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GUN・ACT!(ガン・アクト)‐武装アイドル神岡陽子の活動記録‐  作者: 鳥羽輝人
第十一話

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「サプライズ・イベント」(3)

 正通と陽子は、ステージへ向かいながら反撃の隙を窺っていた。


 ――神岡さんは表情を見ることで、人の考えが読めると言っていた。それなら、僕の顔を見れば何を考えているか分かるはずだ。

「……おっと」


 正通は足がもつれたふりをして、前を歩く陽子にぶつかった。


「気をつけなさいよ、江原く……?」


 振り返った陽子に視線を送る。


 ――なんとか僕が隙を作るから。臨機応変にやろう。

 ――わかった。でも無理はしないで。


 数秒間の、視線の交錯。正通にも陽子の声が聞こえたような気がした。


 ステージ上に七人の人質を迎えたペルグラーは会場を見渡しながら大声を発した。


「マークセプターの活躍を楽しみにやって来たよい子の諸君らに告ぐ! マークセプターは来ない! セプター1もセプター2もセプター3も、三人とも暗い所で仲良く眠っている!」


 観客席で起こるざわめきが、いつものショーとは違う。大人も子供も意外な展開を前にして夢中で見入っていた。


「助けて! マークセプター!」


 囚われの身となった子供の一人が叫ぶと、ペルグラー達は肩を揺すって嘲り笑った。


「ハーッハッハッハッ! 呼んでも無駄だ! マークセプターは来ないと言っただろう!」

「嘘だもん! マークセプターは助けに来てくれるもん!」


 人質の子供に続き、観客席の子供達がマークセプターの名を呼び始める。


「マークセプター! マークセプター!」


 子供達が声を合わせて名を呼ぶが、当然マークセプターは現れない。


「健はどうして呼ばないの?」


 明美が隣に座る健に尋ねる。


「だってお姉ちゃん、なんか変だよ? お姉さんはずっと黙ったままだし」

「確かに変わった演出だよねー。普通ならここで司会のお姉さんがヒーローの名前を呼ぶところだけど。何かプログラムの変更でもあったのかな?」


 真紀がオレンジジュースを飲みながら呑気に言う。


「ひょっとして……!」


 宏美は最後まで言うのを避けた。


「ハーッハッハッハッ! 愚かな子供達よ! マークセプターは来ないと言っているのに、まだその名を呼ぶか! 無駄だ! せいぜい絶望を味わうがいい! フフフ……フハハハハ!」


 囚われた正通と陽子は苦笑しながら顔を見合わせる。


 ――なんでこんなにノリノリなんだ、こいつ? そもそも、こいつらの目的は一体、何なんだ?


 この悪役の格好をした一団がまっとうな人間でないのは分かる。しかし、何が目的でここへやって来たのだろうか?


 ペルグラー――正確にはペルグラーのスーツを着た男は咳払いをするとステージの中心に立った。そして掌を天に掲げ、声も高らかに言い放った。


「これから掲げる要求の前に、お前達に言っておくことがある! この世界にヒーローなど存在しない! 我々は――」


 ペルグラーが大見得を切ろうとしたその時、誰かがステージの床を激しく踏み鳴らした。


「なんだ! いいところだったのに……」


 ペルグラーが振り返って音のした方向を睨みつける。床を踏み鳴らしたのは陽子だった。


「おい! 先生がしゃべってる途中だぞ!」


 戦闘員が陽子の耳元で囁いた。


「ヒーローは……いる」

「なんだと……?」


 陽子がペルグラーに向き直り、鋭い目で睨みつけた。


「これ以上、子供達の夢を壊すことは……この私が許さない!」


 陽子の叫びがマイクを通し、会場全体に響き渡る。


「陽子、お姉ちゃん……!」


 健は陽子の名を呼ぶと、席を立った。

 ペルグラー、戦闘員、人質、そして観客。それら全ての視線が陽子に集中した、その時。


 ――今だ!


 正通は一瞬の隙をつき、近くにいた戦闘員に渾身のタックルを見舞った。

 長坂に仕込まれたタックルは予想以上の威力を発揮し、その傍らにいた戦闘員をも巻き込んで倒した。


「き、貴様ぁっ!」


 ペルグラーの怒号と同時に、他の戦闘員が銃口を正通に向ける。

 しかし陽子の回し蹴りが戦闘員達の拳銃を一瞬で薙ぎ払った。陽子は宙に舞った拳銃を落下する前に全て受け止め、そっと地面に置いた。

 その鮮やかな一連の動作に、観客席からどよめきが起こる。


「な、なんだと……!」


 ペルグラーは目の前の少女を人質にしたことを後悔した。

 狼狽えるペルグラーの目を陽子が正面から見据える。

 これまで幾多の修羅場をくぐり抜けて来た陽子にとって、この間抜けな男達は敵ではなかった。

 戦闘員が銃を失い怯んだ隙を見逃さず、その一人を正通が組み伏せ、拳銃をステージの隅へと蹴り転がす。そしてMCの女性に目配せした。


「……はっ!」


 正通と目が合ったことでスイッチが入ったかのように、MCは子供達の肩を押した。


「みんな、今のうちに! 早く!」

「ま、待て!」


 慌てて叫んだ戦闘員の前に陽子が立ちふさがる。その間に人質達は全員、ステージ下へ駆け下りてしまった。


「あッー! ちょ、待てって!」


 人質を逃がした戦闘員が情けない声を上げる。


「……くっ……」


 目の前の出来事にまったく対処できなかったペルグラーが怒りと羞恥に顔を震わせながら、腰に下げたサーベルを抜いた。


「貴様ら、よくもぉッ!」


 鈍い光を放つそれが模擬刀ではなく真剣であることを、陽子は一瞬で見抜いた。

 続いて戦闘員もコンバットナイフを手にする。

 丸腰の陽子が床に転がった拳銃を取ろうと足を動かしかけた、その時――。


「神岡さん、銃は駄目だ!」


 正通の声に陽子ははっとして思いとどまる。そして……


「陽子お姉ちゃん、頑張れぇっ!」


 いつの間にかステージの前に来ていた健が声援を贈っていた。


「健ちゃん……」


 陽子はペルグラーと二人の戦闘員を前にしながら、横目で健の姿を見た。


「頑張れ、陽子ちゃん!」

「神岡さーん! ぶっ飛ばせー!」

「頑張って、神岡さん!」


 健を追ってステージの前にやって来た明美が、真紀が、宏美が、陽子に声援を贈った。

 やがて、観客席のあちこちから声援が沸き起こり、気がつけば大きな声援が会場を支配していた。


「くっ、くそっ……!」


 サーベルを手にしたペルグラーが歯ぎしりをする。


 ――そうだ、ヒーローはいる。ヒーローはいるんだ!


 戦闘員の頭を床に叩きつけ、正通は声を振り絞って叫んだ。


「君がヒーローになるんだ、神岡さん!」

「江原君……!」


 陽子が思わず振り返る。その隙にペルグラー達が白刃を振りかざして一斉に飛びかかった。


 ――こんな時は……この言葉しかない!

「アクション!」


 正通の掛け声と同時に陽子の身体が宙を舞った。


「と、飛んだ?」


 呆気に取られるペルグラー。陽子の華麗な動きに観客も釘づけになる。

 そして次の瞬間、二人の戦闘員が同時に鋭い蹴りを受けて倒れた。


「おのれぇぇっ!」


 ペルグラーがサーベルを振りかぶる。しかし陽子は素早く着地し、内懐に飛び込んでいた。


「はッ!」


 腰を落として腹部に放った重い中段突き――崩拳。

 ペルグラーが着るプラスティックの甲冑に音を立てて亀裂が走り、一瞬の間を置いて背中を覆う装甲が砕け散る。

 やがて――ペルグラーは声もなく崩れ落ちた。

 衝撃の展開と結末に会場が静まり返る中、健が小さな手で拍手を送った。

 やがて思い出したかのように他の観客がそれに加わり、いつしか会場内は割れんばかりの拍手で埋め尽くされた。

 しばし呆然とする正通と陽子。しかし、異変に気づいてステージへ走って来た警備員を見て、正通はマネージャーとしての本分を思い出した。


 ――そうだ、僕達の仕事はまだまだこれからだ!


 にやりと笑みを浮かべると、正通はマカロフを拾い集めて両手に抱え、陽子に手招きをして舞台の陰にいるMCに駆け寄り、頭を下げた。

 彼女もまた目の前で起きたことに対処しきれず、呆然としていた。


「はじめまして。スヴォーロフ・プロの江原と申します。こっちは神岡陽子。唄って踊れるアクション・アイドルです。僕は彼女のマネージャーをしてます」

「はじめまして。スヴォーロフ・プロの神岡陽子と申します」


 戸惑いながら陽子も挨拶する。


「…………は?」


 MCが目を丸くして正通の顔を見つめる。当然の反応だった。

 一方、観客席ではいまだ盛大な拍手が続いている。


「これはショーの演出です。そうですよね?」


 その言葉にMCがハッとした。


「子供達の夢を壊しちゃいけませんよね。なんとか場をつないでください。僕達は引き続きショーの準備をしますので。他のスタッフさんはどこですか?」


 正通は自分でも驚くほど冷静に言葉を発した。『自分の身に起きたことに鈍感』という陽子の指摘は確かに的を射ていた。

 むしろ、正通はこの状況を楽しんでいた。


「私はトドロキ・エンターテイメントの井坂麻里子(いさかまりこ)です。私以外のスタッフはステージ裏の準備室に監禁されてます。それじゃ、私はステージに戻りますので、どうかよろしくお願いします」


 そう言って麻里子は顔を引き締め、正通に頭を下げた。


「トドロキの……! よろしくお願いします、井坂さん。彼女の説明は適当にお願いします」


 ステージに駆け上がる麻里子に声をかけると、正通は陽子と顔を見合わせ、互いに頷いた。

 やがて警備員がステージの近くにやって来ると、正通は笑顔で声をかけた。


「警備員さん、ショーの途中でアクターが倒れちゃったんです。軽い熱中症です。手当はこちらでしますので、ステージの裏まで運ぶのを手伝ってください」


 駆けつけた二人の警備員は狐につままれたような顔をしていたが、気を取り直して正通とステージに上がり、ペルグラーとその部下を抱き起こした。


「江原くん、私も手伝うから」


 正通はステージに上がろうとする陽子を手で制した。


「言ったじゃない、神岡さんはヒーローだって。裏方仕事は僕達がやるから、再登場の準備をしてて。ショータイムはこれからだよ」




 ようやく拍手の落ち着いた観客席に向かって、マイクを手にした麻里子が大きく手を振った。


「みんなぁー、応援ありがとー! 実はねー、さっきのお姉ちゃんはマークセプターの仲間だったんだよぉ。お姉さんも知らなかったから、びっくりしちゃったぁ!」


 会場内が驚愕の事実(嘘だが)に再びざわめく。健と真紀は声を出してはしゃぎ、明美と宏美は思わず顔を見合わせる。


「それじゃ、もう一度あのお姉ちゃんを呼ぼうねぇ。陽子お姉ちゃーん!」

「陽子お姉ちゃーん……!」


 子供達の声はまだそれほど大きくない。


「もっともぉっと大きな声で! さんはい、陽子お姉ちゃーん!」

「陽子お姉ちゃーん!」


 大人も加わっての大合唱。その中に明美達もいるのは言うまでもない。


「それでは登場してもらいましょう、唄って踊れるアクション・アイドル! マークセプターの新しい仲間! 神岡陽子さんでーす!」


 盛大な拍手に迎えられ、陽子がステージに姿を見せる。

 これほどの拍手と歓声を受けたのは芸能活動開始以来、初めてだった。客席には笑顔で手を振る明美や健達の姿が見えた。


 一方、正通は岩本に連絡を取った後で、警視庁特殊捜査班に連絡して詳しい事情を説明、協力を取り付けた。

 そして、控室で緊縛されていたトドロキのスタッフを解放していった。


「あっ! 君はこの前の……」


 そのうちの一人が正通の顔を見て驚きの声を発した。


「原(はら)さん。先日はどうもお世話になりました」


 商店街のイベントで顔を合わせた原だった。他にも見た顔が数人いた。


「一体、何がどうなって……?」

「詳しくは後で説明します。とりあえず、こいつらが気絶してるうちに縛るのを手伝ってください。警察から拘束の許可をもらってますから。急ぎましょう、子供達が待ってます」

「子供達が……って。まさか、まだやる気か?」


 ビニールロープを渡された原が尋ねる。


「勿論です。皆さんで子供達の夢を守りましょう」


 原は何か言いかけたが、やがて力強く頷いた。

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