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◢ 『Lemon』ー第3話 「死んだ俺はありがとうを言えない」【物語】◤

神田の家に着いたときは、19時38分をさくら公園の時計が示していた。


電柱の影に隠れていた過去の私がのどを引くように呟いた。

「もう、分からない」


(何が分からないの……?)

神田が元気な声で「ただいまー!」と言いドアを開けた。


私は過去の私のことを少し見ていたかったが、神田を中心にした私を決して傷つけない柔らかい透明の壁に遮られ、私は来た道を戻れず、過去の私は来た道をもどってしまった。

「眩しい」

最後に彼女はそう呟いていた。彼女は夕日に優しく包まれていた。


私は諦めて、神田の方に行った。

ドアは開けられないし、どうしようと思っていると、自分には実体がないのを思い出した。

1度、神田と臣大が部活でバスケしている時に、ボールがこっちに飛んできて、私をすり抜けたのだ。


私はドアを貫通する。侵入は悪いけれど、過去の事だし、この世界がどうして神田を中心にしてるのかも知りたい。分からないかもしれないけど。


(戻る方法は、多分あるはず)

私は戻りたいような、戻りたくないような気分だった。

この世界の生ぬるい空気が、冷たい現実からきた私を優しく溶かしているような気がする。


神田は2階の自室で、机に向かい合っていた。

整頓された教科書と、ボロボロの医学書入門。


(神田……医者になりたかったの?)


そして、彼は呟く。

「どうして、ついてくる?」


(え……!?)

神田は私の事が見えていたの?

そう思いかけて、気づく。彼は、過去の私の追跡に気づいていたんだ。


「凌太ー!ご飯」


「うん」


彼はさっさと部屋から出ていってしまった。

部屋は男子高校生らしい部屋だ。

気になったのは、そこら中にある手芸作品だ。

どれも、緻密で繊細だが、一部粗かったり、強く引っ張ったような後がある。

そして、ゴミ箱に捨てられた大量の糸と、短い布。

失敗したのだろうか。


(神田は介護士だった……)


私は部屋を見るのもそこそこに、1階のダイニングに行った。

床を貫通すればいいのだが、何となく階段で行く。

すると、大きな声が聞こえた。

「何を言っているんだ!?凌太!!」

ドスのきいた、よく響く声。

私は急いでダイニングに入ると、そこには4人がいた。

神田と、彼の両親……そして……恐らく、彼の兄だ。


大学生くらいに見える。

4人の空気はピリピリしていた。

大声を出したのはどうやら父親のようだ。


「お前は医者になるんだ!俺と、陽太のようにな」


「ちょっと……お父さん」

母親は父親を止めようとしている。神田が俯く。

陽太、というのは神田の兄のことらしい。

神田の兄、陽太は気まずそうに、申し訳なさそうに神田を見た。


「だって……俺にはもう出来ないんだ。俺は力の制御が苦手なんだ。医学書も……分からないし」


「それはお前の努力不足だ!!」


だん、と短い音が響く。父親が机を叩いた。神田がビクッと震えた


「いつも言っているだろう、凌太。お前は力加減が苦手だったから、手芸をさせている。それでも上達しないなら、お前は人一倍勉強するべきだと!」


父親は続ける。

「俺も、陽太も、医者になれたんだ。お前にはカネもかけている。お前がなれないはずがない」


「ちょっと、いい加減にして!」

口を開いたのは、神田ではなく、彼の母親だった。


「あなた、いくらなんでも酷すぎるわ!凌太は、人を支える仕事につきたいって言ってるのよ!凌太は力と体力があるから、介護士になりたいって言ってるんじゃない!!最近のあなた、何かおかしいわ」


神田が泣きそうになっているのがわかって、私は胸が傷んだ。


「昔からこの子達には医者になるために教育してあるんだ。お前は黙っていろ」


「凌太はあなたの物じゃないわ!」


「だから、黙っていろ!いいか、凌太。お前が医者になりたいって言ったんだ」


「あなたが言わせたんじゃない!」


神田はぶるぶる震えていた。

────聞いたことがある。両親の不和こそ、最大の虐待である、と。

ガタッと神田は席を立ち、2階に言ってしまった。


「おい!凌太!どこにいくんだ、話は終わってないぞ」


父親が、2階に行こうとして、母親がそれを止める。

私は2階に行った。

扉の前から、嗚咽が聞こえてきて、私はドアの前で立ち尽くした。


(……神田)

神田は、昔からあの父親に医者になることを前提に育てられた。でも、神田は不器用だった。

練習は功を奏さず、神田は悩んだ結果、自分の力を生かせる介護士を目指したんだろう。

そして、それを父に否定された。


(()()……)

私は気づけば────


────涙をこぼしていた。


視界がぐにゃりと歪む。しかし、それを感じる直前に、私の視覚ではなく、触覚が働いた。

寒い。冷たい。


「凌花?」

美桜が心配そうに私を覗き込んでいた。

(ここは、どこ……?)

すこしだけ考え、思い出す。

ここが現実だ。


目の前には、凌太の棺。

────、戻ってしまったんだ。

私は無言で近くの席に座った。

美桜が怪訝そうにそれを見つめた。


凌太の両親がいつの間にか棺の近くにいた。

「すまない……」

父親が呟く。


私はずっと席に座って目を閉じていた男が凌太の兄、陽太だったことが分かった。


父親が続けた。

「お前が言ってたことは、正しかったんだ。その証拠に……こんなに人が来てくれた」


会場には高齢者が沢山いた。

────凌太が介護した人達だ。


「お前に寄り添えなくて……悲しい……」


私が下を向いていると、美桜が言った。

「もしかして……凌花……凌太君にあったの?」

会ってない。私は見ることしか出来ない。


私は、高校生の頃、彼が、初めは好きだったけど、嫌いになったんだ。

その、

悲しい過去を。苦しい過去を。

今、私は愛している。



◤→神田凌太(4日前)


俺の無駄に強い力は、毎日、介護施設のおじいさんおばあさんの役に立っている。


俺────神田凌太は、仕事帰りに、さくら公園前の道路を通っていた。


俺は医者にはなれなかった。

医者は、人の命を救う、俺も目指していた、やりがいのある仕事だ。

誰かの役に立てることが、どれほどいいことか。


でも、俺は不器用で、医者は諦めた。そして、この力を生かす介護士になった。それに、介護士は、不自由だったり、寂しい思いをしている人達に、寄り添える。

人の命を救う医者と、人の精神を支える介護士。


(俺、やっぱり、介護士になって良かった)

彼らの笑顔を見るたび。感謝されるたび。

そう思った。

昔から、人助けが好きで、自分の中にこんな温かい感情を詰めていないと落ち着けなかった。


ある意味、臆病なんだと思う。

人の感謝されて、温かい気持ちが体の中にないと、酷く寂しいんだ。

だから、「お前の不器用な愛は、嘘だ」

って言われたら、その通りなんだ。


いつか、そんな言葉を彼女にぶつけられたような気がする。


橘凌花。


みんな、俺をいい人だって、良い奴だっていって接してくれる。俺も、それは嬉しい。でも、俺の寂しがり屋な一面は、誰も知ることはないんだなって、悲しい気持ちもあった。


でも、凌花だけは、俺の事を寂しがりな偽善者だといって、嫌っていた。

でも、彼女は俺の本当を見つけた唯一の人だった。



だから、俺は……まだ、あなたにもう一度会いたい。

(凌花……)

俺は、バカな男だ。

彼女に嫌われてるからといって、自分の気持ちも伝えられなかった。

だから。

俺は彼女にLINEを送ろうとして、もうかれこれ何日か経っている。


(いや……でも、俺には、俺の幸せがもうあるんだ)

俺は、もう、十分幸せだから。

もう、こんな人生をずっと歩んでいれば、満足だから。


1人の小学生くらいの女の子が、俺の反対側の歩道をてくてく下校していた。

「あ!おかあさーん!」

女の子は、買い物袋を野菜と肉でいっぱいにした女性を見、そちらへ走り始め、道路に、出た。


女の子の声で、前を歩いていた女性が振り返り、叫ぶ。

「真希!!」


俺の目が、大きく開く。

奥から、トラックが走ってくる。

女性が恐怖に弾かれるように固まる。

俺は、反射的に動いていた。

走る女の子が、スローで見えた。


女の子の体は俺に当たって、対向車線に倒れた。

そして。

ドッ……という爆音と共に、視界が弾け、耳が聞こえなくなる。

思考はむしろクリアになった。


────こんな、簡単に、死ぬのか。


温かい血が流れ、左半身の感覚はない。左耳は聞こえず、左目も何も見えない。

血と共に、俺がこれまで必死に詰めてきた温かい感情がボロボロ落ちる。俺はまだ動く右手で、それの欠片を、掴んだ。


(辛くないよ。俺は……)

俺は、悲しくない。可哀想じゃない。

もう、十分温かかったよ。


温かい感情が溢れ出るように、俺の魂が、俺の体から零れる。



面白かったり、期待していただけるなら、ブクマ、星5で応援お願いします!

次回、前3話の解釈編か、4話続きやります。



解釈編は1話ごとにしていたんですけど、これからは3:1の比率にやることにしました。

あくまで目安なので、4話の可能性もあります


この話のどこが曲とつながっているのか?


解釈編を通して、曲の解像度をあげつつ、物語の理解度もられます。

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