「サプライズ・イベント」(3)
正通と陽子は、ステージへ向かいながら反撃の隙を窺っていた。
――神岡さんは表情を見ることで、人の考えが読めると言っていた。それなら、僕の顔を見れば何を考えているか分かるはずだ。
「……おっと」
正通は足がもつれたふりをして、前を歩く陽子にぶつかった。
「気をつけなさいよ、江原く……?」
振り返った陽子に視線を送る。
――なんとか僕が隙を作るから。臨機応変にやろう。
――わかった。でも無理はしないで。
数秒間の、視線の交錯。正通にも陽子の声が聞こえたような気がした。
ステージ上に七人の人質を迎えたペルグラーは会場を見渡しながら大声を発した。
「マークセプターの活躍を楽しみにやって来たよい子の諸君らに告ぐ! マークセプターは来ない! セプター1もセプター2もセプター3も、三人とも暗い所で仲良く眠っている!」
観客席で起こるざわめきが、いつものショーとは違う。大人も子供も意外な展開を前にして夢中で見入っていた。
「助けて! マークセプター!」
囚われの身となった子供の一人が叫ぶと、ペルグラー達は肩を揺すって嘲り笑った。
「ハーッハッハッハッ! 呼んでも無駄だ! マークセプターは来ないと言っただろう!」
「嘘だもん! マークセプターは助けに来てくれるもん!」
人質の子供に続き、観客席の子供達がマークセプターの名を呼び始める。
「マークセプター! マークセプター!」
子供達が声を合わせて名を呼ぶが、当然マークセプターは現れない。
「健はどうして呼ばないの?」
明美が隣に座る健に尋ねる。
「だってお姉ちゃん、なんか変だよ? お姉さんはずっと黙ったままだし」
「確かに変わった演出だよねー。普通ならここで司会のお姉さんがヒーローの名前を呼ぶところだけど。何かプログラムの変更でもあったのかな?」
真紀がオレンジジュースを飲みながら呑気に言う。
「ひょっとして……!」
宏美は最後まで言うのを避けた。
「ハーッハッハッハッ! 愚かな子供達よ! マークセプターは来ないと言っているのに、まだその名を呼ぶか! 無駄だ! せいぜい絶望を味わうがいい! フフフ……フハハハハ!」
囚われた正通と陽子は苦笑しながら顔を見合わせる。
――なんでこんなにノリノリなんだ、こいつ? そもそも、こいつらの目的は一体、何なんだ?
この悪役の格好をした一団がまっとうな人間でないのは分かる。しかし、何が目的でここへやって来たのだろうか?
ペルグラー――正確にはペルグラーのスーツを着た男は咳払いをするとステージの中心に立った。そして掌を天に掲げ、声も高らかに言い放った。
「これから掲げる要求の前に、お前達に言っておくことがある! この世界にヒーローなど存在しない! 我々は――」
ペルグラーが大見得を切ろうとしたその時、誰かがステージの床を激しく踏み鳴らした。
「なんだ! いいところだったのに……」
ペルグラーが振り返って音のした方向を睨みつける。床を踏み鳴らしたのは陽子だった。
「おい! 先生がしゃべってる途中だぞ!」
戦闘員が陽子の耳元で囁いた。
「ヒーローは……いる」
「なんだと……?」
陽子がペルグラーに向き直り、鋭い目で睨みつけた。
「これ以上、子供達の夢を壊すことは……この私が許さない!」
陽子の叫びがマイクを通し、会場全体に響き渡る。
「陽子、お姉ちゃん……!」
健は陽子の名を呼ぶと、席を立った。
ペルグラー、戦闘員、人質、そして観客。それら全ての視線が陽子に集中した、その時。
――今だ!
正通は一瞬の隙をつき、近くにいた戦闘員に渾身のタックルを見舞った。
長坂に仕込まれたタックルは予想以上の威力を発揮し、その傍らにいた戦闘員をも巻き込んで倒した。
「き、貴様ぁっ!」
ペルグラーの怒号と同時に、他の戦闘員が銃口を正通に向ける。
しかし陽子の回し蹴りが戦闘員達の拳銃を一瞬で薙ぎ払った。陽子は宙に舞った拳銃を落下する前に全て受け止め、そっと地面に置いた。
その鮮やかな一連の動作に、観客席からどよめきが起こる。
「な、なんだと……!」
ペルグラーは目の前の少女を人質にしたことを後悔した。
狼狽えるペルグラーの目を陽子が正面から見据える。
これまで幾多の修羅場をくぐり抜けて来た陽子にとって、この間抜けな男達は敵ではなかった。
戦闘員が銃を失い怯んだ隙を見逃さず、その一人を正通が組み伏せ、拳銃をステージの隅へと蹴り転がす。そしてMCの女性に目配せした。
「……はっ!」
正通と目が合ったことでスイッチが入ったかのように、MCは子供達の肩を押した。
「みんな、今のうちに! 早く!」
「ま、待て!」
慌てて叫んだ戦闘員の前に陽子が立ちふさがる。その間に人質達は全員、ステージ下へ駆け下りてしまった。
「あッー! ちょ、待てって!」
人質を逃がした戦闘員が情けない声を上げる。
「……くっ……」
目の前の出来事にまったく対処できなかったペルグラーが怒りと羞恥に顔を震わせながら、腰に下げたサーベルを抜いた。
「貴様ら、よくもぉッ!」
鈍い光を放つそれが模擬刀ではなく真剣であることを、陽子は一瞬で見抜いた。
続いて戦闘員もコンバットナイフを手にする。
丸腰の陽子が床に転がった拳銃を取ろうと足を動かしかけた、その時――。
「神岡さん、銃は駄目だ!」
正通の声に陽子ははっとして思いとどまる。そして……
「陽子お姉ちゃん、頑張れぇっ!」
いつの間にかステージの前に来ていた健が声援を贈っていた。
「健ちゃん……」
陽子はペルグラーと二人の戦闘員を前にしながら、横目で健の姿を見た。
「頑張れ、陽子ちゃん!」
「神岡さーん! ぶっ飛ばせー!」
「頑張って、神岡さん!」
健を追ってステージの前にやって来た明美が、真紀が、宏美が、陽子に声援を贈った。
やがて、観客席のあちこちから声援が沸き起こり、気がつけば大きな声援が会場を支配していた。
「くっ、くそっ……!」
サーベルを手にしたペルグラーが歯ぎしりをする。
――そうだ、ヒーローはいる。ヒーローはいるんだ!
戦闘員の頭を床に叩きつけ、正通は声を振り絞って叫んだ。
「君がヒーローになるんだ、神岡さん!」
「江原君……!」
陽子が思わず振り返る。その隙にペルグラー達が白刃を振りかざして一斉に飛びかかった。
――こんな時は……この言葉しかない!
「アクション!」
正通の掛け声と同時に陽子の身体が宙を舞った。
「と、飛んだ?」
呆気に取られるペルグラー。陽子の華麗な動きに観客も釘づけになる。
そして次の瞬間、二人の戦闘員が同時に鋭い蹴りを受けて倒れた。
「おのれぇぇっ!」
ペルグラーがサーベルを振りかぶる。しかし陽子は素早く着地し、内懐に飛び込んでいた。
「はッ!」
腰を落として腹部に放った重い中段突き――崩拳。
ペルグラーが着るプラスティックの甲冑に音を立てて亀裂が走り、一瞬の間を置いて背中を覆う装甲が砕け散る。
やがて――ペルグラーは声もなく崩れ落ちた。
衝撃の展開と結末に会場が静まり返る中、健が小さな手で拍手を送った。
やがて思い出したかのように他の観客がそれに加わり、いつしか会場内は割れんばかりの拍手で埋め尽くされた。
しばし呆然とする正通と陽子。しかし、異変に気づいてステージへ走って来た警備員を見て、正通はマネージャーとしての本分を思い出した。
――そうだ、僕達の仕事はまだまだこれからだ!
にやりと笑みを浮かべると、正通はマカロフを拾い集めて両手に抱え、陽子に手招きをして舞台の陰にいるMCに駆け寄り、頭を下げた。
彼女もまた目の前で起きたことに対処しきれず、呆然としていた。
「はじめまして。スヴォーロフ・プロの江原と申します。こっちは神岡陽子。唄って踊れるアクション・アイドルです。僕は彼女のマネージャーをしてます」
「はじめまして。スヴォーロフ・プロの神岡陽子と申します」
戸惑いながら陽子も挨拶する。
「…………は?」
MCが目を丸くして正通の顔を見つめる。当然の反応だった。
一方、観客席ではいまだ盛大な拍手が続いている。
「これはショーの演出です。そうですよね?」
その言葉にMCがハッとした。
「子供達の夢を壊しちゃいけませんよね。なんとか場をつないでください。僕達は引き続きショーの準備をしますので。他のスタッフさんはどこですか?」
正通は自分でも驚くほど冷静に言葉を発した。『自分の身に起きたことに鈍感』という陽子の指摘は確かに的を射ていた。
むしろ、正通はこの状況を楽しんでいた。
「私はトドロキ・エンターテイメントの井坂麻里子です。私以外のスタッフはステージ裏の準備室に監禁されてます。それじゃ、私はステージに戻りますので、どうかよろしくお願いします」
そう言って麻里子は顔を引き締め、正通に頭を下げた。
「トドロキの……! よろしくお願いします、井坂さん。彼女の説明は適当にお願いします」
ステージに駆け上がる麻里子に声をかけると、正通は陽子と顔を見合わせ、互いに頷いた。
やがて警備員がステージの近くにやって来ると、正通は笑顔で声をかけた。
「警備員さん、ショーの途中でアクターが倒れちゃったんです。軽い熱中症です。手当はこちらでしますので、ステージの裏まで運ぶのを手伝ってください」
駆けつけた二人の警備員は狐につままれたような顔をしていたが、気を取り直して正通とステージに上がり、ペルグラーとその部下を抱き起こした。
「江原くん、私も手伝うから」
正通はステージに上がろうとする陽子を手で制した。
「言ったじゃない、神岡さんはヒーローだって。裏方仕事は僕達がやるから、再登場の準備をしてて。ショータイムはこれからだよ」
ようやく拍手の落ち着いた観客席に向かって、マイクを手にした麻里子が大きく手を振った。
「みんなぁー、応援ありがとー! 実はねー、さっきのお姉ちゃんはマークセプターの仲間だったんだよぉ。お姉さんも知らなかったから、びっくりしちゃったぁ!」
会場内が驚愕の事実(嘘だが)に再びざわめく。健と真紀は声を出してはしゃぎ、明美と宏美は思わず顔を見合わせる。
「それじゃ、もう一度あのお姉ちゃんを呼ぼうねぇ。陽子お姉ちゃーん!」
「陽子お姉ちゃーん……!」
子供達の声はまだそれほど大きくない。
「もっともぉっと大きな声で! さんはい、陽子お姉ちゃーん!」
「陽子お姉ちゃーん!」
大人も加わっての大合唱。その中に明美達もいるのは言うまでもない。
「それでは登場してもらいましょう、唄って踊れるアクション・アイドル! マークセプターの新しい仲間! 神岡陽子さんでーす!」
盛大な拍手に迎えられ、陽子がステージに姿を見せる。
これほどの拍手と歓声を受けたのは芸能活動開始以来、初めてだった。客席には笑顔で手を振る明美や健達の姿が見えた。
一方、正通は岩本に連絡を取った後で、警視庁特殊捜査班に連絡して詳しい事情を説明、協力を取り付けた。
そして、控室で緊縛されていたトドロキのスタッフを解放していった。
「あっ! 君はこの前の……」
そのうちの一人が正通の顔を見て驚きの声を発した。
「原さん。先日はどうもお世話になりました」
商店街のイベントで顔を合わせた原だった。他にも見た顔が数人いた。
「一体、何がどうなって……?」
「詳しくは後で説明します。とりあえず、こいつらが気絶してるうちに縛るのを手伝ってください。警察から拘束の許可をもらってますから。急ぎましょう、子供達が待ってます」
「子供達が……って。まさか、まだやる気か?」
ビニールロープを渡された原が尋ねる。
「勿論です。皆さんで子供達の夢を守りましょう」
原は何か言いかけたが、やがて力強く頷いた。




