009_恩人であるがゆえ
エディが『庭』で異物への対応に悩んでいる頃、外では事態が緊迫していた。
「参ったなあ……これじゃ助けに入ることもできねえ」
タマサブロウは身を隠しながらぼやく。
潜伏に長けたコボルト族で、それも天然の迷彩色といえる黒胡麻柴の毛色を持つ彼が本気で身を隠したなら、人間に見つからずに活動する事などわけもない。
実際に10人を超える(ぐらいまで減ったのだが)子供達、それに12人のモドキ達に感知されないまま、彼らの動きを監視していた。
「一人や二人殺してなんとかなる状況じゃないしなあ……」
現在、大倉庫には孤児の後に続いてモドキ達も全員入っている。ここまで遺跡の設備との戦いはあったものの、他の勢力が姿を見せていない事から、背後の警戒は抜け落ちているように見える。
だからこそ、彼は安全に監視を続けられているのだが……
そして彼の救うべき相手。もちろん三人の子供では無く、仲間であるセンゴクだ。娘のハルイシも父譲りの優れた整備士だが、まだ未熟だ。第三探索隊の今後を考えるとセンゴクを生きて娘の元に連れ帰ることがタマサブロウの最低達成すべきことだった。
モドキ達の数人が、相談して奥を調べるようだ。
「二人ついてこい。奥の方も見に行く」
「こいつらも連れて行きましょう」
「そうだな……先に行かせろ」
モドキ達の大半は、入り口近くの遺物を拾い集めている。この遺跡のここまでの成果はひどいものだったが、一変してこの倉庫は彼らにとって宝の山だった。
ここの遺物を持って帰ればしばらくは豪遊できる。慎ましく暮らせば1年でも2年でも働かずに済むほどの成果なのだが、もちろん彼らの辞書に『慎ましく』なんて単語は存在しない。
道中の危険は全て叩き潰してきたのだから安全な経路は確保できている。ここと外を何往復かして根こそぎ持ち帰るつもりだ。そういう意味で、得られる成果は多ければ多いほど良い。
倉庫の奥まで探索するのは当然だ。
「うまく隠れてくれていれば良いが……」
恐らくセンゴクの判断としても隠れる一択だろう。それも一目で価値のなさそうな崩れ落ちた場所を選択したはずだ。戦力としては数に入らないセンゴクだが、それでも長命種族の年長者だ。軽はずみなことはしないだろう。
「俺の方は……そうだな、信じて足を確保しておくか」
外に残っている連中は少数だと子供達から聞いている。それに残されているということは新米や下っ端だろう。タマサブロウなら一人で制圧できる可能性も高い。
車両を盗んで隠しておく、あるいは制圧して待ち伏せる。どちらもこの場でセンゴクが生き延びてくれることが前提だが、あるいは見つかってもドワーフの整備士などという有用な人材だから即殺されることは無いとも思える。
人質にされて出てきたら、外の連中と人質交換という流れになるかもしれない。
「綱渡りだが……ここで飛び出しても『犬』死にだしな」
タマサブロウは自分たちの種族が犬と呼ばれることに抵抗はない。隊に同行している一族の若者は嫌がるだろうが、犬も狼もコボルトも似たようなものだ。
「あいつらも心配しているだろうな……」
罠で飛ばされてそろそろ半日、向こうは今頃遺跡内を必死に探していることだろう。早く脱出して、連絡を取らなければいけない。タマサブロウのやるべきことはまだたくさんあるのだ。
「一つ一つやっていくか……」
彼はそうつぶやいて、闇に姿を溶け込ませる。
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倉庫奥に移動したモドキと孤児達は、当然それをすぐに発見した。
「こいつは……」
「見る限り骨董品だな。ほら、ボロボロだぜ」
「部品取りにもならねえな、他を探すぞ」
モドキ達の目から見てもこのドールは役に立たないと一目でわかるものだったようだ。見つかったときは色めき立ったが、たちまち興味を無くした。
「ほら、お前達はあっちだ」
一緒になって巨体を見上げていた子供達をモドキ達は追い立てる。
それは不幸な接触を生んでしまった。何重かの意味で。
ミリィは連れてこられた孤児の一人だ。ここまで脱落すること無く生き延びているのは、細心の注意を払って目立たないようにしていたからだ。
11歳という年齢は、同じ状況の孤児達の中では年長の方で、実は身長も高い方から数えた方が早いのだが、わざと猫背にして小さく見せかけていた。
生きて帰れる見込みが薄いのだとわかっていても、それでも彼女はまだ諦めていなかった。できるだけモドキ達を刺激しないよう、また遺跡の防衛機構に殺されないようにここまで注意して行動していたのだ。
そんな彼女は言われれば素直に従って、崩れ落ちたがれきの方を探索しに向かう。あたりは薄暗く、見るからに有用なものが残っているようには見えないので、適当に探索して何もなかったと報告しようと考えていた。
「でも、それって着々と死に向かっているって事でもあるのよね……」
何もなく順調に探索が完了した場合、ミリィ達は遺跡に置き去りにされることが決定している。
「いっそ、色仕掛けでもしてみようかな?」
やせっぽちで薄汚いスラムの子供とはいえ、言い方を変えると若い女だ。もしかすると子供の方が良いという変態もいるかもしれない。いや、ロリコンは人類史の最初からずっと続く伝統的な性的嗜好だ。絶対に一人や二人はいるに違いない。頼むからロリコンがいてほしい。
少女は生き延びる為に、あれこれと作戦を練りながら暗がりを歩いていた。
「ん?」
視界内で何かが動いた気がする。
そちらをに自然に視線を向ける。
ただのがれき?
いや……そうじゃない。
「誰か?」
なるほど、隠れてやり過ごすというのは良い案だ。ミリィはそう思った。隠れたのは孤児の誰かだと思ったのだ。
単なる遺跡への放置で済まされず、銃で皆殺しにされる可能性だってある。ここで隠れてやり過ごせば、少なくともそちらの危険からは逃れられる。
もちろん歩いてフナ=バシに帰れる距離じゃないだろうから、末路としての死は変わらないだろうが、ちょっとは先延ばしできるし、多分痛い思いをしないで済む。
スペースが空いていたら自分も一緒に隠れさせて貰おうかな、なんて思いながらミリィはそのがれきの影をのぞき込む。
危害を加えられるとは思っていない。隠れているような相手なのだ。ここでミリィが大声を出せばたちまち異常がモドキ達に知れ渡り、始末されることになる。
だから、とりあえず、どんな子なのか? 顔見知りかな? という事だけ確かめる軽い気持ちの行動だった。
「え?」
予想外。ひげ面のおっさんだった。
「っ……、ん」
なんとか悲鳴を我慢する。モドキにこんな人はいなかった。ということは別口の人だ。もしかするとこの人と仲良くなったらフナ=バシに連れて帰ってもらえるかもしれない。そんな計算を一瞬でした結果、ミリィはこの目の前のおっさんの不利にならないように振る舞うことにした。
だが、ミリィにとって、そして奥から顔を出したアデルにとって、互いが顔を合わせるという事態は不幸な出会いと言うしか無かった。
「ア、アデーレ姉ちゃん⁈」
思わずミリィの口から大声が発せられる。それは単に顔見知りだった、というだけの驚きでは無い。
そもそも、ミリィにとって初対面のひげ面のおっさんより、以前に危ないところを助けて貰ったアデーレは、より一層優先すべき対象だ。隠れている彼女を暴き出すような大声を出すようなことは、恩人である彼女にすべきことではない。
だけど、ミリィは声を抑えられなかった。なぜなら、目の前の恩人は髪こそかつての長髪が短くなっているものの、彼女が助けられた5年前からほとんど成長していないように見えたからだ。
当時6歳だったミリィがスラムの大人達の勢力争いに巻き込まれて今にも殺されそうになっているとき、彼女を抱えて安全な場所まで逃げ出してくれたのがアデーレだった。
助けられたミリィは、涙でぐちゃぐちゃの視界で、それでもアデーレの優しそうなまなざしと、整った顔立ちを覚えている。
確かに、似た人がいるとはトラックを出されたときから思ってはいた。だけどミリィはそれよりも目立たないようにすることに集中していたので、真正面から見ないと気づかなかった。
5年前で10歳、ならば今は15歳の、もっと大人の姿をしているはずだ。それがまるで時が止まったかのように当時のままの姿で目の前に現れたアデーレを見て、ミリィは思わず驚きの声を上げてしまったのだ。
「なんだ、何があった? おい、お前もついてこい」
モドキ達がやってくる。銃を持ち、いつでも発砲出来るようにしながら。
「誰だ? おい、隠れている奴、出てこい!」
一人が銃を一斉射する。ダダダッという音が広い空間に響き、がれきに当たって粉砕し、破片が飛び散る。
「はあ……仕方ねえ」
ため息をつきながら両手を挙げ、センゴクががれきの中から姿を現す。
見覚えの無い、どころかフナ=バシでもめったに見ないドワーフの登場に、モドキ達はびっくりした様子だった。
「お、お、お前はどこから入った?」
「まあ、話せば長いんだが、罠にかかって閉じ込められていた。もし連れて帰ってくれるなら報酬は払うぞ」
「はあ? 何で俺達がそんな事をしなけりゃいけねえんだ……」
「待て、ドワーフだぞ……絶対金を持ってるはずだ……」
モドキ達が相談しているのに、センゴクは補足する。
「ああ、今は手持ちが無い。戻らなきゃ金も物も手に入らねえぞ」
本当はドワーフが金持ち、というのは必ずしも正しくない。だが、フナ=バシには有名なドワーフの金持ちが複数おり、住民としてはそれが当たり前の認識だった。
騒ぎを聞きつけてモドキ達のリーダー格が三人で近づいてくる。この三人は別々のグループのリーダーで、この合同攻略にて分かれて探索していた。
探索が行き詰まった時点で合流し、がれきを爆破してこの場にやってきたのだった。
「どうなっている?」
「それが……」
モドキ達はセンゴクヘの対応を話し合っている。
小声なのでセンゴクからは話の流れはわからないが、即座に殺されなかったということは望みはあるだろう。
(あとはこの子達か、このまま隠れて後で連れて帰る……いや、いっそのこと助手ということで連れて行けるように交渉するか……)
そんな事を企んでいたセンゴクだが、その思考は無駄になる。
「あ、奥に子供が隠れてる!」
ミリィは、失敗して声を出してしまったとはいえ、アデル(アデーレ)を恩人として配慮する関係だった。だがそんなものは、顔見知りですら無い、そして無邪気な故に「大人の役に立つことをすれば助かるかもしれない」と思い込んでいる別の孤児にとっては関係が無い。
ゆえに手柄として見つけた事を大声で吹聴し、モドキの男達の知るところとなった。
たちまちがれきの奥からアデルとヤオが引っ張り出され、銃口を突きつけられる。
「こいつら、奥に送ったガキだ」気づいたモドキが仲間に告げる。
「やっぱり、なんかたくらんでやがったな! おっさんも含めて殺してしまえ」
「そうだそうだ」「やっちまえ」
一気に窮地に陥ったセンゴクは、一応悪あがきをしてみる。
「あ、え、帰ったら金を出す……から……」
「うるせえ、いまさらそんな事はどうでも良い。怪しい奴は始末する。そうやって俺たちは生き残ってきたんだ」
「だから……死ね!」
(だめか……)
センゴクが目をつぶり、覚悟を決め、モドキ達の指が引き金に触れるか触れないかのタイミングで、突然横から光が差し込む。
「なんだ?」
騒然とする中で、センゴクも目を開け、まだ自分が無事であることを確かめて光の方に目をやる。
そこには、あのドールの巨体が全身から光を発していた。




