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013_決戦

 エディとにらみ合っている鹿の化け物(ブライトサイド)は、ぴょんと跳びはね、ドールの視界から逃れようとする。


「いくら夜だといっても、そんなに甘くないぜ」


 体自体が発光している化け物は目立つ。肉眼でも見失うことなど無いだろうし、ディスプレイに表示される視野は肉眼を上回る。見失うことなどあり得ない。


 だが、その化け物はいきなり向こうを向くと、そのまま走り去る。


「逃げた……っ、まさか!」


 いつの間にか位置関係が変わっている。化け物が走り去った方向は、エディにとって最も守らなければならない対象がいる方向だ。


 化け物は、頭が良すぎた。

 エディにとって最も嫌な事を思いつき、その通りに行動したのだ。

 巨大化しないこと、その上で生身の人間を襲うことだ。


「くそっ!」


 エディはドールを操作し、光る化け物を追いかける。

 銃をまだ持っている事を思い出し、けん制のためにそれを乱射する。

 走りながらなので狙いはめちゃくちゃだ。

 だが、多少は化け物の走る速さを鈍らせることができた。まぐれ当たり、すらなかったが、飛んでくる銃弾に無関心ではいられないのだ。



 ********



「後ろ、大丈夫か?」

「今のところは……おい、ちゃんと伏せておけ、まだ揺れるぞ!」


 助手席のセンゴクが、窓から身を乗り出して荷台に叫ぶ。

 荒野仕様のピックアップトラックには()()()()、シートベルトなどは存在しない。いざというときに素早く飛び降りることができなければ死ぬからだ。ついでにミラーなんて物も無い。荒野ではさほど必要で無いからだ。


 現状、後席に4人、荷台に7人詰め込んである。車内は多少揺れても振り落とされる恐れは無いが、荷台には幌など無く、車が跳ねれば吹き飛ばされる恐れがある。

 タマサブロウはその点も配慮して、なるべく平らな道を選んで走っているが、さすがに舗装路というわけにはいかず、何度か危ない場面もあった。

 センゴクが後ろを向いた時に、遠くから近づいて来る光を見る。


「ヤバい、来てるぞ」

「エディがしくじったか……」


 実際には、この化け物の知能が想定以上だっただけなのだが、その事は車内の面々にはわからない。事実としては、今この車を目指してブライトサイドが第一形態のまま近づいているという最悪の状況があるだけだ。


 ブライトサイドは人を襲う。ブライトサイドは設備を壊す。

 果たして彼らにどんな欲求があるのかは誰もインタビューしたことが無いのでわからない。だが、奴らが殺した人や動物の肉を食う、というか吸収するらしいというのは知られている。それが栄養補給なのか、それ以外の何かなのかはわからないが、見逃してくれるとは思えない。


 ダン、ダンという音がブライトサイドの方から響いてくる。銃? いやむしろ大砲か?


「あれは……エディか……」


 不思議な光景だ。高原は後ろから追ってくる鹿の化け物。その光に照らされてその後ろから巨大な影が走って追ってきている。

 間違いなく、あのドールで、エディだろう。


「銃なんてあったんだな……」


 音だけで判断したタマサブロウがつぶやく。


「あそこにはそんな物無かったと思うんだが……」


 倉庫を一通り調べていたセンゴクが答える。

 まさか、何もないところからドールの機能で作り出したなんて二人とも想像することは無かった。普通のドールに、いやそんな事が可能なドールなどあり得ないのだ。


「ともかく、流れ弾には注意だな……っ、やべえ!」


 急に目の前にくぼみが現れる。ヘッドライトだけ、おまけに小柄なコボルトの運転手だ。光の加減で直前まで見えなかったため、タマサブロウは慌ててハンドルを切る。そもそも夜に荒野でこんな速度で車を走らせることがおかしいのだ。


 後ろから悲鳴が聞こえ、センゴクが振り向く。すると、荷台で3人の体が浮き上がり、闇に消えたところだった。


「タマっ!」

「無理だ。そんな余裕はない」

「……くそっ!」


 急いで押し込んだ子供達のうち、誰が落ちたのかははっきりわからない。だが、センゴクには落ちた三人のうちの一人の耳がとがっていたように見えた。


――あの嬢ちゃんか……


 見たことが気のせいでないのなら、落ちた三人にアデルが含まれているのだろう。確かにあのハーフエルフの少女は、率先して状況のわかっていない子を引っ張って荷台に乗り込んだのを覚えている。


「エディに……なんて言えば……」


 そのつぶやきで、タマも落ちた子の中にアデルかヤオが含まれているのだ、と察することが出来た。だが、だからといってスピードを緩めることは出来ない。荒野でブライトサイドに追われるとは、ほとんどの場合全滅を意味するのだ。


 そのとき――


「ギャアオオオウ」


 こんな音が人の口から出るはずはない。間違いなくあの化け物だ。


「やつが、巨大化した」後ろを確認していたセンゴクが告げる。

「このタイミングで、か……良いのか悪いのか……」


 あのパチパチという音とともに衝撃を発する攻撃はもう飛んでこない。巨大化したブライトサイドは、ただ巨大な体だけが脅威だ。だが、巨大な動物が敵意を向けて追ってくるというのは状況が良くなったとは言えないだろう。

 タマサブロウはフロントガラスが照らし返す光を確認して舌打ちをする。当然巨大になったブライトサイドは光源としても巨大だ。それによる照り返しで、いっそう視界が悪くなる。


 が、そのとき。

 急にパッと青い色の光が見えたかと思うと、巨大なものが地面にぶつかる大きな音がした。


「何だ?」後ろを見ていたはずのセンゴクに問う。

「……状況はわからんが、エディが怪物に組み付いたようだ……うん? 一旦止まれ!」

「良いのかよ……」


 言いながらタマサブロウはアクセルを緩める。

 そして彼は後ろを振り向く。

 そこには、横倒しになった化け物にのしかかって何度も拳を振り下ろしているドールの姿があった。



 ********



 時系列の順で語るなら、まず車から振り落とされた三人だろう。


「うわっ」「きゃあっ」


 バサァ、ボキボキ、と音が聞こえ、同時に何かで引っかかれたような痛みを感じてアデルは目をつぶる。そして衝撃。地面に叩きつけられる。

 余りの痛みに呼吸が止まる。だけど……


(一緒に落とされた二人。無事を確かめなきゃ……)


 二人とも知り合いでは無い。小さい子で、繋いだ手が振るえていたのを覚えている。もう一人は、ちょっと体格の良い男の子だったと思うが、飛ばされた一瞬のことなのでアデルは自信がない。


 なんとか身を起こしてみると、近くに倒れている二人の姿が闇に浮かび上がっている……浮かび上がっている?


 そちらを見てアデルは思わず声が出る。

 例の光る化け物が、こちらに向かって視線を送って四つ足で立っている。


「どうして……」


 アデルはなぜ、こんな近くにいて自分がまだ襲われていないのかを疑問に思った。いつでも踏み潰せるのだから、そのまま突進してきてもよさそうなものだ。

 だがその疑問に答える者はいない。「ううっ……」と、そばでうめき声が聞こえて、我に返ったアデルは、その子が生きていると判断し、慌てて駆け寄る。


 ちょうどそのタイミングで、急に化け物の体勢が崩れる。エディが追いついたのだ。

 エディが操縦するプロト・ドールは、怪物に組み付き、そのまま押し倒す。

 地響きが、そして巻き上げられた土や砂がアデルの方にも飛んできて、思わず彼女は倒れている子供の上に覆い被さる。


 うつ伏せになった彼女の耳に、振動が、音が連続して感じられた。

 恐る恐る顔を上げて視線を向けると、そこには横倒しになっている光る鹿の化け物と、それにのしかかって拳を打ち付けるドールの姿があった。



 ********



「くそっ、追いつけない……」


 普通に考えれば人が、それより大きな獣が走るのに追いつけるわけが無い。さらに相手は部分的には物理法則を超えた化け物で、こちらは人より動作の鈍いドールなのだ。

 とはいえエディ自身が気づいていないことがある。『普通の』ドールはもっと鈍いものだが、彼の操る『真なる』ドールはそれに比べればより人体に近い動作をしており、知る者が見れば「ただ者では無い」と一発でわかるほどの動きの良さがある。

 だからといって、獣と人の構造上の差異を埋めるほどの性能は、このドールであっても持ち得ない物であって、徐々にその差が広がっていくのは仕方が無い。


「……ん?」


 しかし、その標的がいきなり立ち止まっている。チャンス――いや、これはピンチの方だ。エディの背筋に冷や汗が走る。誰かが捕まった? 彼は思うほどは俊敏に動けないドールにイライラしながら先を急ぐ。


「……いや、チャンスだ!」


 見たところ化け物は何もしていない。その場で佇んでいるだけだ。

 例のおかしな不可視の衝撃も、使っている様子は無い。だけど、それはいつまた発せられるかわからない。


 エディは覚悟を決める。

 ハンドガンを投げ捨て、そのまま化け物の――鹿の伸びた首に組み付き、のしかかる。

 相手が荒れた地面に叩きつけられると、そのまま膝を押しつけ、体勢を変え、馬乗りになる。

 後は両手ともに拳を握り、エディはそれを交互に化け物に振り下ろす。


 右――生物を殴ったという感触とは違う。ドール越しでも気づくそれに若干戸惑いを覚える。


 左――殴ったところから何かが飛び散っている。血? 破片? 少なくとも赤くは無い。ふと「こいつは動物なのか機械なのか?」という疑問が頭に浮かぶ。


 再び右――その疑問に答えがもたらされる。拳が白く光る体表面を貫いたのだ。中にはただ、空洞があるだけだった。それはも光っているのだから丸見えだ。


「ただのガワだけ……どうやって動いてるんだ?」


 つぶやきながらも拳は止まらない。もろくなっていたのか、一突きごとにその拳は化け物の『ガワ』を突き破り、やがて全体が形を崩して光になって宙に溶けていった。


 光源が失われ、辺りが闇に包まれる。

 いや、一筋の明かりが差し込んでくる。引き返してきたピックアップトラックのヘッドライトだった。


「……今降りるわけにはいかないな」


 一体倒したといえ、ここは何の防護もない荒野だ。他のブライトサイドがやってこないとも限らないし、化け物以外の野生動物の中にも危険なものがいる。

 しかし緊張で力一杯操縦桿を握り、体に力を込めた状態であることに気づき、それぐらいは緩めても良いだろうと考え、どかっと背もたれに身を預け、首を回してこわばった肩をほぐす。


 今日はエディにとって大変な一日であった。

 誘拐、遺跡探索、遺跡の奥での邂逅、ドールの発見、そしてドールの起動……果てはドールでブライトサイドと一戦交えることになった。

 張り詰めていた神経が、ここに来て初めて緩められることで、彼は強烈な眠気に襲われていた。いっそこのままこの操縦席の中で……


(いや、そういうわけにも行かないだろ……まだ荒野のど真ん中だしアイツらだって……)


 眠気覚ましに、と集音装置を――これも思念操作だ――オンにすると、環境ノイズに混じって何やら言い争うような声がかすかに聞こえる。


「ん?」


 一気に眠気が飛んでいく。聞き間違いで無ければアデルが大声を出している。何かあったのか? エディは、念のため危険生物が近くにいないことを確かめた後、ドールの機体を片膝立ちさせてハッチを開ける。

 おや? この操縦席は確か別空間にあったはずだが……と一瞬考えるが、便利な分には問題無いと思い直し、エディはハッチを出て立て膝伝いにドールを降りる。降り方は知っている。遠目にドールに乗り降りする探索戦士の姿を見たことがあるからだ。


 走って皆が集まっている明かりに近寄っていくと、事態はさらに変わっていて、輪になって立っている中で、横たえられた体が2つと、すがりついている女の子――アデルの姿が見える。


「どうなってるんだ?」

「ああ、エディか……よくアレを倒してくれた。おかげで命拾いしたぜ――」


 エディからはヘッドライトの逆光だが、シルエットと声でわかる。コボルトのおっさん、タマサブロウだ。


「――実はな、段差で3人が荷台から落ちたんだ。アデルは運良く擦り傷程度だったんだが、残りの二人がな……打ち所が悪かったらしい」

「そうか……残念だ」


 せっかくあの遺跡から生還出来たというのに、ここで命を失う者が出てしまったのはやりきれない。


「だけど……さっきはなんで言い争ってたんだ?」

「ああ、それはな……あの二人の死体を持ち帰るかどうかってことで口論になってな……」


――ああ、そういうことか……


 エディ本人にはピンとこなかったが、心の内の前世? の男の記憶から納得したという雰囲気を感じる。

 どういうことか? しばしエディはその納得感について考えた後、正解にたどり着く。


 スラムの孤児にとっては仲間が死ぬ、なんていうのは、それなりに慣れてしまっている。それを引きずったりしないことは、生きていく為に必須の心構えなのだ。

 だから、例えば寝床で冷たくなっている仲間がいたとしても、フナ=バシが運営している火葬場に遺体を運ぶだけで、その日のうちぐらいは悲しむが、夜になったら寝床の場所を決め直して、次の日にはもう普段通りにして居るのが普通だ。


 薄情、と思えるかもしれないが、それぐらいスラムの孤児達には余裕がない。同じグループの仲間のケンカに加勢する事すら自分の安全を考えてほとんど無い。彼らに取って『助け合い』とは、自分が不利にならない範囲での手助けという線引きが成されているのだ。

 それは、この荒れ果てた世界では当たり前の考え方だ。


(そして、アデルの考え方はそうでは無い……ということなんだろうな)


 ふと気がつくとタマサブロウの隣にいるのはヤオだった。エディは半ば答えを予想しながらも、彼に問いかける。


「なあ、お前はどう思う?」

「エディさん……置いていく以外の選択は無いでしょ?」

「そうだな……」


 整理しよう。

 ヤオの言葉に「そうだそうだ」とばかり頷いているのは孤児の全員――昔アデルに助けられたミリィも含めて、だ。

 それに対して大人組は微妙な顔をしている。少数派が助け合って生きてきたFOOL出身の彼らは、フナ=バシ最下層のドライな論理は理解しがたいものなのだ。

 そして、エディは――アデルの気持ちに共感する部分もあり、また孤児達の割り切りに同意する部分もある。本人にとっても初めて感じる不思議な感覚を覚えていた。


(ああ、そういうことか……)

――21世紀の恵まれた時代に生きた俺と……

(スラムで生まれて生きてきた俺の……)


 二人の『俺』の間で矛盾が生じているのだ、という事にエディは気づく。普段感想をささやいてくる『彼』をエディは自分自身とは切り離された存在だと思っていた。だが、こうして心情をそのまま叩きつけられると、あるいは『彼』も自分自身の一部なのかも知れない。ならば……


「アデル!」

「エディ……私、私だけ……助かって……だから……せめて……」


 べそをかきながらアデルが気持ちを伝えようとするのを見ていられなかったエディは、自然と彼女の頭に手が伸び、自分でも蒸し器に彼女の頭を撫でていた。地面に転がったらしい彼女の髪はざらついていた。


「あの子達の体を運べば良いんだな? じゃあ、俺がドールで運ぶよ。それなら……みんなも良いか?」


 ヤオたちも「それならば……」ということで異存はなさそうだった。


「じゃあ先を急ごう。フナ=バシ近くまで行かないと休めないだろ?」

「よし、じゃあみんな車に乗れ。今度は安全運転で行く」


 タマサブロウの声で、一同は動き出した。

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