1章エピローグ
(お風呂入りたいお風呂入りたいお風呂入りたい!)
それから、数時間かけてようやくアイゼンハルト家の屋敷へと帰ってきた私は、足早に自室へと向かっていた。
あくまで淑女として常識的な速度で、だけど。
流石に疲れた。
今日の過密スケジュールもそうだけど、昨日だって、次の日何を言われるんだろうっていう恐怖と枕が違うって理由であんまり寝られなかったのだ。
一刻も早くお風呂に入り、そして眠りたい。
今日はいい夢が見られそうです。
しかしその前にまずは、マルガレーテちゃんのお部屋を作らなければならない。
長老様から聞いた記憶が薄れないうちに。
幸いお手伝いとして何人かの侍女さんをつけてもらったため、頑張ればすぐ終わるだろう。
たぶんきっと。
「待っててね。マルガレーテちゃんっ……!」
「む。セレスティーヌ嬢?」
「へっ?あ、あら。ギルバート様。御機嫌よう」
そうして、人目も憚らず右手に巻き付いたままの彼女へ話しかけた時だった。
ちょうど執務室の前を通り過ぎようかという所で、そこから出てきたギルバートと鉢合わせる。
窓から差し込む日暮れの光に照らされた彼は、美しくも、とても疲れている様子だった。
端正な顔立ちにはあまり力が無く、少し心配してしまうほどだ。
精霊の森で考えた、誰が彼を癒すのかという事も相まって、何か挨拶以外に声をかけるべきかと悩む。
「はい。……ところで、その子は?というか、大丈夫ですか?」
「あ、え、えぇっ。大丈夫ですっ。……それで、えぇと、お時間は大丈夫ですか?この子の事を経緯から話すと、少し長くなりそうなもので」
まごまごしていれば、先に話しかけてきたのは彼だった。
流石に気になるのだろう。
マルガレーテの事を訊ねてくる。
「むぅ……。では、ん、あ~、いや。良ければ教えてください」
というか、目つきは普通では無かった。
明らかに興味津々という視線が、私の右手へと向けられていた。
なんだかちょっと子供みたいで可愛らしい。
一瞬考えたのは、仕事はどうしようと思ったからだろう。
でも、結果的に彼女が勝ったらしい。
もしかしたら、トルニトルスくんだけでなく精霊や動物全般が好きなのかもしれない。
良い趣味してるね。
そしてことによると、彼の閉じた心を開く突破口に、マルガレーテちゃんがなってくれるかもしれない。
ふと考えつつ、私は今日の経緯を話し始めた。
「――というわけです」
「ふむ……。『精霊の愛し子』、ですか。そして彼女はあなたのお目付け役だと」
「えぇ」
そうして、一旦トルニトルスくんのことは伏せつつ、昨日顔を合わせて以降の事を大体伝えた。
休憩中とはいえお仕事してるわけだからね。
まだ嫌われてると思い込んでるだろうから、触れない方がいいだろう。
「というか、精霊の森へ行ったのですね」
「はい。……諸々のご報告が遅れてすみません」
ただ、彼は新米とはいえこの家の主だ。
勝手にしすぎと怒られるのではないか、と少し思う。
何も言わず不在にしたので。
前世の上司も機嫌が悪いと結構そういうことがあったんだよね。
ちょっと身構えてしまう。
「あぁいえ。責めるつもりはありません。この家では自由にしてくださいと言ったのは私ですから。それよりむしろ、大変ではなかったですか?」
「へ?」
「長老の所までは随分遠かったでしょう。それに、道もあまり舗装されていませんから」
「あ、あぁ。なるほど。はい。大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
予想は、しっかりと外れた。
むしろ気を使われさえする。
やっぱりギルバート、性根は凄く優しい人だな。
仕事で疲れてるだろうにこんな言葉をかけてくれるなんて。
人として出来すぎてちょっと嫉妬しちゃうぐらいだ。
「それと、母上がすみません。少し強引でした、よね……?」
「いえ。そんなことありませんわ。むしろこうして、疲れただろうということで昨日も今日も侍女の方々までつけてくださって……。感謝しかありません」
「そうですか。それは良かった」
しかもお義母様の事を褒めると、控えめに微笑む。
精悍さと美しさを両立した顔が、好意的にこちらへ向けられる。
普通に眼福だ。
ちょっとだけ見慣れたので、今度は絶句しなかった。
あと、家族の事を大切に想っていて大変すばらしい。
そんな家族――もちろんトルニトルスくんも含めて――との時間をもっと作って欲しいとも感じる。
「……」
というか、とこれまで今後彼がどうなるか考え続けていたからか、単純に大好きな「きみたて」の大好きな登場人物が大変そうにしていて嫌だからか、ある思いが湧きあがってきた。
こんなに優しい人が仕事に忙殺されて楽しい時間を持てないなんて、絶対にダメだ。
前世の私みたいになってしまう。
その先に待っているのは後悔だけだ。
ずっと自分を責め続けるなんてのも絶対にいけない。
家族を想って続けてきた鍛錬が無駄だったなんて、そう思うなんて、そんなの悲しすぎる。
前世で経験したことだからこれも分かる。
必死で働いた末、望みを叶えられず死んでしまうと分かった時は、すごく虚しかったから。
私はまぁ、最後にサモエドちゃんを助けられたから多少いいかってなれたけどね。
でも、今の彼はそうじゃない。
努力が足りなかった、むしろ鍛錬したからこそ家族を不幸にしたとさえ思っているのだ。
なんなら自分という存在が生まれたことすら悔いているのだろう。
これまで精一杯頑張った末、大切なものをただ奪われてしまったから。
国を守るため戦争へと出て、貴族としての、生まれつきの義務と責任を、逃げることなく果たしたのに。
「セレスティーヌ嬢?」
「あ、あぁっ。すみません。考え事をしていました」
「あぁ。そうでしたか。遮ってしまい申し訳ない」
「いえ、大丈夫ですよ。むしろ私こそ、急に考え込んでしまいすみません」
「いえいえ」
そんなの私が、ちょうどよく外から来た、家族じゃないからこそこの膠着をぶっ壊せる私が、何かしたくなる。
原作知識を持つ私なら普通よりずっと早く傷を癒せるのだから、しなければとさえ思う。
きっとそう考えるのは、運命を変えてしまったからだけじゃない。
彼が幸せになれば、境遇が似た前世の私も多少報われた気になれるかも。
きっとそんな風に感じたから、これだけ強い意志が湧くのだ。
何より、彼の事が大好きだろうトルニトルスくんのためにもなるからね。
動物ちゃん精霊ちゃんを幸せにするって誓ったし!
「それで、なのですが……」
「……?はい。どうされました?」
「……その、もしよろしければ、少しその子、マルガレーテさんに触らせて頂けませんか?」
マルガレーテちゃんに触れたくてまごつく姿を見ると、猶更強く思った。
「えぇ。……大丈夫そうです。どうぞ?」
「ありがとうございます。おぉ……。これはなんとも……。ふむ……」
許可が出たので彼女を撫で、また優しく微笑む姿を見て、より強く。
それに、イケメンと動物が触れ合う姿はすごく良かった。
なんだかどっちにも庇護欲が湧く。
……私もしかしてずっと、お世話する対象が欲しかったのかな。
彼に何かしたいとこれだけ思うのも、そういう気持ちからだったりするのかも。
あと、一旦は彼と一緒にマルガレーテちゃんを愛でてれば良さそうだし、あんまり大変そうじゃないっていうのもあると思う。
というわけで、これからほどほどに頑張るぞ!
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