003_遺跡に到着
「おい、おまえら、さっさと出やがれ。ぐずぐずしていたら撃ち殺すぞ!」
薄暗い荷台に光が差し込んで、そのことで空気の汚さが光に舞う塵で見て取れる。
まだ麻酔の影響が残るエディもなんとか身を起こし、声に従って大型のトラックの荷台らしき暗闇から外へ足を踏み出した。
もちろん目的地に着いたのだろう。揺れが収まって、エンジンの振動すら消えたのだから予想はできていた。
「おら、さっさと出ろ」
小突かれながら荷台から降りる。エディの体格だと荷台はちょっと高く、転げ落ちるようにして荒野に降り立つ。
(こっちは手を縛られてるんだぞ、ちょっとは加減しろよ)
足元は頼りないボロ靴だが、無いよりはましだ。脱げていなくて儲けものだ。足元が怪しい場所で履き物無しでは生き残れない。
ちょっと足踏みして、麻酔薬の影響を確かめる。エディの感覚ではちょっと鈍い感じがするが、動けないほどじゃなさそうだ。
見た感じ、モドキ連中の人数は10人ちょっと。連れてこられた浮浪児が30人ぐらい。下っ端っぽい連中が、順番に子供達の手を縛った縄を外している。
ちょうど、エディの番が来たその時、後ろでさっきの男がひときわ大きなののしり声をあげた。
自由になった手首をさすりながら、エディが振り返って目をやると、荷台の中で起き上がらない影が2・3見える。
強引に連れ出そうと、声の主であるひげ面が荷台に乗り込む。
見ていると、男が影を揺すって、顔を殴り、最後に腹を蹴ってから戻ってくる。
男は傍らにいた仲間に「くたばってやがった。そこらに片付けておけ」と吐き捨てるように言いつける。
スラム孤児の命は軽い。
エディが寝床を置いているグループでも、病気で死んだ子もいれば、さらわれて帰ってこなかった子もいる。
もちろんそのときは皆で悲しむが、それもしょうがない、という認識も共通して持っていた。むしろ、そのことに一番ショックを受けていたのはエディ自身だったぐらいだ。
数日何も食べられず、そこに麻酔を投与されて、長時間車に揺られて連れてこられたのだ。麻酔の効きすぎ、飢え死に、あるいは失神中にどこかに頭を打ち付けたなど、死因はいくつか考えられる。
エディの周囲の子供達でも、元気いっぱいという様子の子はいない。程度の差こそあれ、スラムの子供はいつも腹を減らしているものだ。
エディを含め、その中でも比較的元気な子供は周囲を見回している。
彼らが乗せられていた大型トラックが2台。オフロード車が4台。さすがにドールはいない。もっとも、ドールを持てるようなら探索戦士として正規登録できるだろうからモドキが持っているはずがない。
周囲は緑の少ない荒野だ。茶色い土に、所々低木が散在していて草も生えているようだが、基本的には乾燥地帯だ。高い山、水場、森のようなものは見えず、巨大なフナ=バシの姿も無い。
近くに動くものは見えないが、荒野には危険生物もいれば、生物とは言えない危険な存在も夜には出現する。
フナ=バシが最下層でも地上30mに位置するのには、れっきとした理由があるのだ。
いつの間に移動したのか、トラックから出てきた男が一同の前に立ち、小銃を誇示しながら子供たちに告げる。
「おまえらは仕事をしてもらう」
――仕事? 給料が出てこその仕事だろうが……
内なる声が文句を言うのをスルーしながらエディが数えてみると、ここにいる子供は28人。男女比はわからない、というか見た目でわからないぐらいの幼い子供ばかりが集められているようだ。
間違いなく、実年齢が推定13歳であるエディが最年長だろう――残念ながらエディは同年代に比べて体が小さい。この、推定10歳前後の集団に混じっても違和感がない。
自分では不十分な栄養状態が原因だと考えていたが、最近どうも違うらしいとエディは気づいていた。
遺伝か体質か何かの要因もあるらしい。孤児仲間と比べても、彼の身長や体格は貧相なものだったのだ。
遺伝、とはいえ父は背が高かったがエディに母の記憶は無い。小さいときに出て行ったのか死に別れたのか……結局エディは父が生きているうちにそのことを確かめる機会は無かった。
「エディ」
横から声をかけられて気づく。見ると目線は同じぐらい。色の薄い灰色の髪は短めに刈り込まれていて、一見男の子のように見える。初めて見る顔だが、その声には覚えがある。
「アデルか……」
「一応、近くにいましょう」
その声は震えている。自分たちの運命を改めて思い知ったのだ。もちろんスラムの孤児だから、彼女も命の軽さは知っているだろうが、それが納得できるかどうかは別の話だ。
一度さらった子供をバカ正直に帰すモドキなどはいない。彼らの役に立つ立たないにかかわらず、フナ=バシに戻る見込みは今のところない。
「大丈夫か?」
「……ん、うん、なんとか……まだ何か方法があるかもしれない。思いつかないけど……」
「それは俺も同じだ……なんか思いついたらいつでも言ってくれ」
エディとしては少女の容姿についてさしたる感想はない。整った顔立ちなのは確かだが、美人云々を議論するには幼すぎるように見える。
それはそれとして、今、必死に恐怖に立ち向かおうとするアデルの姿に、エディは一種の美を感じたことは確かだった。
ババババッ――連射音がする。子供達の悲鳴が聞こえ、エディを含め数人はとっさにしゃがんで身を守ろうとする。
「逃げようとしたら撃つ、おとなしく従え」
「逃げて帰れる訳もねえがな……」
「違いねえ、はははっ」
何がおかしかったのか、連中が一斉に笑う。笑い声が風に流れていくが、当然その声に子供達のものは混じっていない。『モドキ』いや、誘拐犯は見えているだけで12人。そして全員が小銃を持っている。
「やだー」「帰してよ」といった声が子供達から聞こえる。だが、当然それに対して男達のとった行動は銃口を向け、怒鳴ることだった。
「やかましい、この場で殺されてえか! ともかく、おめえらはこん中に入れ。後は……死ぬときにはせいぜい大声を上げろよ」
その怒鳴り声に、我慢できなかったのか一人の少年が飛び出す。
「このモドキ共が……」
勇気? いや蛮勇だろう。それまでうつむいていた、孤児の中で比較的体格の良い一人が、手近な男に組みかかり、銃を奪おうとする。
だが、もみ合っているうちに、背後から近づいた別の男が彼を引き剥がし、放り投げる。あとは数人で銃を撃つ。勇敢な少年は抵抗できず、ズタボロの死体へと姿を変える。
悲鳴が上がったのは彼の知り合いだったのだろうか、その場にしゃがみ込んで顔を押さえ、周囲の子に支えられている。
「うるせえ、自業自得だ。逆らうんじゃねえぞ」
スラムの孤児と、モドキとはいえ普段から武器を扱っている大人の差はこんなものだ。3人、いや4人はいないと1人に対抗することも出来ない。銃抜きであれば2人いればなんとかなるかもしれないが、モドキ達は全員銃を持っている。
子供達はおびえきっている。そりゃそうだろう、せいぜい10歳ぐらいで、まだまだ年長に守られている年頃だ。いくらスラムで生きてきたとはいえこういう相手には慣れていない。フナ=バシの中で発砲したら普通は自警団か敵対勢力が出てくる。
団結し、連携し、そして逃げる。それがスラムでの子供の戦術で、フナ=バシでは有効だったが、この場では不可能だ。
先にモドキが言った「こん中」――見ると、地面に大穴が開いている。
自然に空いた穴では無く、人工物であることがわかるように四角形をしていて、開け放たれた鉄製の扉が脇に放り出されている。
(いや、良く見つけたものだな、こんなの……)
エディはそう思う。
遺跡、というからには当然過去のもので、こんな真っ平らの入り口には土や砂が積もっていたはずだ。特徴ある地形ならともかく、単なる平らの荒野の土を掘って見つけたのはものすごい幸運だろう。
あるいは事前に何らかの情報を得ていたか?
ともかく、その入り口はよく見ると階段らしきものが続いている。
地下施設――そういうのがあるのだとは知識としてはエディも知識として知っている。
この真っ暗な階段を下りていくのは、自分で墓穴を下りていくのと変わらない。
そんなことは十分わかっている。
だけど、ここでグズグズすると、また犠牲者が出かねない。
エディはアデルの手を握ると、さっさと先頭で階段を降り始める。
ふと立ち止まって、入り口脇のモドキに問いかける。
「ライトとかは?」
「そんなものはねえ。あと、中には照明がある」
「そうかよ」
ならばなるべく先を急ぐべきだろう。
遺跡に潜んでいるのはモドキたちが自分で進むことを断念した何か、後ろから迫るのはそのモドキ達の銃口。
どっちも危険なら進む方がましで、そこで何か見つけられれば状況が変わるかもしれない。エディの判断としてはそんなところだった。
カン、カン、カン……
「金属の階段?」
エディが足元に砂や泥を足ではらうと、確かにそこに光の反射が見える。
「……ということは、PLAIS側の施設なのか?」
「ぷれいす?」
アデルはエディと並んで階段を降りながら聞いてくる。そこで、すぐ背後から予期しない声が割り込む。
「それっぽいですね」
「誰だ!」
「おっと、仲間じゃないですか。仲良くいきましょう」
振り向くと、二人の後ろにぴったりと付いてきたのは、小さな少年だった。
エディは13歳にしては小柄で、アデルはエディと同じぐらい。それに比べてこの少年はさらに体が小さい。
エディのグループの子で言うならば8~9歳ぐらいだろう。
エディが見上げると、この少年以外もぞろぞろと付いて階段を下りてきているが、先頭を進むエディ達とは距離をとっている。
「仲間に入れてほしいのか?」
「ええ、出来ればお願いします。見た感じ一番可能性が高そうです」
エディはアデルに目で確認すると、少年に向かって告げる。
「まず騒ぐな、ちょろちょろ動くな、後は自己責任で余裕があったら助け合う。これが守れるなら仲良くしてもいい」
ぶっきらぼうな言葉に、少年は一瞬面食らった様子だったが、すぐに手を差し出してきた。握手のつもりらしいが、階段では足場が悪い。バランスを崩しかけた少年を、しょうがないのでエディは支えて落下を防いでやる。
「ありがとうございます。ヤオと言います。よろしくお願いします。それに僕の方が遺跡には詳しいですよ。もっと小さい時から遊び場でしたから……」
「遊び場? とりあえず進みながら話を聞こう……と」
いつの間にか階段が終わっていた。
すでに地上の光はほとんど届かなくなっていて、あたりはうすぼんやりと発光する壁の緑色の照明頼りになっている。
前に続く通路はしばらく行くと明るい部屋に続いているようだ。
通路を歩きながらその少年の話を聞く。
彼の名はヤオ。そして、彼の父タオは正規の探索戦士グループを率いていたそうだ。時には安全が確認された遺跡にヤオを連れて行くこともあり、遺跡の内部に入ったこともあるらしい。
不運にもそのグループは未踏の遺跡探索で全滅し、残された彼はデス=リバーの住居を追われ、スラム街に流れ着いた。
両親(母も父と同じグループの探索戦士だった)を奪った遺跡に対して思うところもあるが、とりあえずは自分も探索戦士を目指しているのだそうだ。
「結局それ以外の成功なんてありませんしね。それに、遺跡の知識は十分な武器になると思っています」
「それは頼もしいな」
通路の先は大きな部屋、見た感じではロビーといったところだろうか。受付らしき場所や、待合らしきテーブルや椅子が存在する。
ここは白い照明がまだ無事で、部屋の中の様子がよくわかる。
壁は所々ひび割れ、崩れてがれきが散乱している場所がある。だが、全体としてはそこが施設のロビーであることは見て取れる程度には原型を保っているようだ。
「見た感じ、そんなに崩れてはいないな」
「そうですね。大崩壊で放棄された場所でしょう」
「ぐれいと?」
アデルはこれも初耳のようだ。
スラムの子供は、基本的にその日を生きることに精一杯で、歴史を知らないのは仕方が無い。
だが、エディもヤオも、それぞれ事情は違うがその辺りの知識を持っている。
「それはですねえ……」
ヤオが説明を始めようとしたとき、後ろから大声が飛んでくる。
「おら、ガキ共、聞きやがれ――」




