業を本格化させた時期と例の事案が急増した時期が一致する。おそらくクオーレ代表・真鍋公次にとっては凶悪犯の処刑も慈善活動の一環なんだろう」

「……マジですか」


 鈴木が唸るように呟いた。


「十八年前……私がボスニアにいた頃の話だ。アジア人の男をリーダーとする多国籍の傭兵部隊がいると聞いたことがある。高い戦闘能力と厳格な規律を持つ極めて精強な部隊でありながら、その正体は謎とされていた。ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争が終結に近づくと彼らは中東に向かったと聞いているが、その後の詳しい足取りはわかっていない」


 岩本の推察はにわかには信じがたいものだった。また、証拠もない。

 岩本以外の全員が「まさか」といった表情を浮かべる。


「まさか、その傭兵部隊のリーダーが真鍋公次だって言うんですか?」


 全員の声を代表したのは長坂だった。


「『ボランティア』という言葉の、元の意味を知っているだろう?」


 岩本の質問に、ユミが眼鏡を指で押さえながら静かに答える。


「語源はラテン語の『volo』――『志願者』。英語の『volunteer』には、現在でも『志願兵』『義勇兵』という意味があります」


 アンドレと海外経験の長い長坂は無言で頷き、陽子と鈴木は思わず絶句する。


「真鍋氏は三十年間に渡り、世界各地で『ボランティア』活動をしているという話だ。これは義勇兵としての軍事行動をも含めての活動だろう」


 もはや誰も、岩本の推察に異を唱えようとはしなかった。


「これではっきりした。クオーレはプロの暗殺組織だ。それも、我々を遥かに上回る規模の」


 岩本が顔を上げ、はっきりとした口調で言い切った。

 驚きと戸惑いに満ちていた全員の表情が、数秒の間を置いて一気に引き締まる。


「みんなで正通さんを助けに行きましょう」


 アンドレが全員の顔を見回して言った。


「そうだな。陽子ちゃん一人で行くのは罠に飛び込むようなもんだ」


 長坂が大きく頷く。


「私が一人で行きます」


 ユミと鈴木も長坂に同意する中で、陽子がただ一人異を唱えた。


「おい、陽子ちゃん! 本気で言ってんのか?」


 鈴木が驚いて問い質すと、長坂達もそれに加わった。


「みすみす殺されに行くようなもんだ。江原君が心配なのはわかるが」

「別に、江原くんの心配をしているわけじゃありません! ……いえ、江原くんが心配なのは確かです。ですが、どうしても私が片をつけなければならない理由があります」


 陽子の瞳は怒りの炎に燃えていた。

 長坂達がその瞳に圧倒される中、玄関のドアが勢いよく開いた。


「オーッスゥ! どうしたんだ、みんなで難しい顔して?」


 豪快な挨拶で事務所に入って来たのは近江だった。


「近江さん……撮影じゃなかったの?」


 鈴木が振り返って尋ねる。


「ちょっと忘れ物しちまってな……って、なんだこりゃ」


 近江は岩本の机に置かれた果たし状を見て、メンバー達の表情から事情を察した。


「……正通が、捕まったのか」


 近江が呟くように問いかけると、岩本は静かに頷いた。

 近江は一度目を閉じ、ゆっくりと開けた。その間に彼の表情が一変していた。

 その表情は普段の顔や悪役を演じる時とも違う、本物の兵士のそれだった。


「社長。救出部隊の編成を。ユミ、武器の用意を頼む」


 近江の口調はいたって冷静だった。


「近江君。撮影はどうするつもりだ」


 岩本が近江の目を見据えながら厳しい口調で言った。


「社長。俺は俳優である前に一人の兵士だ。兵士の俺に、どんなことがあっても戦友を見捨てるなと教えたのは上官のあんただぜ。だから俺は……どんなことがあっても、戦友を助ける」


 言うが早いか、近江は携帯電話を取り出してどこかへと発信した。


「ああ、徳田さん。申し訳ありません、今夜の撮影は行けなくなりました」


 近江はそれだけ言って携帯電話の電源を切った。

 その突然の行動に皆が驚く中、陽子が近江の前に歩み出て言った。


「近江さん。救出には私が一人で行きます。だから撮影に行ってください」


 陽子がそう言うと、思い出したかのように長坂達が口を揃えて反対した。しかし――。


「神岡君。行って来なさい」


 岩本が突然、陽子の申し出を許可した。


「ありがとうございます」


 陽子は深々と頭を下げた。


「待ってくれよ、社長! 二人を見殺しにする気か?」


 近江が猛獣のような勢いで喰ってかかる。長坂達もそれに加わり、岩本に詰め寄った。


「……静かにしろ。私の話を聞け」


 岩本は自らに詰め寄る全員を鋭い目で見据え、静かに言った。

 近江達はその視線に制されて一歩後ずさった。


「誰も助けに行くな、とは行っていない」


 岩本の発した一言に全員が安堵の表情を見せる。


「だが、こちらが下手な動きを見せれば江原君が殺される可能性もある。幸い、江原君の携帯には電源が入っているようだ。今のうちにGPSの位置確認機能で彼の居場所を特定しよう。そして、神岡君。果たし状には大田黒公園へ来るよう書いてあったが、おそらく決闘を行う場所はそこではない。敵の用意した移動手段で、邪魔の入らない場所へ行くものと思われる」

「はい」


 陽子はその目に戦意をみなぎらせていた。


「疾風なつきが真に名誉を重んじる人間ならば、神岡君が行く場所に江原君もいるはずだ。だが、もしそうでなかった場合に備え、柔軟に対処する必要がある。携帯で君の居場所を定期的に確認、行き先が江原君の居場所と同じだとわかった時点で救出部隊を送る。神岡君、遅くなっても必ず助けに行く。だから待っていてくれ」

「了解。ありがとうございます」


 陽子と岩本は互いに目を合わせて力強く頷いた。


「次に救出部隊の編成だ。近江君、長坂君、山城君、アンドレ。防弾仕様の社用車ですぐ出られる用意をしていてくれ。鈴木君はここで待機。守屋さんが戻ってから再び指示を与える」

「了解!」


 鈴木を除く全員が声を合わせた。


「……鈴木君、何故返事をしない?」


 岩本の厳しい視線が飛ぶ。


「だって、社長! どうして俺は居残りなんですか?」

「言ったろう、柔軟に対処すると。君と守屋さんは予備兵力だ。神岡君達が行動を起こした後で不測の事態が起きた場合、それに備えてもらう。守屋さんと君ならば安心だ」


 そう言って岩本は口元を緩めた。

 鈴木はもう何も言わなかった。


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