015_状況の整理
「エディ!」
近づく彼に声をかけたのはアデルだ。
立ち上がって向かってくる顔色を見る限り、どうやら昨日のことは引きずっていないように見え、エディは表情を緩める。
「なんか食いもんないか?」
「あ、保存食を貰ったのがあるよ。あっちの人たちがくれたの」
車座に入っている大人の、探索戦士と目が合ったので、エディはぺこりと会釈する。保存食のパッケージを開ける。人気のチーズあんパン味だ。エディはそれを確かめてかぶりつく。
チーズの塩気と脂っぽさが強烈な甘さのこしあんにマッチして美味だ。エディはたちまち1本を食べ切って、もう一つのパッケージを開ける。食べながら、アデルに状況を確かめる。
「どんな話になってる? 上には戻らねえのか?」
「それがね……私たちを誘拐した連中がいるから、すぐ戻るのはまずい、ってセンゴクさんが……」
「ああ……まあ、そうだろうな……」
ドールから逃げたモドキ達はそのままフナ=バシに戻ったはずだ。だとすると、生き残りの子供達を待ち構えていておかしくない。
「それと……もしかしたら『山』の主が協力してるかもしれないって……」
「あ、そっちもそうなのか……俺んところもちょっと疑ってる」
山――すなわちスラムのコンテナ山は、それぞれに顔役がいる。それぞれの山の住人を管理し、外からの襲撃や犯罪があった場合には対応することになっている。
だが、エディの山の顔役、元探索戦士のガルボは、評判を聞く限りはあまり良い人間では無い。このまま戻ってもまともな対応をしてもらえる見込みは薄いだろうし、むしろ金を貰って誘拐を黙認した可能性もある。
いくら睡眠中とはいえ、怪しい動きを見つけて警報が出されていれば、エディなら対応出来た可能性が高い。その意味で、ガルボは山の顔役としての仕事を怠っていたのは確実なのだ。
「じゃあ大人達が戻ってからかな……あ、あと二人のし……体は?」
死体と言いかけて気づき、言い換える。
「みんなに手伝ってもらって向こうに埋めたよ。一応フナ=バシだし、きっとあの子達も喜んでくれると思う」
「元から知ってたのか?」
「いえ、あそこで初めて……だけど、同じように飛ばされて、私だけ助かっちゃったからちょっと……ね」
もちろんアデルが幸運であったことは間違いない。直接地面ではなく低木に落ちたということが無ければ、彼女も命を落としていたかもしれない。だが、誰も知らないが彼女と死んだ二人との明暗には理由があった。
一つには健康状態で、なんだかんだアデルは健康だ。それに対して死んだ二人は体も小さく、飲まず食わずで連れ回されて状態が最悪だった。
そして、より重要なのは骨格だ。アデルは10歳といっていい体格だが生まれてから22年のハーフエルフだ。同じ衝撃を受けても、それに耐えられる体をしている。
「そうか……」
余計なことは言わない方が良いと、エディは判断した。実際、フナ=バシに死体を持ち帰ったところで、普段と同じように死体処理場へと持ち込まれ、処理されて骨ごと肥料となるだけなのだ。その際、遺骨代わりということで一つのプレートが発行され、ゆかりのあるものの手に残るが、結局はそれだけのことだ。それに比べれば骨が残るだけマシ、という考えが頭をよぎるのを、エディは振り払って話題を変える。
「それで、センゴクのおっちゃんはどこに?」
「それがね、なんか知り合いに会うって……」
「じゃあ上か……」
「おやっさんの親戚がいるらしいぞ」
「あ、タマサブロウさん、おはようございます。そうだ、これを……」
「わりいな、嬢ちゃん」
いつの間にか起き出してきたタマサブロウが、アデルから保存食を受け取る。食べながら話を聞き、彼は鼻を鳴らす。
「なるほどな、そいつは面倒だ。ま、どこの町だってスラムはそんなもんだろうよ。で、どうする? 手伝うぜ」
「えーと、タマサブロウの方の予定は? 仲間と合流するんだろ?」
「それなんだが、おやっさんの話次第だが多分フナ=バシで合流ということになるはずだ。ちょうど行き先はこっち方面だからな」
移住先を探しているという彼らFOOLの第三探索隊だが、中央荒野を抜けて南の旧PLAIS領域へ向かうという話は遺跡でタマサブロウが話していた。フナ=バシは元は中央荒野に張り出したSAGEの出張都市という側面があった。今は独立しているが、移動したわけでもないので位置としては旧SAGE領の南端ということになる。南に広がる旧PLAIS領域への立ち入り前に寄るのは自然だろう。
「――だから、俺たちはしばらく手が空くんだ。本隊の位置からここまでだと一週間ってところか……」
「悪いな」
「なに、おまえら3人が入ってきてくれ無きゃ今も俺たちは閉じ込められたままだったんだ。助けられた分の恩は返さねえとな」
「そうか……あ、センゴクさんには言ったんだけど、俺もあんた達について行くつもりなんだが聞いているか?」
突然のエディの言葉にアデルが目を丸くする。
「え? エディ本気で出て行くの?」
「ああ……能力の事もあるし、ドールの件もある。あれもちょっと普通じゃないし、フナ=バシ拠点で活動するには目立ちすぎる」
「そうか……だったら私もついて行く」
「おいおい、さすがに際限なく子供ばっかり連れて行くわけには行かねえぞ。エディはいいが、嬢ちゃんはなあ……基本自治区の連中だぞ?」
「そうか、二人はあのとき近くにいなかったわね」
言ってアデルは付け耳を外し、ハーフエルフのちょっととがった耳を二人に見せる。驚く二人に、彼女はミリィやセンゴクにしたのと同じ説明を繰り返した。
「だったら、嬢ちゃんの両親ってのはどっちかがエルフでどっちかが人間ってことか?」
「それが……私は両親ともハーフエルフだったの」
「そうか、とすると……いや、フナ=バシに流れ着いている時点で帝国人ってことは無いな。自治区ゆかりの子ってことなら同行にも問題は無い……か」
エディは気になった事をアデルに質問する。
「ご両親がどこから来たとか聞いた事無いのか?」
「わからない……大きくなったら話してくれるって言われてたけど、12年前の襲撃の時に死んじゃったから」
「12年前……俺はさすがに覚えていないな」
エディが覚えているのは4年前に変異生物の大群がブラジルに乗り込んできた襲撃だ。このときは数が多かったが四つ足の獣がほとんどだったので、コンテナ山の高所に避難したものはほとんど生き残った。むしろ、第二層スズキの車両が転がされる被害が多かったと聞いている。
基本、最下層と呼ばれている下から3層分は外敵に壊されることも織り込み済みである。フナ=バシ防衛隊の主力はデス=リバーに基地を持ち、そこを防衛戦にしてさらなる上層への侵略を防いでいる。
地上への斜路周辺を守っているのは防衛隊とは別の最下層民で組織された警備隊だ。普段は彼らで事足りるのだが、稀に大規模な野生生物やブライトサイドの襲撃があり、彼らでは止められないことがある。
「あのときは、デス=リバーの防衛隊のところまでブライトサイドが入ってきて……家も潰されちゃった……」
「悪い、嫌な事を思い出させた」
「いいの……もうずっと前のことだし……」
エディ自身は生まれていたはずだが記憶が無い。その頃にはまだ第一紀の男のささやきも無く、そもそもエディ自身の物心が付く前なのだ。父親に聞いたことは無かったが、母の記憶が無いのはもしかするとその12年前の襲撃の犠牲者なのかもしれない。
「俺とアデルはなんとかなるとして、他の連中はどうする?」
「……無理だな。こっちも使命がある。慈善事業で子守をしている暇はないし、なにより危険だ。戻れるならフナ=バシで生きる方が大人になるまで生きられる可能性は高いだろうさ」
「ヤオはどうするのかな……」
「ヤオか……」
今、というか昨日のブライトサイドを倒したあたりから、どうも彼らとの間に壁があることをアデルは感じていた。今もタマサブロウと話す二人に近寄ってくる子供はおらず、向こうで子供達同士で、あるいは探索戦士と話をしている。
「あいつの気持ち次第だな。直接言われていないなら放っておいていいんじゃないか?」
エディの言葉に二人は同意する。
「それより、今後の事なんだが……誘拐の問題を解決するのと、そっちの本隊への連絡以外に何かあるか? 無かったら俺は俺でやっておきたいことがあるんだが……」
「何だ? 暇だから手伝うぜ」
「どうだろう……付いてきてもらった方がいいのかな? ほら、アレの確認」
そう言ってエディは、自分のドールの方を指さす。
「じゃあ、私もついて行くね」
「そうだな……おい、おまえらちょっと外すぞ! あんまりこの場を離れるなよ!」
タマサブロウが子供達に注意を促して、三人はドールの方に向かった。




