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影華(えいか)の屋敷  作者: 沙波


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帰還

 伯爵家の玄関前にミーガンが着いた時には、すでに他の使用人や屋敷の者が一堂に会し、北の戦地から帰還する、伯爵とリッチ、そして同行した者たちの帰還を待っていた。

 外の気配が騒がしくなり、ゆっくりと玄関扉が開けられるのを見て、ミーガンは恭しく礼をした。

「おかえりなさいませ」

 間もなく姿を現した、次兄のリッチとカンニガム伯爵は二年前に見た時からほとんど変わらないようだった。二人の姿を見る限り、ひどい怪我などもなく無事なのだろうと思われ、ほっと肩を撫で下ろすのだが、そのすぐ後ろから入って来た二人の女を見て、ミーガンは血が凍りつきそうなほど戦慄した。

 一人はアシュリーと同じくらいの年齢と思われ、黒い髪を後ろに流し、頼りなさそうに俯いて歩くのだが、ふとこちらを見た時の敵意に満ちた瞳の強さが印象に残る。その女の後ろを歩くもう一人は、ミーガンと同じくらいの年齢で、母親とは違って堂々としている。その姿はある意味、ミーガンよりも貴族めいて見えた。

二人の顔の印象はどことなく似ているため、親子だろうと思われた。

「旦那様、お帰りなさいませ」

 誰よりも先に伯爵の元に行き、声をかけたのは執事のケナードである。

「変わりないか?」

「はい。変わりありません」

 カンニガム伯爵はその返事に満足そうに頷くと、ミーガンとランディに目配せのように視線をやった後、あの二人の女を自らのもとに引き寄せ、使用人を含めた全員を見回した。

「紹介する。彼女が私の妻になるユーラ。そして、娘のリディアだ」

 誰とは言わないが、息を呑む声がいくつも聞こえた。ミーガンはふとケナードを見る。やはり顔色ひとつ変えずに静かな眼差しを、いや。どちらかと言うと冷ややかな眼差しを伯爵に向けていた。その隣にいるランディは驚きのあまり表情をなくしている。

 誰も何も言えずにいる中、

「伯爵様、おめでとうございます。立ち話も何ですから、宴の用意をしておりますので参りましょう」

 ケナードがそう口火を切ったことで、他の使用人たちも深々と頭を下げていった。

「祝ってくれるのはお前だけか」

 伯爵がぽそりとこぼした言葉を皮切りに他の使用人たちも、ようやく祝いの言葉を述べ始める。ミーガンはそこから一歩も動けずにいた。

「リベカ様は、先に宴の会場にいらしております。まず、リベカ様にご報告されるのが筋かと」

 ケナードの言葉に、伯爵は頷く。

「お前の言う通りだ。さあ、行こう」

 伯爵はそう言って、ユーラの肩を抱き歩き出すと、後ろのリディアと、隣を歩くユーラも、そのままじっと立ち尽くして、伯爵へと不安そうな視線を向ける。

「旦那様、私と娘は着の身着のままこちらに参りましたので、今着ているこの服しか私も娘も持ち合わせていないのです。この服で大奥様であるリベカ様にお会いしても大丈夫でしょうか?」

 ユーラの控えめながらも悲痛な声色にカンニガム伯爵は足を止め、唸り声を上げた後、こちらへ振り返り、

「ユーラとリディアにドレスと着付けを」

 と、真面目な声で指示を出した。使用人たちは困惑した表情を見せる。

「伯爵様、お言葉ですが、今からドレスを買いに行くということでしょうか?」

 そう発言したのは、カンニガム家に長く勤めるメイド長であるマリヤックだ。彼女は生涯のほとんどをカンニガム家に捧げたと言っても過言ではないほど、カンニガム家を支えてくれる大切な人だ。彼女の影の支えがあったからこそ、今のカンニガム家があると言えるだろう。

 ミーガンも子供の頃から、マリヤックのことを知っている。とにかく作法には厳しく幼い頃に何度も苦言を呈された記憶がある。それだけに、伯爵もマリヤックの言葉には耳を貸さないわけにはいかない。そもそも、彼女の言い分は最もだ。

 現在の時刻は夕方の五時。

 ここからドレスなどのオートクチュールを扱っている店までどんなに最短で向かったとしても二時間はかかる。伯爵が事前に侍女や執事であるケナードに伝えていてくれていたのなら、すでに用意はできていたのだろう。しかし、彼らの様子を見る限り、そうではない。つまり、マリヤックとしては先ほどの言葉に、ドレスを用意できていないのは、こちらの落ち度ではないという意味を含めて伝えているのだろう。もちろん、それは伯爵もわかっているわけで、だからこそ気まずい様子で視線を逸らし、咳払いをした後、再度マリヤックを見た。

「ドレスなど彼女たちの身の回りのものはこれから揃える。今日のところは誰か――彼女たちにドレスを貸してあげて欲しい」

 伯爵はそう言って最初に目を向けたのはアレシアだった。

 気位の高い、アレシアは伯爵のその言葉にわなわなと体を震わせている。

「冗談ではありません。どうして私が、見ず知らずの平民の女にドレスを、私のものを差し出さなければならないのです?」

 食ってかかるような物言いに伯爵は一瞬怯んだものの、すぐに顔を顰め、

「先ほども言葉にしたが、彼女たちは私の妻、そして娘になるんだ。カンニガム伯爵夫人に対して、ドレスを貸して何が悪い? おかしいことなのか?」

 伯爵はここぞとばかりに声を荒げる。アレシアの隣にいるランディはぴくりとも動かず、声も上げない。

「ミーガンお前もだ。ちょうど帰っていてよかった。背格好が似ているのだから、リディアにドレスを見繕ってあげなさい。彼女はお前の姉になるのだ。別にお前と同等のドレスを着ていたって、なんの不思議もない。それともお前も私の意見に歯向かうのか? 一体誰のおかげで学園に通うことができていると思っているんだ」

 急に怒鳴り声を浴びせられたミーガンは一瞬、どうしていいのか分からずに体を萎縮させる。伯爵はそんなミーガンの様子などお構いなしに、こちらへ近づこうとしたその時、

「待っているのに誰も来やしない。一体、何をしているんだ? カンニガム伯爵様、帰られていたんですね。帰ってきたのなら、まず私のところへ挨拶に来るべきだと思うのだけど、そうじゃないのかしら?」

 リベカが幾人かの侍女に支えられながら、ヨタヨタとした足取りで伯爵の元に向かう。足元はおぼつかないのだが、声はしっかりと響き、鋭い視線が玄関に居るもの全てに向けられると、誰もがリベカに敬意を示すように一礼して見せる。これはアレシアも同じだった。

「リベカ様、ご挨拶が遅くなり、申し訳ございません。只今、帰還いたしました」

「北部の状況は?」

「はい。カンニガム家の参戦により、幸いなことに敵軍は戦線から退いていったので」

「じゃあ今回、向こうは威嚇射撃の意味で攻めてきたってことかい?」

「恐らく。先月、国の方でさらに経済制裁を強めるという動きがありましたので、それの反発の意味もあると思われます」

 伯爵の言葉にリベカは興味深そうに頷く。一線は退いているものの、リベカの意見は伯爵家の中で、今でも重要視されている。

「被害の状況は?」

「一部深刻な被害状況が出ている地域もありますが、全体的に見ると、大きな被害には至っていないのが幸いでした。ですから、立て直しにはそれほど時間はかからないかと」

「ふーん。状況はわかった。それともう一つ、聞きたいのはどうして私に挨拶に来るのにこれだけ時間がかかったのかということだが?」

 伯爵はリベカの強い物言いに臆することなく、ユーラとリディアの事を、ミーガンとアレシアが返事を渋ったのだとこれみよがしに嫌味ったらしく話すのだが、

「北部の戦線で命のやり取りをしている時にわざわざ着ている物を気にするような人なのかね? その二人は。逆に、命からがら逃げる領民たちに向かって、私がドレスコードを指定するような、愚かな者だと言いたいのか?」

 リベカの凄みのある言葉に、伯爵は何も言えなくなってしまったらしく、グッと両手を握り締め押し黙る。

 ユーラとリディアも、何も言わない。時間が早く過ぎ去ることをただ祈っているかのように二人して俯いているだけだ。

「どうしても言うのなら、私が見繕おう。文句はないな? そこの二人。ついて来なさい」

 リベカの言葉に何も言えないまま、二人はしずしずと彼女の意見に従うしかなかった。


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