領地視察兼買い物兼デート兼……③
「あなたがギルバート様のっ!」
「奥方様ですね!」
私を迎え入れたのは、馬車ではなくたくさんの人々だった。
入るところを誰かに見られたのだろう。
多少変装していたのによく分かったなぁ。
やっぱり彼ら、アイゼンハルト家だけでなく相当ギルバート個人の事も好きっぽい。
一体どれだけいるのだろうか。
数えきれないぐらいの人数に囲まれている。
そして皆一様に、私を見て随分と嬉しそうな顔つきだ。
……でも、び、びっくりしたぁ。
こんな人数に囲まれる事なんて今まで当然無かったし、興奮しているのか声も大きい。
さらに前のめりだ。
好意的なのはひしひし伝わるけど、正直ちょっと怖いかもしれない。
制している御者の方も押され気味だ。
いつか決壊するかもという予感が滲む。
「え、えぇ……」
「やっぱり!」
「ということは中には、ギルバート様が?」
しかし、私は腐ってもアイゼンハルト辺境伯の夫人なのだ。
夫人としての務めを果たせとも言われている。
だからちょっと頑張ります。
「はい」
「おぉっ!」
「彼は間もなくこの店から出てきます。ですがその前に、皆様に自己紹介させていただいても?」
一度深呼吸してから、言葉を吐き出す。ちょっと震え気味かもしれない。
「えぇ!」
「はい!」
「ありがとうございます」
しかし、伝わってくれたようだ。
周囲がすっと静まり返る。
きっと、私の話を聞こうとしてくれている。
やっぱり悪い人たちでも怖い人たちでもないんだ。
たぶん、ちょっとギルバートの事が好きすぎるだけ。
そう。きっと彼らはアイゼンハルト家のオタクなんだな。
アホな事を思ったら、意外と落ち着いてきた。
……っていうか今までの私、こんな感じでトルニトルスくんとかマルガレーテちゃんと接してないよね?
ちょっと今後気を付けます。
「私は――」
そうして、話し始めようとした時だった。
「セレスティーヌ。何のさわ――」
「おっ!ギルバート様だ!」
「わっ」
「ギルバート様!」
「お久しぶりです!」
「っ。あ、あぁ」
背後で扉が開く。どうやらギルバートが出てきたらしい。
一気に人々が、また盛り上がる。
再び熱狂の渦が巻き起こり、中心に居る私はびっくりして思わず後ずさってしまう。
まずい。怖がってるのがバレたらどう思われるだろう。
平常心平常心と考えても一切冷静さは戻らない。
勢いはさっきより強くて、本当に何か起きてしまうんじゃないかと思ってしまう。怖い。
「へっ……」
すると彼が、旦那様が、素早く私の前に滑り出た。
大きな大きな背中によって、私は領民たちから隠される。
無数の視線と熱烈な声が遮られ、感じていた恐怖と緊張が楽になっていく。
ほっと一息をつける。
「皆、久しいな。今まであまり顔も見せずすまなかった。少し――」
……え?というかもしかして、守ってくれた?
ちょっと怖がってるのを察して?
確かにさっき察しが良い所をみたけど、流石に違うんじゃないかと思う。
でも、それ以外にこうする意図が浮かばない。
普通は横並びになったりするんじゃないか?
そうせず前に出たっていう事は、本当に人々の熱気から守ってくれたんじゃないか?
「え……」
気づくことがあった。
自分がまだ、ここは乙女ゲームの世界であると認識していたことをだ。
きみたての世界に転生して、舞い上がっていたことをだ。
だから目の前の人も、単にその登場人物だとしか思っていなかった。
私がただ幸せにする対象で、言うなればゲームみたく攻略を楽しんでいるのだと、心のどこかで考えていたのかもしれない。
随分な行動力を発揮できたのはきっとそのおかげだ。
でも、違う。ここは紛れも無い現実なのだ。
そして目の前に居るギルバート・フォン・アイゼンハルトも実際に存在し、こうやって自らの意志で私を守ることができる。
整った見た目やかっこいい生き方を魅せて、私を幸せな気持ちにしてくれるだけじゃない。
私を実際に幸せにすることだって、思いやることだってできるのだ。
あるいはたぶん、恋愛をすることだって。
なんだか一気に顔が熱くなった。
動悸がする。思考が上手く動かない。意味も無くそわそわしてしまう。
周囲の音が聞こえづらかった。
彼らが何か喋っているみたいだけど、あんまり頭に入ってこない。変な感じです。
少しずつ少しずつ落ち着いてくるけど、余韻は尾を引く。
目の前の背中がやけに大きく、優しく、頼り甲斐があるように見える。
あれ。彼ってこんなに、逞しくてがっしりした体格だったっけ?
「ん……?」
そうしてまじまじ見ていると、気づいた。
どうやら少し震えてる。
考えればすぐ理由は分かった。
そりゃそうだ。
直前まで嫌われていると思っていた人たちの前に出てるんだもん。
マルタさんと会って多少緩和されたかもしれないけど、怖くないはずがない。
なのに私を、別に愛する人でもない私を守ってくれたんだ。
理解すると、今度はとても温かい気持ちになっていく。
優しさに優しさを返さないと、と思う。
たぶん相手が人間だと、再認識したからこそだ。
「……」
「あぁ。今日は妻と少しばかり……。ん……」
だから、流石に手を握ったりとかは距離感どうなってるんだって感じかと悩んで、ちょっぴりだけ彼の背中に手を当てた。
寄り添うようなイメージで。
私が心細いからというよりは、ギルバートが一人じゃないってことを伝えるように。
あと、なんだか触れたかった。
弱弱しく見えてそうするべきだと思ったからか、単純に私がそう思ったからか。
温かい。この人も、トルニトルスくんやマルガレーテちゃんと同じように生きている。
キャラクターではなく一人の人間として、今ここに、私の目の前に存在している。
「ギルバート様?」
「あぁ。その、彼女と買い物をな。すまない。騒がせてしまって」
伝わってくる震えはやがて元から無かったみたいに消えた。
同時にどこか、聞こえてくる声もいつもの調子に戻る。
優しくて、でもはっきりとした力強いものになる。
「では、次の予定もあるのでそろそろ失礼する」
「はい!」
「ギルバート様。楽しんで!」
そして、手を握られ、緩やかに引かれた。
「あぁ。……それと、皆に紹介させてもらおう」
馬車へとエスコートされるようだったが、その手前で一度立ち止まる。
「こちらが、我が妻。セレスティーヌだ。よろしく頼む」
「あ、よ、よろしくお願いいたします。皆様」
夫婦としての姿をお披露目して、私たちは服屋の前を後にした。




