第7話:翌朝の王都
冬至の祝宴が明けた翌朝、王都の空気は冷たく澄み渡っていた。
だが、その静けさとは裏腹に、王宮から発せられた一枚の布告文が、王都中に激震を走らせていた。
国王名義で出された布告には、私、ヴィオレッタ・ロシュフォールに対する一切の疑いが晴れたこと、第二王子ジュリアン殿下との婚約がロシュフォール家側の申し出により正式に解消されたこと、そして王家側に重大な過失があったことが明記されていた。
王都の街頭やサロンで話題となったのは、第二王子の浮気や醜聞そのものよりも、王宮の大広間で執り行われた異例の出来事についてだった。
古の秘術によって王宮中の人間が本心を喋らされ、王子や近衛騎士、男爵令嬢の偽証が瞬時に暴かれたという噂は、尾ひれがついて爆発的な勢いで広まっていた。
ロシュフォール侯爵邸の応接間には、朝から大量の手紙や書状が積み上げられていた。
昨日まで私を遠巻きに見つめ、関わりを避けようとしていた社交界の人々からの、手のひらを返したような謝罪の手紙。
事件の好奇心から催される茶会への招待状。
さらには、婚約が解消されたばかりの私に対する他家からの新たな縁談の打診までが含まれていた。
謝罪の手紙には、昨夜は事情を知らなかった、騒ぎの中では声を上げられなかったと似た言葉が並んでいる。階段の下で私を見上げていたはずの者からも、遠くにいて何も見えなかったと書かれていた。自分が何を信じたのかについて触れた手紙は、数えるほどしかない。
縁談の書状には、侯爵家の持参金が全額返還されると布告された直後とは思えないほど熱心な文面もあった。私の人柄を知りたいという言葉より、家同士の結びつきや条件のよさが先に記されている。家令は差出人ごとに丁寧に分けてくれたが、私はどの山にも手を伸ばせなかった。
私は机の上に並んだ手紙の山を眺めながら、どこか他人事のような冷めた感覚を覚えていた。
「一夜にして、私は恐ろしい悪女から、同情されるべき悲劇の被害者へ変えられたのですね」
そう呟いた私に、家令が複雑な表情で深々と辞儀をした。
人々は真実を求めていたのではなく、ただ刺激的な劇を求めていただけなのだろう。
昨日私を犯人だと信じ込んでいた人々が、今日は私を可哀想な犠牲者として称えている。
その身勝手な評価の変遷に、私は言いようのない違和感と不信感を抱かずにはいられなかった。
同情される立場へ移ったからといって、私自身が変わったわけではない。昨夜の私は階段の上で疑われ、今朝の私は手紙の上で褒められている。どちらも、相手が望む物語に私を当てはめた姿だった。
私は謝罪を受け入れる返事も、招待を断る返事も急がないことにした。まず何が起きたのかを確かめ、その後で会う相手を自分で選びたかった。
正午近く、最高法院からの使いが侯爵邸を訪れ、事件の今後の取り扱いについての報告をもたらした。
最高法院は、祝宴の場での呪術による証言だけを根拠として関係者を処分することはせず、すべての証言に対応する物証を集め直す方針を決定したという。
呪いによって引き出された自白はあくまで捜査の契機であり、法的な手続きは通常の証拠確認に基づいて進められるという厳格な姿勢だった。
そして使者は、もう一つの重要な事実を告げた。
「最高法院長であるオーギュスト殿下は、昨夜の大広間でヴィオレッタ様に対する個人的な好意を公言されたことを理由に、本件に関する直接の審理および判決の権限から自主的に外れられました」
使いの言葉を聞き、私は胸の奥が温かくなるのを感じた。
昨夜、彼が私の計画書を覚えていたと知った時も嬉しかった。今朝伝えられた判断は、それとは違う安心を与えてくれた。私との茶会を望む気持ちと、事件を扱う立場を混ぜないために、自分から一歩退いたのである。
好意を理由に私の言葉を無条件で信じられれば、あとから同じ好意を理由に判決まで疑われる。オーギュスト殿下は、その傷が私の名誉へ残らないよう先に道を分けていた。
オーギュスト殿下は、私に好意を寄せているからといって自分に都合よく裁判を動かすような真似をしなかった。
私を庇うために権力を行使するのではなく、司法の公正さを保つことによって、私に被せられた冤罪の解決が後から批判されないように配慮してくれたのだ。
個人的な感情よりも公的な正しさを優先する彼の姿勢に、私は深い信頼感を覚えた。
しかし、事態はそう簡単に落ち着きそうにはなかった。
王宮内には、第二王子ジュリアン殿下を支持する派閥の貴族たちが未だ根強く残っている。
彼らにとって、第二王子の不祥事と失脚は自派閥の衰退を意味していた。
そのため彼らは、水面下でジュリアン殿下の処分を軽減させようと動き始めていた。
祝宴にいた者が多い以上、転落の自作自演や密会そのものを消すことは難しい。そこで彼らは、語られた内容よりも、語らせた方法へ疑いを向けたらしい。真実を口にした者の醜さより、私が用いた審問印の不気味さを広めるほうが、人々の恐れを集めやすい。
噂を耳にした使用人の中にも、私と目が合うと急に口数が少なくなる者がいた。印章が砕けたことを知っていても、一度抱いた恐れは布告文だけでは消えないのだろう。
目を逸らされた事実も、私は覚えておくことにした。
「審問呪などという怪しげな呪術によって引き出された言葉は、精神を錯乱させられた末の誤った自白だ」
「侯爵令嬢が禁術を用いて王子殿下を陥れたのではないか」
そのような意図的な噂が、社交界の裏通りで徐々に流布し始めているという。
夕刻、届いた王都の定期新聞を手にした私は、投書欄の一角に目が留まった。
そこには差出人不明の匿名で、悪意に満ちた一文が掲載されていた。
『昨夜の騒動は、第二王子を呪術で陥れた侯爵令嬢の企みではないか』
一度は晴れたはずの暗雲が、形を変えて再び私へと迫りつつあった。
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