017_ブラジルへの帰還
センゴクの助けも借り、エディ達はドールの検証を行った。とはいえ、機体自身は自己修復機能があるため、整備の必要がなく、コンディションは最良だった。
「そう言えば、これって動力はどうなってるんだ?」
「ああ、例の箱から供給されているらしい。だから無限動力だとも言えるんだが、なにせ出力が低くて動きが鈍かったんだ。だから初期のファン・ドールはまず動力の外付けから始めたって話を俺は聞いたことがある」
「そうか……じゃあコイツには関係ないのかな?」
四足歩行のブライトサイドに、追いつけはしなかったものの食らいついて行くぐらいの速度が出るのだ。
「中で表示されたのを見ると、基本駆動モードと、仮駆動モード、真駆動モードみたいなのがあるみたいで、普通に使うと基本駆動モードらしいんだよな」
「そこがわからねえな。確か同型が300台ぐらいはあったはずで、そのどれ一つとして動きが違うってのは聞いた事がねえんだよな……いや、むしろ隠されたんだろうか……」
センゴクは考える。
仮にその300台のうちに特別強力なものが混じっていたとして、昨日ぐらいの動きが出来るのなら、それは隠匿され、どこかの勢力が隠し持っているだろう。
今ここにあるものがそれ、という事は考えにくい。
こんな僻地に、錆びて崩れ落ちる寸前のような状態で保管されていたのが、どこかの勢力の秘密兵器とは考えにくい。
(だとすると……特別なのは機体じゃなくて、エディ本人……か?)
特別であることに間違いは無い。彼が『庭』と呼ぶ別空間への退避能力。そのような能力の事は見たことも聞いた事も無い。かろうじて帝国人の達人が使えるテレポートの魔術であれば似たような事ができるかもしれないが、エディは帝国人では無いし魔術の達人でもない。
「なあ……センゴクさんよ。それで中でどうなったんだ?」
「あ、ああ……それなんだがな……」
エディに促されて、センゴクはフナ=バシで親戚と会い、金を手に入れて隊への連絡をつけたことを説明する。
「ああ……そうか、おやっさんだとテントはつらいな。金はかかるがオーストラリアにも寝台付きの部屋はあるぞ。後で話をしておこう」
「悪いな……俺だけ」
「なに、借金は元々おやっさんのものだから気にするほうがおかしい。それで……問題なのはやっぱりあの子らの安全だな。放り出すのは大人として気が引けるし、連れて行くのはありえねえ」
「そうなるよな……」
エディ、アデルも交えた話し合いの結果、いつでも逃げられるエディが元のねぐらの様子を見に行くこと、タマサブロウが探索戦士協会や探索戦士が集まる酒場で情報収集をする、ということになった。
身を守るすべがないアデルと、機動力が無いセンゴクはオーストラリアで他の子供達と一緒に待機ということになる。
「エディ、気をつけてね」
「ああ、せいぜい気をつけるよ」
アデルに手を振り、エディは単身フナ=バシに足を進める。
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フナ=バシ住民にとって、斜路を昇降する機会は少ない。どころか、4層以上の住民は3層デス=リバーすら一度も踏まずに一生を終える事すら珍しく無い。
それでもフナ=バシの4層以上は広大で、外に出ずとも生活し、仕事をし、休息し、娯楽を楽しむのに不自由は無いのだ。
考えてみてほしい、層間30mだからギリギリ10階建てのビルが建てられる高さだ。10階建てビルが建ち並ぶ500m四方の市街が10層存在する。もちろん中には低層区画もあるし、農業(とはいえ農作物工場だが)に使う分を除外しても十分な人口を生活させるスペースはあるのだ。
そしてそのような生活の場は地上から最低120mは離れており、危険な生物や荒野の砂塵、害虫害獣とは無縁の、まさに天上の楽園というわけなのだ。
(まあ、そのせいで下が割を食ってるわけだがな……)
エディ自身はスラムで生活することに鬱屈したものは元々持ち合わせていなかった。だが、かつての旧世界を懐かしむ内面からささやかれる言葉を聞くうちに、スラムの若者が等しく持ち合わせている上昇志向がかき立てられるのを感じていた。
だからこそ、他のスラム孤児と行動せず、正規探索戦士への近道だと考えられる買い取り所の仕事をこなしていたのだ。
出来るならば、どこかのチームに見習いとして入り、荒野に出て行きたかったが、彼の小柄な、小柄すぎる体格が問題になった。
そのことに悔し涙を流しながら、彼は次善の策として、遺物や資材、巨大生物の素材などを目にすることが多い買い取り所での仕事を続けていた。
「結局、フナ=バシでの成り上がりは無理そうだよなあ……今の状況だと」
もう少し成長して体が大きくなる、あるいは買い取り所で知り合いを増やしてその伝手で探索戦士見習いとして荒野に出る、という人生プランは中断しなければならない。ただ、自分専用のドールなどという望外のものが手に入り、しかも外への伝手が出来たのだからかえって良かったのだろう。
探索戦士の登録はしばらく出来なさそうだが、それは実力が付けば問題無いだろう。いずれ、独立した探索戦士として一団を率いて遺跡攻略に走り回る将来の夢は、前より近くに感じられるようになった。
買い取り所の前を通り、顔見知りの職員に挨拶して、ちょっとしばらく忙しくて仕事には入れないと告げ、何気ない様子でスラムの子供誘拐について聞いてみる。
「ああ、お前は無事だったんだな……まあしっかりしているからそうなんだろうが、結構騒ぎになってるぜ。普段対立している孤児グループ同士が集まって話し合っているって話も聞いている」
「そうか……ジルやシルトがどうしているとかはわかりますか?」
ジルがエディのグループのまとめ役、シルトはアデルのグループの代表者だ。両方孤児の中では年長の15歳前後で、当然探索戦士として成り上がるべく見習いとして入れるチームを探している。そのため、買い取り所の職員に名前を出しても通用する。
「ああ、アイツらもその話し合いに参加しているぞ、というかそのことを教えてくれたのがシルトだったからな」
「へえ……」
(まだどっちとも言えねえな……)
エディが知りたかったのは、孤児グループのまとめ役である彼らが今回の誘拐に関わっているのかどうかだ。グループ全員では無く、年少の一部だけ攫われている時点でかなり怪しいのだが、『山』の顔役などとは違い、ジルは美味く孤児達をまとめており、信頼を得ていたので、黒と言い切るのも難しい。
(直接会うしかねえか……)
エディは気が重い。知人が裏切ったかもしれない。そしてその知人に事実を確かめに行くのは進んでやりたいことでも無いだろう。
見慣れた道を歩く。
相変わらず小さい子供が道でゴミあさりをしており、あるいは水を運んでいる大人、何やら刃物を吊るして偉そうに道の真ん中を歩く犯罪組織の構成員だか探索戦士モドキなのかわからない男達……
いつもと変わらないスラムの中を、エディは進んでいく。
不潔さは水が潤沢とは言えないフナ=バシなら仕方が無い。やや乾燥地帯なので、者が腐ったり嫌な臭いがすることは多くないし、配給があるために食糧の問題は余り起きていないのは、まだ恵まれている方だろう。
外の出身の者に聞くと、食糧も水も尽きて集落自体が消滅することも珍しく無いらしい。
さほど高温でも極度の乾燥でも無いこの辺りで、見渡す限り荒野というのはどういう理屈なのだろう? 雨も適度に降っているのを知っているし、もう少し緑豊かでも良い物だが……などと考えごとをしながら歩いていると、エディの知り合いが目に入った。
慌てて体を隠す。
「どうする? ネビルのところにも声をかけるか?」
「そうだな……うちとシルトのところじゃすぐに人数不足だろう。出来ればあと2つ……ネビルと、ガイのところも取り込みたいところだ」
「どうせすぐに俺たちは出て行くんだからその辺は適当で良くないか?」
「ばか、出世したOBに目を付けられたら今後の探索戦士としての活動にマイナスじゃ無いか……」
3人は、エディの所属していたグループの年長だ。ジルと違い、あまり下の面倒を見るタイプでは無く、小さい子が邪険にされているのを見たこともあるので印象は悪かった。
「……だけど、残される連中には悪い気がするな……」
「子供を売り飛ばしといていまさらか?」
「おいっ!」
口が滑ったその言葉を、隠れながらエディははっきり聞いてしまう。
思わず飛び出して行きそうな気持ちを抑え……抑えきれず、たまらず『庭』へと逃れる。
「くそっ、あいつら……」
意味も無く庭に生えている草を抜く。
乱暴に抜かれたそれは、土の大きな塊を道連れにして地面から離れる。
手にしたそれを放り投げる。
次にエディは目に付いた池に飛び込む。
荒野で汚れた彼の体、そして水底から巻き上がった泥で、きれいだった水がたちまち濁る。
潜る。
頭の先まで水で冷やされて、だんだん息が苦しくなってくる。
しばらくそのまま我慢し、耐えきれなくなって浮かび上がり、岸へとたどり着いて草地に仰向けに寝転がる。
そこまでして、ようやくエディは少し冷静になる。
全身びしょ濡れだが、庭はいつも適温なので風邪を引く恐れは無いだろう。
「まずは……」
かすれた声でエディは考えを口に出してまとめようとする。
「……誰が関わってるのか、だな。あの三人が確実……ジルはまだわからない。向こうで見た限りは7人連れて行かれて……生き残りは俺含めて2人、か……」
ドン、と音がするほどの勢いで寝転んだまま草地に拳を打ち付ける。
(5人は、死んだ……)
地上脱出時にはいなかったのだから、彼ら年少者が遺跡のどこかで死んでしまったことは間違いない。
(俺が守ってやるべきだった……いや、そんな余裕はなかった……なかったはずだ)
それはもしかすると責任逃れなのでは? という考えが頭に浮かんでくるのを感じ、気分が悪くなる。
「5人の死に俺が責任を感じる必要があるか? どうせすぐこの町を離れるのに? いや、それは……」
(……それは、すぐに出て行くからと子供を差し出したアイツらと一緒じゃないのか?)
良くない思考だ。
エディは、その自覚がある。
もしかすると過去に生きた男の声、というのは呪いの一種なのかもしれない。昨日の死体を持ち帰るかどうかと言う場面でもそれが頭を出した。
フナ=バシの、ブラジルという場所で孤児として13まで生きていたら、普通はもっと利己的で、冷酷で、事なかれ主義であるべきなのだ。なぜなら、利他的で、情け深く、主張の激しい者から順番で命を失う場所なのだから。
だが、そうしたブラジル流と反するささやきを長年聞いてきたエディは、スラムを生きていく上で些細な違和感が積み上がってきたのだ。
だから、今回のことが無くても近いうちに何らかの方法でフナ=バシを出る事になったのかもしれない。噂に聞くSAGE……は血を引いていないからダメかもしれないが、AURAだって入信すれば門前払いはされないだろう。
問題は、外の世界も同じ理屈で動いている可能性だが、昨日の大人達を観察した限りではFOOLはましなのだろう。
「結局フナ=バシがクソ溜めだってことじゃねえか……」
そこに収束してしまうのだろう。
ともかく、フナ=バシがクソ、と言い切ってしまってエディは少し気持ちを切り替えることができた。
「少なくとも俺は、自分の利益で他人を売ったりしねえ……よし、それはOKだ。で……あうつらのことだが……やっぱり一度ジルと話すか……」
むくっと起き上がり、エディは周りに目をやる。
引き抜いた草地も元通りでどこだったのかわからない。池も濁り一つ無い水面が見える。そして……頭上を見上げるとさっきまで荒野で出し入れしていたドールの巨体が、地面に影を落としていた。
赤銅色をベースに、所々に金や銀のラインが走った機体は、もちろん見た目通り金銀銅で出来ているわけでは無いだろう。錆びて朽ちていた姿からは鉄とも思えるが、今となっては自動修復が働いているから材質は問題では無い。
その巨体を一瞥し、立ち上がったエディはそのまま庭を去った。




