ケナードとリベカ
ケナード・ラブクラフトは、ゆっくりと扉を開ける。
「リベカ様、失礼致します」
明瞭な声で述べた。
「遅かったね」
優しい言い方だが、棘のあるリベカの言葉が飛んでくるため、顔を顰めそうになるのを堪え、
「申し訳ございません」
ケナードは慣れた口調と足取りで、部屋の中へ入る。手に持っていた、リベカが好む紅茶とティーカップをテーブルに置いた。
「いや、お前さんのことだ。そうした方がいいと思ってそうしたんだろう」
リベカのその言葉には何も答えずに、ただ紅茶を注ぐ。
「大変お待たせいたしました」
「ありがとう」
リベカはティーカップを受け取ると、口をつける。その仕草一つをとってみても思うのだが、彼女はカンニガム家にいる他の血縁者、いや、現在のこの国の貴族を全て含めたとしても、貴族特有の雰囲気や、余韻が残るような完璧な佇まいを纏えるのは彼女か、他にいても、ほんの一握りの人物くらいだろうと思う。
「それで、どのような?」
ケナードは冷静な声を上げる。リベカがケナードを部屋に呼ぶ時は、なんらかの話や用事がある時だ。案の定、いつも絶えずそばについている彼女付きの侍女の姿が一人も見当たらない。
リベカはケナードの問いかけに応じる気持ちがないのか、優雅に紅茶をもう一口。ここで声をかけたところで、無駄なことであるのはケナード自身の経験から知っていた。だから、辛抱強く彼女の言葉を待つのだが、だんだんとそれも億劫に感じてきた頃だった。
「お前は、すぐに答えを急ぎすぎる。それは良くないところだよ。自覚はあるかい?」
ギロリとしたリベカの視線がこちらに向けられた。ケナードはこれでも辛抱強く待っていたのに、そんな小言を言われなければならないのかと、文句を言いたい気にもなるが、それをグッと堪え、
「失礼致しました」
慇懃に頭を下げる。
「わかっているのか、わかっていないのか。お前さんは、きっとこの先、完璧な、いや完璧というよりも、相手からつけいられる隙がないほどの振る舞いをすることを求められるだろう。だからこそなんだ。まあそれはいいとしても、ケナード。お前さんに聞きたいことがある」
「なんでしょう?」
てっきり、小一時間ほど小言が続くのかと思い身構えていたのだが、あっさりとリベカが話を切り返すので、肩透かしをくらう。
「あの二人をどう思う?」
「お二人というのは?」
「わかっていてあえて聞いているのかい? ユーラと、リディアの二人だ」
わずかにリベカの口調が強くなる。
「どうと言われましても……顔を合わせてわずかですし」
「私は、はっきりと言わせてもらうがあの二人を伯爵家の席に加えるのは反対だね」
「お二人が平民の出自であるからですか? それでしたら、アシュリー様は」
「出自が問題なのではない。あの二人には務まらないというだけの話だ。アシュリーの時も……まあ、最初は反対した。けれど、彼女本人に会って意見が変わった。あの子はどっしりと構えて度胸や忍耐力があった。だから、きっと大丈夫だと思ったが、あの二人は」
リベカは言葉を切ると、大きなため息をついた。
「ですが、伯爵様のあの様子を見る限り、意見を覆すのはかなり難しいかと」
宴が始まる前に、ケナードは伯爵の用意を手伝うため、二人になる時間があった。その時に念を押されるように、『ユーラと、リディアのことを気にかけてほしい』と、言われたのだ。
「恋は盲目だからな……どうしたものかね。普段なら、まあなんとかなるだろうと思うのだが、気になるのは」
「あの花の存在ですか?」
庭に咲き出した、黒い花が脳裏にちらつく。リベカは表情を暗くし、重々しく頷く。彼女のこんな表情を見ることは、あまりなかった。よっぽどの懸念事項があるらしいと、ケナードは感じ取る。
「それもある。いや、まさか咲き出す時期に居合わせるとは、この年齢になって思いもよらなかった」
「……ほかに何か懸念される事項があるのですか?」
ケナードは静かに聞いた。リベカは、もう冷めているだろう紅茶を口に含んで、ゆっくりと飲み込む。
「今の伯爵家をどう思う?」
「どう、とは?」
「まだ正式に伯爵の後継は決まっていない」
「ええ。ですが、じきに決まるのかと」
「あの二人が、……役者の顔ぶれが変わったことで一波乱起きそうだとは思わないか?」
「それは……」
ケナードは言葉を詰まらせた。
「私はそれが一番恐ろしい」
「しかし、まだ起こってもいない何かを思って嘆いてもどうしようもありません」
リベカの言葉に感情が傾きそうになるのを、水平になるよう無理やり保ち、そう声にする。
「確かにそうかもしれない。だが、……」
「リベカ様は、あのお二人のことだけではなく何かほかの懸念材料も抱えているのでしょうか?」
自分でも珍しいとケナードは思いながらも、リベカに追求の言葉を重ねる。リベカは大きくため息を吐いて、ケナードをまっすぐに見据えた。
「ミーガンは本当に良い子だ。あの子は聡明で真っ直ぐで」
なぜいきなり、彼女の話題になるのかと面食らいながらも、
「そうですね」
ケナードは頷く。
「あの子は疑うことを知らない。いや、無理やりにそれを身につけようとして、とても生き難い道を歩もうとしている」
「ミーガンお嬢様はそれを自身の務めだと思っていらっしゃると思います」
「そうだね。そうなんだけど、私は、あの子のそんな姿を見ると胸が締め付けられそうになる。歳なんだろうか。あの子の姿をいつまで見続けられるかわからないが、それでも幸せを願わずにはいられない。あわよくば、あの子のことを守ってあげられるくらいの力がある人間と一緒になってくれれば」
ケナードは強く向けられた視線をしれっと躱し、
「ギャレット様は」
「論外だね。もし伯爵は本当にそれを決めたというのなら、私の目が黒いうちは抗議するだろう。それと……私は、とてもこの屋敷の中でもう一人、心配に思う人物がいるのだ」
「それは……」
ケナードの言葉は遮られ、リベカの話が続けられる。
「あの子がそうなってしまったのは、私のせいかもしれない」
「リベカ様の……?」
「良かれと思ってやったことだった。しかし、結果的には火に油を注ぐような結果となってしまった」
リベカの話すその人物は、恐らく伯爵家の誰かなのだとは思ったが、誰とは言わないので、一人一人顔を思い浮かべてみるも、誰について話しているのかが、ケナードには見当がつかなかった。
「ともかく、もしあの子が暴走することがあれば、私が防波堤になるつもりだ」
「ですが」
「もちろん、そうならないことを心から願っている。だからこそ、お前さんを呼んだんだ。ケナードお前さんの方でもあの子を監視しておいてほしい」
「監視ですか……」
「別に四六時中張り付いて様子を見ろと言っている訳ではない。もし、何か不審な様子があれば、教えてほしい。それだけだ」
「それは問題ございませんが、一体誰のことを」
リベカの囁いた人物の名前に、ケナードはわずかに目を見開いた。




