◢ 『Lemon』ー第1話 「死から始まる恋」【物語】◤
高校のクラスメイトだった、神田 凌太が、齢24にして亡くなった。
それを知った私の情緒が強く揺さぶられることはなく、ただ、あぁ、そういうことも、確かにありえるんだな、というような奇妙な感覚が胸に降りた。
……でも、私は彼が嫌いだったような気がする。
何故かは大して覚えていない。……。
『凌太が交通事故で亡くなった。病院で死亡が確認されたのが今から20分前。葬式は3日後だってよ』
何年も新着メッセージが届いてなかったクラスLINEにそんなメッセージが届いた。
『凌太が?本当かよ。どうして……』
停滞していたクラスLINEが一気に動き始めた。
悲しむ言葉、彼を追悼するメッセージが次々と流れた。
私も、『ご愁傷さまです』という旨のLINEを送った。
人が死ぬのは大変な事だし、周囲の人は辛いに違いないだろうから、本心だ。
少しの間その流れが続いて、話は彼の葬式の話になった。
『どこで葬式は行われるんですか?』
『俺も行きたい』
『家族葬かどうかは分からない』
葬式に参列したいという人は、どんどん増え、ほぼクラスの全員が参加を希望した。
正直、私は彼とほとんど接点もないし、遠慮しようかと思っていた。
でも、私の高校時代の親友、小町美桜が意外にも、私も行くって言っていたのと、皆が行くなら私も行くか。みたいな集団心理に動かされて、何も考えないまま、ほとんど衝動で、私も行くって言ってしまった。
ついでに、私が彼のことをなんで嫌っていたような気がするかも、知れるかもしれない。
久しぶりの、里帰りでもある。
それから、4日後、土曜日。
今日は、神田の葬式だ。
会場は静岡県、御殿場市。私達の地元だ。静岡県の東側にある市で、富士山から大体10km。
私は、横浜駅から国府津駅経由で、御殿場駅へ。約1時間45分で到着した。
そこから、タクシーで会場へ。
会場が近づくにつれ、懐かしい景色が見えてきた。
私達の高校があった場所。今は大きい介護施設ができている。
そして、さくら公園。
──神田は、この街から出ていかないまま、人生を終えたのか。
会場にタクシーで着く。
底が薄い黒靴を履いた喪服姿の私は、バックの中のどこかにある数珠を探りながら会場の自動ドアを通った。
あちらこちらで会話をしている人達。
元クラスメートらしき人達もちらほら見える。
奥には神田の両親と思しき老夫婦が目元をハンカチで拭っている。
24歳の息子が若くして亡くなり、その日の当日に警察から遺体として引き渡され、安置所に運んだあと、悲しみにくれる間もなく、その場でお通夜や、告別式の日程を決め、葬式のお金をはらう。
両親は辛かったに違いない。
(神田は、何の仕事してたんだろうな)
確か、高校生の自己紹介の時は、介護士と言っていたような気がする。
なんでそんなことを覚えてるのか分からないが、そう言ってた。もう、私がその時言った夢も思い出せないのに。
神田の遺影を見ながら私は彼に興味が湧いてきた。
何故だろう。彼の訃報を聞く直前まで、彼のことなんて思い出すことすらなかったのに。
それは、彼と、私達の違いが決定的なものになったからかもしれない。
とりあえず、両親に挨拶をしなければと思い、何をいうか考えながら夫婦に近づいた。
「この度はご愁傷さまです。私、彼の高校時代のクラスメイトの、橘凌花です」
私が一礼すると、夫婦もゆっくりとお辞儀した。
母親の方が、口を開こうとすると、彼女の目から涙が零れた。
父親が母親の代わりに口を開いた。
「わざわざ凌太に会いに来てくれてありがとう沢山の人に来てもらえて、凌太も……」
言葉が最後まで紡がれることはなかった。
私は棺の方をみやった。
彼の棺に少し近づくと、彼の顔が見えた。でも、顔の一部には包帯が巻いてある。
私は目を見開いて顔を見つめた。
彼は、こんな顔だったっけ?
そう思い、彼と最後にあったのは5年前だったから、当然顔もかわると思い直した。
遺体に包帯が巻かれているのを不自然に思った私は、会場の端にいる女性スタッフに声をかけた。
「どうして、遺体に包帯が巻かれているのですか?」
スタッフは少し眉尻を下げ、言った。
「遺体の損傷が激しく、修復可能な部分は修復し、修復不可の部分は、ご遺族の精神的ショックを防ぐため、あのように包帯で損傷を隠しています」
相当酷い事故だったのかもしれない。
ありがとうございました、と言い、私がもう一度彼を見ようと戻ろうとすると、自動ドアが開き、美桜が入ってきたのが見えた。
美桜とは卒業後も定期的に会っていた。
私は美桜の方へ。
「美桜」
私が彼女に声をかけると、何故かぼうっとしていた彼女が、「あ、凌花」と言った。
「まさか、凌花が来るなんて思わなかったよ。凌太君と一緒にいたイメージもそんなにないし」
「そうだけど、なんか、行きたくなって」
「そうなんだ。……」
美桜は神田と仲が良かった。もしかしたら、1人で会場を歩き回りたいのかもしれない。
私は神田の話を美桜から沢山聞こうかなと思っていたけど、辞めることにした。
「じゃ、私ちょっと御手洗いってくるね」
私がそう言うと、美桜は「あ、分かった。じゃまた」
と短く返しながら、彼女の足はすでに神田の棺に向けられていた。
御手洗など美桜を自由にするための出まかせで、もう特段やることもなくなってしまった。
私は会場を見渡す。
そういえば、やけに広いし、私が来た時よりもずっと人が増えている。
私が最後みた葬式はおばあちゃんの葬式で、14歳の時だったから、あまり思い出せないけれど、こんなに人が多いことがあるのか?
内訳は、私達クラスメイトと、車椅子に座った年配の人達──恐らく、介護施設にいる人たち、親戚、職場の同僚だろうか。
どこからでも声が聞こえる。
「凌太さんはとても優しくてね。少し不器用な所もあったけど、素直に言うことを聞くから、短い間で、彼はとてもいいひとなんだって──。」
盗み聞きは良くないと思いつつも、結構聞いてしまった。
「可哀想だったね」
「 無念だろう」
「可哀想そうに……」
そんな声が、そこら中からきこえる。
私は会場のロビーの思い出コーナーに目を向けた。
机の上にはアルバムが置いてある。
それは、彼自身のものなのか、ページの一部には埃が被さっている。
2-1のページを開いた。
8番 神田 凌────
アルバムの中の彼と目が合う。
なぜか、涙が出てきた。彼の名前の一部がぼやける。
────それは、夢を見ているかのような気分だった。彼と同じ世界にいたころの記憶。
私の心臓が跳ねる。ドクドクとそれはドラムのように速くなる。
目の焦点が合わない。
目の前の景色がぼやけきって溶けてなくなり、9年前の記憶の景色ととって変わった。
────朝の退屈なホームルームの時間。
先生が、新しいクラスが始まったので、皆さん、自己紹介をしましょう!と、言った。
私はその景色を客観的に見ていた。
私自身のことも、俯瞰して見える。
まるで、幽体離脱だ。
私が当時見えていなかった景色も見えた。
それは、私の思考が補っている景色なのか、それともただの夢か。
番号順に一人一人が自己紹介する。9年前のそれを私は興味なさげに視線を配っていた。
そして、神田の番が来た。
「神田凌太です!よろしくお願いします!えーと」
7番の小町美桜が、「私の将来の夢は、大好きなピアノを極めて憧れのベートーヴェンさんを超えることです!!」
と堂々宣言していることを思い出したのか。
「俺の将来の夢は……介護士になって……不自由で寂しい思いをしている人達を、支えてあげることです!!」
少し照れくさそうに、宣言した。
恥ずかしくなったのか、急いで座る彼を私は目を見開いて見つめていた。
私……この人が……
────好きだ。
9年前の私は、それを、自分の髪を弄りながら、ぼんやりと見つめていた。
その目には、暗い感情が見て取れた。
神田の清い心の光が9年前の私の内側の暗がりを際立たせているような気がした。
あぁ。……だから、私はあなたが嫌いだったんだ。
視界の四隅が、また涙でぼやけ始める。
…………あなたへのこの気持ちが、嘘ならどれほど良かっただろう。
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次回、この話の解釈編です!
この話のどこが曲とつながっているのか?
解釈編を通して、曲の解像度をあげつつ、物語の理解度もあげましょう!!




