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002_小さな同盟

 発端は、フナ=バシの町中にドールが出現する数日前のことだ。


 エディの意識が浮かび上がったとき、最初に気づいたのはその振動だった。

 

 ――これは、荒野か? それに……自動車だな


 どうやら移動中のようだ。進む道の荒さを示すように、ガタン、ガタンと大きな揺れで体が持ち上がってしまう。固い床に転がされている彼の体が……だ。


「ここは……?」


 乾いた喉から出るかすれた声は、周囲には届いていない。届いていたとしても誰も反応はしなかっただろうが……

 

 車が揺れると、ぎっしり詰められた荷物に当たるのがわかる。なお、他の荷物は彼と同じ程度柔らかく、同じ程度の温もりを持っていた。

 後ろ手に縛られて転がされている上に、なぜか力が入らない。


(ヤバい、動けない……)


動かせるのは眼球だけだ。なんとか視線を巡らせて見ると周囲の荷物は予想通り、エディ自身と同じ子供だった。

 

「……気がついたの?」


 その声はエディの背中側から聞こえる。横向きに転がされた状態なので、声の主は確認出来なかったが、少女の声だった。エディは、つばを飲み込んで調子の戻った声で背中越しに話し始める。


「……君は……?」

「アデルよ」

「僕は……」

「知ってる。エディ。よく必死に道を走ってるのを見る」

「ああ、あれは……」

「いつも逃げ切ってるよね? すごく逃げ足速いんだってみんな噂してるよ」


 エディの名誉のために補足すると、盗みで追いかけられていたのではない。スラムに住む孤児の中では珍しく、彼はまっとうに労働で日々の糧を得られている上澄み孤児なのだ。

 大抵の孤児は最低限の配給食を、それも盗られないように配給所の側で飲み込むのが常で、捕まえても得られる者は無い。

 だからこそ、スラムのチビが働いて給料を貰っている姿は目立つ。悪目立ちする。そこらのチンピラに狙われることがしょっちゅうだった。

 

 何度か逃げるのに失敗して周りを囲まれ、稼ぎを奪われるついでに何発か殴られる事も経験した。なんとかしようと考え、エディが見つけた最善策は声をかけられる前に逃げ出す事だった。

 これは有効で、捕まることはずいぶん減った。加えて、あるときに自覚した自分の『能力』を使う事を覚えて以降は一度も捕まっていない。

 

「……だけど、今回は逃げられなかったみたいだなあ……」

「しょうがないわよ。麻酔薬使われてたみたいだし……」

「やっぱりそうか……って、何で麻酔薬ってわかるんだ?」

「私には効きが悪かったのか、薬を使われても意識だけはあったのよ。体には力が入らなかったから意味なかったけど……」

「薬はどんな状況で?」

「寝床にガスを流し込まれたのよ。意識を失ったみんなを男達が担ぎ上げてここに放り込まれたわ」


 思い出してみると、エディも寝床にいたはずだ。

 誰が来ても逃げ切る自信があるエディだが、睡眠中は無理だ。当然注意して警戒しているし、コンテナの奥まったところに寝床を作ってある……となると……

 

 ――誰かに裏切られたか?

 

 怪しいのはガルボのおっさんだ。奴は元探索戦士らしいが怪我で引退し、今ではスラムの『山』の顔役で働きもせず収入を得ている。

 山、というのは2~30個の輸送コンテナを積み上げた塊のことで、スラムにはそういう塊が何十と存在して貧民を収容している。全体的に無法な最下層だが、山の内部に手出しをしないのは最低限のコンセンサスがあるはずだ。誰かの手引きが無い限り寝込みを襲われることはない。

 戻れたら絶対に突き止めて誰であろうと身ぐるみ剥いでやる、とエディは心に誓った。それはそうとして……


「アデルは……多分初めて話すと思うけど、近所じゃ無いよね?」

「そう、シルトのグループにいる」

「ああ、あの人のところか……」


 浮浪児は生きていくためにまとまって寝床を確保する。大体が10人ぐらいでグループを作っており、エディのグループはジルという少年を中心にしていて、近くで固まって暮らしている。

 日中の活動――廃品回収や水くみ、ちょっとした対価を得るための大人の手伝いなどでもそのグループで動くことが多いが、エディは昼間は単独活動をしている。

 それでも、グループのために稼いだ金や手に入れた物資の一部を提供しているので評判は悪くない。夜のグループ内の会合でも、しっかり大人に交じって仕事をしているエディの話は年少の子らに人気で、いつも話をせがまれるほどだ。

 

 シルトというのは3つぐらい離れたコンテナ山にあるグループのリーダーだが、個人的に親しいらしく、ジルを訪ねてくることも多かった。

 

 とすると、エディとアデルがいるこの場は、複数の山の浮浪児を、手当たり次第に集めたものだとわかる。

 大規模な浮浪児の誘拐、ガタガタした道、そして乾いた匂い……つまり……

 

「やっぱり遺跡かな……」

「そうね。これだけ集めたなら、近場で相当に規模が大きい……それに『未踏』よね」

「はあ、最悪……だな」


 エディにも……そしてアデルにも、誰が誘拐したかなんてわかりきっている。『モドキ』の連中だ。

 荒野から資源や遺物を持って帰る仕事を探索戦士と言い、スラムの住人にとって唯一の成り上がり手段だ。

 

 多層都市フナ=バシは、巨大な吹きさらしのプラットフォームが縦に13層積み重なった巨大な都市だ。

 その中で下から3層分、すなわちブラジル、スズキ、デス=リバーは最下層と呼ばれ、上の層とは簡単に行き来できず、基本的には無法地帯だ。

 力こそ全てで、力のないものは徒党を組んで他勢力と争っている。その争いから弾かれるのは絶対的な強者か、取るに足らない孤児だけだ。最下層の絶対的な強者とは、すなわち正規に組合登録をした探索戦士だ。


 地上を仕事場とする必要から最下層、とはいえ比較的環境の良いデス=リバーに住む探索戦士の家は外観も立派だ。家の中の設備は上層のものと同等と言われており、成り上がってそこで暮らすのが、わかりやすいスラム孤児の夢だった。

 

 当然目指す者は多いが、実際に組合登録までたどり着けるのは一握りだ。

 それ以外の、未登録で地上に降りて探索戦士のまねごとをする彼らのことを指して、『見習い』だとか『モドキ』だとかスラムの人々は呼んでいる。

 

 最初から組合に入れるわけじゃないから、誰でも最初は未登録だ。

 そんな中でも、まともに向上心を持ってやっているのを『見習い』と呼び、いい加減なのや半ば犯罪者なのを『モドキ』と呼ぶ傾向はあるが、本質的には同じ探索戦士予備軍に過ぎない。


 『モドキ』の手法の一つに孤児を対象にした人さらいがある。

 スラムに孤児などいくらでもいる。さらわれた彼らは、荒野の敵の前でおとりにされたり、危険な遺跡に放流されて罠や敵に殺されたりする。そのスキを付いて、モドキ達は安全に敵を倒したり、遺跡の資源をかすめ取る。

 運よく生き残っても、面倒な孤児達はその場で始末されてしまう。実際、スラムの子が突然姿を消すことがあるが、ほとんどがモドキにさらわれた結果だ。

 そして今日、エディ達の番が来たということだろう。


 だが、例え望みは薄くともエディは生還の望みを捨てていない。

 

「ところで……ずっと意識はあったのか?」

「一応……うん、えっと……多分エディが確かめたいのは移動時間だと思うけど、1時間は経ってるかな」

「それが聞きたかった……ってことはちょっと歩いて帰るのは無理か」


 アデルが先回りして答えてくれた。

 エディはちょっと試したのだ。生還への道筋を彼女がどれぐらい想像出来ているか、ということを。


 普通に考えれば、モドキ達をやっつけて車を奪う、なんて言うのは不可能だ。体格差もあるだろうし、さっきから時々聞こえてくる銃声からして、皆武装している。

 となると、隙を見て隠れ、逃げ延びるぐらいしか手は無い。だが、それもこの距離では難しい。荒野で1時間、まだ到着していないから少なく見積もっても30km近くはあるだろう。

 

 荒野は危険が多い。変異した地球由来の野生生物、異世界由来の魔獣、さらには『ブライトサイド』……

 車両の速度で逃げるので無ければ安全に移動することなど不可能だった。


(俺だけなら……いや、それでも難しいか。食料が足りないし、迷ったらそこで終わりだ)


 確かにエディの奥の手をもってすればモドキからは逃げられる。だが、そこからフナ=バシにたどり着く道筋が想像出来ない。

 

 ババババッ――まただ。時折銃を連射する音が聞こえている。この車からでは無いようで、このモドキは車列を組んで移動しているらしい。

 荒野の移動は例え車列を組んでいても絶対安全では無い。時々このように銃で威嚇しないと危険な存在に囲まれてしまう。


 ――享年13歳か……短すぎるよな……


 そういう心の声が湧き上がってくるが、実のところエディは自分の正確な年齢を知らない。感覚としては13歳は妥当なところだろう。

 母親は物心ついたときにはいなかった。父親は、やはり『モドキ』の一人だったが、5年前に荒野から帰らなかった。それ以降、エディは近所の知り合いを頼って、孤児のコミュニティに仲間入りさせてもらって生きている。


「……ねえ、とりあえず向こうで組まない?」

「組む? それはどういうこと?」


 一応問い返す返事になったが、実はエディとしても仲間を募ることを考えていた。

 様々な事情から、彼はフナ=バシではなるべく一人で行動していた。だけど、この非常時であれば、生存のために少数の仲間を集めるのは悪くない。


「多分この人数だから、多分遺跡探索よね」

「そうだね……逃げるのは無理そうだから、そうなるとまずは遺跡探索で生き残ることが第一歩だ」

「じゃあ生き残る為に協力したい。もちろんできる範囲で……お互いに見捨てることになっても恨みっこ無し、ってことで」

「わかった。こっちとしてもそのつもりだ。最優先は自分の生存、余裕があればお互いに助け合うってことで」


 薬で眠らされ、さらわれてた先のトラックの荷台で、今ひとつの同盟が結ばれた。お互い、寄りかかったら相手が潰れるほど頼りない子供同士ではあったが、少しでも生存確率を上げるため手を取り合ったことは、意外にも大きなうねりとなってしまう。

 これから長い付き合いとなる二人にとって、この場の約束が始まりであったことは、決して忘れることが出来ない思い出となったのだった。

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