014_オーストラリア・イン・フナ=バシ
再び移動し始めた彼らの道中は順調だった。安全運転を心がけたタマサブロウの運転で、およそ2時間後にはフナ=バシを見上げる位置まで戻って来れた。
この場所ならば、仮にブライトサイドが出現してもフナ=バシの警備隊が対処することになる。警備隊にはファン・ドールが複数配備されているので、一体や二体の奴らが現れても無難に対処することができる。
さらに敵が多い場合には第二層スズキに駐機してある探索戦士のドールに非常呼集がかかるが、そんな事態は稀で、少なくともエディの知る10年余りで1回起こっただけだ。
『で、今日はここで野宿か?』
スピーカー越しで、トラックの運転席から降りてくるタマサブロウに問いかける。エディは、眠いのはともかく、このドールをどうしようかと考えていた。何食わぬ顔でフナ=バシの斜路を登り、スズキの片隅に置かせて貰うべきだろうか?
「ああ、いや、なじみの店があるからそこに行く」
『スズキ?』
「いや、オーストラリアだ」
フナ=バシにオーストラリアという層は無い。下から3層はブラジル、スズキ、デス=リバーで、その上はエディも立ち入ったことが無いのでうろ覚えだが、トットリとかフジサンとかキョウトなど、旧日本由来の地名が続いていたはずだ。
なお、明確な外国由来の名前はブラジルだけで、スズキは『鈴鹿』が間違って伝わったものだし、デス=リバーは『死の川』すなわち『品川』が由来だ。もちろんそのような経緯を知る者はエディの脳内のささやき以外は存在しない。そしてエディは「それがなんの役に立つ?」とばかりにスルーしている。
その聞き覚えの無い地名に、ヤオが質問する。
「オーストラリアですか……そういう名前の層は無かったと思いますが……」
「身内が言ってるだけだからな。おまえさん、確か親が探索戦士だから知っててもおかしくないんだが……まあフナ=バシ拠点だとかえって知らないか……まあ、行ってみればわかるさ」
『ドールはどうする?』
「ああ、そのまま乗ってきていいぞ。さあ、あと少しで休める。もう少し頑張ってくれ」
そう言うとタマサブロウは子供達を車に乗るように促す。狭い座席や荷台では休めなかった彼らはすでに疲労困憊だが、のろのろと言われたようにピックアップトラックに乗り込む。
移動先はフナ=バシの斜路……ではなかった。フナ=バシの第一層はブラジルで、それは地上からだと斜路を登り30m上空に地面が存在する。だが、地表からブラジルまでの空間は、いくつかの施設があるだけの空間で、基本的に立ち入り禁止になっている。
施設は例えば、地盤から水を吸い上げ、フナ=バシ全層に供給する井戸であったり、廃棄物を処理する設備などだ。それらはフナ=バシプラットフォームと同じ強靱な構造で都市建設時に設置されており、外からは単に四角い箱の形でありフナ=バシの柱に接続されている。フナ=バシの柱は単に強靱な構造というだけでなく、内部に物資や情報、エネルギーの通り道があるのだ。もちろん、それらは都市上層部の管理部門以外がアクセスすることはできない。
地表部分はそのように柱の基部といくつかの四角い箱が存在するだけの殺風景な場所で、最下層ブラジルの武闘派犯罪組織でも立ち寄らない。すぐ足元ではあるが、れっきとした荒野なのだ。警備隊も斜路に近づく敵性存在は撃退しても、この地表部分に入り込むものは管轄外だとして手出しをしない。
そんな暗い(最下層とはいえフナ=バシは夜でも照明が灯されているので明るい)地表部分に踏み入る一行だが、しばらく進むと先に明かりが存在した。
近づくと、そこにはいくつかのコンテナを積み重ねたものから明かりが漏れており、その周囲にいろいろなドールが片膝立ての駐機姿勢で置かれている。
「おーい、エディ、そこにドールを置いて降りてこい」
タマサブロウの良く通る声が聞こえ、エディは言われるままドールの並ぶ一角に、自分のドールを置いて、さっきと同じ手順で機体から地面に降り立つ。
「おっと……」
疲れか、眠気か、あるいは緊張が解けたからか、ちょっとふらついてしゃがみ込み、地面に手をついてしまう。
「はら、あとちょっとだから頑張れ」
タマサブロウから差し出される手を取って、エディは立ち上がる。人の手よりは小さく、体毛と肉球があるのが変な感じがするが、揺るぎない力が感じられる力強い手だった。
「とりあえず、お前と俺だけは面通ししておかなくちゃいけないからな。他の連中はおやっさんに任せてテントに連れて行く」
テント、というのは周囲にいくつか存在する大型のそれだろう。荒野でテントなど、危なくないのだろうか、とエディは気がかりだ。
それを察知したのか、タマサブロウはこの場所について説明を始める。
「ここは流れの探索戦士達が集まる場所でな。フナ=バシの駐車代や宿泊費がそこそこするから、修理や売り買いの用事が無けりゃこっちを使う奴も多いんだ」
「それってフナ=バシは何にも言わないの?」
「一応協会と都市の間では話が付いていて、犯罪の温床にならないんだったら黙認ということになっている。だから、正規登録の探索戦士が身元保証したものしかここに近寄れねえ、ってことになってる」
ということは、タマサブロウこそが正規登録の探索戦士なのだろう。いつかはそうなりたい、とフナ=バシのスラム孤児が夢見る存在がそこにいることに、ちょっと心が動かされるものがあったが、それも疲労困憊のエディの意識の奥に沈んでしまった。
連れられてやってきたのはコンテナの一つ。入り口に明かりが灯され、開口部は開け放たれており、コンテナの壁面には下手な字で『オーストラリア』と書かれている。
ズンズンと中に入っていくタマサブロウの後を付いて、エディが中に入ると、そこはちょっとしたカウンターがあって、その向こうでいかにも強そうな大男がタバコを吹かしていた。
「こりゃ驚いた、久しぶりだなタマ。国に帰ったんじゃなかったか?」
「そうなんだがな……ちょっと遺跡の事故でな。放り出されてきたんだ。とりあえずテントを使わせてほしい」
「ああ、今はそんなに混んでねえから問題ねえ。適当に使え。使用料は……」
「それなんだがな……この身一つで飛ばされてきたから今は持ち合わせがねえんだ。それで、無料使用の権利を使いたい」
「なんだ? 事故の割にドールは持ってたのかよ。で、機種は? ヘラクレスかゴライアスあたりか?」
「それなんだがな……プロトだ」
「プロト……って、まだ動くのがあったのか? まあ……ドールと言えばドールだが……あんなものじゃ戦力にならんだろう?」
「そこをなんとかしてもらえねえか? 一応遺跡から歩いて来れるぐらいにはまともな状態だ」
「なるほど……まあ、盾ぐらいにゃなるか……わかった、認めよう。ライダーはお前で良いのか?」
「いや、この子だ」
タマサブロウに促されてエディが前に出される。
「どう見てもスラムのガキじゃねえか……」
「エディだ。一応、遺跡からここまで荒野を歩かせてきたのはコイツだ」
「そうか……なら技能はあるって事だな……いいだろう。責任者はタマ、お前で良いんだな?」
「問題無い」
責任者は正規登録の探索戦士でなければなることが出来ず、一切の責任を負うということになっている。例えばエディがドールに乗って暴れ、施設を壊したとしてもその賠償責任はタマサブロウが負うことになる。
「よし、じゃあとりあえず休もう。今後の事は明日だ」
「ああ……」と返すエディの声は、かすれ気味で拾うが表に出ている。
ともかく、休息が必要だ。
タマサブロウとエディはセンゴク達が向かったテントに移動する。
中に入ると、むわっとする人の熱気とともに、そこらで寝転んでいる子供達が見える。テント自体はそこそこ広いが、さすがにこの人数だと狭い。
エディはなんとか場所を見つけて、横になる。
床はマットなどが引かれているわけでもなく、布越しに地面の感触がわかるぐらいだったが、疲れていた体は、すぐに意識を失った。
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エディが目覚めると、周囲に寝ていた子供達はすでにいない。なぜかうつ伏せで寝ているタマサブロウがいるだけだった。コボルト族だからだろうか? 正面から見たら大型犬が寝ているのと見間違えそうだった。
「いてて……」
寝床が固かった事が原因だろうか、エディの体がきしむ。だが、体のだるさは感じないし、それより空腹の方が今は問題だ。立ち上がってテントの外に出る。
子供達は――いた。なんだか親しげに戦闘服姿の探索戦士らしき人たちと車座になって話している。
辺りを見回すが、センゴクの姿はない。そして、エディの乗ってきたドールの周りに数人がいて、何やら指さしていろいろ話しているのがわかる。
どっちに近寄るべきか迷ったが、自分の命綱はアレだから、とドールの方に近づいていく。
「こんにちは。うちのドールに何かご用ですか?」
相手は正規探索戦士、あるいはそれに近い存在だ。いきなりけんか腰なのは良くない。そう考えてエディはまず挨拶をする。
「おお、お前のところのか。いや、よくこんな骨董品がこんな状態でって話してたんだ。これ、ファン・ドールでも初期に近いやつだろ?」
「いや、これはプ……」
(待て、どうしてこの相手は初期型ファン・ドールだと判断した? そうか、シルエットだ。背中の箱が無ければプロト・ドールとは思われない……ならば、ファン・ドールということにした方が……)
「ゴホッ、ゴホッ……ああ、確かに古い機体らしいけれど、一応動くんで……」
「そうか、だがさすがに力不足だろう。せめてゴライアスぐらいじゃないとな……」
ゴライアス、というのは一世を風靡した機種だ。プロト・ドールの改良を各勢力が協力して行い、その過程で様々な試作型が生まれた。それらは性能的にはプロトを超えていたが、それぞれにまだ欠点が残っており、ある試作機は強度に問題があり、ある試作機は稼働時間に問題があるなど、広く使われるには問題があった。
それらの研究成果を一つにまとめ、間違いなくプロト・ドールの発展型としてバランスの良い性能を得られた設計に基づいて、最初のファン・ドールの正式な機種として命名されたのがタイタンだ。
タイタンの登場は、2つ前の大崩壊より前なので、400、いや下手すると500年前の設計だ。だが、その設計の完成度が高いことと、当時の科学、異世界由来の魔法工学、さらにプロト・ドール由来の出所不明の原理が絡み合い、そこからの改良が難しい。
その後200年近く、タイタンは小幅な改良のまま活躍し続けた。第二紀最大の問題であった、異世界由来の巨大モンスター討伐など多くの功績を残した後、世界が三大勢力に分割された後で、科学技術の発展によってアップデートされたのがゴライアスだ。
タイタンに比べれば重量や稼働時間、そしてメンテナンス性に格段の差があったゴライアスは、国軍や傭兵などに広く行き渡り、長きにわたって生産され続けた。現代でも新規の建造こそほとんど無いがパーツの生産は続いており、現役で使用できる最もありふれた機種である。
現に、辺りに駐機されているドールの半数はゴライアスあるいはその派生型である。エディのドールは見た目からしてゴライアス以前の形、プロト・ドールからゴライアスに至る試行錯誤の中で生まれた機種に見える。
「まあ、早めに乗り換えるんだな。そこそこ程度の良いゴライアスだったら遺跡を何度か攻略すれば手が届くだろうさ」
「あ……うん、そうする……つもり」
ドールを見ていた男達と別れ、次いでエディは車座になっている仲間達の方に足を進めた。




