007_プロト・ドール
いつも遠くから見るしか無く、こんな近くで見上げたのは初めてだ。
大きな人型は圧倒的な重量感を持って、目の前に存在している。
足が太い、胴が太い、腕が太い。頭は下からだと遠くてどんな造形になっているのかは見えないが、確かにこれは巨大ロボットだ。
全体のシルエットとしては、鎧を着た重戦士、といった雰囲気だ。
仮にきちんと整備されて動いたならば、荒野の大型モンスターでも倒せるというのは嘘では無い、と実感できた。
「でも……」
こんなに錆びて朽ち果てていなければ、の話である。
塗装は剥げ、外装が錆びて無くなっている部分もあり、見えている中の構造も無事では無さそうだ。
胸から胴回り――人間が乗り込むあたりは比較的原型を止めているが、手足はかろうじてくっついているという程度。
今立っているのは取り囲んだ支えの鉄骨のおかげであり、固定が外されたらたちまちバラバラになって崩れ落ちそうな状況だった。
「ひでえだろ」
いつの間にかやってきたセンゴクが三人に声をかけてくる。
「これっていわゆる旧型、ですか?」
ヤオがセンゴクに確認する。
「そうだな。元からあった形――魔法的な何かで動いているらしい旧型、というか初期型だ。プロト・ドールという呼ばれ方もするな。知っての通り……ああ、他の二人は知らねえのか……これを異世界の連中や科学者が解析して出来たのが一般に流通している幻想機(Phantasmal Doll)、いわゆるファン・ドールってやつだ」
「そこから魔法的要素を排除した科学機(Scientific Doll)、サイ・ドールが今の最先端ですよね。探索戦士の憧れですよ」
「へえ、サイ・ドールを知ってるのか……」
エディやアデルは遠目に見たことがあっても、ドールにそんな種類があること自体知らなかった。だが、ヤオとセンゴクの会話をしばらく聞いていると、このドールは、たとえ動いてもあまり高性能では無いらしい、と理解出来た。
ドールの原型、プロト・ドール。それはあるとき『発見』された。
一説には異世界と融合した一度目の大崩壊で、融合先とはまた別の異世界から紛れ込んだのでは無いかと言われている。
なぜかというと、地球人も異世界人もその仕組みを理解出来ず、その二つの世界のどちら由来でもない、と結論づけられたからだ。
だけど動かすことはできた。
巨大な人型の兵器として、異世界融合で現れるようになった大型モンスター――これは異世界由来の巨大な獣やドラゴン、幻想生物などだったが、それらに対抗できる人類の貴重な戦力となった。
しかし、プロト・ドールには運用面で問題が多かった。仕組みがわからないのだから、新造不能、改良不能、かろうじて共食い修理だけが出来る状態だった。元々300体に満たないそれらの機数は減る一方だったのだ。
そこで当時の、まだ世界がSAGE、PLAIS、AURAの三大勢力に再編される前の人類と異世界人は一致団結してこのプロト・ドールを研究した。
その結果として、一部に最先端科学を、一部に異世界魔法由来の技術を使って、人類全体の為の巨大ロボットとして開発されたのがファン・ドールというわけだ。
ファン・ドールは新造でき、修理も改良も可能だ。こうして人類は巨大ロボットの数を増やし、脅威への対抗手段を得たのだ。
目の前のこれは、ファン・ドール以前の旧型。これを修理しようとすると同型機から部品を持ってくるしか無く、同型機なんて現代に残っているとは思えない。
「おそらく、この施設で研究しようと保管されてたんだろうが、この状況を見ると保管しただけで放置されていたんだろうなあ」
センゴクの言うとおり、今となってはこれは単なる骨董品以上の価値はない。たとえ巨大で強そうに見えても、改良されたファン・ドールに遠く及ばない性能でしかないのだ。
――巨大ロボット……いいよな……
「どうだ? 操縦席に登ってみるか?」
エディ達が興味ある顔をしていたのを見たのか、センゴクがそう聞いてくる。確かに、エディとしても将来はドールを駆る探索戦士になる事に興味がある。
というか、スラムの孤児がまともな生活を得ようとするなら探索戦士しか道がないのだ。だから当然、エディだけで無くアデルもヤオも「将来の夢は?」と聞いたら探索戦士と返ってくるのは間違いない。
「いいのか? 脱出の為の作業とか……」
「いや、今タマの奴がもう少し向こうを探索している。お前達を拾ったせいで途中で帰ってきたからな。その間儂らは暇なんだ」
「じ、じゃあ、お願いします」
「私も興味あるわ」
「なら俺も……って崩れ落ちたりしないよな?」
そんなわけでエディ達三人はセンゴクに連れられて鉄骨を上り、この骨董品のコックピットに移動する。
「これは……」
「意外とまとも?」
「操縦席は一番丈夫だってのは儂も聞いた事があるな」
彼らは鉄骨の足場から、コックピットをのぞき込んでいる。この期待は胸の前面が上に開くようになっており、胸の内部に座席と操縦装置がある。
それらは埃が積もって、あるいは錆びているが明確に壊れている部分は存在しない。
「動くの?」アデルが疑問を口にする。
「さあ?」センゴクは素っ気なく答える。彼は機械整備の専門家だがドールは扱ったことが無く、もちろん操縦したことも無い。
エディは、なおもコックピット内のあれこれをいじる二人を残して、回り込んでドールの背中を見ていた。
「センゴクのおっちゃん。あれって何?」
エディは、その意味のわからないものを指さす。
「ああ、わからん……いや、儂がわからんのではなく、研究者が散々研究してわからん、という結論になった代物だ。何でも制御装置らしいんだが、中を見てもちんぷんかんぷんで、結局ファン・ドールになった時点で代替の制御装置が作られたらしい」
「へえ……なんかかっこ悪いなあ。棺桶背負っているみたいで……」
それはドールの背中にへばりついている四角い箱だ。大きさはそれこそ操縦席にすっぽり収まるかどうか、といった大きなものだった。
ドールの体は全体的に曲線で構成されているのに、その箱だけが直線的で、デザインにそぐわない。それに、ドールが人体を模しているのだとすると、それは明確な異物だ。背中に大きな箱を背負った姿はなにか未完成の姿のように見える。
「棺桶か、言われてみればそうだな」
「制御装置か……あ、ここ開きそうだな」
制御装置、とやらは機体に比べて良い状態のようだ。見た感じでは埃が積もっているだけに見える。エディはその箱に蝶番が付いているのを見つけ、蓋になっていると思った。
「ロックはこれか……あ……やっぱりさび付いてるのか?」
「どれどれ……見た感じ錆びてはいないようだが、まあ古いものだから無理に力を入れると蓋ごと抜けて落ちるかもしれん。触らん方がいいだろうな」
「中はどうなってるんだろう?」
「儂が聞いた話だと、なんか歯車がたくさん入っていて、それが勝手に回ったり勝手に変速したりするらしい。結局誰もこの中の機構を解析出来なかったそうだ」
「そんなんでよく新型を作れたもんだな」
「大変だっただろうなあ……やるとすると操縦席からの入力と機体各部への出力をインターセプトして解析だろうな」
謎の箱を前にして、二人が昔の学者の苦労に思いをはせていると、コックピット側、機体の前面にいるアデルに呼ばれた。
「なんだ?」鉄骨を渡ってコックピット前にやってきたエディはアデルに声をかけたが、それと同時に状況が目に入ってきた。
「ヤオが、なんかガチャガチャやってたら……」
「おう、システムは生きてたんだな」
エディに続いてやってきたセンゴクがそう言いながら開いたコックピットのハッチを眺めている。ハッチ側にはディスプレイがあって情報が表示されている。
エディもそれを見上げると、中央は大きな領域があるがそこはエラー表示だけだ。右端には人型、おそらく期待の模式図が表示されていて、ほとんどが赤くなっている。左端は、いくつかのデジタルメーターが表示されているが、これは燃料計か出力計とかだろうか? 各項目は略称で書かれているのでわからない――というか略称?
「へえ、表示はアルファベットなんだ……」
エディは感心したようにつぶやく。
現代では言語はほぼ共通化している。そうで無ければ人類は団結し生き延びることが出来なかったと言われているが、昔の言語でいうと英語に近いものが共通語として使われている。当然、使われている文字はアルファベットだ。
「……やっぱり、これって地球人が作ったんじゃないのか? 異世界産だったら文字だって違うだろうし……」
「そうかもしれねえが、だとしたら誰も理解出来なかったのが不思議だな」
「それもそうなんだよなあ……」
なんにせよ、こうして動作しているのを見るのはエディにとっても初めてで、彼は興味深く表示を眺める。フナ=バシでは近寄ることもコックピットの中身を見ることもできなかった。
「やっぱり、ピクリとも動きませんね」
操縦席に座ったヤオが残念そうに言う。彼はレバーやボタンをガチャガチャやっていたが、ディスプレイ上に反応はあるものの、機体は微動だにしない。
「状態を見りゃ不思議は無いな。ほら、見ろよ。これが機体の状態表示だと思うが、無事な部分なんてないだろ?」
センゴクがディスプレイ右の機体表示を指さす。
「それでも、ちょっとぐらい動いても良いのに……」
ヤオは未練たらたらで、ボタンをガチャガチャやっている。
「ん?」
一瞬ディスプレイにポップアップした表示を、エディは見とがめた。
〈 S.P.R.G.N. Basic Drive Mode―― 〉
――S.P.R.G.N. ? なんかの略称だろうか? エスピーアール……無理に読むとスパーグン? スパーガン? ああ、スプリガンっていう妖精かなにかがいたような……
それってなんだっけ? と疑問に思うエディの思考を遮るように、突如ドカンという爆発音と振動が襲ってくる。
「うわっ」
とっさに鉄骨にしがみつく。足場はちょっと揺れたが、踏み外すことは免れた。周囲を見ると、アデルもセンゴクも無事だ。ヤオは座席に座っているから問題無い。
「なんだ?」
「まずいぞ、外の連中爆弾持ってやがったんだ」
「それって……」
アデルが続ける前に、施設の方への入り口から、小さな影が分かれて入ってくる。
「こんな時でも孤児が先頭かよ……」
エディの言葉の通り、その人影は一緒にさらわれたスラムの孤児達だ。つまり、モドキ達が……来る。




