カンニガム家
現在のカンニガム伯爵は、伯爵家の血筋の者ではない。つまり、本当の意味でミーガンの父親ではないのだ。
ミーガンの実の父親である、先代のカンニガム伯爵は、体の弱かったミーガンの母親が流行病で亡くなってから、後を追うようにして間もなく鬼籍に入った。当時、ミーガンはまだ八歳。ランディは十六歳、リッチは十五歳、ミゲルに関してはようやく言葉が話せるようになった頃だった。
そのため伯爵家を継げるほどの年齢ではなく、ランディが当主となれるまでの間、代理として伯爵家当主の座を、腹心だった現伯爵が務めることとなった。これは祖母であるリベカの決定だ。
その采配はリベカの見立て通りに上手く行った。現カンニガム伯爵は、血縁者ではないものの、腹心として仕事に励んでいた頃の経験を生かし、領地経営や、国王を含めた国の官吏たちとも上手く渡り合い、無難に伯爵家を取りまとめている。
その上、カンニガム伯爵家の象徴とも言える、剣の強さも持っていた。
現在の悩みどころは、ミーガンの二人の兄達は頭脳か剣の腕前、どちらかしか持ち合わせていないため、どう後継者を選ぶかということであった。順当に考えると、長兄のランディであるのだろうが、カンニガム家は剣で成った家柄であるのが引っかかる。
ランディは経営には手腕を発揮するが、剣の腕は今ひとつ。リッチはその逆で腕っぷしは文句ないのだが、頭脳に欠ける。そして、付け加えるなら素行が悪く、常に女性の噂が絶えない。自身の身内ながら恥ずかしい話である。
そう考えた時、ふと思ったことがある。確かに現カンニガム伯爵は父の腹心だった。しかし、父親に一番近い人物で言うとケナードの方だったと、ミーガンの目には映っていた。ケナードは父からの信頼も厚く、当時から伯爵家の重要な仕事に関わっていた。そして、ミーガンは見たことはないが、カンニガム家の騎士団が束になっても敵わないほどの剣の腕前を持っているとか。
どうして、臨時とはいえ、伯爵の座にケナードを選ばなかったのだろうと思う。
「…………カンニガムさん、…………ミーガン・カンニガム」
「はい」
ミーガンは名前を呼ばれ立ち上がる。
物思いに耽って忘れていたが、現在、学園の授業の真っ最中であった。一体、どうして自分の名前が呼ばれたのだろうか。状況が思い出せず、頭が真っ白になったところ、教壇に立つ老婦人の先生がため息を吐いた。
「カンニガムさん。熱心なのはいいけれど、授業中は私の話もきちんと聞くように」
「申し訳ございません」
ミーガンは許されたのだと思いながらも緊張した面持ちのまま椅子に座る。
「大丈夫?」
隣席のカリナは、こちらを向いた。
ミーガンは言葉にしないものの、精一杯頷く。
マックイン侯爵家の一人娘のカリナは、きらきらとした金髪を靡かせる。高位貴族としての気品は十分にあるが、可愛らしい人で、それを振りかざすようなことはしない。ミーガンに対しては気さくに話をしてくれて、彼女は紅茶が好きなので、珍しい紅茶が手に入ると、個人的なお茶会に呼んでくれたりもする。
ミーガンも、本来は格上の家柄のカリナに対して、もっとかしこまった態度を取るべき必要があるのかもしれないと心のどこかでは思いつつも、同年代の自然に振る舞える数少ない友人として、彼女の存在をありがたく思っている。
「では今日の授業はここまでとします。各自、授業内容は復習しておくように」
先生がそう言うと、張り詰めていた空気が緩み、他の生徒たちの話し声が次第に聞こえる。
「ねえ、ミーガン」
「ん?」
机に出していた教材を片付けている手をそのままに、顔だけカリナに向ける。
「ミーガンの都合の良い日にまたお茶会をね、開催したいと思って」
控えめにそう口にするカリナの仕草は同性のミーガンも見惚れるほど、流れるように美しい。断る言葉なんて思い浮かばず、もちろん肯定の言葉と、いつだったなら都合がいいだろうかと、自身の予定を思い出していたところで、
「カンニガムさん、お家の方がいらっしゃっているわ」
一度退出したはずのあの老婦人の先生が再度、ギョッとするような表情を浮かべて、教室の戸口に立っている。
「はい?」
立ち上がり、戸口の方に向かうと、かすかに黄色い声がちらほらと聞こえたが、その理由がわからない。
「ケナード?」
先生の後ろに肩で息をし、立っているケナードの姿をみて合点がいった。いつもきっちりとしている彼の髪の毛が少々乱れており、感情を読み取ることの難しい表情も現在は焦っている彼の感情がありありと感じられる。
「お嬢様、申し訳ございません。大至急伯爵家にお戻りください」
「え?」
ミーガンの脳内では、理解が追いつかない。
「カンニガムさん、支度をなさい」
「はい」
先生の言葉に、ともかく急いで身の回りのものをカバンに詰める。
「大丈夫?」
カリナの心配そうな声が耳に入ってくる。
「詳細はわからないのだけど、ともかく伯爵家に帰らなきゃいけなくなってしまって……ごめんなさい、お茶会は」
「もちろん、気にしないで」
「うん」
カリナへの返事もそこそこに、ミーガンはカバンを持つと、急ぎ足で教室を出る。
「後のことは先生のほうで手続きをしておきますから」
老婦人の先生は、ミーガンの肩に手をやった。
「ありがとうございます。先生、状況が分かりましたらまた連絡いたしますので」
「気をつけて」
挨拶をして顔を上げたとき、なぜか先生はミーガンではなくケナードをみていた。
ケナードは先生にまで人気があるのかしら、なんて不毛な考えが思い浮かんだけれど、先生の表情を見る限り、好意というよりもケナードを見て何故か、驚きと、かすかな疑い。そんな感情が入り混じっているように見えた。
どうしてかしらと思ったが、そんなことを聞く時間はミーガンに残されていない。
「お持ちいたします」
ケナードにカバンを取られながらも、急ぎ外に向かう。
生徒の気配がなくなったところで、前を歩くケナードの隣に小走りに向かった。
「一体、何があったの?」
ケナードがわざわざここまで来るなんて、冷静になってよほどのことがあったのだろうと思われた。
「ユーラ様が」
「ユーラ様?」
「影華の君の毒で命を落とされたのです」
声が出なかった。
恐れていた事態が、現実になってしまったのだと、息を呑んだ。




