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◢ 『Lemon』ー第2話 「オレンジ」【物語】◤

9年前の妄想か記憶かなんだか分からない世界からいつの間にか現実に戻っていた私は思い出コーナーの前に立ち尽くし、涙を流している事に気づいた。


葬式なのでおかしいことでは全くないが、恥ずかしくなり、トイレに行く。

────まるで、あの思い出コーナー(アルバム)から逃げるように。


私の涙はほとんど枯れていた。

顔を拭く。

叶わない恋ほど悲しいことは無いかもしれない。


会場の空気がやけに冷たい。神田が死んだのに。

無機質だ。葬式なんて。


会場の匂いも、私が着ているこの黒い服も、ポケットに入ってる数珠の重みも。

その全てが彼の死を否応なしに私に突きつける。


もう耐えられない。そう思い、外の空気を吸おうと思って、私はトイレからでて、自動ドアまで早歩きで向かった。棺の方は見たくなかった。


私は青空を見上げた。下を見たら、私の黒い服が見えるから。停まっている霊柩車が目に入るから。


(こんなの……ダメだ)

もう、帰ろう。

神田のことは忘れよう。

美桜に次会ったとき、なんであの時すぐ帰ったの?って言われるかもしれないけど、そんなことはどうでもいい。


神田の葬式なんて来なければよかった。

急いでスマホを操作して、私はタクシーを呼んだ。

帰ったら、何をしよう。

何をすれば神田のことを忘れられる?

(もう……何も考えたくない)


5分も経たずに、タクシーがやってきた。

いや、正確には、タクシーがやってきたことに私が気づいた。


「あの?聞こえてますか?」


ぼうっとしていた私はタクシーの窓から話しかける運転手さんの声で我に返った。

運転手さんと目があって、彼はホッとした。

「大丈夫ですか?……人が亡くなるのは、辛いですよね」


彼はタクシーのドアを開けてくれた。

暗い車内が目に入る。

タクシーの微かなエンジン音が私の奥にやけに響いた。


「やっぱり、いいです」


「はい?」


「すいません。私、まだ、居たいんです」


運転手は目に見えて困惑していた。


「え……ちょっと」


「ごめんなさい」


私は引き返して、自動ドアをくぐった。


清潔で、素朴で、綺麗な会場の空気に吐き気がした。

数珠を地面に叩きつけたい衝動。

それらに耐えてでも、私はここに居たかった。

彼のことを、もっと、もっと知りたい。


私は思い出コーナーに戻った。

もしかしたら、またあの世界が見えるかもしれない。

私はアルバムを開いた。


────8番 神田凌太


アルバムの中の彼と目が合った。

(…………何も見えない)

私はページをめくった。

運動会のリレー。静岡の山奥であった宿泊研修。

1つの写真が目に止まった。

クラスの窓から見える富士山をバックにした写真。

神田がいた。

横で肩を組んでるのは、神田と1番仲が良かった男、臣大(しんだい)恒介(こうすけ)

涙が出そうで、出ない。

────結局、何も起こらなかった。


私はアルバムを閉じた。


思い出コーナーを後にし、美桜を探す。

美桜は神田の棺の前にいた。

目も向けたくなかったそこに、私は真っ直ぐ近づく。

「美桜」

彼女は目を閉じている。

「神田君のこと……知りた……」

私はハッとした。

彼女が泣いてるのに気づかず声をかけてしまった。

彼女がこちらを見る。

目の周りは赤いけど、清々しい顔だった。


────まるで、彼に別れを告げ終えたような。

どうして?

「────彼に会ったの?」

口から出ていた。思っていたことが。


彼女は微笑んだ。そして、あきらめたように首を振った。涙を拭う彼女は、

「ううん。もう会えないよ」

とだけ言った。


(そんな、スッキリした顔しないでよ)

美桜は、もう別れを彼に告げている。

当たり前の事だ。葬式は、死者に別れを告げる最後のタイミングだから。


私のドロドロした感情を囲むように、会場のスッキリした匂いが漂い、美桜の細い涙が弾けるように落ちた。

(苦い……)

私のドロドロした気持ちが。

それを置いていくような世界そのものが。

そして────

(あなたが)

私は棺からのぞく神田の顔を見る。


視界が魚眼レンズを当てたように揺らぐ。



────特別教室。……たしか、ほぼ空き部屋で、私達の掃除場所だったところだ。

「1年の頃は、1階がクラスだったからみえなかったけど、2階(ここ)、富士山がよく見えるな!」


ほうきを手にした臣大がぞうきんで床を拭く神田を見た。


「うん。綺麗だよね」


神田は顔を上げた。この部屋にいるのは、神田、臣大、私、美桜。2人の声だけが聞こえる。


「なぁ、写真撮ろうぜ、リョータ」

臣大は神田の肩に手を乗せた。

「え、でも……そもそも、カメラないし」


「俺のスマホで撮りゃいいだろ」

臣大は学校使用禁止を堂々と破り、スマホを開いた。

「ほら、自撮()るぞ」

神田はさっきああいったものの、自然な笑顔を作った。

「んじゃ、次ヘンガオ」


過去の私と美桜はほうきを持って、それを教室の壁によりかかってニヤニヤ見ていた。

「見てよ、凌花。神田君が頬膨らませたら、破裂寸前のモチみたいだよ」


「あはっ……ちょっと美桜……っ」

過去の私が笑っていると、臣大がこっちにきた。


「なぁ、橘さん。写真部だったよな?写真撮ってくれよ」


「えー。やだよ。先生来たら私が怒られんじゃん」


「でも俺じゃ上手く撮れねぇし、自撮りじゃ富士山が見えねぇんだよ」


「んー、ジュース2本!」


「1本」


「じゃ、600ml!」


「分かったよ」


ジュース600mlより、写真1枚なのか。

全く、男子高校生というのはお金をこういう所で結構無駄にしてる気がする。悪ふざけで。

臣大のスマホを受け取って、過去の私はポジションを整えた。


「なら、いい写真にしてあげるよ」


カメラと操作は違うが、光の当て方とかは、直感的に分かるみたいで、過去の私はスマホの操作にすぐ慣れた。


────もしかして、アルバムの写真、私が撮ったのか?


「はい、チーズ!」

カシャ、と短いシャッター音がなった。


「んじゃ、今度変顔するから」


「追加料金は?」


「ケチだぞ」


「冗談よ」


過去の私がニヤニヤして臣大をみている、

私は神田を見た。なんだか、嫌がってる……というか、恥ずかしいみたいだ。

それに気づいたのか、臣大は笑った。

「おい、リョウタ。恥ずかしがんなよ」


すると、ガラガラっとドアが開いた。

「あ、やべ」

臣大が呟く。

おじさんの先生が「ん……?あ、お前ら!またサボってんのか!」と怒り出した。


美桜が急いで掃除するフリを始めたが、バレバレだったらしく、おじさんは「小町!誤魔化すな!」と言った。


「私は関係ないですよ!」


「注意して無い奴は同罪だ!それにいつもお前の声が廊下から聞こえてるんだぞ!」


美桜は掃除時間中よく歌ってる。彼女は音楽がすきなのだ。それを私と臣大が盛り上げる。


「神田……お前が注意するべきじゃないのか!」


「ご、ごめんなさい……」


神田はいつも礼儀正しくて真面目だから、先生からの信頼が厚いのだ。

明らか飛び火で可哀想なことこの上ないが、神田は不機嫌にならない。

まぁ、不真面目な生徒を怒っても、あまり意味ないし、真面目な生徒が不真面目にならないように真面目な生徒から怒られるのは、道理なのかもしれない。


────なんでもない日常。私は幽体離脱のような状態のままだ。

さっきまで葬式会場にいたはずなのに。

なかなか、終わらない。


なんで、私は神田が嫌いだったんだろう。

今、目の前にいる学生服を来た私は、神田のことをどう思っている?

……思い出せない。


気がつけば、放課後のチャイムが鳴っていた。かれこれ、4時間もこの世界に囚われているのだろうか。部活も終わり、下校の時間になった。


過去の私を見ていたくもなったが、やはり神田の方を見ようと思った。

「リョウタ!途中まで一緒に帰ろうぜ!」


「うん」


私は2人について行った。神田と臣大は同じバスケ部だ。

(最初はあんなに早く終わったのに……なんで終わらないんだろう)


というか、そもそもこれはなんだ。

私の記憶じゃない。だって、私の記憶だったら、私が見たものしか見えないはずだ。

なら、やはり私の妄想だろうか。そこまで私は異常な精神状態なのか?


「写真、消されなかったから、送ってやるよ」


「あ、嬉しい!消されなかったんだ」


「おっさんの慈悲だな。ジュースが無駄にならなくて良かった……てか、お前ばっかおこられて、嫌じゃねぇの?」


「俺は恒介と一緒なら、嫌じゃないよ」


「お前ぇ」


2人は分かれ道で別れた。臣大が坂下の街の方へ、

神田は坂上の山の方へいった。


神田は坂をずんずん登っていく。

私はそれを見つめていると、後ろから気配を感じた。

後ろを振り替えると、電柱の影に、私がいた。

(……っ)


つけていたのか?

なんで。私は立ち止まる。


私のことなのに、全く覚えていない。

過去の私は神田と一定の距離を保ったまま、神田について行く。

過去の私は、私のすぐそばまで来た。

目の前の私が、何を考えているのか、全く分からない。

私のはずなのに、過去の私の姿がどこか不気味だ。


「……え」

私は柔らかいゴムのような壁にぶつかった。

そこから先に景色が続いてるのに、それ以上先に進めない。

(透明の壁……?こんなの無かった……)

私は透明の壁が動いてるのに気づく。

柔らかいから、怪我をすることは無さそうだが、明らかに変だ。

(もしかして……)

私は昔の私を横目に神田の方へ。

こちらに壁はない。

「神田を中心にした世界から、出れない……」

ここは、神田凌太を中心にした世界だった?


美しい夕焼けが神田の背中を照らす。


なんだか、甘いような、じっとりとしたような、体温ある空気を私は感じ始める。いや、やっと気づいたのかもしれない。そしてこれはまるで────

葬式の空気とは反対の空気だ。


葬式の整然とされた空気より、私はこの不器用な空気が好きになった。

私がその空気に浸っていると。


「不器用な温かさなんて、意味すらない嘘だよ」


────いつの間にか横にいた昔の私が暗い顔をして呟いた。


その目は、神田の後ろ姿を見つめていた。

次回物語編


物語編: 解釈は、3:1の比率にすることにしました。


ペースが悪くなるからです。


また、まとめた方が皆さんも読みやすいと思いました。


ただし、3:1はあくまで目安で、物語が大きく展開したら解釈を2話ごとに挟んだりすることもあります。

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