「La Strada (ラ・ストラーダ)―道―」(2)
――これって……!
放課後の情報処理室でネットサーフィンをしていた正通は、動画投稿サイトに先日のヒーローショーの映像がアップされているのを見つけた。
あの場に居合わせた観客が、家庭用ビデオカメラで撮影していたのだ。
「……『ガチで凄いヒーローショーのアクション』……」
動画のタイトルを呟き、映像を再生する。
映像にはペルグラーの登場から陽子のステージまでが収録されていた。
その中には自分が戦闘員を叩き伏せた場面もあった。
正通は映像の始まりから終わりまで、胸の高鳴りを抑えることができなかった。
映像を見終わり、コメント欄に目を移す。
――「アクションはかっこいいし可愛い! 神岡陽子って何者?」――
――「こんなショーは初めて見ました。戦闘シーンがガチにしか見えません。かわいい上にアクションもできて、わりと歌もうまい。こんなアイドルがいたことに驚き」――
――「ヤバい。これ生で見たい。ファンになった!」――
「……おぉぉ……!」
コメント欄は賞賛の言葉で溢れている。
再生回数は四桁に留まっているが、この評判が口コミで広まれば、現在は最底辺の位置にある陽子の知名度も高まっていくかも知れない。
「……あっ」
画面を下にスクロールしてコメントを追って行くと、こんなものを見つけた。
――「小僧のタックルで倒される戦闘員ワロタ」――
――こっちは必死だったんだよ……。
必死の活躍を笑うコメントに心の中で反論してから、ブラウザの検索窓に『スヴォーロフ・プロ』と入力して検索ボタンをクリックした。
検索一覧のトップに上がってきた公式サイトをクリックし、ページを開く。
スヴォーロフ・プロの公式サイトはユミがデザインしたもので、画面構成はシンプルながら上品さとポップさを兼ね備えており、センスの良さが窺える。
しかし、所属タレントの紹介ページは写真も少なく、ボイスサンプルもない。これではせっかく陽子に興味を持ってアクセスした人も、物足りなさを感じるだろう。
陽子の紹介ページの活動記録には先日のヒーローショーが加わっているが、その時の映像がないのではやはり寂しい。
――動画投稿サイトにチャンネルを作って、公式サイトにリンクを貼ろう。PVを作ったりしなきゃいけないから、すぐにはできないだろうけど……事務所に行ったら、ユミさんに相談するか。
正通はマウスのカーソルを画面右上の『×』(閉じる)まで動かした……が。
――と、その前に……。
検索窓をクリックして『ペンタメローネ』と入力する。
ペンタメローネの公式サイトを見てから出社することにした。
「うぅ~ん、プロモーションビデオねぇ~」
ユミはコーヒーに角砂糖を入れながら、首をひねった。
「そう簡単に用意できるモンでもないしなぁ。適当なモン作ったら、かえって恥をかくことになる。いや、待てよ……炎上マーケティングというのも一つの手だな! ネットで『このアイドルのPVひど過ぎワロタ』とか――」
長坂はそれ以上口にしなかった。陽子の冷たい視線を感じたからだ。
事務所にやって来た正通は事務仕事の休憩時間に、意見を述べた。
事務所には長坂とユミがいて、正通の出社した後に陽子も出社していた。
「と、とにかく……陽子ちゃんの個性をアピールした映像がいいな」
「そうですね」
気を取り直した長坂の言葉に正通も同意する。
「陽子ちゃんの個性ねぇ……」
ユミは形の良い顎に手を当てて考え込んだ。
「うん。唄って踊れるアクション・アイドルってことで、ダンスと殺陣を取り入れた内容にしたらどうだろう?」
長坂がぽん、と手を叩いて意見を述べた。
「いいですね、それ。面白そう」
正通が賛意を示すと、ユミが手を挙げた。
「それじゃあ~、着物姿の陽子ちゃんが手にした長ドスで敵をバッサバッサと斬り捨てるようなのはどうかしらぁ? うふふふっ」
およそアイドルのPVとは思えない内容に、正通が顔をひきつらせる。
「ちょっとマニアックすぎやしないか?」
「やっぱりそう思いますか、長坂さん」
正通にうん、と頷いてから、長坂は言葉を紡いだ。
「やっぱりアレだな。どうせやるなら戦国風に甲冑を纏って馬に跨り、太刀を振るって待ち構える歩兵を蹴散らしながら突進! そして待ち構える敵の大将との一騎打ち! 最後に大賞首を高々と掲げて……『敵将、討ち取ったりぃぃぃ!』」
長坂が右手を高々と掲げる。事務所内が不意に静かになった。
「……どう考えてもアイドルのPVじゃないですよ、それ……」
上気した顔で拳を握りしめる長坂を前に、正通が再び顔をひきつらせる。
傍らで陽子もひきつった笑みを浮かべていた。
「なんかもっとこう、アイドルらしいのにしましょうよ……そうだ、神岡さんはどんなのがいいと思う?」
「えっ、私?」
正通に水を向けられ、それまで無言だった陽子は頬に手を当てて考え込んだ。そして十秒ほど後で、ようやく口を開いた。
「その……もう少し……のが……」
陽子にしては珍しい、もじもじした歯切れの悪い態度だった。
「神岡さんらしくないなぁ。はっきり言えばいいじゃない」
正通に促され、陽子は先程よりは大きな声で意見を述べた。
「その……もう少し……か、可愛いのが、いいかなぁ……って」
陽子が頬を赤らめて答えた。
正通は無言で二、三度瞬きし、そのまま固まった。
「なッ……何よ、その反応! 私だってアイドルなんだから、ちょっとくらい可愛くしたいって考えてもいいじゃない!」
「ヒィィッ!」
陽子の剣幕に圧倒され、正通は思わず悲鳴を上げた。
「まあ落ち着けよ、陽子ちゃん。ところで、江原君の意見をまだ聞いてないんだが」
「そうよぉ、人に意見を言わせて自分は駄目出しばっかりなんてぇ、ずるいわよぅ」
長坂、ユミ、陽子は一緒になって正通に厳しい視線を向けた。
「えぇと、その……」
「遠慮しないで言ってみなさいよ」
陽子は口ごもる正通に意地の悪い笑みを向けた。
「え~と……」
いざ意見を求められると、即座にいい案は浮かんでこない。
「江原君、何も今すぐ、決めようってわけじゃないんだ。何でもいいから言ってみればいいじゃないか」
長坂がいくらか口調を和らげて言う。正通は額に手を当て、しばし思案に耽った。
――どうすれば、映像を通して神岡さんの魅力を知ってもらえるだろうか。神岡さんの良さとは……何だろうか。
正通はこれまで陽子と過ごした時間を振り返ってみた。
冷酷に敵を倒す、処刑人・マリュートカとしての陽子。短気で直情的ながら、子供に対しては優しく接する陽子。
自分をうまく表現しきれない不器用な少女、それが……神岡陽子。
一分近く思案に耽った後で正通は徐に顔を上げ、口を開いた。
「確かに奇抜な内容の方が、目を惹くとは思います。でも……あまり奇をてらったものは、神岡さんには合わないんじゃないかと思うんです。映像を観た人が神岡さんに親しみを持ってくれるような内容がいいんじゃないかな、って……」
再び事務所内は静かになり――やがて、長坂がゆっくりと頷いた。
「なるほど。下手にひねりを加えるよりはいいかも知れないな」
ユミはにっこり笑って賛意を示した。
長坂とユミの反応に嬉しくなり、正通はすぐ横に座っている陽子に笑顔を見せた。
「……うん」
陽子は小さく頷くと、照れ臭そうに微笑んだ。
正通は陽子の反応を確認すると、そっと胸に手を当てた。
陽子が自分の提案を認めてくれたことが嬉しかった。
「なるほど、プロモーションビデオか」
「わっ!」
正通は背後からの声に思わず声を上げた。振り返った先にいたのは岩本だった。
「しゃ、社長……いつからそこに?」
長坂が驚きを含んだ声を発した。長坂らも正通と同じく、岩本の存在にたった今まで気がつかなかった。
「いつからだろうね。はははは」
岩本は愉快そうに歯を見せて笑った。
「驚かさないでくださいよ。人が悪いなぁ」
「いや、すまなかった。それはさておき、江原君」
陽子の抗議に笑顔で詫びると、岩本は正通の目を見た。
「は、はい」
「君が積極的に意見を出してくれて、嬉しいよ。この話は他のメンバーとも話し合って具体的に進めるとしよう。色々と準備も必要だからね」
正通の顔に喜びの色が広がってゆく。
「はい、ありがとうございます!」
岩本は満足げに頷くと、食器が収納された戸棚に向かった。
「あぁん、社長ぉ。コーヒーだったらぁ、私が淹れますよぉ」
「ありがとう、山城君。せっかくだからお願いしようか」
ユミは岩本にウィンクをすると立ち上がり、コーヒーポットを手に取った。
「この件は後で他の人からも意見を聞くことにしてぇ、そろそろ仕事に戻りましょう、ねっ(はぁと)」
長坂は軽く手を挙げて応えると、カップのコーヒーを全て飲み干して席を立った。
「それじゃ、俺は書類整理に戻るとするよ」
「それじゃ私は、上で体操でもしてまーす」
長坂は書類棚へ、陽子は奥のロッカールームへと向かった。
「それじゃ、江原クンは私と一緒に会計簿の続きねぇ。分からないことがあったら何でも聞いてちょうだい。ねっ(はぁと)」
「はい、お願いします」
――(はぁと)って自分の口で言うの、恥ずかしくないのかな……。
周りは誰も突っ込まないところを見ると、慣れてしまっているのだろうか。
「ところで、江原くん」
パソコンに向かう正通に陽子が声をかけた。
「何? 神岡さん」
「今日は私も稽古に加わるから。一緒に組手でもやりましょう」
「えっ……? う……うん」
正通は驚いた。陽子が自分に何かを提案してくるのは初めてだった。




