「サプライズ・イベント」(4)
陽子がペルグラー達を倒した後のプログラムは、全て即興で行われた。
敵役がいなくなってしまった為、セプター戦士一人一人の自己紹介とアクションの披露、そして最後に陽子のミニコンサートが行われた。
それは窮地を救った陽子に対する、スタッフからの感謝の証だった。
陽子は遊園地のスタッフから衣装を借り、自身の持ち歌とマークセプターのテーマ曲を熱唱した。
これまでに見たことのないステージに観客は興奮し、場内は大盛り上がりだった。
「みんなーっ! 応援、ありがとーっ!」
陽子が笑顔で唄い、踊る――。
正通は初めて彼女のアイドルらしい姿を見た思いがした。
コンサートを舞台袖で見守っていた正通の元へ、原がやって来て頭を下げた。
「本当にありがとう。一時はどうなるかと思ったよ。それにしても、君達は一体……?」
「何ていうか……テレビの裏側です。詳しくは後ほど、うちの社長が説明しますので」
「テレビの……裏側……?」
原はふと少年のような表情になり、正通の顔をしばし見つめた。
「この仕事を始めて十年になるけど……こうして本物の正義の味方に会えるとはね」
それは、幼い頃に見た夢が蘇ったかのような言葉だった。
「僕達は正義の味方じゃありません。悪と戦っているのは確かですけど……それに、神岡さんは正義という言葉が好きじゃないので」
正通はにっこり笑って言った。
原は驚いた様子を見せたが、やがて顔を綻ばせた。
「本物の正義の味方は、言葉なんかに頼らないということか」
コンサートも終了し、正通は先ほど携帯電話に登録したばかりの電話番号に発信した。
「真紀さん? 僕だけど。ちょっと遊園地のスタッフさんと話があるんだ。神岡さんと一緒にまた後で戻るから、お昼でも食べて時間を潰しててくれないかな?」
「ちょっと正通ぃ! 私もう、ホントに驚いちゃったよ! なんで教えてくれなかったのぉ?」
通話口からは真紀の裏返った声が聞こえてくる。正通は口元を緩めながら答えた。
「ごめんごめん。でも、それがサプライズ・イベントってやつだから……ね」
正通との会話が終わり、真紀はため息をついた。しかし、その顔はどこか楽しそうだった。
「ねえ、真紀ちゃん。何て言ってた?」
「後で戻るからお昼でも食べててって。あと、これがサプライズ・イベントだってさ」
真紀は宏美にいたずらっぽい笑顔を見せた。
――よし。思いつくことはやるだけやったぞ。
正通は携帯電話を閉じると、陽子のいる控室のドアを開けた。
「あ……」
正通と陽子の目と目が合う。陽子は下着姿だった。
「ごめんなさい!」
正通は武力制裁を受ける前に部屋を飛び出した。
――今日の下着はピンクだったな……って、駄目だ駄目だ! 今は仕事中だぞ!
それから数分後、陽子に呼ばれて正通は部屋に入った。陽子は外出着に着替え終わっていた。
「神岡さん……お疲れ様。いきなりドアを開けちゃってごめんなさい」
しおしおと正通が謝ると、陽子はため息をついて苦笑した。
「……今日は武力制裁はないの?」
「わざとじゃないし、謝ってくれたからもういい。それに、恩人にそんなことできないよ」
一拍置いて、陽子は照れ臭そうに口を開いた。
「江原くん……本当にありがとう」
「え……」
正通は耳を疑った。陽子の口からこうも素直に感謝の言葉を聞くことができるとは思わなかった。
「誰も殺さずに済んだ。誰も殺されなかった……誰も……死ななかった」
陽子は微笑んでいた。
「いつも……仕事をする時は誰かが殺された後だったから。私もわかってるんだ。殺した奴を殺したところで、そいつに殺された人はもう戻って来ないってことぐらい」
陽子はそう言うと、ぐっと手を握り締めた。
「でも……今日は違った。目の前の人を助けることができた。ちょっとだけ怖がらせちゃったけれど……子供達の前で人を殺さないで済んで……本当によかった」
「神岡さん……」
陽子は正通の呼びかけに無言で頷くと、くるりと背を向けた。
「『君がヒーローになるんだ』って言われた時、本当に嬉しかった。裏の世界で何人もの人間を殺してきた私を、君はヒーローだと言ってくれた。観覧車の中ではあんなことを言ったけれど、本当は憧れていたんだ、正義の味方に」
陽子が誰を思い浮かべてそう言っているのか、正通にはすぐに分かった。
「あれがショーの演出だって言われて、みんな驚いていたけれど……その後、みんなすごく楽しそうだったね。あんな拍手で迎えられたのって初めて。私、嬉しかった」
陽子は振り返って正通の目を見つめた。
「あのままだったら私、どうしていたか分からない。もしかしたら……子供達の前でやっちゃいけないこと、していたかも知れない。でも、それをしないで済んだ」
正通の前に差し出された右手――。正通は目を丸くして陽子の顔を覗き込んだ。
「そうしないで済んだのは君のおかげだよ、江原くん。私、アイドルをやっていて本当によかったと思う。私の歌で、踊りで、子供達が笑ってくれた。本当に……本当によかった」
正通は顔を赤らめながら陽子の手を握った。それは柔らかく温かい、繊細な手だった。
「江原くん。これまで八つ当たりばかりしてごめんなさい。もう、これからは絶対……君に暴力を振るったりしないから」
「え……」
陽子は正通の視線を受け止めながら、言葉を続けた。
「……これまで君を殴った分、私を殴って」
「……へっ?」
陽子の提案に正通は素っ頓狂な声を発した。
「……お願い。そうじゃないと私……自分にけじめがつけられない。このままだと自分が許せそうにないの」
「できるわけないじゃないか、そんなの! 女の子を殴るなんて……!」
思わず陽子の手を振り払い、正通は後ずさった。
「『男は女を殴ってはいけない、しかし女が男を殴るのは許される』なんて理屈は通らないわ。そんなの不公平過ぎる。それに私は、その辺の男よりはずっと強いはずだよ」
陽子の瞳を数秒間見つめた後で、正通は大きく息を吸い込んで一歩前へ進み出た。
「……神岡さん、自分がアイドルだってことを忘れてない?」
正通の指摘に陽子が戸惑いを見せる。
「その目は……アイドルの目じゃないよ。戦士の目だ」
「戦士の……目……?」
「大体、アイドルは顔が命じゃないか。自分だけじゃなくファンの為にも、そんなことは言っちゃいけないよ、神岡さん」
陽子はしばらく目を閉じ、戸惑いながらも頷いた。
「……変な気分。君に説教されるなんて」
「……僕も」
そう言って正通が笑うと、陽子も声を上げて笑った。
一しきり笑った後で、再び陽子が手を差し出す。正通はそっと手を握った。
「私はみんなに愛されるアイドルになる。だから協力してくれるよね、江原くん」
「うん。頑張ろう、神岡さん」
正通を見つめる陽子の目はいつになく温かだった。
「陽子ちゃん、江原君! 入るぞ!」
ドアを開けて入って来たのは長坂と岩本だった。
「お疲れ様です!」
正通と陽子は慌てて手を離し、姿勢を正して挨拶した。
「いいんだ、楽にしてくれ。神岡君に江原君、お疲れ様。今日は君達のパートナーとしての相性を見る為にここへ来てもらったんだが、まさかあんなことになるとはね」
そう言いつつも、岩本はどこか嬉しそうだった。
「社長、連中の正体は一体……?」
陽子が尋ねると、岩本は顎に手を当てて「うーん」と唸った。
「警視庁によれば、奴らは『非現実世界の害悪を社会から一掃する』とかなんとか、よく分からない思想を持った政治結社らしい。ここで人質を取ってマイクロバスで国会前へ移動、自分達の主張をテレビ中継させるつもりだったそうだ。はた迷惑な連中だよ、まったく」
「非現実世界の害悪……ですか? その割にはノリノリで役に入り切ってましたけど……」
そう言って、正通は陽子と顔を見合わせる。
「そうだ。江原君、これを」
そう言って岩本は懐から何かを取り出した。
金属製の名刺入れに、正通の名前が印刷された名刺が入っていた。
「社長、これは……」
「無論、まだ君を専属マネージャーとして認めたわけではない。だが、私は君に責任を持って仕事をしてもらいたい。これはその為の名刺だ。この紙切れは小さく薄く、そして重い。江原君。この名刺を渡したからには、君は当社の正式なスタッフだよ」
岩本はこれまでに見せたことのない、楽しげな笑顔を浮かべていた。
「これからは少しずつ君に任せる仕事も増えることになるが、あの場をうまくまとめた君なら大丈夫だろう。お互いに頑張ろうぜ」
「はい。神岡さんがみんなに愛されるアイドルになれるように頑張ります」
突然、岩本が声を上げて笑い出した。
面食らう正通と陽子に岩本が二組の封筒を差し出す。
「いやあ、二人とも。今日は本当によくやってくれた。これは臨時ボーナスだよ。帰りにおいしいものでも食べていくといい。後の手続きは我々がやっておくから、君達は戻りなさい」
「社長、ありがとうございます!」
正通と陽子は声を合わせて礼を言った。
正通達はその後、明美達と合流した。
陽子は健にせがまれ、Tシャツにサインをした。
書道の手本を思わせる楷書だったが、そのしっかりした字には陽子らしさが表れていた。
そして夕方まで遊園地で遊んだ後、正通達はファミリーレストランで食事をしてから帰途に就いた。
正通にとっても陽子にとっても、これまでにない充実した一日となった。




