心当たり
「それでも死者が出てしまったこと。先ほどもお伝えしましたが、伯爵家の中で対立が起こっていたことも事実です。ですから私は、最悪の結果を予測して動くこともできたはずなのですが……」
ケナードが強く握りしめた左手。爪が肌に食い込んでしまうほどの強さだとミーガンは思い、居た堪れない気持ちになって、彼の握りしめた手に自身の手を重ねた。
「貴方のせいじゃない。それを言うなら、伯爵家に不穏な空気が漂っていたにもかかわらず、家から逃げてしまった私にも責任がある」
「逃げただなんて。お嬢様は学園に戻られただけではないですか」
そう言ったケナードはスッと顔をあげる。なぜだか見たこともないほど美しい表情をしていると思い、驚きのあまり重ねていた手を引っ込めた。
ケナードの存在は”執事”と言う枠に常にはまっていて、そこから出ることはなかったのだが、今の反応と表情を見ると、彼も一人の人間であることと認識してしまい、遠い存在だと思っていた、ケナードはミーガンのすぐそばにいる存在なのだと感じてしまった。
ケナードはミーガンのその一連の動作に少し目を見開くも、すぐにいつもの冷静な執事の姿になり、
「お嬢様を困らせたい訳ではないのです、すみません。ミーガンお嬢様に気を遣わせてしまい、執事として失格ですね」
「そんなことないわ。こんな状況だもの。伯爵はひどく心に傷を負ったと思う。大切な人を失う痛みは私だって知っている。だから、行き場のない感情が怒りになって、伯爵が声を荒げることがあったとして、それはたまたま近くにいたケナードに向かってしまった、だけのことよ。貴方に悪気があった訳でもないのだし。それにキッチンに使用人や屋敷の者が自由に行き来できないのなら、私はそれこそ伯爵家に抗議しに行ったでしょうから。何よりも悔やまれるのは、その時、私は家にいなかったと言うこと。もう少し長く滞在すべきだったかしらと、今になって思うの」
冷静なケナードの表情を見て、どうしてだかミーガンの心も落ち着いてきた。
「ありがとうございます」
ケナードはミーガンの言葉にほとんど見せたことのない微笑みを浮かべる。
今度はミーガンが目を見開く番だった。思えば屋敷にいる時ですら、ケナードと会話することはあるけれど、ここまで心を寄せて話をしたことはなかったと思い出す。ふわふわとした気持ちになりながらも多分、今は家の者が亡くなり、イレギュラーな事態だから、そう思うのだと自分に言い聞かせる。
「ともかく犯人がわからない状況なのです。ユーラ様自身が自殺を図ったと言うことはとても考えにくいことですから」
「そうね。それにユーラ様とリディア様のお二人は影華の君について、恐らくご存知ないわよね」
「アレシア様はその名前くらいは聞いたことはあったかもしれません。ですが、カンニガム家の研究所や歴史について熱心に勉強されるような方ではないですから。どちらかと言うと、領地の経営などについては非常に興味をお持ちのようです」
「ユーラ様は? そもそも、伯爵様は影華の君について知っていると思うのだけど、ユーラ様にその話をしなかったのかしら」
「注意喚起のためにしたとは思います。ですが、自分に関係のないことだと思えばそれまでですし。それに、伯爵様は迷信の類は一切信じようとされない方ですので。どういった形でお伝えされたのかは分かりません」
「そうね」
現カンニガム伯爵は現実的なタイプの人で、基本的に自分の目に映る以外のことは信じない。そういった側面も、伯爵を指名された要因と言えるだろう。
「実際のところ、ユーラ様はどんな方だったのかしら?」
「ユーラ様とは短い間ですが――」
「影華の君について、ご興味があったとかは?」
「ご興味を示していた様子はなかったかと。そんな話を、彼女付の使用人から聞いたことはありませんし。あの方はそうったことよりも別のことに興味があるようで」
「別のことというのは?」
「衣服や装飾品です」
「北の戦地で死と隣合わせにあったのだし、貴族籍に入るなら、そうなるのはある意味仕方ないのかもしれないわね。と、すると、やはりケナードが話すように、ユーラ様が誤って毒を飲んだというのはとても考えにくそうですから、やはりユーラ様に故意に毒を飲ませた人物がいるということなのですね。あまり考えたくないことですけれど」
「ええ。でもその線が一番濃厚だと考えております。ですから」
「貴方がわざわざ私を迎えに来てくれた」
ケナードは視線を彷徨わせながらも頷いた。
「はい。ですが、学園に居る方が一番安全かもしれないと今、思ってしまっております。屋敷に帰られましても、犯人がどこに潜んでいるかわからない状態ですから。こんなことを言うのは大変心苦しいのですけれど、屋敷での生活には本当にお気をつけてください。食べるもの、飲まれるもの、体に触れるもの。全てにおいて何があるか分かりませんので、異変があればすぐにお知らせください」
ミーガンは頷きながらも、ふと心に浮かんだ疑問を述べた。
「ケナードは犯人について心あたりがあるの?」
そう言いながら、アレシアとユーラが屋敷で言い争っていた、いつかのことが思い出されていた。
「わかりません。今の段階ではなんとも」
ケナードはそう言って口をつぐんだ。
「まずは、どうやって凶器を手に入れたか――つまり、影華の君の毒をどうやって手に入れたのか、もしくは精製する方法を知ったのか。その謎を解明すべきね」




