第6話:十二時までの求婚
「静粛に!」
国王陛下の鋭い声が響き、ざわめいていた大広間が一瞬で静まり返った。
国王は堂々たる足取りで大階段の前に立ち、私に向かって深く頭を下げた。
「ヴィオレッタ・ロシュフォール嬢。我が息子の愚行と、それによってそなたに課された冤罪、そして長年の苦痛に対し、王家を代表して心より謝罪する」
国王自らの謝罪に、周囲の貴族たちは息を飲んだ。
「ただちにロシュフォール家からの申し出として婚約の解消を認める。我が家の落ち度による解消であるため、規約に基づき持参金の全額返還、および相応の違約金を即座に支払うことを約束しよう。また、明朝には余の名において、そなたの完全な無実を追記した布告を王都全域に出す」
「恐悦至極に存じます、陛下」
私が深々と礼を執ると、国王は鋭い視線を息子へと向けた。
「ジュリアン。そなたの王族としての職務をただちに停止する。公金の流用、文書の偽造、そして国家の名誉を著しく損ねた罪について、王族会議にて王位継承権の剥奪を含めた厳罰を議論する。連行せよ!」
「父上! 父上お待ちください! 私は……私はただ!」
見苦しく叫ぶジュリアン殿下は、控えていた近衛兵たちによって力任せに拘束され、連れ去られていった。
続いて、偽証を行ったギャスパール、侍女、そして呆然と立ち尽くすリディアも最高法院の役人たちによって身柄を確保され、広間から引き立てられていく。
嵐のような騒動が去り、広間には重苦しい静寂と、どこか解放された空気が漂っていた。
私は足元に散らばった、完全に砕けてただの輝く砂となった審問印の欠片を丁寧に布へ包み込んだ。
感情の激動と呪術の発動による疲労感を覚え、私は少し夜気に当たろうと大広間に続く露台へと向かった。
冷たい冬の夜風が、火照った頬を優しく撫でる。
夜空には満天の星が広がり、遠く王都の街並みが静かに佇んでいた。
「一人で夜気に当たるには、少々冷え込む刻限だな」
背後から落ち着いた声が聞こえ、振り返ると、そこには王弟オーギュスト殿下が立っていた。
彼の手には、私が羽織るための暖かい毛皮のマントが握られていた。
「オーギュスト殿下……」
「これをお使いなさい、ヴィオレッタ嬢」
彼からマントを受け取り、肩に羽織ると、心地よい温もりが身体を包んだ。
「感謝いたします。ですが、殿下が私のような行き場を失った女に付き添われては、また社交界で余計な噂が立ちかねません」
私が少しだけ自嘲気味に微笑むと、オーギュスト殿下は薄く唇を歪めて首を横に振った。
「構わんよ。その噂の中に、私が心から歓迎したいものが含まれているのならな」
「……はい?」
彼の言葉の意図を図りかねていると、露台の扉が開き、国王陛下と王妃殿下が姿を現した。
国王陛下は弟の姿を見ると、呆れたように眉をひそめた。
「オーギュスト。なぜそなたがヴィオレッタ嬢を露台まで送っているのだ。余計な誤解を招くのではないか」
その問答が行われた瞬間、露台を包んでいた審問呪の光が、わずかに明滅した。
十二時の鐘が鳴るまで、この領域では誰も嘘をつけない。
オーギュスト殿下は一瞬だけ苦笑いを浮かべると、観念したように息を吐いた。
「兄上。隠す必要もありませんので真実をお答えします。私は3年前、彼女が作成した『ロシュフォール領洪水救済計画』の報告書を読み、その並外れた実務能力と公平な視線に深く感銘を受けておりました」
突然の告白に、私は目を丸くした。
3年前の計画書など、私が王子妃教育の一環として父の領地運営を補助した際に作成した雑多な書類の一つに過ぎない。
「昨年、ジュリアンが彼女を不当に冷遇していることを知った際、私は兄上に『もしあの婚約が破談になるようなことがあれば、即座に私から彼女へ求婚したい』と相談し、一蹴された経緯がございます」
「む、無礼者! そのような昔の相談を公然と口にするな!」
国王陛下が顔を真っ赤にして怒鳴るが、審問呪の強制力のもとではオーギュスト殿下の告白は止まらない。
「私はずっと、彼女のような聡明で気高い女性を妻に迎えたいと望んでおりました。今夜の件で彼女が自由となった以上、私は正式に彼女へ想いを伝えるつもりです」
完璧で冷徹と噂される最高法院長が、淡々とした口調で怒涛の求愛を口にしている。
王妃殿下は扇で口元を覆いながら、楽しそうに目を細めて私に尋ねた。
「まあまあ……ヴィオレッタ嬢。当のあなたはどう思われるのかしら?」
喉に巡る温かな熱を感じながら、私は素直な本心を口にした。
「今夜すぐ、殿下からの求婚をお受けする気はございません。あまりにも目まぐるしく状況が動きすぎておりますので……ですが」
私はオーギュスト殿下の整った顔立ちをじっと見つめた。
「まずはお茶会から始めていただけるのでしたら、喜んでお受けいたします。……それに、殿下のお顔がかなり私好みであることは、否定できません」
私の正直すぎる感想に、オーギュスト殿下は驚いたように目を見開き、続いて心底嬉しそうな笑みを浮かべた。
ゴーン、ゴーン、ゴーン――。
ちょうどその時、王宮の時計塔から午前零時を告げる鐘の音が響き渡った。
大広間と露台を包んでいた淡い光が、潮が引くようにスーッと消え去っていく。
審問呪の効力が、完全に切れたのだ。
真実を強制する呪いが消え去り、静寂が露台を包み込んだ。
オーギュスト殿下は私に向かって一歩踏み出し、優雅に手を差し伸べた。
「呪いが解けました、ヴィオレッタ嬢。改めて、私の問いにお答えいただけますか? ――私とのお茶会から、始めていただけますか?」
もう真実を強制する術はどこにも存在しない。
黙ることも、断ることも、私の自由だった。
私は差し出された彼の大きな手をみつめ、自分自身の意思で、穏やかに微笑んだ。
その答えだけは、誰にも強いられていなかった。
私は迷わなかった。
「ええ、喜んで。オーギュスト殿下」
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