012_夜に光るモノ
『とりゃっ!』
パンチ一発。
それで、ガラガラと崩れた最後のがれきが、荒野に飛び散って行く。代わりに、外の冷えた、だが新鮮な空気が倉庫内に忍び込んでくる。
がれきが当たらないように身を隠していたセンゴクと孤児達は、二度と見ることが出来ないかと思っていた外の風景を確認しようとぞろぞろと出てくる。
「意外に時間が経っていた……か」
センゴクが言うように、すでに日は落ちかけていて、夕日が地平線のすぐ上に位置していた。
エディ(が操縦するドール)は、高さを利用して遠くまで荒野を見渡す。影が長く落ちるこうした時間帯の方が動く物は見つけやすい。
『モドキ達は見えねえな』
「そりゃよかった」
待ち伏せを警戒して入り口に戻るのを避けたのだが、素直に遺跡を戻っても良かったかもしれない。もっとも、その場合はこの戦力を置いていくことになるだろうから、やっぱり無しだな、とセンゴク。
「しかし、参ったな。さすがに夜の荒野は……」
『ん? なんか車が1台だけこっちに来ているぞ』
「なんだ、まさか連中の偵察か?」
そうであったとしても、ちゃんと動くドールがあるこの状況では警戒の対象ではないだろう。念のため、孤児達は倉庫に戻してセンゴクとドールに乗るエディだけで出迎える。
近づいて来たのはピックアップトラック型の車だ。確かモドキ達が乗っていた車だ、とエディは気づく。
「おやっさん、無事か?」
「タマじゃねえか、その車はどうした?」
「それはな……」
タマサブロウの話によると、モドキ達が倉庫に入った隙に、入り口から出て外の見張りを始末し、車を1台盗んで地形で陰になるところに隠れていたそうだ。
モドキ達がセンゴク達を人質にして出てくるかと警戒していたら、なにか様子がおかしい。まるで逃げ帰ってくるような様子だ。タマサブロウが倒した見張りの姿が無いこともスルーして、車に分乗してその場を去ってしまった。
これはなにか中でうまくやったな、と思ったものの、そこでタマサブロウ自身にハプニングがやってくる。荒野の動物、昔から地球にいた野生生物が変異した危険な動物である『ゾンビ鳥』に見つかって追いかけられてしまったのだ。
「ゾンビ鳥? なんか怖そうですね」
安全だと知って外に出てきたヤオがそんな感想を口にする。なお、ゾンビというのは現代でも通じる概念だ。帝国では異世界由来の歩く腐乱死体が存在するし、荒野で死んだ者が死にきれず歩いて帰ってくるという怪談はいまでもポピュラーなのだ。
怖がる子供達に対して、センゴクは心配ないと説明する。
「なに、心配する必要はねえよ、こいつらがそう言ってるだけだ」
「何を言うんだ、あの忌々しい怪物に散々追いかけられて住処を変えた者もいるんだぞ」
よくよく聞いてみると、ゾンビ鳥、というものの正体は変異して巨大化したダチョウだそうだ。
ダチョウは変異する前から生存能力の高い生物だ。骨が見えるほどの重傷も自然治癒し、めったに病気にかからない。また、荒野を走るなら自動車でも逃げられないぐらい速く、その蹴りは強力だ。
だが、実際のところ巨大化してもダチョウはダチョウで、別段好戦的では無い。人間が荒野で出会っても、手出しをしなければ近寄ってくることはないそうだ。
問題はコボルトの方にある。一見犬に見えるのに二足歩行をするこの見慣れない生物に、なぜかダチョウは興味津々で近寄ってちょっかいをかけようとする性質があるらしい。そんなわけで、コボルトの一族の間ではダチョウは危険生物、倒す事も難しい強敵として扱われている。
「なんとか逃げ延びて、一息ついていたら地面からコイツが出てくるじゃねえか。それでおまえらが脱出したことがわかったんだ」
コイツ、で指さすのはエディが乗るドールだ。
「で、どうやったんだ? おやっさん、ドールは専門外だって言ってなかったか?」
「儂じゃねえ。なんか……そう、なんかわからんが勝手にこうなった」
「何だそりゃ?」
当然の疑問だろうが、もちろん誰も説明できない。
当事者であるエディでさえ部分部分では経緯がわかるものもあるが、一貫して説明する為にはわからないことが多すぎる。
しょうがないので、起こったことをエディとセンゴクの視点で説明することになるのだが、それを聞いたタマサブロウも結局理解を放棄した。
「こりゃヤギ先生ぐらいじゃねえと無理だな」
「儂もそう思うな」
「やれやれ、早く合流したいもんだが、この人数か……」
現在ここにいるのは、センゴク、タマサブロウの大人組に、エディ達3人、ミリィをはじめとする9人の孤児で合計14人だ。
ピックアップトラックだから荷台に詰め込むとしてもギリギリだし、その場合は座席の方も3人掛けのところに5人とか6人とか、いくら小柄な子供達でもつらいことになる。
「一度俺たちだけ戻って車を調達してくるか?」
「それはこの子らも不安だろう。儂が残ってタマが2往復するのはどうだ?」
そこにヤオが慌てて口を挟む。
「僕たちにとって、今フナ=バシにそのまま戻されるのはかえって危険です。モドキ達は戻っているだろうし、奴らの背後に組織がいたら放っておくとは思えないです」
「ああ、それもそうか……」
『食料はどうなんだ? 食べるものがあれば俺たちはこっちに籠もる方が生き延びられそうだけど……』
「それなり、だな。儂が調べたところではこの人数だと2、3日ぐらいか」
『ならいったん今日のところは……』
エディが「遺跡の中で一晩休もう」と続けようとしたとき、突如パチッという音が聞こえる。
(なんだ? どっかがショートしたか?)
なにせ元がボロボロの状態だ。意味不明な力で修復されたとしても、意味不明な力だからこそ100%信用出来るかというとそうでは無い。
続いて、地上にいるタマサブロウの耳が動く。再びパチッという音が響き、彼もそれを聞きとがめたのだ。
「これは……まずい。おやっさん、全員乗せちまえ!」
「なんだ?」
「奴らだ、ブライトサイドだ。近くにいる……おい、エディ、悪いが来たら前に出てくれ」
『ブライトサイド……あの? コイツで倒せるのか?』
「まず無理だ。3機は必要だ。それも1機をおとりにして、だ。1機だけでどうにかなるもんじゃねえ。お前の役目は、奴がデカくなるように攻撃することだ。デカくなったら一目散に逃げろ!」
『ブライトサイドって元からデカい化け物だろ?』
「それは違う。元は小さいんだ。その状態の方がヤバい。デカくなったらそれはそれで脅威だが、まだマシなんだ」
本当はタマサブロウとしてもしっかり対処法を説明したい。だが、荒野に出て実際にあの化け物と出会ったことがあるのは、探索戦士と行動した経験のある彼だけだ。
センゴクを急かし、子供達を車の荷台に詰め込む。「ブライトサイドが出た」と、何を聞かれてもそれだけ答える。
実際、孤児の中にはそれを知らない者もいたが、知っている者が率先して仲間の手を引き、率先して動き出す。
知る者にとっては、ブライトサイド、というのは野生化ドラゴン、巨山象という異世界と地球の最強種すら越える最悪の脅威なのだ。
彼らが動くうちにも、パチッ、パチッと何かがはじける音が、頻度を増して聞こえてくる。
「来るぞ!」
タマサブロウが最後の子供を後席に押し込みながら叫ぶ。
すると、太陽の沈んだ荒野に、ボウッと光が現れる。
その色は、本来ならば穏やかな茶色だ。
だが、生物の体色と考えるならば間違っている。
現れた普通より少し大きな鹿は、確かに鹿の色をしているように見える。
本来ならば赤青黄の絵の具を混ぜて出来る鹿の色は、赤青緑の光を混ぜて出来る、同じように見える色に置き換わっている。
ブライトサイド、あるいは光りモノ――自ら発光する体を持ち、荒野で数多くの犠牲者を出した正体不明の化け物。幸い、日が落ちた後にしか現れないこと、多くの犠牲を対価に習性が知られるようになったことで近年はそれほど被害は無い。
だが、それでも夜の荒野で不運にも出会ってしまったら死を覚悟すべき存在だ。
運転席に飛び込み、窓からエディに向けてタマサブロウが叫ぶ。
「いいか! まず踏み潰そうとしろ。だけど踏み潰せないし反撃が来るから気をつけろ! 奴がデカくなったらなんとかして逃げ延びろ!」
言いながら乱暴にアクセルを踏み込むと、ピックアップトラックはちょっとタイヤを空転させた後、勢いよく前に進む。後席や荷台から悲鳴が上がるが、それは無視だ。
エディは、思念コントロールでその光る鹿をめがけて足を踏み降ろそうとする。
ドゥン、ドカン
だが、その動きは立て続けに起きた二発の爆発で妨げられる。
最初に左肩に衝撃を受け、続いて踏み潰そうと上げた右足が弾き飛ばされる。
バランスを崩したドールは吹き飛ばされ、尻餅をつく。
「な……なんだ?」
すかさずディスプレイの機体表示を見ると、胸と右足が赤くなっている。
〈4th gear driving, restoring structure ...〉
たちまち修復機能を司る『慈悲』の第4ギアが回転を始める。
「ありがたいけど、いざというときにエネルギー切れとか勘弁だぜ……しかし、何を食らった?」
食らったのが爆発だった、とすると当然エディも気づく。あのパチッという音、それは何かが破裂する音だ。音の軽さと威力が見合ってないように感じたが、この鹿は離れた場所で爆発を起こすことが出来るのだろう。
機体を起こすと、より光を強くした化け物がこちらをにらんでいた。
もちろん草食動物である鹿の目の位置からすれば、前方をにらむというのは構造的に変だが、エディにはそう思えた。
「逃げ……いや……そうだ、あの爆発を止めないと……なるほど、それが巨大化か……」
ブライトサイドは知られている限り二つの形態を持つ。第一形態は単なる光る生物の形態で、外形だけ見れば元からいる野生動物の形をしている。だが、それぞれがこの世の理を外れた力を発揮し、例えフナ=バシの戦力を総動員しても太刀打ちすることは不可能だろう。
だが、それらは大型の敵を脅威と認識した場合、第二形態に移行する。第二形態は体が巨大になる。その一方で理を外れた力は弱くなる。これは力の総量が決まっていて、巨大化に使った分で力が消費されると考えられている。
世界には巨大(幻想・変異)生物が存在し、人類にもドールとその亜種が存在する。光りモノにとっては、それに対抗する為の正当な戦略なのだが、これらの敵の内、人類だけは勝手が違う。
ドールは人体ではないので破壊されても命を失うわけでは無い。また、ドールすら破壊する固定兵器を人類は使うことが出来る。
結果として、こと人類にとっては第二形態の方が与しやすいというのが現状なのだ。
「だけど、巨大化させるためには脅威だと思わせなけりゃいけない……」
そして、現状ドールの目の前にありながらこの鹿の化け物はまだ、巨大化していない。ならば、まだこの化け物は『余裕』なのだ。
「俺の、頑張りどころ、だな」
エディの、そして彼の仲間や世話になった人、生き残るべき人が生き残ることが出来るかどうかは、今、彼の行動にかかっている。
「避けてたんだけどな、そういうの……」
これまで、自分だけが逃げることができる能力を持って、それゆえに一層誰かと行動することを避けてきた。それがこの遺跡に来てから変に他人と一緒に行動することが多くなっている。
(潮時……なのかな)
成り行きでフナ=バシを出ることまで勢いで決めてしまった。それは同時に、誰かと行動するということを決めたのと同じ事だ。それが正解なのか、間違いなのか、いまのエディにはわからない。
思念を送り、膝を突いてドールを立ち上がらせる。
ドールの、顔を化け物の方に向けると、表情を作れる訳でもない機械の体なのに、にらみ返すように見えてしまう。
機体内部ではないどこか、に存在するコックピットの中ではエディがディスプレイ越しに化け物をにらんでいる。いや、その動きの起こりを見極めようと観察している。
「次はお前から来いよ」
相手は体を動かすこと無く爆発を起こせるのだ。こっちから攻めてもすぐに対処されるのはわかっている。
ならば、相手の方から攻めさせて、その隙をこっちで突くしか無い。
「なに、こっちだって普通のドールじゃねえからな」
普通のドールはこんな人体のような細かい動きが出来ない。勝手に損傷箇所を再生することも無い。
エディはドールの左手を前に突き出す。
(確か、これでいいはず)
〈 8th gear driving, forging weapon ... 〉
体内、に存在しないはずの歯車が回る感触がある。8番ギア、栄光の名を冠するそれは、周囲の質量を変換して武器を作り上げる。
光とともに地面から巻き上がるのは土、とそれに紛れた金属や岩石。それらは突き出した左手にまとわりつき、やがて形を成す。
出来上がった物は――「意外だな、実弾系か……」
それはドールのサイズからすれば小さい。人間にとっての拳銃ぐらいのサイズで、だがその中でも大型の部類だろう。デザインは、フナ=バシでよく見る光線銃のような樹脂でつるっとした物では無く、さりとて古代のリボルバー銃とも違う。その中間のような形であり、凹凸の少ない外装は金属の光沢をまとっている。
「食らえッ!」
引き金を引く。
銃なんて使ったことがあるわけがない。
だけど、栄養が足りず細い自分の腕では無く、ドールの計り知れない力で保持された銃口は、ブレること無くそのままの向きを保っている。
銃口から飛び出たのは果たして普通の鉛玉だったのか? 使っているエディにはわからなかったが、その弾丸は確かに化け物の方に飛び、地面に当たって小石を弾く。
鹿の化け物はそれに反応し、軽やかに跳んで位置を変え、今度は衝撃を銃に向けて放つ。横方向に手が弾かれる感触に、反射的にエディは銃を落とさないように強く握る。
これもまた、従来のドールであれば不可能だったことだ。操縦が直感的で無いのと同様に、機体が受ける衝撃のフィードバックも、コックピットに伝わる衝撃で間接的に感じるしか無い。
「お前から来い」の言葉通り、エディはその場で銃を続けて発射する。力関係はわかった。あの衝撃を発する攻撃は、生身の人間やトラックには致命的だろうが、ドールを、特にこのドールを倒すほどの威力は無い。
問題は、そのことを化け物自身が理解してくれるかどうかだ。ドールを倒す為に、巨大化を選択する程度の頭があれば……
だが、エディにとって不運なことに、この化け物の頭は良すぎた。




