アイゼンハルト家の精霊 トルニトルス
「はあぁぁぁぁ~っ」
その日の夜。
湯浴みを終えた私は、豪華な自室の大きな大きなベッドへ寝転がって息を吐いた。
これまでは困惑や緊張による溜息ばかりだったけど、今回は違う。
疲れているだろうということで、ギルバートのお母様が多数の侍女をあてがってくれたのだ。
そしていい匂いのする浴槽で全身くまなくマッサージされた。
お風呂から上がった後はそうして解れた体が保湿され、さらに髪の毛まで乾かしてもらった。
要するに、すっごく気持ちよかったのである。
高級スパにでも行ったような気分だ。
貴族ってこれを毎日味わえるの?まぁ、複数人に裸を見られてちょっと恥ずかしかったけど。
「ふ~っ……」
あと、食事もおいしかった。
若干薄味ではあったものの、やたらいいお肉を出してくれた。
高級そうなワインも。
こんな待遇をしてくれるなら、旦那様に構ってもらえないなんて些細なことだ。
元のセレスティーヌだったら何か言ったかもしれないけど、私は不満とか絶対言いません。
「……もふもふ」
ただ唯一の問題点は、いつ精霊ちゃんたちに会えるか分からないということだった。
何せ彼らの存在は、公には秘匿されている。
国民全員が知るのは、私ことセレスティーヌがこの地を乗っ取り、王都へ攻め込むようになってからだ。
それまでは殆ど知られていなかったらしい。
精霊の森に隣接するこの街ヴェルドナの住人ですらそうである。
要職に就く人物以外は、おとぎ話だとしか思っていない。
ここアイゼンハルト家が、代々厳しく管理してきたために。
「つるつる……」
もちろんそんな態勢だから、今日嫁いできたばかりの私に教えてもらえるわけもない。
ないんだけど、目と鼻の先に居るとなるとどうしても期待を持っちゃう。
しかも精霊は近くに居るどころか、確かこの屋敷に居るのだ。
うわ言のように声を漏らしつつ、自然と手をすり合わせてしまう。
記憶を引っ張り出し、頭の中で苦し紛れに癒し動画たちを再生する。
スマホがあればこの欲求は多少収まるんだろうけど、そんなものあるわけない。
流石にそこまで都合よくはなかった。魔法はあるんだけどね。
でもそれで何か映像が見れるわけじゃない。
だいいち、セレスはその手の才能を殆ど持たなかった。
両親から受け継いだ火と氷を、もうほんとにほんのちょっぴり使えるぐらいだ。
こんなことをしていてもらちが明かない。
することもないし疲れたし、流石にそろそろ寝ようか。
「ざらざ――ん?」
そう思った時だった。
静まりかえった部屋の中に、ノックの音が響く。
こんな時間に誰だろうか。
侍女はちょうど下がっているようで、応対する声は聞こえてこない。
お風呂から出た時ネグリジェを着せられたので、あまり自分で出るような格好でもない。
「はい?」
またコンコンと聞こえたので一応返事をしてみる。
だが、訪問者は何故か喋ってくれない。
再びノックされるだけだ。
いたずらでもされているのかと思う。
しかしお風呂でとても親切だった侍女さんたちを見るに、不躾な事をする使用人なんているとは考えられない。
だとしたら何かと悩んで、嫌な予感が頭に忍び込んでくる。
まさか、幽霊……?
いやいや無い無い無い無い。
でも、ここは確かにファンタジーな世界だし、原作でそういうエピソードはあった。
だとすると今この瞬間、あの扉の向こうに居てもおかしくはない。
「ひっ……!」
再び聞こえた。背筋が凍る。全身に鳥肌が立つ。
危機感からか、やけに頭がはっきりしてくる。
「んっ!?」
ただそうなると考えつく。
彼らは意志の疎通が可能で、思考能力や感情は生前のままだ。
しかしモノに触れる、ドアを叩くなんてことできなかったと思う。
そして気づく。
今日ってもしかして、結婚初夜じゃない?つまりは「旦那様」が訪ねてきて、することをするんじゃない?
体を丁寧に清められたのは、旅の疲れを癒すためだけではなかったのかも。
侍女が居ないのだって、気を使っているのかも。
式が無かったし、構ってる暇ないと言われたのですっかり失念していた。
「ほへ……」
……いや待って待って待って待って。
確かにここは中世だ。そういう文化があってもおかしくはない。
何より今、アイゼンハルト家には男子がギルバート1人しかいないのだ。
少し前まで居た3人の内2人を同時に失ってもいる。
彼自身だけでなく、周囲が危機感を覚えたりはするだろう。
家のためと急かされれば、いくらこれまで女性を寄せ付けなかったって子供を作ろうとするのは十二分にあり得る。
彼が女性を寄せ付けなかったのは、家族のため鍛錬に勤しんでたからなんだけどね。
まぁそのせいで女嫌いって噂が立ったら、「兄上に任せる」ってむしろもっと鍛錬するようになったらしいけど。
だからそもそもそんなに女に興味が無いのかもしれないけど。
でもやっぱり、家族のためならアレぐらいやってのけてしまうかもしれない。
だから今、扉を隔てた向こうに居るのかもしれない。
「ッ!?」
ってそうじゃなくて!私そんな経験無いんですけど!?
前世じゃ仕事を頑張ってたからそんな暇無かったし、今世じゃわがまま放題だから男から相手にされなかったし!
それに心の準備がまだ――。
「ひっ!?」
しかし、無慈悲にもノックは繰り返される。
きっと私が出るまで終わらないだろう。
それもそうだ。彼だってきっと、必死なのだから。
もしかしたら評判が悪い私を受け入れたのは子供のためなのかも!?だとすると断れば、実家へ追い返されてしまうのもあり得る。
だったら、腹をくくるしかない。
精霊ちゃんたちと暮らす今後のためにも。
一度深呼吸をすると、ベッドから立ち上がる。
まだ頭はぐちゃぐちゃで心臓もうるさいけど、一歩、一歩と進んでいく。
踏み出していけば段々、相手は言葉を失うぐらいのイケメンだし、とポジティブになってくる。
きっと空元気だけど。
実際すぐ恐怖が込み上げてくる。
だって知らない人だ。
いやまぁゲームで何回か攻略したんだけど、顔を合わせたのは数分である。
考えていれば、気づくとドアの前に居た。
意を決し、開く。
「ギッ……」




