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影華(えいか)の屋敷  作者: 沙波


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12/31

禍々しい空気

「お嬢様、もうお帰りになるんですか? ずいぶんお早いですね」

 朝食を終えたミーガンは、自室に戻る途中の廊下でエイブリルに呼び止められる。彼女はあの奇天烈な笑みを湛えて、じとりとミーガンを見ていた。薄々前から思っていたが、恐らくエイブリルは彼女の中で伯爵家の人間をランク付けし、そのランクによって態度を変えている。だから、彼女が盲目的に慕う、ミゲルや伯爵本人の前では従順な使用人を装うのに対して、ミーガンの前では態度が明らかに違いすぎるのだ。つまり、ミーガンの事を下に見ているのは明らかだった。エイブリル自身がいかにもこの屋敷に昔からおり、お前は新参者なのだと言われているようだと、彼女と話しているといつも思う。しかし、普段のミーガンならそんなことなど気にせずに平静を装って振る舞うことができるのだが、今日のミーガンはそう出来なかった。

「私が早く、この屋敷から立ち去るのがお望みなんでしょう? エイブリルにとっては嬉しいことだと思うわ」

 感情を交え、そう答えてしまって、後悔した。エイブリルがその言葉に絶対噛み付いてくる事は、わかりきっていたのに。

「お嬢様、なんてことを仰るのです? それじゃあ、まるで私がお嬢様を追い出したいとでも思っているような口ぶりではないですか。私がそんなひどい使用人に見えるんですか? あまりにもひどい言い方です」

 エイブリルがわなわなと体を震わせる。睨みつけるその瞳は、まるで自分の全てを否定されたとでも言いたげだ。逆に冷静になったのは、ミーガンの方だった。

「エイブリル。貴女も心なしかイライラしているんじゃない? 何かあったの?」

 彼女が元からこの話し方なのは知っていたが、今日は一段と癇癪がひどい気がしたのは、ミーガンの気のせいではなかったようだ。

「あのユーラという女、あろうことかミゲル様にまで色目を使っているのですよ。こんなことなら……私にも考えがありますわ。ちょうど、私が使用人として担当しなければならないようだし」

 ここからどうしようかと思っていると、ミーガンの後ろからこちらに近づく足音があった。

「エイブリル。それはどういった考えですか?」

 静謐な声がして後ろを振り返ると、そこにいたのはケナードだ。執事のお仕着せをきっちりと着込んだ彼はエイブリルとは比べられないほどの凛としたオーラを纏っている。伯爵家に何も知らずに来たものがいたのなら、ケナードがこの家の当主だろうと勘違いしてもおかしくないほどのオーラが、彼にはあった。

「ラブクラフト様」

 エイブリルは自分に同調しない、かつ自分よりも立場が上であるケナードを目の敵にし、敵わない存在であると感じているのだろう。ひどく、苦手意識を持っているようにも見えた。

「君の今日の仕事はここではないと記憶しているが」

「も、申し訳ございません。少しやり残した仕事を記憶していたものですから、その片付けをと思いましたら、ミーガンお嬢様に遭遇して少し立ち話をしていただけです。ええ、それだけのことです。では失礼します」

 ケナードの言葉に追求される隙など与えずに風のような速さで廊下を走り去っていった。

「ありがとう」

 ミーガンはケナードに対して礼を言った。

「いえ」

 ケナードはいつものようななんでもないとでも言う様子なのだが、今は、そのくらいのことは自分でなんとかすべきだとでも言われているような気になって、痛みを覚える。しかし、ケナードの様子にもう一度目をやるとそんな痛みなどすぐに忘れ去った。

 彼は難しい表情を見せて、ミーガンではなく廊下の遠くを見つめている。

「ケナード?」

 呼びかけると、人差し指を口元にあて、静かにとジェスチャーで示した。何事かと、ゆっくりとケナードの近くに寄る。まるで、彼は盗賊のように足音を殺して、少し向こうの部屋に向かい、音を立てずに扉を開けた。音は無かった。中の人物は扉が開いたことにも気が付かなかったと思う。ケナードは完全に扉を開け放つのではなく、中の声が少し聞こえるくらい、隙間を作っただけにとどめていた。

「私は伯爵夫人よ? あなたが私に頭を下げるなんて当たり前のことじゃない。高位貴族に当たる生まれの方なんでしょう? どうしてそんな初歩的なこともわからないのかしら」

「はっきり言いますけれど、貴女は伯爵と正式な婚姻関係は結んでいない。だから、私の目の前にいる貴女はただの平民に過ぎないのよ。それに伯爵夫人になっても私が貴女に傅くことはないわ。偽物じゃない」

 ミーガンは心に鋭い棘が突き刺さったかのような感覚で二人のやり取りを聞いていた。

 声から、言い争っているのはアレシアとユーラの二人らしいということはわかった。そして、なぜ、ここでエイブリルと鉢合わせたのかも理解できた。

「偽物? 一体なんの話?」

 ユーラの声が低くなった。

「あら、伯爵から何も聞いていないの? ご存知ないのかしら」

 アレシアが優位に立ったらしい。二人の表情は見えないが、ユーラはアレシアの言葉の意味を測りかねており、表情は見えないがその空気感から混乱しているように感じた。

「そのままの意味よ、カンニガム伯爵は正統な後継者が引き継ぐべきだわ。貴女たちのような偽物ではなくてね。平民の貴女はご存知ないかもしれないけれど、カンニガム家というのは由緒ある家柄で、遡るとこの国の創世記。王の剣として称号を授かったの」

 ミーガンももちろん知っている。創世記に、初代カンニガムはその功績から、伯爵の爵位と雄々しい獅子の姿の紋章を賜った。現在でも、カンニガム家の紋章として使用されている。

「それくらいは存じております。北部の戦線で剣を振るわれていた旦那様のお姿は、創世記の御伽噺に出てくる雄々しきお姿、そのものでした」

 ユーラはイライラとした口調でアレシアの言葉を跳ね除けた。

「そうじゃないわ、話にならない。本当のことなんて知らないくせに……」

 アレシアからそれ以上の言葉は聞けなかった。ケナードがまた音もなく扉を閉め、ミーガンの腕を引いたから。そして、何事も無かったかのように廊下を歩く。

「お嬢様。失礼いたしました。大丈夫でしたか?」

 ケナードは申し訳なさそうに掴んだ腕を離す。

 ミーガンはこっくりと頷いた。掴まれた手が痛いとか、そんなことはなくて、ただ声が出ない。あの二人がいる部屋から醸し出された不穏な空気がまだここまで続いているような気がしていた。

「すみません。ただ、あの場では……私としても状況を的確に把握する必要がありましたので、しかしミーガンお嬢様を引き離すだけの時間はなく」

「わかっているわ。ケナードが悪いわけじゃないの、ただ……こんなにも空気がギクシャクしていると、思ってもみなかったから」

 口にして、柄にもなくミーガンは気持ちが沈んでいくのを感じた。

「こんなことを本当は申し上げたくはありません。ですが、嘘はつけませんので――現在、カンニガムの屋敷全体が得体のしれないような黒い雲に覆われているようなそんな状況を私自身も感じております」

「ケナード……」

 ミーガンが顔を上げると、ケナードの真っ直ぐな視線とぶつかる。表情に色はない。しかし、重なった視線、彼の瞳には強い意志を感じた。

「ですから、エイブリルの話ではないですが、私もお嬢様がこのような場所にいるよりも、早めに学園にお帰りになるのは、どちらかというと賛成なのです」

「……」

 ミーガンはまた俯いて、着ている洋服の裾を両手で握りしめる。

「影華の君が咲いたのです。何の意味もないという者もおりますが、私はそうは思えません。もちろん、何も起こらなければそれでいいのですが……ただ、お嬢様に何かあってからでは……先代の伯爵様とのお約束もありますし」

「お父様と?」

 ケナードはこくりと頷く。

「先代伯爵様はお嬢様が危険な目に遭われない様にといつも心配しておいででしたので」

 その言葉を聞くと、少しだけトゲトゲとしていた心が和ぐ気がした。

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