第9話:呪いの令嬢という噂
匿名記事に端を発した「審問呪は人心を操る禁術である」という噂は、第二王子派の貴族たちによって巧みに喧伝されていた。
彼らは審問呪そのものを「他人の精神を捏造し、偽りの自白を強制する魔導」として印象付けようとしていた。
そうすれば、ジュリアン殿下たちの自白の正当性を揺るがし、裁判の判決を無効化できると考えているのだ。
応接間で父は、険しい表情で提案した。
「ヴィオレッタ。一度王都を離れ、ロシュフォール領へ避難しなさい。騒ぎが収まるまで、社交界との関わりを断つのが一番だ」
家令や付きの者たちも、父の案に頷いていた。
過去の私であれば、波風を立てないためにその提案を受け入れ、静かに沈黙を守っていたかもしれない。
自分が耐えさえすれば、時間が噂を風化させてくれると信じて。
だが、私は首を横に振った。
「いいえ、お父様。ここで私が黙って領地へ引き下がれば、世間は『やましいことがあるから逃げたのだ』と判断いたします。沈黙は時に、承認と同じ意味を持ってしまいます」
私はもう、誰かが私の名誉を回復してくれるのを待つだけの存在にはなりたくなかった。
自分の名誉と尊厳は、自らの言葉と手続きによって守らなければならない。
父はすぐには頷かなかった。審問印を使えない今、同じ者たちが別の嘘を重ねれば、私が再び傷つくと考えていたのだろう。私も怖くないわけではなかった。新聞へ名前が載るたび、冬至の夜のような視線がまた集まることは分かっている。
それでも、領地へ帰って噂が消える日を待つ自分を想像すると、階段の上で誰かの判断を待っていた時と同じ息苦しさを覚えた。私は審問印の代わりになるものを、家に残された記録の中から探すことにした。
私はただちに、ロシュフォール家の資料庫に保管されていた審問印に関する古文書を整理させた。
そしてその写しを作成し、社交界の主要な家々や報道を扱う機関へと公式に開示した。
資料庫から運び出された箱には、審問印を使った先祖の記録、継承時の誓約、印章の図面が年代ごとに収められていた。私は家令とともに封蝋を確かめ、冬至の夜に砕けた印章と図面の紋様を一つずつ見比べた。
都合のよい箇所だけを抜き出せば、また隠し事を疑われる。そこで私は、発動の条件と危険性、術者も制約を受けること、使用後に失われることが同じ流れで読めるよう、該当する頁をまとめて写させた。原本を閲覧したい家には、侯爵邸で確認できることも添えた。
公表文の下書きは、私自身が何度も読み直した。恐れる必要はないと押しつける言葉は避け、何が起き、何が二度と起こらないのかだけを記した。信じるよう命じれば、ジュリアン殿下が私へしたことと変わらなくなる気がしたからだ。
文書には、審問印の明確な特性が記されていた。
一生に一度しか使えないこと。
術者本人も同じ制約を受け、嘘をつければ激痛が走ること。
そして、すでに現品は砕け散り、再度の使用は不可能であること。
審問印は精神を操作するものではなく、ただ「嘘をつくことを不可能にする」だけの道具に過ぎないという事実を、論理的に説明したのだ。
文書を届けた後も、すべての疑いが一度に消えたわけではない。古文書を実際に見たいと申し出る者もいれば、呪術に関わる資料など読むだけでも恐ろしいと返す者もいた。私はどちらの返事も退けず、求められた確認には同じ資料で答えた。
最初に原本の閲覧を求めた家が侯爵邸を訪れた時、私は資料庫の管理記録まで同じ机へ用意した。頁が事件後に差し替えられたと疑われないためだった。訪問者が帰った後は、どの文書のどの頁を見せたかを家令と記録した。
父は私の隣で応対を見守っていたが、質問へ先回りして答えることはしなかった。私が言葉に詰まった時だけ資料の箱を寄せ、必要な頁を探しやすくしてくれた。その距離の取り方が、今の私にはありがたかった。
自分の声で説明を終えるたび、私は少しずつ息をしやすくなった。
噂へ怒りをぶつければ、今度は呪いを使った令嬢が反対者を脅していると書かれるだろう。必要なのは大声ではなく、同じ問いへ同じ根拠を示し続けることだった。
さらに私は、最高法院へ自ら書状を送付した。
『私の無実は、もはや呪いがなくても証明されるべきでございます。呪いによる自白のみに頼らず、徹底的な物証の捜査によって、事件の全貌を明らかにされることを切望いたします』
書状には、私に有利な結論を急いでほしいとは記さなかった。祝宴で語られた密会の日付、購入品、金貨の受け渡しを、残された記録と照らしてほしいと項目ごとに求めた。呪いを疑う者にも確認できる形で、私の潔白が残ることを望んだのである。
最高法院長であるオーギュスト殿下もまた、私の申し入れに応じる形で公式声明を発表した。
『最高法院は審問呪による自白を参考記録にとどめ、すべての判決を帳簿、手紙、金銭の授受といった確固たる物証のみに基づいて下す』
私と最高法院の迅速かつ論理的な対応によって、「呪いを使う危険な魔女」という噂の説得力は急速に失われていった。
逆に、物証による捜査を頑なに恐れ、呪術の危険性を主張し続けていた第二王子派の貴族たちに対して、
「証拠を調べられると困るのではないか」
という疑念の目が向けられるようになった。
私はその反応を勝利だとは考えなかった。昨日まで私へ向いていた疑いが、別の相手へ移っただけかもしれない。誰かを疑う声の大きさより、公開した記録が読まれ、確かめられたことのほうが大切だった。
自分の足で立ち、手続きを踏んで攻撃を跳ね返した実感。
誰かに守られるのを待つのではなく、自らの手で尊厳を守り抜いたという手応えが、私の胸に確かな自信となって宿った。
その翌日、最高法院の合同調査チームから、決定的な朗報が届いた。
「ヴィオレッタ様。王宮会計局の奥深くから、真珠の首飾りに関する正式な購入伝票が発見されました」
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