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001_プロローグ ――巨人が降りた日――

 荒野に孤立して存在する重層都市フナ=バシ。

 各層縦横500mの吹きさらしのフロアが、30mの間隔を空け、縦に13層重なっている巨大な姿は圧倒的な存在感を持ってそこにある。


 建造から100年以上、各層に乗る建築物が崩壊したことはあれど、柱・フロアの躯体は強靱で、いままで破壊どころか大きな傷を残したことすらない。


 最下層エリアである、ブラジル、スズキ、デス=リバーの三層のうち、一番地上に近いブラジルの治安は最悪だ。


 地上からの危険生物の侵入を想定して、固定建造物を建てるのすら断念したそこにはスラムが広がっており、最底辺の住民は、貨物コンテナを積み上げたものを住処にし、日々不安な生活を送っていた。


 だが、どんな場所にも権力構造は生まれる。

 徒党を組み、武力で周囲を威圧し、その結果組織化してさらなる搾取や犯罪を生業とするグループがブラジルにも複数存在していた。


 そうした犯罪組織の一つ、『オークラ・ギルド』は、ブラジル南東側の一帯を支配している。その本拠地は高く積み上がり、溶接で強化されたコンテナ製のタワーだった。30mというフナ=バシ1フロアの高さの大半を使いきる勢いで積み上がったそれの上層階では幹部がスラムを見下ろして悪巧みをしている。

 一般の構成員は下からそれを見上げ、いつかは自分も成り上がってあそこに上れるようにするのだ、と日々悪事に邁進している。

 巨大な本拠地の周辺は、完全にギルドの統制下にあり、他勢力の構成員や、後ろ盾のない者は道を歩くことすら安全ではない。そのため、道を歩くのは組織の構成員や、その庇護下にある(もちろんタダでは無い)近隣の住民だけのはずだ。


 だが、今ここに一人の少年が姿を見せる。

 どこから移動してきたのか? どういうつもりで?

 少年は見たところ本当に子供に見える。10歳ぐらいだろうか?


「なんだてめえ、どこから来やがった?」

「兄貴、コイツあの逃げ足が速い奴ですよ」

「聞いた事はあるな……確かスラムのガキだったか……」


 すぐに見とがめられ、辺りをうろついていた構成員に絡まれる。

 だが、少年は逃げるでは無くその場に佇んでいる。

 あっという間に近所から構成員が寄ってくる。それと同時にギルドに属しながら、あるいは庇護の元にありながら荒事に不慣れな住人は、現場から離れていく。


 いつものように、望まれない侵入者は袋だたきにすればいいのだが、その様子が余りに堂々としているため、ギルドの構成員達は少し距離を置いて少年と対峙する。

 おもむろに少年が口を開く。その声は年相応で声変わり前の高いものだったが、不思議とそれだけではない落ち着きいた響きを含んでいた。


「ガルボという男がいる。このギルドの構成員だな」

「はあっ? 知らねえよ」


 構成員達の中で一番の兄貴分がいらついた様子で答える。


「だったら、ミシラ、サング、ディラン。お前達の手下だろう?」

「そいつらがどうした?」


 今度は心当たりがあったのか、男は聞き返す。


「ガルボ……スラムのまとめ役だが、そいつの手引きで孤児が攫われ、ミシラ達モドキの遺跡探索の捨て駒にされた。知っているな?」


 もちろん組織の者の多くは事情を知っている。そいつらは最近まれに見るほど多くの遺物を持ち帰り、ギルドにもかなりの利益をもたらしていたからだ。


「それが……どうした?」


 先の言葉と似ている、が、その意味するところはまるで違う。


「つまり、関わりがあると認めるわけだな」

「さあな、狭いブラジルだ。遺物の売り先なんぞ限られている。俺たちじゃ無けりゃ……」

「31人、生き残りは10人。だから俺たちの仲間が21人死んだ……一つ聞くが、お前達が21人誰かに殺されたらどうする?」

「……てめえ、いい気になってしゃべってるが、状況わかってるか?」


 すごんでみせる男に、周囲の構成員達も少年をにらみつける。中には懐に手を入れている者もいる。

 ブラジルでは、というかフナ=バシ最下層の三層では銃はありふれている。そして発砲も日に何度も起きるが、住人はその弾が自分に飛んでこない限りは気にしない。


 少年はそんな彼らを前にして、なおも気にした様子など無いかのように続ける。


「さすがにさ、俺も報復に21人殺すとかはしたくないんだ。仲間に言われてるのもあるし、俺自身としても人殺しは……」

「ふざけるな!」言葉とともに、男達の一人が銃を取り出し引き金を引く。つまりこのガキは俺たちを21人も殺せる、と言っているのだ。ナメられた、という気持ちが強い。


 だが……


「どこだ?」


 少年の姿はその場から霞のように消え去ってしまっていた。

 心臓を打ち抜かれ、血を流して倒れる少年を予想していたその場も誰もが、周囲に目を走らせる。

 あの一瞬で消えたのは、何かのトリックだろうと誰もが思った。ものすごく素早く動く人間の話は聞いたことがあるが、そういうのは体を機械に置き換えた奴か、あるいは……ともかく、スラムで寄せ集まって生きているガキに出来ることではない。


「大丈夫だ。直接殺されそうになったからといって、報復はしない。人の命を背負うような面倒は俺もごめんだからな」


 その声は、上から聞こえた。

 男達が見上げると、周囲の住居代わりに使われているコンテナの上に少年の姿が現れた。


「どうやって……まさか……てめえ、帝国人か!」

「ああ……魔法ってことか? 多分、それともちょっと違うらしいんだがな……まあ、ともかくこちらとしては誰も殺さない。だけど組織は滅ぼさせてもらう。21人の仲間の報復として、だ」


 確かに魔法を使う者は脅威だ。だからといって魔法が銃弾より速いわけではない。組織同士の抗争で魔法使いが出てきたことはあるが、最後は集中砲火で殺すことが出来た。

 だから男達にひるんだ様子はなく、ただ銃口をコンテナの上の少年に向けるだけだった。


「巻き込みは配慮しない。殺しはしないが巻き込まれて死ぬのは俺の責任じゃないからな」


 言って、少年はそのままの体勢で後ずさりし、射線を避ける。


「逃がすな!」「そっちから登れ!」


 男達は少年のいるコンテナ、そして周囲のコンテナの上によじ登ろうとする。


「ぐあっ!」


 直接少年のコンテナに登ろうとした男が、突然ころげ落ちる。肩を押さえており、そこには短いクロスボウの矢が突き立っている。


「他にも仲間がいるぞ!」「探せ!」


 だがその射手は見つけることが出来なかった。それでも、組織の構成員は頭数(あたまかず)がいる。何人かは妨害を気にせず周囲のコンテナに上り、そしてそこで起こっていることを見る。


「なんだあれ?」


 少年の周囲から光が集まっている。

 その光は、少年の目の前の空間に集まり、一つの形を成そうとしていた。


「あれは、噂に聞くファイヤーボールか? いや、それにしては……」


 球形であるならば帝国の魔法使いがよく使うファイヤーボールだろう。だが、その光の集まりは凹凸があった。その凹凸は規則的で、整った形だ。光が形作っているのは――歯車だった。


「はあ……仕方ないとはいえ……」


 少年は右手を前に、その歯車に手を伸ばす。同時に謎めいた言葉を発する


()は力なき者の守護者、力と怒りを諸手(もろて)に持ちて、今この場にて歯車(ルール)を回せ!』


 魔法に詠唱が必要、というのはよく知られた話だ。だから男達もこれは魔法だと考えた。

 だが、男達は知らない。魔法に使うのは帝国語、すなわち異世界語であり、こんな風に現代の地球共通語で唱えられるものではないこと。そして、そもそもこの詠唱が魔法なんかではないことを。

 

 少年は、「回せ」の言葉とともに掴んだ光の歯車を時計回りにひねる。

 すると、歯車の周囲に集まって漂っていた他の光が、上方に移動し、9つに分かれて、やはり同じように光の歯車を形成する。


 誰が気づくだろう? いや、現代では誰も気づかないに違いない。その配置、少年の手元のものを含めた都合10個の歯車の配置は、遙か昔の神秘思想に出てくる『生命の樹』のものであった。

 少年は、成り行きを見守っている敵の男達をよそに、詠唱を完成させる。


「――スプリガン、エンゲージ!」


 言葉とともに、少年は掴んだ光の歯車を押し込む。

 すると、宙に浮かんだそれぞれの歯車の間に光の線が引かれ、やがてそれは小さな光の歯車になる。

 大きな10の歯車と、その間を繋ぐ小さな歯車。果たしてどのようなかみ合わせになっているのか……大きな歯車はそれぞれまちまちな回転を始める。

 ある歯車は高速で時計回りに、別の歯車は反時計回りにゆっくりと、さらに他の歯車はせわしなく回転方向を変え、不規則な動きをしている。


 回転を続ける中、光はより強くなり、そして巨大な人の姿をとる。


「逃げろ!」「これはヤバいぞ!」「ドールが……」「こんな場所で……」


 もちろんまだ『そう』だとは確定していない。だが、そのサイズと形は男達がよく知る最強の暴力の化身であった。

 そして、男達の警戒したとおり、その光は収まり、その下から巨大な金属の塊が現れる。


 ドール――それは、勢力により様々な形があるが、現代最強の戦力であることは疑いようがない。およそ全高8mの巨大な人型兵器。荒野の変異生物や異世界由来の幻想生物に対して人類があらがうことができたのはこの巨大ロボットのおかげだった。

 いくら無法地帯のフナ=バシ最下層とはいえ、町中でドールを動かすような奴はいない。あれはあくまで町の外で動かす物だ。周囲の住民はその巨体を見て逃げ出し、自警団を呼ぶ叫び越えが聞こえてくる。


 いつのまにか、少年の姿は消えていた。だが、もはや男達にとってそんなことは気にしている暇はない。ただ、この暴力の化身から逃げ、フナ=バシに存在する他のドールが対処しに出てくるまで生き延びるのが先決だった。


 今、少年はどこにいるか?

 真新しいコックピットに彼はいる。

 手元には操縦桿やボタンなどがあり、多く出回っているファン・ドールと変わりなく見える。


 少年は目の前の前面に広がるディスプレイを見る。

 外部の風景、おそらくこれが見納めになるフナ=バシのブラジルの風景の脇に、機体からのメッセージが表示される。


〈 Sur-Phantasmal Revolving Gear Network ―― S.P.R.G.N.

  (超幻想回転歯車機構、S.P.R.G.N.)

  All gears have engaged

  (全歯車嵌合済)


「さあ、報復を始めよう」


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