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010_真なる駆動

 時間はいくらか遡る。

 とはいえ、倉庫内での出来事では無い。

 その場にいるのはただ一人。

 エディの『庭』での出来事だ。


「いや、どうしたものかな……」


 考えても、あの高い石碑に近づく方法は見つからない。10mは無いかもしれないが、地面から届く高さでは無い。


「待てよ、10m……⁉ もしかして」


 エディは目を閉じて庭と重なる現実世界の状況を探る。これは、戻る時の安全を確かめたいと思っていたらいつの間にかできるようになっていたことだが、目を閉じて集中しないと出来ない。


「やっぱり……あれだ、あの棺桶」


 あの石碑の位置は、倉庫に捨て置かれた旧式ドール、その背中にいびつな形で背負われている四角い箱の位置と一致していた。


 ――これは、巨大ロボットに縁があるって事か……

(そうだな、少なくとも庭とドールが無関係って事は無いだろうな)


 ――やっぱり魔法的な何かなんだろうな、この庭は……

(少なくとも先端科学技術じゃ説明が付かないものな)


 ――だけど……

(だけど……)

 

「近寄ってみないとわからない……か」


 なぜか今、エディの心に自然に湧き上がってくる声と、エディ自身の心の声が会話しているようになってしまっていたが、そもそも会話なんて成り立っていない。

 エディが物心着いた頃から勝手に浮かび上がってくるこの声は、どうやら過去の誰かの知識らしい。声に意識や人格らしきものがあるのではなく、エディが経験したことに対して、認識のギャップが声として感じられるだけのようだ。エディはそれに気づいて以降は基本聞き流す事にしている。


 どうも最初の大崩壊以前の恵まれた時代を生きた人物らしく、エディの環境に「不衛生」とか「栄養バランスが悪い」とか「風呂に入りてえ」とか贅沢な事を伝えてくる。エディもちょっと感化されて、将来はよりよい生活をしたいなあという願望を抱くようにもなってしまった。


 ともかく、考えようによっては貴重な知識が勝手に心にささやかれてくるので、エディはずいぶんと他の孤児達より知識があって大人びている。功を奏した部分が多いので、最近では余り迷惑にも感じない。それに聞き流せば害は無いのだ。


 エディは瞳を閉じて、表の世界、倉庫の状況を把握する。

 幸い、興味を失ったモドキ達は、今ドールに注意を払っていないようだ。


「じゃあ、行ってみるか……」


 エディは表世界に転移する。

 大丈夫、モドキ達はいないし孤児達の姿も無い。

 音を立てないようにして鉄骨の階段を上り、そしてそこで彼はちょっと思案する。


(コックピットか……それとも背中の箱か……)


 庭に現れた石碑は、形といい大きさといい、ドールの背中に張り付いた棺桶みたいな箱と関係があるのが確かだ。

 だが、ドールとしてみた場合に当然その中枢はコックピットであり、そちらに乗り込んでこそ操縦可能なはずだ。ディスプレイ表示もそちらでしか確認出来ない。


(ただ、ハッチを閉めると目立ちそうだしなあ……)


 今、胸のハッチは上に大きく開いた状態だ。暗いから大丈夫か? いや、やはりエディは先に気になる箱を確認することにした。

 さっき蝶番を確認したように、箱の蓋は両開きになっている。エディは、手をかけてその蓋を開く。


「何だこれ?」


 元から意味不明、とセンゴクに言われていたわけで、意味不明なのは予想通り。ただ、本当に意味不明だ。

 中には多数の歯車がぎっしりと詰まっている。それぞれは確かにかみ合っており、全体として何らかの機能を果たしているように見える。


(この大きいのに意味がありそうだな)


 いくつかの歯車は大きく、また周囲と色が違っている。数えてみるとちょうど10個ほどそうした大きな歯車が存在していた。

 そのとき、心の声が彼にささやきを与える。


 ――これは、『生命の樹』だな……


 なんだそれ? とエディが思う前に、次のささやきが聞こえた。


 ――セフィロト、扶桑、ユグドラシル、人間の構造、アダム・カドモン……


 言葉とともに流れ込んでくるイメージ。中にはいろいろな動画やイラスト、文字が含まれている。

 エディには知る由も無いが、それらは例えばあの20世紀末に大ヒットしたアニメのオープニング映像(生命の樹が光って浮かび上がる)などもあり、この過去の人物とやらがそれなりにオタク趣味を持っていて、同時にオカルト趣味も持っていたことがわかる。


(……つまり、人体の魔法的な模式図ってことか……昔のロボットってこういう仕組みで動いていたのかも知れねえな)

 

 もちろん過去の世界にオカルト原理で動くロボットなんて存在しない。だが、現代の魔法や進んだ科学が存在する世界に生きるエディにとっては、そういうものだ、と思えたのだ。


(じゃあ、結局は俺の『庭』も過去の世界由来の何かかもしれねえな。で……どうしたら良いんだろう?)


 結局よくわからない。そこで、エディは蓋を閉め、今度はコックピットの方を調べることにする。


(うわ、やべえ、おっさん見つかってるじゃねえか……)


 ちょうどそのとき、ざわめきが聞こえたと思ったら、センゴクががれきの陰から出てくるところだった。


(よし、じゃあ何かこっちで動かして気を引いてやるか)


 さっきのヤオの操作でも、画面表示ぐらいは出来ていたのだ。指一本でも動かして音を立てれば、気を引いてセンゴクの助けになるかもしれない。どこかに潜んでいる(実際にはすでに倉庫にいないがエディはそう思っている)タマサブロウが動くかもしれない。


 ハッチを手を伸ばして締めながら、コックピットの座席に座る。さっきヤオが触っていたのと同じように画面が表示される。相変わらず右の機体ステータスは真っ赤だ。


「さて、どこを触れば良いのか?」


 エディは並んでいるボタンをポチポチ触る。


「ん?」


 急にディスプレイの表示が消える。


「スイッチオフしちまったか?」


 だが、次の瞬間、ディスプレイ中央に大きく表示が現れる。


〈 A instrument detected 〉


(instrumentって、手段とか道具とかだっけ?)

――インストゥルメンタル・ミュージックってのもあるな……


 だが、画面はさらに変化する。


〈 A instrument detected

  (媒介者が検知されました)

  Sur-Phantasmal Revolving Gear Network initializing...

  (超幻想回転歯車機構、初期化中……)

  S.P.R.G.N. Quasi Drive Mode started

  (S.P.R.G.N. 仮駆動モード開始)

  ............ ERROR: damage too heavy, energy too low

  (エラー:損傷が多すぎます、エネルギーが少なすぎます)

  Please be engaged...

  (『契約』してください)


「いきなり、何だこれ? 契約? あ、この点滅しているボタンか……ってうわあああっ」


 そのボタンを押した瞬間に、強制的に不可視の力に捕らわれたのを感じ、彼はなすすべも無く引っ張り込まれる。be engagedには「契約しろ」「携われ」という意味の他に「引き込まれろ」という意味があるので、まさに表示通りの事態が起こったのだが、エディにはそんな事に思い至る余裕はない。


「何だ? 庭? いや、ここは……」


 ちょうど『庭』に移動する時の感覚に似ていたのが、ちょっとエディに落ち着きを与える。どこかに引き込まれたはずなのに、場所はさっきまでと同じコックピットの中……いや、違う。

 ディスプレイも、座席も、レバーやボタンも、全て新品であるかのようにきれいな状態だ。


「どういうことだ?」


 状況を把握しようとするエディの目の前で、ディスプレイにすごい勢いで表示が流れていく。


〈 1st gear driving, CROWN rules ALL

  (第一ギア駆動中、王冠は全てを統べる)

  2nd gear ready to drive, WISDOM foresees FUTURE

  (第二ギア駆動待機、知恵は未来を見通す)

  3rd gear driving, UNDERSTANDING detects ANYTHING

  (第三ギア駆動中、理解は万物を識る)

  4th gear ready to drive, MERCY restores STRUCTURE

  (第四ギア駆動待機、慈悲は形を復元する)

  5th gear ready to drive, SEVERITY strengthens FRAME

  (第五ギア駆動待機、峻厳は構造を強化する)

  6th gear ready to drive, BEAUTY retains BLUEPRINT

  (第六ギア駆動待機、美は全きを保存する)

  7th gear ready to drive, VICTORY unleashes FORM

  (第七ギア駆動待機、勝利は理を解き放つ)

  8th gear ready to drive, GLORY forges WEAPONS

  (第八ギア駆動待機、栄光は武器を鍛える)

  9th gear ready to drive, FOUNDATION animates BODY

  (第九ギア駆動待機、基礎は体に命を与える)

  10th gear driving, KINGDOM engages GEARS

  (第十ギア駆動中、王国は歯車をかみ合わせる)

 ... 〉


 この時点で、エディの前のディスプレイが倉庫の画面を映し出す。それは先ほどまで見ていたのと同じ構図で、確かにこれはあのドールのコックピットなのだ、とエディは安心する。

 だが、その安心はすぐに崩れる。

 いきなり表示が明るくなる。これは倉庫の照明が? いや、違う。光っているのはエディが乗っている、このドールだった。

 表示の端で、モドキや子供達、そしてセンゴクが、さらにいつの間にか出てきていたアデルとヤオも、こちらを見て目を丸くしている。


「気を引くにしても、これはちょっとやりすぎなんじゃねえか……」


 嘆くエディをよそに、ディスプレイに表示が追加される。


〈  S.P.R.G.N. Genuine Drive Mode started

  (S.P.R.G.N. 真駆動モード、開始)

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