災
「お嬢様に何かあっては困りますので、嫌がられるのを承知で私が参りました」
ケナードの申し訳なさそうな言葉に、ミーガンはふっと彼に視線を向ける。
伯爵領へ向かう汽車、一等車の車内で、ようやく汽車が動き出したその時だった。
「私は、嫌がってなどおりません。ただ、貴方が伯爵家を不在にしても大丈夫なの?」
家の執事が何かの際に、学園に赴くことはよくあることで、カリナの家の執事が彼女を迎えに数回、学園に来たことがあったのも知っていた。だから、ケナードが学園に来ることも、もしかしたらあるかもしれないと思いつつも、カンニガム伯爵家は学園からかなり距離が離れているし、彼は伯爵家にはなくてはならない人だから、わざわざケナードが来ることはないと思っていた。
「伯爵様がおりますので。あの方は何か忘れるように、逃れるように、取り憑かれたように仕事をこなされていらっしゃいます」
伯爵が北部戦線から帰還した、ユーラとリディアの二人を連れて伯爵家の屋敷に戻ってきた、パーティーが開かれたあの日から一ヶ月ほど経っただけなのに。
「……一体何があったの? どうしてユーラ様が命を落とされるようなことが……」
ケナードの説明によると、現在の伯爵家は先代派と現伯爵派に、使用人も含め真っ二つに分かれていたのだとか。
「先代派の筆頭はアレシア様、現伯爵派はユーラ様。ある意味、お二人の意見と考えの食い違いから対立構造が生まれてしまったのです。それに面白がった屋敷のものたちが便乗したというところでしょうか」
「お祖母様もまさか?」
ケナードは首を横に振る。
「リベカ様は静観されています。どちらにもつかず、中立を保っていると言いましょうか」
「ケナードは?」
「ちなみに私はリベカ様についております」
「伯爵は?」
「中立。と、申し上げたいところですが、ユーラ様ですね。アレシア様にはっきりと反意を伝えたわけではありませんけれど。もっとも、あまりはっきりと言ってしまうと、アレシア様のご生家との関係に影響しかねませんから」
「そうね。でも、ユーラ様の死によって、その対立均衡が崩れてしまった。ということかしら――まさか、アレシア様が? いえ、ありえないわね」
思わず口に出してしまった言葉を抑えるように、手を口にやる。
伯爵家の屋敷だったら、絶対に口にしてはいけない一言だった。
「大丈夫です。誰も聞いているものはおりません。屋敷の者たちも口には絶対にしませんが……アレシア様に疑いをかけているものが多くいるように見受けられます」
「ケナードはどう思うの? つまり、ユーラ様はその……」
ミーガンの問いかけに、ケナードは一瞬わからないといった表情を示したので、
「ケナードは、アレシア様がユーラ様に手をかけたとそう思っていらっしゃるの? そもそも、殺人、なの?」
「ユーラ様がご自身で影華の君に近づくことはないでしょう。現在はバリケードもありますし、ですから誰かがユーラ様に毒を摂取させ殺害したというのが、現状の見解です。まだ、調査中のこともあるので――つまり、どうやって影華の君から毒を抽出したか、またユーラ様がどうやって毒を摂取したかなど。調べるのにも一苦労しておりまして、時間がかかっている状況です」
調べる人も、下手をすると自身の命に関わることもあるかもしれない。慎重になるのは致し方ないことだった。
「伯爵様が、心配ですね」
「大丈夫とは言っておりますが、内心は非常に気落ちしているのではないかと」
「そう」
カンニガム伯爵として就任した、書類上の父親は、その時のミーガンは知る由もなかったのだが、一部の貴族たちからやっかみを受けていたと、ずいぶん経ってからそんな話を聞いた。
――自分がその位置につきたいがために、伯爵夫妻を死に追いやったのではないか。
――偽カンニガム伯爵風情が。
ミーガン自身にそういった言葉が向けられることはなかったが、今でもまれに学園で、もしご実家のことで辛いことがあるのなら相談に乗るというような話をそれとなく伝えられることはあった。つまり、血族ではない伯爵から嫌がらせを受けていないかという打診。言葉をかけられるたびにやんわり、大丈夫ですと、伝えている。
ミーガンは多少なりとも伯爵自身が努力を重ねていることも知っているから。彼は武人出身であることもあって、書類仕事は得意ではないようだったが、ケナードの助力もあり、今ではかなりの実力がついてきたと聞いている。ミーガンから見て、父親とは言えないけれど、優しい人だと思っていた。ひどい扱いをされたことは今まで一度もない。多少、意見が行き違ったことはあったとしても、それは血が繋がっている家族であってもままあることで、そんな時はケナードがサポートしてくれることも割とあり、問題なかった。だからこの間、伯爵が北部の戦線から帰還した際に、ミーガンに怒鳴り声を上げたのは非常に驚いた。
むしろ、伯爵からミーガンたちに対してどこか申し訳なさをそれとなく感じていたから。そして、自分が貴族の出身ではないことを十分に理解していた。伯爵はそういった意味で孤独だったのだと思う。家族であり家族でない。そのことについてミーガンは学園の寄宿舎に入ってから気が付いた。
だから、伯爵がわざわざ連れてきたユーラの存在は彼の中ではとても大きいものだったのではないかと思う。心に寄り添ってくれる唯一無二の存在だと思っていたとしてもおかしくない。ユーラの真意はどうであったとしても。
そんな存在を亡くした、伯爵のことを思うといたたまれない。今こそ、カンニガム家を守ってきてくれた伯爵にミーガンは何かできないかと考える。
「ねえ」
「はい?」
目の前にいるケナードはもちろんただ座っているだけではなく、話をしながらも、涼しい顔をして幾つかの仕事をこなしている。ミーガンからの呼びかけに手を止めて、まっすぐにこちらを見るのだ。その瞳は時々、ミーガンの心の中すらも見透かしているのではないかと思って、少しだけ怖いと感じることもある。
ケナードはやっぱり冷静だ。
有能な執事らしく、様々な感情を押し殺しているとも読める。無機質な瞳がケナードの容姿を引き立てているとも言えるのだが、ミーガンを見る時、たまに感情がともるように思われることがある。
そうすると、逆にミーガンはどうしていいのかわからなくなり、その瞳を見ていられなくなる。
今だってそうだ、ミーガンを見つめる瞳にほんのりと気遣うような感情があり、そんな時どうしていいのかわからなくなって、目を逸らしてしまう。しかし、これから話す話題を切り出すのに、その仕草はちょうどよかったのだと思う。
「ユーラさんが亡くなった時の状況を教えて」
彼女の名前を出すことで、つかみどころのなくなっていたミーガン自身の感情が現実に引き戻される。ケナードはミーガンのその問いかけにさらに表情の色をなくした。
「影華の君の毒で」
「それは聞いたわ。私が聞きたいのはそこじゃなくって、ユーラさんが亡くなった時の状況を聞きたいの」
「それを聞いてどうするのです?」
「もし、彼女が殺害されたというのなら犯人を探す」
「犯人探し?」
ケナードは盛大に顔を顰めた。
「きっと屋敷では影華の君の災いだと騒いでいるのでしょう?」
ミーガンの言葉にケナードは珍しく視線を逸らした。
「もちろん、彼女が亡くなった原因は影華の君の毒だと思う。だけど、一人でに植物が動くわけもないじゃない? だから、どうしてユーラさんがその毒を飲むことになったのか。つまりそういった状況を作り出した犯人がいると思うの」
ケナードは躊躇うように視線をさらに泳がせる。
「このままじゃあ、本当にカンニガム家は言い伝えの通りに、なってしまうわ。それはだめ。人が亡くなったことには理由があると思う。だから、それを突き止めることで、屋敷にかかった見えない雲をはらえると思うの。ねえ、ケナード。手伝ってくれるわね?」




