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影華(えいか)の屋敷  作者: 沙波


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 身なりと息を整えたミーガンは、準備の整えられた宴が催される部屋に入る。戦勝パーティーと言っても各地の貴族たちを招いた大規模なものではなく、遠征に出ていた兵士とその家族。そして、伯爵家一同の内輪だけのものだ。とは言え、料理や飲み物などは豊富にあり、小さな子供達も楽しめるような食事も別で用意されている。

会場の雰囲気はカジュアルなもので、ミーガンも正装というよりも、外出着ぐらいの装いだ。

 伯爵から北部戦線の情報共有がなされた後、乾杯の音頭で部屋の中はすぐに賑やかになる。グラスに口をつけ、周囲を見回すと、アレシアと目が合ったので、ミーガンは礼の姿勢を見せる。

「こんばんは、ミーガン」

 先ほどの玄関でのいざこざなど、すっかりなかったかのように教本のような礼を見せた。

「アレシア様、こんばんは――大盛況ですね」

 出征から帰ってきた兵士たちは、皆朗らかな笑顔を浮かべている。今回の宴はカンニガム伯爵が主催であるのは間違いないが、実際に準備を進めたのは、アレシアとランディだった。特にこういった行事めいたことでは、アレシアは非常に能力を発揮する。恐らく今回もアレシアがほとんどお膳立てをしているのだろうとミーガンは思っていた。

「ありがとうございます。少し見ない間に、ミーガンも大人びた感じがしてきて」

 アレシアは目を細める。その言葉は、お世辞ではなくミーガンに向けた褒め言葉と感じられた。

「伯爵家の皆様も変わらないご様子で安心しました」

 ミーガンは、アレシアや家族が元気そうでよかったという軽い意味合いでその言葉を使ったのだが、アレシアは難しい表情を見せた。ミーガンは何か言い方に間違いがあったのかと、自分の言葉を反芻していたのだが、アレシアの次の言葉で、そうではないことを知る。

「変わらないものなんてないのよ」

 ミーガンはピタリと時が止まったように、体の動きを止め、アレシアの次の言葉を待った。

「意外な人物が動き出しているの。私は注視して様子を見ているのだけど、誰も私の言葉を信じてはくれないのよ」

 ミーガンはアレシアがそう話す人物が一体誰なのかと、尋ねようとしたのだが、来客の波がアレシアを襲い、邪魔にならない様、その場を離れた。

「ミーガン」

 振り返るとギャレットがいた。

 彼もジャケットを羽織ったくらいの装いなのだが、最もギャレットの場合は彼の元々備わっている容姿が良いため、それだけでも様になっているのだから、羨ましい限りだ。

「ご両親のこと、とても残念に思うわ」

 ミーガンはそう言って、胸に手を当てる。

 戦勝パーティーの最初の挨拶で、伯爵は北部の戦線で敵軍を追い返すことには成功したものの、ギャレットの両親は亡くなり、ジブソン家の屋敷のあたりだけは壊滅的なダメージを受けていたこと。そして、ジブソン領は一時的に伯爵家で管理をすると明言した。いつか然るべきときにギャレットにジブソン領を戻すことを念頭に入れているのだろうということはなんとなくわかる。伯爵はその旨、国王からの承認も得ていると高らかに宣言したため、異を唱えるものは誰もいない。目の前にいるギャレットすらも。

「過去ばかりを振り返っていられないからね。僕も前を向かなければならないと思って――はい、君のグラスが空いていたから、持ってきたんだ」

 ギャレットの表情には、諦めにも似た何かがあり、清々しさすらも感じられた。

「ありがとう」

 手に持っていた空のグラスを、ちょうどトレイを持って回ってきた使用人に渡すと、ギャレットから新たなグラスを受け取る。注がれたばかりなのだろう。グラスはまだひんやりとしていた。

 いつもなら、こんな時にケナードが持って来てくれていたなとふと思い出すが、彼の姿は見当たらない。おそらく、ジブソン領のことや今後の様々なことで忙しいのだろう。

 飲み物を口にし、自然と気になったのは伯爵が連れてきた、ユーラとリディアの存在。

 ギャレットが、もう一度、真剣な眼差しでミーガンを見つめたところで、会場がざわめき出した。

「ママ、見てあの人、お姫様みたい」

 近くにいた少女たちがざわめき出すので、何かと思って会場を見回すと、入り口の方、美しいドレスを纏った、二人の女性が現れた。ユーラとリディアの二人だ。

「二人ともよく来た」

 カンニガム伯爵は笑顔で二人を迎え入れる。ユーラは少女のような微笑みを湛えて、カンニガム伯爵から差し出された手を取る。

「せっかくだからここにいる皆に宣言しよう。私は、ここにいるユーラと結婚を決めた」

 伯爵の言葉に周囲から祝いの言葉が飛び交い、この時ばかりはユーラも頬を染め、はにかんだ笑顔を見せた。

「彼女は伯爵家の人間になる。皆もそのように認識してほしい」

 ユーラは従順で優しそうな表情を見せる。

『伯爵家の本当の血筋ではないくせに』

 祝いの声と拍手の隙間から、言葉を漏らした誰かの声が聞こえた。

 ミーガンは片手間に拍手をしながら、誰がそんな事を言ったのかと周囲を見回すも、声の主と思われる人物を見つけることはできなかった。

 伯爵達の方に視線を戻すと、ユーラの顔が一瞬、ひどく歪んでいるように見えた。瞬きした後、すぐにあの無邪気な笑顔になるのだから、見間違いだったのかと思ったが、胸の中に渦巻いた黒いもやのようなものが気になって、しばらくそこから動けずにいた。気が付くと、目の前にリディアとギャレットの二人が顔を合わせていた。

「ギャレット無事だったのね。ここで再会できるなんて、神の采配、祝福としか思えないわ」

 嬉しそうな声に満面の笑み。

 リベカが見繕ったのであろう豪奢なドレスを着たリディアは頬を染め、視線を交わす二人は絵になるような瞬間だった。

「リディア?」

 ギャレットは驚き、目を見開いていたが、その表情から彼女に対して明らかに好意を持っているのだろうということは、ミーガンでもわかる。このやりとりから、二人は顔見知りなのだろう。しかし、ミーガンにとっては何もわからないこと。

「あら、お義姉様。これからどうぞよろしくお願いします」

 ようやくミーガンの存在に気がついたと言わんばかりに、リディアはそう口にするのだが、その瞳にはピリつくような敵意を感じたのは気のせいではないだろう。

「こちらこそ」

 内心は、色々思うことはあったが、全てを飲み込んで貴族令嬢としての笑みを浮かべた。ミーガンが何も言わないことをいいことに、リディアは気が大きくなったのか、今度はミーガンが着ているワンピースと彼女自身が着用しているドレスを見比べるような仕草を見せる。言葉には出さないが、ミーガンのドレスよりも自分が着ているドレスの方が煌びやかだと言わんばかりだった。

 確かにそれはそうだが、今、このパーティーでリディアの着ているドレスが適切な判断だろうかと言うと、貴族としての考え方で捉えた時、少し違うと思った。

「ドレス、お似合いですね」

 リディアに向かって、ミーガンは最大限の笑顔を作る。

「ありがとう。お義姉様に褒めていただくなんてとても嬉しい。リベカお祖母様がクローゼットを見せてくださって、どれでも好きなものを着るようにと仰ってくださったの。とてもお優しくて素敵な方だったわ」

 リディアはそう言うのだが、リベカという人物の本質を知っているミーガンとしては苦笑いを浮かべるしか無かった。恐らくリベカは、選んだドレスによってその人となりを見定めていたのだと思う。言わばテストのようなものだ。

「そうだったのですね。お祖母様はドレスを見て、何かおっしゃっていましたか?」

 リディアはミーガンの質問になぜそんなことを聞くのかと言わんばかりに一瞬、キョトンとした表情を見せるも、すぐに少女らしいふわりとした笑顔を見せる。

「とても似合うと仰ってくださったわ」

 リディアのその言葉だけでは、リベカが彼女に対してどんな感情を抱いたのかを計り知ることは難しい。しかし、額面通りの褒め言葉ではないことはわかった。彼女は気づいていない様だけれど。

「私も昨日、学園から戻ったばかりでまだ疲れが取れないので、自室に引き上げます」

 ミーガンは小さく礼をして、踵を返した。

 誰にも知られないように、小さく息を吐いて宴の扉を閉める。



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