黒い花
「わかりました」
ミーガンの言葉に、渋々という様子で、ケナードはため息混じりの返事をした。なんだかんだケナードはミーガンの意思を尊重してくれる。だから、今回についても断られることはないと踏んでいての発言だった。
「それで、ユーラ様は……庭で亡くなったとか、そういうことなのかしら?」
「いえ、自室で亡くなられました。部屋で倒れているのをメイドが発見したのです」
「自室で?」
ミーガンはユーラが庭に出て、誤って触れたり何かをして事故に近い形で亡くなってしまったのだろうかと当初は思っていたが、ケナードの話を聞くと全くの見当違いだと思い知らされる。
「ユーラ様は就寝前に少しだけですけれど、お酒を召し上がる習慣がございまして」
「意外ね?」
黒髪の控え目そうな見た目からはお酒を飲むようにはミーガンは見えなかった。偏見かもしれないが、人は見た目によらないのだと改めて感じる。
「冷え性があるようでして、アルコールを摂取すると、よく眠れるそうです」
「そうなのね」
「その日も果実酒を召し上がって、ベッドに入られたのです」
「メイドがユーラ様が亡くなっているのを発見したのは?」
「翌朝です。いつもならお声がかかる時間だというのに、何もないのを不審に思って部屋に入ったところ、床に倒れていたユーラ様と、割れたグラスを見つけて。すぐに、私の方に来ましたので」
「じゃあ、ユーラ様はお酒を召し上がって、ベッドには入らなかったのかしら?」
「はい。ベッドは綺麗な状態で、就寝された形跡はなく」
「それでどうして影華の君だと?」
「私が、部屋に立ち入った際、割れたグラスから妙な香りがあったのです。それで……」
「ケナード、貴方、体はなんともないの?」
ミーガンは大きな声を出してケナードの体に手を当てた。
「……ええ」
「でも、影華の君の香りを嗅いでしまったってことよね? 本当に?」
「そのことなら大丈夫です。残り香くらいの微々たるものでしたし、すぐに気が付いて窓を開けましたから、なんとも」
「それならいいけれど」
ミーガンは息を吐いて、彼の体から手を離すと、自身の座席に体を預けるように力を抜いた。
「影華の君の毒はかなり即効性の高いもののようです。床に倒れていたユーラ様は冷たくなっていましたから」
ベッドが綺麗だったということは、果実酒を飲んでまもなく、倒れてしまったのだろう。その時の光景を思い浮かべると、気持ちは沈む。
「どうやって、影華の君の毒を? あれはバリケードで誰も近づけないようになっているはず。まさかあの場所以外にも?」
「いいえ。実は、あれから研究所の方でも影華の君について再度、調査が行われておりまして。過去の事例からも、影華の君はカンニガム家の庭の一箇所にしか自生しないとありますので、他の場所で見つかったという報告はありませんし、その可能性は低いかと。それとお嬢様は影華の君についてはどこまでご存知です?」
「どこまでと、言われても……」
カンニガム家の歴史を勉強する中で、チラリと触れたぐらい。躊躇いながらも、そう話を続ける。
「数百年に一度、見られるか見られないかというくらいの幻の植物であるということくらい。あとはその災いと、植物は非常に危険な毒性を持っているということくらいかしら。もちろん歴史書に記載されたスケッチでしか見たことなかったから実物を見たのは初めて。そう考えてみると、ユーラ様の命を奪ったのが、まだ調査中とはいえ、影華の君だとよく判断がついたわね?」
数百年に一度しか咲かない花なのに、グラスに香りがしただけでは、可能性があるとしか判断できないのではないかとミーガンは思うのに、ケナードは影華の君だと言い切った。だから、いち早くそれだと断定したのを、ミーガンは少し不思議に思っていた。
「あの植物の毒に当たったかどうかはすぐに判断がつくのです」
「他の毒とは決定的な違いがあるのかしら?」
ミーガンの問いにケナードは頷く。
「影華の君を体内に含んで亡くなった者は、体に黒い花のような紋様ができるのです」
「それで影華の君というのね?」
「はい。花と言っても黒い斑点のようなものですが――恐らく鬱血か何かして黒い斑点のようなものが肌に現れるのです。それを過去の人は花と言い表したのだと思います」
「なるほど、ジョグか誰かが過去の文献を調べて、発見してくれたのでしょう。それは……」
「いえ。ご指摘されたのはミゲル様です」
「そうなの?」
てっきり、ジョグを含めた研究所の職員があらためて影華の君について調べ直して、その結果を得たのだと思っていたので、ミゲルだとケナードから聞いた時、自分の弟に失礼かと思ったが、かなり意外に思われた。
「はい。お嬢様は学園に行かれてからでしょうか。ミゲル様はより一層熱心に勉学に励まれていらっしゃって。もう家庭教師などいらないほどですね。お屋敷の本という本は全て読まれたのではないかと」
元々ミゲルは頭の良い弟だった。しかし、勉強に対して真面目かと言われるとそうではない部分がある。やるにはやるのだが、元々できる人なので、とりあえず及第点が出るあたりまではやるが、それ以上のことはやらない。少なくともミーガンから見て、ミゲルはそういう性質を持っていたと思う。
「まあ。いきなりどうして――何が弟の心を動かしたのかしら」
「それは……わかりません」
わずかに含んだ言い方をしたが、ケナードの言葉に嘘はないと思われた。ミーガンも先日、伯爵家に帰ったとはいえほんの数日のこと。流石にその短時間の間ではミゲルの変化に気づくことは難しかった。
「話を戻すけれど、ユーラ様の体の一部に、ミゲルが指摘したような黒い花の痕跡があったのね?」
「はい。鎖骨の下あたり一面に。そんな反応が出る毒など他には聞いたことがありません。それに誰かと争ったというのなら、もっと部屋が荒らされていたり、もっと傷があってもおかしくないと思うのですが、そういった痕跡はありませんし、ユーラ様も着衣の乱れはほぼない様子でしたから」
「そうなるとますます不思議だわ。ユーラ様を殺害しようとした人物はどうやって影華の君から毒を抽出して、彼女に毒を飲ませたのかしら?」
「毒の抽出方法について一旦置いておくとして、一番可能性が高いのはやはり、果実酒に入れたということでしょうか」
「果実酒は誰が運んだの?」
「エイブリルです」
その名前を聞いてミーガンは息をのんだ。一瞬、彼女の顔が浮かんだ時、もしかしたらと思ってしまった。でもそんなことはないと思ってすぐにその思考を消した。
「彼女は否定していますけれどね」
ケナードは淡々と言葉を続ける。
「エイブリルが……そうね。彼女に毒を混入する機会は十分にあったことは認める。でも、彼女が影華の君の毒を扱えるとは……」
「お嬢様のおっしゃる通りです。エイブリルにはできないでしょう。研究所の方でも、影華の君の毒の抽出方法や取り扱いについてまだ調査段階であるというのに、エイブリルが出来たかと言われると。私も同意見です」
「それに、エイブリルはユーラ様に対して敵対心を抱いていたのかしら?」
「友好的かと言われるとそうではないかもしれません。ですが、ユーラ様と大きなトラブルに発展したことはなかったですし、殺害するだけの動機があったか、そこもかなり疑問符がつく部分かと思われます」
殺害の機会はあったとしても、凶器の取り扱いができないことと、動機が不十分であること、その二つを取り上げると彼女の犯行と判断するのはなかなか難しいと思われた。
「それに、厳密に言うと」
「ん?」
不意に言葉を続けたケナードにミーガンは思わず首を傾げた。
「ユーラ様の果実酒に毒を入れる機会について、申し上げると、ある意味誰でも毒を混入しようと思えばできたとも言えるのです。彼女のグラスや飲み物について厳重な警戒をしていたかと聞かれると、そうではないのですから」
ケナードは申し訳なさそうに下を向く。
もしかしたら、その点について伯爵から随分と咎められたのかもしれないとふと思われた。
「全ての食事や飲み物を、厳重に毒味するだとか、そんなことは一介の伯爵家には無理な話だわ。王家でもあるまいし」
ミーガンは小さく答える。




