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016_センゴクの驚き

 センゴクが親戚――といっても父方のはとこ甥なので遠縁だ、と首尾良く連絡を付けて、いくらかの借金と本隊への連絡を頼み、再び荒野に降り立ったのは昼をいくらか過ぎた頃だった。


 遠縁とはいえ、離れて暮らすフナ=バシでは同族も少なく、本国である自治区とのつながりを保っておく必要があるため、自治区の重要な任務中であるセンゴクの頼みを無下にすることは出来ない。

 そんなわけで、内心がどうであれフナ=バシの有力者であるドワーフの男は、センゴクと和やかに昼食を共にして彼を送り出してくれたのだ。


「しかし……想像以上に力を持ってるな、あいつは……」


 本来、フナ=バシの市民権もなく、手持ちのいくつかの道具以外持っていない、薄汚い作業服姿のドワーフの中年など、上層部に立ち入るどころか、そこにつながる昇降検問所に近寄ることすら難しかっただろう。

 だが、彼が一目見てドワーフだった――つまり、低い慎重と人間ではあり得ないがっしりとした体、ややとがった耳をした姿であったため、門前払いにならなかった。

 相手の名前を出して、自治区所属の親類だと言っただけですぐに連絡が取れ、その後は下にも置かぬ待遇だった。


「この分なら、スズキ辺りの宿をとっても良いかもしれんな」


 正直なところ、頑丈なドワーフとはいえ中年のセンゴクにとってはテント暮らしはつらい。特に最近は腰の調子が悪く、せめて寝る時ぐらいはクッションの効いた寝床が必要だと感じていた。

 本隊の巨大移動車両であるディードには、彼と娘の仕事場でもある整備室があり、そこにはマットを持ち込んでいた。だが、隊の連中の最大派閥はコボルトであって、奴らは寝るときは犬と変わらない。タマサブロウもその例に漏れず、例え荒野でも固い床でも気にしないで眠ることができる。


「タマはそれでいいとして、他の連中もスラムの子だからなあ……」


 テント暮らしに問題を感じているのはセンゴクだけかもしれない。いくら年齢を言い訳にしても一人だけ設備の整った宿を取るのは気が引ける。


「どうするかなあ……」


 つぶやきながらぶらぶらと斜路と地上に向けて歩いて行く。

 フナ=バシの斜路は、30mという高低差を結ぶのだから長い。およそ200mはあるが、緩やかにカーブして半円形を描いて地表に到達する。

 だから地上に降りたときにはフナ=バシのすぐ近くまで戻ってきているのだが、朝出てきたオーストラリアまでの道のりは短足ドワーフには長い道のりだ。

 そもそも、今時ドワーフが自動車以外の移動方法をとることは自治区でも稀だ。足の長さの関係から、そして体重の関係から自転車は選択肢に入らず、バイクも難しい。実際センゴクも今回の旅に一人の利用のカートを持ち込んでおり、遺跡探索中で無ければ体一つで転移罠に引っかかることも無かっただろう。


「いや、オーストラリアにもテント以外の部屋があるかも知れねえな……あんだけコンテナがあったんだし……と、あれはなんだ?」


 斜路のちょうど中間、フナ=バシから一番離れた場所を歩いている時に、センゴクは遠くにドールが単体で立っているのを見つけた。

 斜路の警備隊だったら単独ということは無いだろうし、荒野に出て行く探索戦士隊ならなおさら多くの車両を随伴しているはずだ。

 そして不思議な事に、そのドールは突然その場で姿を消した。かと思ったらすぐにまたその場にあった。


 センゴクは目をこすり、幻覚では無いかと疑うが、その彼の目に、また消えて現れるドールの姿が映る。


「奇妙なドール……心当たりがあるな」


 センゴクはそれまでとは違ってやや小走りで下り坂を進む。まあ、所詮はドワーフの短い足だったのでそんなに速くはなかったが。

 直接その場に向かおうと足を向けかけたが、いや、と思い直してオーストラリアに向かう。昨日鹵獲した元モドキのピックアップトラックを見つけると、運転席に乗り込む。


「やっぱりドワーフには車が必要だな」


 座席を調整しながらセンゴクはそう独りごちる。むしろ本隊に合流した後もこの車両ぐらいは持っていっても良いかもしれない。ヤマダとディードは両方良い車両だが、もう少し小回りのきく車両があってもいいだろう。

 センゴクはこのトラックの整備、改造をあれこれ思案しながらエンジンをかけ、荒野を走り出す。



 ********



 フナ=バシの方から車が走ってくるのを見、警戒したがその車両に見覚えがあるのを思いだしてタマサブロウは警戒を解いた。

 手を振ると、運転席脇から短く太い手が見えたので間違いないだろう。

 やがて近くに停車すると、そこからセンゴクが降りてくる。


「車を持ってきてくれたのか、おやっさん」

「俺が徒歩でこんな距離歩いてこれると思うか?」

「そりゃそうだ……で、ちょっとおやっさんの意見も聞きたいんだが……」


 タマサブロウは視線をドールの方に向ける。


「ああ、降りてくる途中に見えたが、ありゃ何だ? 消えるってことはあの坊主の能力かなんかだろう?」

「そうか、遺跡ですでに知っていたか……なんでも、庭、だっけかな……そっちにあのドールを置いておくことが出来たらしい」

「庭っていうのはあの坊主が消えてる最中にいる場所だっけか……そんなに広いんだな」


 あの遺跡の倉庫でエディが能力を明かしたときのことを思い出す。


「外だとあんまり意味はなさそうだがな……基本ドールは『そこにいる』ことが役割の一つだから……」

「いや、タマよ、野生動物はそうだろうが、賊相手だと意表を突けるかもしれん」

「そうか……それもあったな」


 第三探索隊がこれから行くのは、基本無法地帯だ。どころか無人地帯、のはずだ。Gdで一切合切が吹き飛ばされた場所で人が生きていられるはずがない。

 だが、それから80年。野生の危険生物やブライトサイドなどの難があっても、そこに誰も立ち入っていない訳ではないだろう。

 中には集落を築いている者もいるかもしれない。そもそも、彼ら自身の目的も自治区の移住先を見つけることなのだから、他の者が同じ考えに至っていないはずがない。


 二人が話していると、ドールを駐機姿勢にして胸のハッチからエディが降りてきた。


「おう、なんかすごいな。だが、あんなひょいひょい見せて大丈夫か? 斜路から見えてたぞ」


 エディはちょっと考えて答える。


「多分問題無い。あれみてみろよ」


 そう言ってドールの開いたハッチを指さす。

 そこには開いたハッチの向こうに、操縦席が――無い。

 操縦席があるはずのスペースにはかつて背中に背負っていた『箱』が中央に鎮座して、人の入るスペースがあるようには思えなかった。


「あれって元の座席とか操縦桿とかどうなってるんだ?」

「無くなってるな。だから、単に元操縦席のスペースにはあの箱があるだけだよ。だから普通に盗もうとしても動かせないはずだ。それに……」


 言うとエディはドールに手のひらをかざす。するとドールは跡形も無くそのばから消え去った。


「……こうしてしまえば誰も手出し出来ないからな」

「お前さん以外には……ってことだな。どうやってるんだ?」

「それなんだけど……」


 エディは順を追って説明した。


 まず、彼は単独で庭へと移動し、昨日あの箱と同じ位置にあった石碑を探した。すると、やはり思った通りの場所に石碑が存在した。当然上空なので触るのが難しい。そこで彼は、ドールを操作して寝かせ、もう一度庭へ移動してみた。


 今度は近くで確認することが出来た。横倒しになったその石碑は、表の世界での歯車を内包した箱ではなく、同じくらいのサイズだったが中身も何もない石の塊だった。表面にはただ樹の線画が彫り込まれているだけだった。


――生命の樹……ではなさそうだ


 過去の男、からのささやきとともに、その周辺の知識が頭の中に浮かび上がってきたエディは、それを咀嚼して同意する。

 生命の樹、というのは人体の構造を模式的に現した古代ユダヤ、カバラ由来の伝承だ。10の球体とそれを繋ぐ道それぞれに働きがあり、魔術的に意味がある、とされている。

 だが、目の前にあるのは球体などないただの樹の図案だ。


――もともと10個の球体、と言うだけだったら扶桑かもしれないしな


 昔の、第一紀ではそんな知識が一般的だったのだろうか? エディはちょっと不思議に思うが、それに対する答えは無い。

 扶桑というのは海に生えた巨大な樹で、10の光る実がついていて、そのうち1つが海上にあって太陽として知られており、残りの9つの実は海中にあるというようなものだ。

 だが、この樹には実は一つも付いていないように見える。


――となるとユグドラシル、世界樹か?


 世界樹は多くの世界を繋ぐ巨大なもので、その伝承上の世界も10に近い数があったはずだ。

 ただ、目の前の図案にはそれらしいものは無く、何の変哲も無い大樹にしか見えない。


「わからないな……」


 考えを放棄して、エディが目の前の石碑に手を伸ばし、触れる。


「っ……」


 突然石碑が光輝いたかと思うと、その根元から何かが浮かび上がる。淡く白い光をまとっていたそれは中で静止し、エディの目の前で静止した。



 ********



「……んで、動く様子が無いんでそれを触ったらこうなった」


 と言って、エディが手のひらを上に向けて広げると、そこに光が収束し、一つの塊が現れる。

 それは存在としては知っているし、センゴクが扱うこともある部品だった。ただ、こんな巨大な物ではないのだが……


「歯車か……」


 自ら発光し宙に浮かぶ直径10cmを超える歯車、それは間違いなくあのプロト・ドール背面の箱との関係をうかがわせる。


「これが歯車になって、気がついたら庭からこっちに戻っていたんだ」

「外の私たちからしたら、入れ替わりでこのドールが消えた事の方がびっくりだったんだけどね」


 アデルが口を挟む。エディがそれに続けて話を進める。


「びっくりしたのは他にもあって、今まで庭から何かを持ち出せたことなんて無かったんだ。だけど石碑から出てきたこの歯車はこっちにあるし、勝手に消えるし、あと俺以外触れないみたい」

「どれどれ……本当だな。何の感触もねえ」

「で、俺が触ると……」


 と、エディがその歯車を掴むと、突然彼の目の前の中空に多数の歯車が噛み合った謎の装置が現出する。


「……噛み合っているように見えて……ここ、ほら空白があるだろ?」

「確かに……それにこの大きさは……」


 その空白と、エディが持つ歯車を見比べ、センゴクは理解する。


「……こうして、この歯車を差し込んで……」


 歯車に手を付けたまま、それをぐっと時計回りに回す。

 たちまち、それまで止まっていた多数の歯車が回り出す。だが、その様子がおかしい。ある歯車は高速で回転し、別の歯車は止まったままだ。さらに不規則に回転方向を変えている歯車もあれば、断続的に一定角度回る歯車もある。

 もちろんセンゴクも知っている。機械式時計の中身など、見るからに複雑な動きをするものだ。だけど、ちょっとこれはそのレベルではない。

 歯車を制御している奥の機構がどれほど複雑怪奇なのだろうか……


「ちょっとこれは、俺に整備しろって言われても無理な領域だな……」

「おやっさんでも無理なのか? FOOLで右に出る者はいねえって自分でも言ってたじゃねえか」

「俺がわかるの魔術とかそういうのが絡んでない機械だけだ。これに比べたら最新のサイ・ドールの方がましかも知れねえぞ」


 サイ・ドールは比較的新しいドールだ。まだ最初の機種が出てから200年は経っていない。人類の悲願である、プロトの不思議な機構も、異世界由来の魔術機構も排除した、純粋な科学技術による巨大人型兵器だ。

 普通に考えれば、全高8mの巨大ロボットを動かすのは難しい。特にその重量が問題になる。科学の力だけでそれを実現するには、重力制御が藤樹するのを待たなくてはならなかった。またそれに派生する重力制御型の低温核融合技術なしには必要な動力を得ることも難しかった。


 彼らが話しているうちに、その機構の周りにドールの巨体が形成されていく。すでに何度か見た光景であったが、間近で見るとやはり意味不明で、神秘的なものだった。

 やがて、ドールが形成されると、エディが消える。

 しばらくして、頭上からドールのスピーカーを通して彼の声が聞こえる。


『こんな感じだな』

「どうやって乗り込んだ?」

『向こうに……庭に石碑までの階段が出来てんだよ。どうも、俺の物になったからそういうのも追加されたみたいでな』

「なんとも都合が良い……いや、使えないようじゃ問題だからその辺は考慮されているのか……」

『よいしょっと……』


 ふたたびドールを膝立ちの駐機姿勢に戻すエディ。ハッチを開け、降りてくる。


「降りるのは相変わらずだけどな……いちいち面倒だ」

「それは贅沢だろう。それに、降りてくるときは戦闘が終わっているんだし、別に時間がかかってもいいだろう?」

「なるほどな……そうかもしれない」


 エディは納得したように手を叩いた。

 

 

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