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男女比1:100の貞操逆転大学で、護衛係の美少女たちが僕を"管理"してくる 〜みんなお仕事だから優しいんだと思ってました〜  作者: 大家阿半
第1巻 プロローグ

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プロローグ(後編) 一秒残らず

入学式の会場はほとんど聖堂のような大講堂だった。



けれど湊が案内されたのは講堂の二階にある小さな個室だった。



「男子学生の方は安全のため個別の観覧室からご参加いただきます」



案内してくれた職員はそう言って扉の外に立った。



ガラス張りの窓から式場全体を見下ろせる。


ふかふかの椅子がひとつとテーブルの上に紅茶がひとつ。



左右を見ると二階の壁沿いに同じようなガラス張りの個室がずらりと並んでいた。


その多くはカーテンが閉じられている。



(ここに四十人……)



顔も知らない三十九人。


湊と同じ立場の人たち。



やがて式が始まった。



学長式辞のあとスピーカーから低い男性の声が流れた。



『――男子学生を代表して宣誓する』



講堂のざわめきがぴたりと止まる。


声の主はどこかの個室にいるらしかった。



『俺たちは守られるためにここにいるのではない』


『一人に心を傾ければほかの誰かの未来を閉ざす。だから誰にも甘えない。誰にも情を移さない』


『女子諸君。俺たちに情けをかけるな。……その代わり俺たちも君たちの人生を奪わないと誓う』



短い宣誓だった。


講堂に静かな拍手が広がっていく。



ただし全員ではなかった。



最前列に近い席では涙をぬぐっている女子学生もいた。


一方で後方の席には手を膝に置いたまま動かない学生が何人もいた。



「……ああいう方は百人に一人ですわ」


「ええ。うちのハウスの方に聞かせたいくらい」



そんな囁きがところどころで漏れていた。



湊は紅茶のカップを両手で包んだまま動けなかった。



(……すごい人だ)



誰にも甘えない。


誰にも情を移さない。


それがきっとこの国の男としての正しい責任の果たし方なのだ。



(でもそれってずっと一人ってことだよね)



湊にはまだそんなふうには生きられそうになかった。



「在学生代表挨拶。学生自治会長、氷室玲奈(ひむろれいな)」



司会の声とともに壇上に一人の女性が上がった。



長い銀髪をきっちりとひとつに束ねている。


定規で引いたような背筋。


銀縁の眼鏡の奥で切れ長の碧い目が講堂を見渡した。



玲奈は一語の淀みもなく挨拶を進め最後に原稿から顔を上げた。



「男子学生の皆さん」



その声に講堂の二階がしんと静まる。



「皆さんが本学で過ごす日々の安全は学生自治会が責任をもって保証します」



玲奈の視線が二階の壁沿いに並ぶガラス窓を端から順になぞっていく。



「皆さんが誰と会いどこへ行き何に困っているか。そのすべてを把握しすべての危険を排除します」



端から順に。


カーテンの閉じた窓の前を滑るように通り過ぎて。



そしてひとつの窓の前で止まった。



湊のいる窓だった。



(……え?)



ガラス越しに目が合った気がした。



「皆さんの時間は一(・)秒(・)残(・)ら(・)ず(・)――」



玲奈はほんのわずかに言葉を切った。



「――私が管理します」



講堂の一部が小さくざわめいた。



「今、『私が』って……」


「自治会がではなくて?」



けれど玲奈は何事もなかったように一礼し壇を降りていく。



湊は紅茶のカップを持ったまましばらく固まっていた。



(今、こっちを見てた……よね?)



左右に並ぶガラス窓を見回す。


窓は全部で四十。



(……気のせいか。こんなにたくさんあるんだし)



    *



式が終わり講堂から人が引いたあと。



学生自治会室の奥で氷室玲奈はロッカーの扉を開けていた。



中には一本のビニール傘。


コンビニで売っているどこにでもある安物だ。



一年前の雨の夜。



その日、玲奈は家の決めた見合いの席から帰るところだった。



相手は名家の子息だった。


彼は玲奈の顔をほとんど見ずに、成績表と管理局の適合データばかりを読んでいた。



――俺と結婚すれば君の人生は国のものになる。覚悟がないなら今ここで断ってくれ。俺は恨まない。



冷たい人だとは思わなかった。


テーブルの下で彼の手がわずかに震えていたのを玲奈は見ていたから。



あの人は誠実だった。


誠実すぎて玲奈を一人の女性として見る余裕がどこにもなかった。



そして玲奈もまた「氷室家の娘」として完璧な笑顔で頭を下げただけだった。



見合いの帰り道。


駅のホームで玲奈は動けなくなった。



誰もが「氷室様」と頭を下げて通り過ぎていく中で。



――顔、真っ白ですよ。無理しすぎないでくださいね。



一人の男の子が玲奈の手にビニール傘を押しつけた。



家の名前も国の未来も何も背負っていないような顔で。


ただ目の前で濡れている玲奈だけを見て。



名前を聞く前に彼は雨の中へ走り去ってしまった。



「……結城、湊さん」



一年間、知りたくてたまらなかった名前を玲奈はそっと口にした。



今日、四十の窓の中から玲奈はたったひとつを見つけた。


ガラス越しに目が合ったとき彼はきょとんと首をかしげていた。


玲奈のことを少しも覚えていない顔だった。



「私が管理します」


――あの一言は原稿にはなかった。



(それで構いません)



玲奈は傘をロッカーに戻し机の上の封筒を手に取った。



男性管理局からの学内引継ぎ書類。


担当男子学生、結城湊。



最後のページに担当保護観察官の手書きのメモが添えられていた。


几帳面な小さな文字。



『学外での生活は引き続き当方が責任をもって見守ります。


学内での安全は護衛係の皆さまにお任せします。


なお本人は自分がどれほど目を引くかまったく自覚がありません。


くれぐれも目を離さないように。


――担当保護観察官 小鳥遊すず』



玲奈はその最後の一文を三回読み返した。



「……目を離さないように」



まるで子どもを預ける保護者のような書き方だった。



玲奈は万年筆を取り引継ぎ書類の受領欄に署名する。


それから余白に一行だけ書き添えた。



『承知しました。学内においては一(・)秒(・)た(・)り(・)と(・)も(・)』



少し考えてからもう一行。



『学外についても必要に応じて協力いたします』



玲奈は眼鏡を押し上げ新しいノートを取り出した。



表紙には几帳面な文字で『M-0417 行動記録 第1冊』。



万年筆で最初の一行を書きつける。



『08:52 並木道にて転倒した女子学生の本を拾う。しゃがんで手渡し。笑顔あり』



あの夜と同じ笑顔だった。



玲奈はほんの少しだけ頬を押さえた。


熱い。



「……今度は見失いません」



それは壇上での宣言とは違うとても小さな声だった。



「学内でも学外でも。ほかの誰にも譲りません」



(プロローグ 了)


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