領地視察兼買い物兼デート兼……⑤
「―――!」
「ん」
「これは……」
外から悲鳴が、大きく聞こえてくる。次いでざわめきもだ。何か事件でもあったのだろうか。
領地の治安維持は、主に領主の仕事だ。
実際には騎士団の方々が行うが、主体となるのはギルバートである。
近くに居る今、私たちがすぐ駆けつけるべきだろう。
何より彼が馬車に乗っていると、既に何十人かには知られてしまっているのだから、素通りしたらきっと心象も悪い。
「ギルバート様。行きましょう」
「っ!あ、あぁっ……」
「……?ギルバート様?」
だが、当の彼の様子がおかしかった。
先ほどまでの姿はどこへやら、息さえしづらそうにしている。
拳は握られ、肩も力なく窄む。
声をかけることすらはばかられるような姿だ。
一体どうしてしまったのだろうか。じっと観察し、考える。
やがて、一つの仮説が浮かんできた。
もしかすると、戦いになることを恐れているのかもしれない。
その可能性を前にして、動けなくなったのかもしれない。
何せ、戦争で、命の取り合いで家族を失っているのだ。
トラウマを抱えていてもおかしくはない。
また、だからこそこれまでずっと、屋敷から出ていなかったのではないだろうか。
もし武力で鎮圧しなければならないような事件と遭遇すれば、こうなってしまうと分かっていたから。
戦う事こそ自分の生きる道だと思っていたのに、出来なくなってしまったから。
そんなのきっと、誰にも顔向けできないから。
「……」
冷静さを取り戻した頭で思考する。
私はそんなギルバートに、一体何をすればいいのだろう。
無理矢理にでも向かわせるのは、駄目な気がしてならない。
ちょっと違うけど、強引に仕事へ向かわせるようなものじゃないか。
辛さが分かるからこそ、口は動かない。言うべき言葉が思いつかない。
変に発破をかけ彼がより深く傷ついたら、良くないことが待っている気がする。
背筋がぞわっと冷たくなった。
もしそうなれば、私に、それどころか誰にも責任なんて取れようはずがない。あまりに重すぎる。
ならばと悩み、前世で激務の中、私が誰かにして欲しかったことを思い出す。
勇気を出して、実行する。
「ギルバート」
「へ?は、は――」
そして、彼の手を握った。優しく、包み込むように。
先ほど上がった人肌の熱を伝えるように。
じっと目を見つめ、名前を呼んだ。
一緒に居ると、精一杯伝えるために。心の奥底に、伝えたくて。
同時にマルガレーテちゃんが私の腕を駆けのぼり、一緒に触れてくれる。
仄かにひんやりとしたつるつるの体は、繋いだ手と手を縛るように巻き付いた。
「今日はこのまま、帰っちゃいましょうか」
「えっ」
「雑貨を買うのはまた今度でも大丈夫ですし……。いいかな、マルガレーテちゃん?」
私の言葉に彼女は、多分頷く。
待ってうちの子(?)天才すぎる。
しかもなんて優しい子なんだ。もっと勇気が湧いてきた。
より明確な意思を目に宿し、真っすぐ向ける。
「それにアレは、すぐに誰かが来てくれるはずです。優秀なあなたの部下ですからね」
「しかし……」
「もしくは心配なら、私が行ってきます」
「なっ……」
「きっとマルガレーテちゃんと、オロバリス様が守ってくれますから」
強気な事も言っちゃう。
実際、マルガレーテちゃんは精霊の森の長老たるオロバリス様の盟友だ。
どれだけ力を持ってるかは知らないけど、まぁ人間一人二人ぐらいならたぶん余裕だろう。
確証はないけど。正直怖くないって言うと嘘になるけど。
「だから大丈夫ですよ、ギルバート。この場は、あなたがしたいようにしても」
「……はい」
「もしくは自分で選ぶのが嫌なら、どうするか、私が選んでも大丈夫ですし」
「……」
でも、トラウマや恐怖で辛そうにしているギルバート見ると、やっぱり放っておけなかった。
その理由は、彼が大好きな「きみたて」の登場人物だから、というだけではもうないかもしれない。
「私が……」
「はい」
「私が向かいます」
「……はい」
やがて、旦那様は決意を固めたようだった。
天に輝く太陽のような瞳が、私の事をしっかりと見据え返す。手が力強く握られる。
気づけば背筋も真っすぐに伸びていた。
そこに恐怖は殆ど見られない。領民を想う強い意志が、ひしひしと感じられる。
流石は乙女ゲームの攻略対象だなぁ。怖いだろうに勇気を出せちゃうなんて。
かっこいいね。また心臓が跳ねるけど、強い返事をする。
「ただ……。その……」
「なんですか?」
「付いてきて、くれますか?」
「ふふ。えぇ、もちろんです」
「ありがとうございます。セレスティーヌ」
やや縋るように尋ねられ深く頷く。
こちらからも手を握り返し、決して離れないことを誓う。
なんだか、心も一緒に繋がっている気がした。
誰かとこんな風になるって温かい。嬉しい。幸せ、かも。
ことによると、相手が相手だから猶更。
こんな満ち足りた気分になるなら、ちょっと怖いぐらいどうでもよかった。
むしろこうさせてくれる彼を失う方が怖い、気がする。
「――御者、止めてくれ」
そうして私たちは、事件が起こっただろう場所へと共に向かった。ずっと手を繋いだままで。
……よくよく考えてみたら、なんかやたら人の視線感じるなと思ったんだよね。絶対これのせいだ。
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