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011_真なる形態

「なんか変な感じだな」


 自分はコックピットにいるはずだ。だけどエディには自分の体内に歯車があるような不思議な感覚をおぼえる。

 そして、その歯車はかみ合い、あるものは高速で回転し、あるものはそれよりゆっくりと、そして止まっているものも存在する。

 だけど感覚としてはどこにも不具合は存在しない。それは、普段意識していなくても健康な人間ならば内臓は十全に働いている、というのと同じかもしれない。

 そして今、エディがとある歯車が勢いよく回り始めたのを感じる。


〈 6th gear driving, loaded blueprint

  (第六ギア、駆動中、設計図がロードされました)

  4th gear driving, restoring structure ...

  (第四ギア、駆動中、構造を復元中です)


 メッセージとともに、ドールの全身の復元が開始される。内部の疑似筋肉は再構成されて盛り上がり、腕や足を動かすのに十分な筋力を発揮できる状態になる。錆びていた金属部分、それは骨格であり外装であり装飾であるが、それらは錆がきれいに落ち、不足していた部分は新たに金属がどこからともなく補われ、かつて人類の希望とたたえられた頃の姿を取り戻していく。


 中に乗っているエディより、むしろ外で見ているモドキ達の方が事態を把握していた。


「何だよこれは!」

「光っている、まさかブライトサイド?」

「ばかやろう、ドール型のブライトサイドなんているわけねえだろ!」


 急に光を発したドールに、最悪の怪物ブライトサイドを連想した者がいた。が、すかさず別のモドキがそれを否定する。

 そもそも、こんな距離であの化け物にあったら誰も生還などできないのだ。

 だからといって、モドキ達としても光り輝く巨体にあえて手を出そうという者はいなかった。

 彼らの目の前で、光の巨人はその姿を変えていく。


 一方エディの方でも、直接見えているわけではないが、機体が復元されていることは認識していた。ディスプレイ右端の各部ステータス表示が赤から黄色、そして緑色に変化していったのだ。


「これは勝手に直ってるのか……とんでもねえな」


〈 restored all structure, 4th gear now ready to drive

  (構造体修復完了、4番ギアは待機状態へ移行)

  purging pseudo cockpit

  (偽装操縦席、廃棄中)


「え?」


 ドールの胸のハッチが上に開く。その様子はディスプレイに表示されているが、エディの目の前のディスプレイはそのままだ。ディスプレイと一体になっているはずのハッチも動きは無い。


「これって、やっぱりあのコックピットとは別の場所なのか……」


 エディはさっきの感覚を覚えている。『庭』に入る時と似ていた。とすれば、このコックピットはドールが作り出した別の『庭』なのかもしれない。


 ガシャン、ガシャン……

 音を立てて大きなものが機体の前に放り出され、倉庫の床に落ちて大きな音を立てる。それはいろいろな機械や部品、中には今エディが座っているのと同型の座席もある。コックピット内の一切合切がドールの前に放出されたのだ。


〈 purged pseudo cockpit

  (偽装操縦席、廃棄完了)

  transforming to genuine form

  (真形態へと変形中)


 次の動きは、エディにとっては完全に視界の範囲外だ。だが、外から見ていたら最も大きな変化だろう。

 背面に背負った荷物のように存在していた謎めいた四角い箱が、徐々に機体に埋まっていく。それまでコックピットが入っていた胸部の空間、全ての機材がは除されたその場所に、今度はその箱が収まる。

 そして、上に開いていたハッチが閉まる。


 前にエディが「不格好」と表していたドールの形は、今や背部の箱が無くなり、すっきりした人体を模した形となってその場に現れていた。


〈 now system ready, all gears ready to drive

  (現在、システム準備完了、全ギア稼働準備完了)

  S.P.R.G.N. standing by

  (S.P.R.G.N. 待機中)


「いてててっ……」


 エディの頭の中に、このドールのシステム情報が流し込まれる。痛みを伴うそれが引いたとき、彼はこのドールが自由に動かせる事に気づく。

 まるでこの巨体が自分の体になったかのようだ。今なら、荒野を闊歩する巨大で危険な怪物にもひけをとらないだろう。


 左右にある操縦桿を握って動かそうとしてみる。びくともしない。足のペダルもしっかりした感触を返してきて踏み込んでも動いた形跡がない。

 これは力加減を機体に伝えるデバイスに過ぎず、実際の機体動作は思念入力になっている。力を込めて殴ったり、地面を強く蹴ってダッシュしたりする場面で、この操縦桿とペダルに込められた力を補助的に読み取って機体が答えるものなのだ。


 その操縦桿、ペダルの仕様はプロト・ドールだった頃のそれ、機体のメッセージによる『偽装操縦席』のものとは違う。そちらは実際に腕を動かすのに操縦桿を動かし、前へ移動するには右のペダルを踏み込む。動きとしてはぎこちなく、前進、後退、方向転換、しゃがみ、ぐらいが全身運動で、それに腕の動きが加わる程度だった。


 だが、思念操縦である今の状態は、イメージ出来る限りはエディの思うままに動くことができる。なんなら片足立ちだって逆立ちだって出来そうだ。


「……だったら、やることは一つだよな」


 いつの間にか機体を覆っていた光は消えている。エディは首を動かそうとする。その意思に反応し、ドールの頭部が角度を変える。


「動いた、やべえぞ」

「敵対するとは限らねえんじゃねえか?」

「ばかやろう、俺たち以外に仲間なんていねえんだ。あのドワーフの関係者に決まってる。だったら友好的なわけがねえだろ!」

「ドールの相手なんか出来るか、逃げるぞ!」


 モドキ達は、一旦決断すると一目散に逃げ出した。センゴクや孤児達を攻撃するような余計なことはしない。

 元々モドキとはそういうもの、彼らも危険な荒野に出ていままで生き残っていたのだ、生に対する嗅覚は非常に優れている。

 もちろん、今まで集めてきた獲物は可能な限り担ぎながらだ。それはドール自身がそれ以上素早い動きをしなかったこともあり、荷物を投げ捨てるほど危険ではないという判断だろう。


 ガキッ、ガン、ガン……


 ドールは周囲を囲んだ鉄骨を押しつぶしながら、ゆっくりと開けた場所に移動する。その場に残った孤児達、センゴク、アデル、ヤオはそこで動きを止めたドールに近づく。


「ねえ……エディ……なの?」


 アデルが見上げながら大きな声で問いかける。しばらく、沈黙が広がる……そして……


『……ああ、これがスイッチか、うん、俺だよ。エディだ』


 スピーカーを通して聞こえる言葉に、見上げた者たちはようやく安堵の息をつく。安心したヤオがまず最初に声をかける。


「エディさん、それってどうなってるんですか? あんなにボロボロだったじゃないですか」

『それが、俺にも良くわからねえんだ。いつの間にか異空間的なコックピットに放り込まれるし、機体は勝手に修理されたし……』

「そりゃそうですよね。コックピットのスペース無くなってますもんね」


 普通に考えたら乗員が押しつぶされてしまっているような状態だ。心配になったのだろう、アデルが問いかける。


「エディ、戻ってこれるの?」

『ああ、多分例の『庭』……ああ、あの消える能力ね、あれを使えばいつでも戻れるはず』

「ちょっと戻るのは待ってくれ。せっかくそれを動かせたんだから、ここからあのがれきをどけて外への道を開いてくれねえか?」

『ああ、センゴクさん。わかったよ』


 エディは多分出来るだろうと思った。何の武器もない機体だけの状態だが、ここまで完璧に修理された状態になったなら、大きな人、として活動する事は可能だろう。

 人間サイズではびくともしないがれきも、この機体ならなんとかなる。エディは人や物を踏み潰さないように注意しながらがれきに移動し、作業を開始する。


「怪我してる子はいない?」


 その一方で、アデルは残された孤児の無事を確認していた。怒濤の展開、そして今モドキ達の監視が無くなったことで、ほとんどの子は床にへたり込んでいる。

 彼女はセンゴクに案内して貰い、倉庫の保存食や水を配り歩き、隊長の悪い子はシートを敷いた場所に寝かせるなど世話をしていた。ヤオもその手伝いを熱心にしている。

 そしてミリィは……


「アデーレ姉ちゃん」


 呼びかけられてアデルは、一瞬動きが止まったが、やがてミリィに向き合って口を開く。


「……久しぶりね。元気だった?」

「うん、急にいなくなるんだもん。心配したんだよ」

「そうね……」


 かつて見上げるぐらいの差があった身長は、今ほとんど同じになっている。


「……私ね、実は人間じゃ無いのよ。ほら、そこのセンゴクさんわかるよね? ドワーフっていう異種族なの」

「知ってる。なんか偉そうにしてる人たちだよね」

「フナ=バシではそういう人が多いけど、センゴクさんはそんな嫌な人じゃないよ……で、私もそういう異種族でね。ハーフエルフって言うんだけど……」


 魔法に長けたエルフが、恩寵の少ない領域外のフナ=バシを訪れることはめったにない。だから「ハーフエルフ」と聞いてもミリィも、傍らで手伝うヤオも知らなかった。


「なんだ、そうだったのか……ハーフエルフにしたって耳が丸くねえか?」


 そう言うセンゴクの耳もちょっととがっている。エルフとドワーフに共通する数少ない身体的特徴だ。


「ああ、これは……と、ほら」


 何か耳を触った思うと、今までよりちょっと小さなとがった耳が現れた。


「付け耳よ、けっこうわからないものでしょ?」

「なるほどな……スラムじゃ狙われかねないということか……」


 エルフ、ハーフエルフは一般的に美形で、寿命も長い。つまり若い時期も長いことになる。そのため、その体を狙って攫われ、拘束されることがままある。特にフナ=バシ最下層などで人間の倫理を期待する方がおかしい。

 そのため、アデルは生前の両親からこのように付け耳で種族を隠すように教えられていた。それは今まで誰にも秘密だったのだ。


「それに成長もゆっくりだから、バレないように名前を変えてグループを移動したりしてたの。まさかこんなところでミリィに再会するとは思わなかったわ」

「えっと、本当は何歳なんですか?」

「こら、ヤオ、女性に年を聞くのは良くないよ……まあ、いまさらか……今22歳よ」

「ええーっ!」「アデーレってそんな年上だったの? 大人じゃない」

「だけど、スラムの生活って年齢というより体の大きさでしょ。だから年が上でもあんまり良いことないのよ」

「まあ、そんなもんだろうな。ハーフとはいえあと10歳ぐらい年を取らねえと子供の域は越えねえだろうな」


 センゴクは当然自治区で知り合いのエルフもハーフエルフもいるので、彼らの成長について理解している。


「じゃあすごく長生きなんだね。うらやましいなあ」

「生き延びることが出来たらね。だけどほら、私たちみたいな孤児って大人になるのも難しいじゃない? 子供の期間が長いのは良いことばかりじゃないんだよ」


 実際、健康なハーフエルフであれば200歳近くまで生きることができる。ちょうど医療が十分に受けられる人間の倍ぐらいだ。従って、成長も人間の倍かかる。現在22歳のアデルは肉体的には11歳ぐらい、ということになる。


「で、アデルとアデーレ、どっちで呼んだらいい?」

「本名はアデルよ。ちょうどミリィと会ったときは偽名だったの」

「そう……アデル、ごめんね。私のせいで……」

「結局上手くいったんだから気にしないでいいわよ。エディのおかげで外に出られそうだし……」

「エディ……ってあの大きいのに乗ってる人よね……怖くないの?」


 この場で、アデル達三人を除けば直接エディの姿を見ていない。ロビーに入るまでは一緒だったので目には入っているはずだが、そのときは大勢の中の一人だったのでどんな人物かはミリィにはわからなかった。


「いい人よ。少なくとも私は信用している。ちょっと謎めいてるけど、しっかり者で、理不尽な事をする人じゃないわ」

「すごく理知的ですよね。それに度胸もあるし」


 アデルとヤオの言葉に、ミリィはちょっと安心したようだった。


「だけどそうだな。銃を持った男でさえ怖いのに、そいつらが逃げ出すんだしな……」


 センゴクはなにやら考えているようだ。


「……まあ、俺たちと同行したいと言っているし、問題は無いとも言えるが、やはり一度はフナ=バシに戻らないと行けねえだろうしな……」


 この辺りに他の都市は存在しない。センゴクとしても仲間との連絡を取るにはフナ=バシに立ち寄る必要がある。そこに、ドール使いのスラムの孤児が同行していたらどうなるか? 一騒ぎあるのが予想できるし、今までのスラムの人間関係が絡んでくると事態は複雑化しかねない。


 面倒なのは、犯罪組織との抗争に巻き込まれることや、孤児達が大挙して探索隊に志願してくることだが、後者は隊長が一喝すれば収まるだろうが、前者はモドキ達が逃げ帰っている以上避けがたい。


「……まあ、なるようになるか……」


 センゴクは後回しにすることにした。

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