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008_彼の切り札

「どうする?」エディはセンゴクの方を見る。

「ちっ……タマの野郎はなにしてやがる……いや、今見つかる方がヤバいか……」


 モドキ達は10人以上いて、それぞれが小銃を持っている。当然この場に人がいれば問答無用で撃ち殺されるだろう。それは、逃げ出した(ことになっていると思われる)エディ達も、全くの部外者であるセンゴクやタマサブロウも変わらない。


「ねえ、隠れた方がいいんじゃない?」

「そうだな……センゴクさん、このハッチは閉められる?」

「この中か……全員は無理だぞ」


 特に体の大きなセンゴクが入ったら一人でいっぱいだろう。子供達でも二人はともかく三人は難しいだろう。


「僕思うんですけど、やっぱり一回は注目されると思うんですよね。これは……」

「ヤオの言うとおりだな。今のうち、がれきの方に移動しよう」


 入り口付近は明るく、こちらは暗い。だから幸運にもこちらからはよく見えるが向こうからはこちらがまだ見えていない。

 先行を命じられた子供達はおっかなびっくり入り口付近を探索している。まだ隠れる余裕はあるはずだ。


 4人は、鉄骨の階段を下り、奥のより暗いところに移動する。

 かつては大型貨物の搬入口があり、いまは完全に崩れ落ちてがれきが散乱しているあたりに隠れる場所を探す。


「ここなら身を隠せるか……おい、ちっちゃいのから順番に入ってみろ」


 センゴクが良さそうな場所を見つけた。コンクリートの大きな破片の裏で、都合良く空間がある。

 崩れ落ちてぐちゃぐちゃになっている場所だから、詳しく探されないこともありうる。そうなると、外への道が開かれたわけだから、モドキ達をやり過ごせば全員で脱出することも可能かもしれない。


「もっと奥に詰めろ」

「う……無理です。ここで塞がっていて、これ以上は体が入りません」

「だめか……」


 どうしても一人分は体が出てしまう。遠くからでもライトで照らされたらごまかしようが無い程度には目立ってしまう。


「なら儂は体が大きいからダメだな。おまえらで隠れていろ」


 センゴクがそう申し出る。

 これには当然、大人としての責任というものが彼の頭にあった。それに、元々生還の可能性が一番低かったのが彼だ。仮にこうして爆破で道が開かなければ、がれきの隙間を抜けて入り口に戻れるのは子供達三人、すこし無理をして隙間を広げてかろうじてタマサブロウだ。種族的問題で、センゴクだけが取り残されるのは半ば覚悟していた。


「そんな……ダメです」

「センゴクさんはどうなるんです?」

「そうだな……さっきは否定したがドールの中にでも隠れるか……」


 それは可能なのか?

 探索している子供達は、あたりに危険が無いことにそろそろ気づいている。さすがに暗くなっている奥にそのまま来るはずはないが、それでも注目を集めるであろうドールの中に隠れるのは間に合わない可能性が高い。


 そのとき、ここに移動してきてから沈黙を保っていたエディが、ある決意とともに口を開く。


「いや、俺を外にしてくれ」

「お前、死ぬつもりか?」「エディ?」「エディさん……」


 その言葉を聞いた三人は驚きの声を発する。アデルやヤオに、自分が生き残るのを一番に考えろ、そう言ったのは彼自身だ。自己犠牲なんてそれまでの彼の言動からは考えられない。


「いや、一つ条件があるんだけどな……センゴクさん。外に出たら俺をあんた達の仲間にしてくれるか?」

「いや……隊長も人手が足りてないってぼやいていたから可能だとは思うが……なんでまた?」


 そう聞いてくるセンゴクを隙間に押し込みながら、エディは理由を話す。


「切り札があるんだ。だけどフナ=バシのスラムじゃ目立ち過ぎると思って隠していたんだけど……」


 そう言うと、彼はその場で足を少し上げ、パン、と足を踏みならす。


「――え?」

「消えた……?」


 奥の二人には彼が消えたように見える。手前にいるセンゴクは左右、そして上に視線を走らせ、彼の居所を探す。

 が、そこにはエディの姿は無く。視線を消えた場所に戻した一瞬後に、そこに元通りのエディの姿が現れる。


「理法? いや魔法か? お前は帝国人の血筋だったのか?」


 魔法を行使するには異世界人の純血である必要がある。それを行使したのだったら混じりけの無い帝国人の両親を持っていることになる。


「さあな、血筋も何も親父は底辺モドキだったし、母などいたのかどうかすら知らない。親父が消えて、ずっとスラム育ちだ」

「そうか……フナ=バシに純血が生き残っていたのかもな……」


 今となっては確かめようも無い。

 さっきまで固まっていたヤオが、ハッと我に返って早口で質問する。


「ま、ま、まさか……瞬間移動?」

「うーん、多分違う。消えられるけどそれだけ。戻るときは近くにしか無理だな」

「あ、もしかして……チンピラに捕まらないっていうのは……」


 フナ=バシのスラムでのエディの噂を思い出したアデルが口を挟む。


「ご名答。これでしばらく消えていれば見つからないさ。フナ=バシで実証済みだよ。さっきのタマサブロウさんの時もな」


 あの時は、とっさに消えた後タマサブロウの後ろに移動して潜んでいた。危険は無いと判断してやめたが、もし敵対的な相手だったら後ろから襲いかかるつもりだった。


 エディがこの有用な力を隠していた理由は二つある。

 一つは何の後ろ盾も無い孤児の身では、この力が発覚したときに利用しようとする大人に狙われる可能性があったからだ。探索戦士だって利用しようとするだろうし、下手な奴に見つかったら窃盗の片棒を担がされる可能性もあった。

 その結果搾取され尽くして、捕まって投獄、警備隊に射殺、口封じで始末など、ろくな末路では無いだろう。

 少なくともスラムの日雇い孤児を抜け出るまでは秘密にするのが吉だった。


 もう一つは、これがひどく限定的な能力であるということだ。

 瞬間『移動』なら良いのだが、この能力はそれほど遠くまで移動できない。歩く程度のスピードで――実際に歩いているのだが――しか移動できないので、知られてしまえば近くで待ち伏せされてしまう。

 それに、この能力は彼一人しか消えることができない。他人も巻き込んで消えられるのなら、ここにいる全員を巻き込んで消えてしまえば良い。スラムでも一団を率いるリーダーとして行動することが出来ただろう。

 だが、自分だけ消えられる、というのでは他人と行動しても、いざというときに仲間を見捨てて自分だけ助かる、ということになりかねない。

 自分の道徳感的にも、孤児コミュニティでの評判的にも、能力を秘密にして単独行動するのが問題を避ける最善策だった。


「時間制限はあるのか? 体に負担は?」

「その辺りは心配は要らない。さあ、隠れてくれ。あんたは元の体が大きいんだからせいぜい小さくしててくれよ」


 そう言うと、再びエディはその場から消滅した。

 三人は見つからないことを祈りながらその場で体を隠す。



 ********



 消えている最中、エディがどこにいるのか?

 そこは、一見して穏やかな森の中の広場だった。青空があり、感触が良い草の生えた地面がある。広場の先は360度森に囲まれていて、その先がどうなっているのかはわからない。彼が知る限りここに雨が降ったり、雪が降ったことはなく、暑くも寒くも無い。

 それゆえ、彼はここのことを単に『庭』と呼んでいる。


 実際、ここは擬似的な風景なんだろう、とエディは思っている。

 あの森にたどり着こうとどれだけ進んでもたどり着くことは出来ない。空間が歪んでいるのか、広場を出ることが出来ないのだ。そのくせ、移動した分だけ現実世界での位置も移動する。

 戻るときに壁に埋まったりしないのか、という心配は不要だ。なぜか重なる現実世界がどのような状況かというのは感じ取ることができる。滞在期限は今のところ無さそうなので、焦ること無く現実に帰還することが出来ている。


「ここで食べ物がとれたらなあ……」


 エディは傍らの泉を見下ろす。

 この広場で特異な地形というのは、唯一この泉だった。

 そして、この泉の水は飲むことができる。彼は、ひざまずいて泉の水を手ですくい、一口喉を潤す。

 美味い。

 フナ=バシで手に入る処理水も健康に悪い物では無いのだろうが、ここの水は元から汚染などされていない天然水だ。


 だが、残念ながら泉の底に生き物は見当たらない。また、広場の中に果樹があったりもしない。永遠にこの庭に籠もることは食料的に不可能だった。

 彼がこの場所に移動できる能力を発見したときからそれは変わらず、エディはあくまで非常時の一時待避場所としての使い方しかしていなかった。


「さて――」


 エディは最初からその影に気づいていたので、視線を斜め上の空に向ける。

 そこには、空中に浮かび、地面に影を落とす一つの石碑が存在していた。


「――食い物じゃあなさそうだな」


 普通はこんな訳のわからない物があれば警戒するだろうが、石碑に動きが無いこと、そして本質的にこの庭はエディの助けにしかならないものだというのが、理屈では無く理解できているのだ。

 エディは、ゆっくりその場所に歩み寄る。


「見た感じ墓石みたいだけど……なんか書いてある?」


 エディはいずれこの庭についてもゆっくり調べるべきだと思っていた。どうも伝え聞く異世界の魔法でも無さそうだし、そこから派生した『サイ』でも、宗教狂いが使うという『神威術』でもないだろう。

 ただ、今のスラム生活ではその余裕がなく、将来の課題と今までは考えていた。魔法もサイも神威術もスラムには存在しなかった。つまり手がかりが全く無い状態だったのだ。


 だが、いまここで庭に変化が生じている。

 初めての手がかりにエディは追い詰められた状況であることも忘れて仕舞いそうになる。

 だけど……


「どうやってあんな高い位置を調べるかだよな……」


 背伸びしてもジャンプしても届きそうに無かった。

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