第1話 四千分の四
入学式のあと湊が案内されたのは講堂の裏手にある小さな会議室だった。
「こちらでお待ちください結城様。まもなく結城様の護衛係の抽選が始まります」
管理局の職員の女性はそう言って扉の横に立った。
長机の上には紙コップのお茶がひとつ。
正面の壁には大きなモニター。
『第三十八ハウス担当男子学生 結城湊 護衛係選出抽選』
「あの……ほかの男子の人たちも今、同じように抽選を?」
「はい。四十名分、順番に行われます。結城様は最後の組ですね」
職員は手もとのタブレットを確認しながら答えた。
「対象は全学年の女子学生四千名のうちすでにほかの男子の護衛係に決まった方を除く全員です。四名が選ばれ一年間、結城様のコテージで共同生活を送ります」
「共同生活……本当に一緒に住むんですね」
「はい。学内でのお世話係争奪はなかなか激しいので」
職員は少しだけ遠い目をした。
「護衛係がいないと、結城様は講義室にたどり着く前に二十人くらいに囲まれます」
「に、二十人……」
湊は今朝の並木道で気を失った女子学生を思い出した。
(本を拾っただけであれだったもんね……)
モニターの画面が切り替わり学籍番号が滝のように流れはじめる。
その瞬間、窓の外から地鳴りのような声が響いた。
窓に近づいてみると中庭にも並木道にも女子学生たちがびっしり張りついていた。
スマートフォンを両手で握りしめる人。
目を閉じて真剣に祈っている人。
「今朝の方よね第三十八ハウスの……」
「本を拾ってしゃがんでくださったって……」
「当たって当たって当たって……!」
(……四人も僕のために時間を使ってもらうんだ)
湊はちょっとだけ申し訳ない気持ちになった。
(当たっちゃった人、大変だろうな)
湊は盛大に勘違いしていた。
数字の流れが止まる。
『一人目。法学部三年、氷室玲奈』
一瞬の静寂。
そして爆発のような悲鳴。
「氷室様ぁぁぁ!」
「自治会長が護衛係に!? 前例がありませんわ!」
(あの、入学式の人だ)
『二人目。文学部二年、九条紗雪』
『三人目。体育学部一年、榊芽衣』
『四人目。経済学部一年、七瀬ひなた』
ひなた。
その名前に湊の胸が小さく跳ねた。
(ひなた……? でも七瀬なんて知り合いは……)
*
同時刻。学生自治会室。
モニターに映る自分の名前を氷室玲奈は無表情で見つめていた。
「会長、おめでとうございます……!」
「偶然です」
副会長の祝福に玲奈は眼鏡を押し上げて短く答えた。
「私は抽選に一切関与していません。確率にして四千分の一。つまり――」
玲奈はそこで言葉を切った。
運命、と言いかけた口をぎゅっと閉じる。
「……訂正します。ただの偶然です」
そう言いながら玲奈は眼鏡を外してレンズを拭きはじめた。
一度二度三度。
とっくにきれいになっているのに手が止まらない。
副会長は見てしまった。
眼鏡を外した会長の目もとがほんのりと潤んでいるのを。
形のいい耳の先まで真っ赤に染まっているのを。
(一年、待ちました)
玲奈はモニターに並ぶ残り三人の名前を見上げた。
――眼鏡をかけていないのでほとんど見えていなかったけれど。
(……余計な方が三人)
*
会議室の廊下の向こうからものすごい勢いの足音が近づいてきた。
「止まりなさい! この先は立入制限区域です!」
バンッ! と扉が開く。
「みーくんっ!!」
その呼び方を湊は十年ぶりに聞いた。




