二十一時四十一分
律は、開示の同意書を三度読み返した。
千代さんが亡くなって五日目、警察署の小さな会議室だった。律は外部サービスの契約番号を確かめ終えると、自分のアカウントについて開示を認める同意書へ戻った。
「これに署名したら、母さんの操作も全部出ますか」
三浦は、出るとも出ないともすぐには答えなかった。
「あなたの同意だけで、ほかの人の情報を何でも取れるわけではありません。あなたからは契約の特定と、あなたが管理した範囲の提出を受けます。会社には会社へ、サービス事業者には必要な手続で、こちらから求めています」
「じゃあ、僕が渡したことにはならない」
「門を開けたこと、保全番号を渡したこと、この契約を特定したことは、あなたがしたことです」
律はペン先を紙へ置いた。
「協力したって書かれますか」
「事実として書きます」
「前に変えたのも」
「消えません」
律は署名した。
私は追加の聴取に呼ばれ、廊下の椅子で順番を待っていた。律は部屋を出る時、私を見て何か言いかけたが、警察官に別の方向を示され、そのまま歩いた。
彼の手には、端末がなかった。
*
外部サービスから届いた資料には、会社名ではなく、発行した事業者の名が入っていた。
三浦は最初に、紙の出所を読んだ。誰が依頼し、いつ保全され、どの契約の監査履歴を書き出したか。画面を印刷しただけの物ではないことを確かめてから、私の前へ置く。
「真柴さんに見てもらうのは、あなたが見た画面と、当時の位置関係を確認するために必要な部分だけです」
十枚目の本文は短かった。
服薬済み。夜間状態変化なし。
その文が、最初から一人の入力だったわけではない。
第十夜の空の様式を作ったアカウントは律。作成したのは、私が署名画像の利用停止を申し出る前だった。本文が空のままなのに、主担当名と署名を参照する枠だけが先にあった。
服薬の欄を「済み」へ変えたのは、冬彦の家族アカウントだった。使われた端末は、冬彦が警察へ提出したスマートフォンの識別情報と一致している。操作は、私が正式指示にない包みを止めていた間に行われていた。
「冬彦さんが押した、とログだけで言えますか」
「アカウントと端末までは言えます。本人も、自分の端末で変更したことは認めています。誰かに渡した可能性、何を考えて押したかは、本人への聴取で確認します」
三浦は冬彦の行を赤く囲まなかった。付箋を一枚、端へ貼った。
状態文を呼び出し、完成版を確定したのは百合のアカウント。台所と寝室を行き来する時に使っていた家族用のスマートフォンだった。百合は、朝まで変化なしの形にしておけば、薬を飲ませたあとに説明を足せると思った、と話している。
確定時刻は動かなかった。
家族ノート 21:41 完成版保存
会社端末 21:43 119緊急発信
二つの時刻は、別の事業者が同じ外部標準時へ合わせていた。
「二分前には、まだ飲んでいませんでした」
「あなたが見た範囲では」
「はい。家族ノートの確定音がして、そのあと百合さんが盆へ手を伸ばしました」
三浦は、私の言葉を時刻の下へ書かず、別の供述欄へ入れた。
律の履歴には、署名画像の枠、ゼロ分にした三分、二分ずらした復帰時刻が残っていた。その同じアカウントが朱音の音声を削除保留へ移し、あとでは保存期間を延ばして門を開け、保全番号を宮本へ渡している。
三浦は、開門と保全番号の提供を協力として記録したうえで、署名画像と時刻補正の操作日時を律へ確認した。
次に三浦が置いたのは、宮本の決裁で出された会社側の書き出しだった。佐伯は家族ノートへ触れていない。その代わり会社側で、朱音の報告区分を下げ、私の藤井案件と施設費を鷺宮家へ送り、朱音へ鷺宮診療所を案内していた。
説明欄の「業務判断」という四文字を、三浦は指先で押さえた。
「佐伯さんは、二十一時四十一分の保存には関わっていないんですね」
「はい。二十一時四十一分の完成版保存は百合さんのアカウントと家族用端末です。佐伯さんについて確認しているのは、会社での報告区分変更と情報提供です」
三浦は佐伯の紙の上端へ「会社」と書いた。
「家族と会社が一緒になって、私の記録を変えたと思っていました」
私は、家族ノートを操作した三人と、危険を知りながら次の職員を配置した佐伯の名を順に見た。
最後に開いた薄い束の表紙には、東綾子とある。外部サービスの一回限りの招待番号を会社の送信記録へ照合すると、高梨朱音の勤務コードにつながった。招待後に表示名が東綾子へ変わった履歴もあり、律は朱音の枠へ亡叔母の名を使ったことを認めている。宮本の署名は、会社側の照合欄にあった。
「元の表示も変えるんですか」
「変えません。偽名が使われた場所へ、本名を結びます」
三浦は新しい表紙へ氏名を書いた。
高梨朱音。
私に読み上げさせなかった。書いた字をこちらへ向け、誤りがないかだけを確認した。
「合っています」
廊下では、律が東綾子名義の領収書を入れた場所を説明していた。作った人を一度「母さん」と呼び、それを「百合が」に言い直した。
三浦は扉を閉めなかった。
「ここまでで分かるのは、誰が画面をどう動かしたかです。千代さんの体に起きたことは、救急記録、病院の所見、薬関連物で確認します」
高梨朱音の名を付けたファイルが閉じられた。次に確認されるのは、鷺宮千代の病院記録だった。




