理由
伯爵家の屋敷に戻ったその日は、すぐに葬儀だった。
ミーガンは自室に戻ると、慌ただしく葬儀の用意として、亡き母が愛用していた黒のドレスをクローゼットから引っ張り出し、ソファーにかけたところで、扉からノック音が響く。
「失礼致します」
そう言って部屋に入ってきたのは家庭教師のシャーロットだった。
「シャーロットさん?」
まさか、彼女が来ると思ってもみなかったので、ミーガンは驚きの声を上げる。
「屋敷の者は皆、葬儀の準備で慌ただしくしていて、おそらくお嬢様のところまでメイドたちの手が回らないだろうと思いまして……と、言いますか、ケナードさんに指示されてお手伝いに参りました。多少だったらお力になれると思いますので」
シャーロットのそんな律儀な言葉を聞くと、ミーガンはたまらなくホッとした。
「ありがとうございます。来てもらえるだけでありがたいです。葬儀用のドレスはさすがに一人で着るのが難しくって」
亡き母が着ていたのは、国王の葬儀にでも着ることのできる格式の高い古風なもののため、後ろを止めるのがファスナーではなくリボンだったりする。そのため、誰かが来てくれないと、着られないと思っていたところだったのだ。
ドレスに足を通し、背中をシャーロットにお願いしている時に、
「ユーラさんが亡くなるなんて。とても言葉にならないです」
何気なくそう言ったのだが、シャーロットから、返事はない。
「……………………私は、いつかこうなるのではないのかと薄々思っていました」
ようやくして返ってきた返事がそれだった。
「何かあったの?」
「ユーラさんは……なんというか、見た目は控えめな方ですが、お嬢様にこういった言い方をするのもなんですけれど、自分の魅力をわかった上で、誰にでも良く接するのです――私は、子供たちの家庭教師という身分から遠巻きにしていたのですが、あの方が、つまり、女性としてミゲル様にも色目を使おうとした時には、呆れて物も言えませんでした」
「ミゲルに?」
さすがのミーガンも驚きを通り越して、呆れた声が出た。
「ええ、幼い頃にお母様を亡くして寂しかったでしょうというような言い方で。私は傍目から見ていてゾッとしましたけれどね」
「ミゲルは……大丈夫だったのかしら?」
「はい、それはもちろん。その時は、使用人のエイブリルさんが」
「エイブリル?」
出てきた名前が意外だった。
「はい。私も聞いた話しなんですけれど、なんでもエイブリルさんがその現場に行き当たって、ユーラ様を牽制されたとか」
「そうなのね」
「でも、ユーラ様は、ことあるごとにミゲル様に声をかけるので、エイブリルさんの機嫌が酷いって、ほかの方が嘆いていました」
「伯爵様はユーラ様のそう言った側面をご存知なのかしら?」
「知らなかったんじゃないでしょうかね。あの人、立ち回りは上手な方でしたから――失礼な言い方かもしれませんが」
シャーロットは淡々とそう話しながら、ミーガンの背中のリボンをキュッと締めた。
「さあ、できましたよ」
「……ありがとう」
きっちりと締められたリボンから、腹部へかかる圧に言葉を出すのが精一杯だが、シャーロットが部屋を出る前に、ミーガンはどうしても聞きたいことがあった。
「ねえ、一つ聞きたいことがあるの」
「なんでしょう?」
シャーロットは、床に落ちたミーガンの衣服を拾い上げ振り返る。
「最近、ミゲルがとても勉強熱心にやっていると聞いたのだけど」
「ミゲル様、そうですね」
「私の記憶ではそれほど勉強熱心だった様子は、失礼かもしれないけれどなかったように見受けられるのよね。何かあったのかしら?」
言葉にはしなかったが、ミゲルが影華を勉強していて、ジョグに意見をしたという話を聞いたのだから、成長したのだなという気持ちと、ある意味ミゲルらしくない。そんな思いが交差していた。
ミーガンの問いにシャーロットは、首を傾げる。
「そうですね……確かに、ミゲル様は最近熱心になられて」
「いいことだと思うのだけど、何かあったのかと」
ミーガンは不審に思われないように、なるべく明るいトーンの声を出す。
「何か。と、いうのはわかりませんけれど……と、言うのも私はミゲル様の担当ではないですし、ほとんど屋敷でお会いする機会もないので。ですが、リベカ様と何か話しているのを見る場面はよく見ますね」
「お祖母様?」
「はい。だからリベカ様に何かアドバイスをいただいたって可能性はあると思います。としか、言えないですね。もし知っていたなら、お話できたと思うのですけれど、何せミゲル様のお世話はエイブリルさんが牛耳っていますから、誰も何も言えないんですよ」
困った笑みを浮かべるシャーロットに、ミーガンも同じように困った笑みを浮かべるしかなかった。
「でも、ミゲルがお祖母様と親しげにしているというのはなんだか意外ね」
そう口にしながらも、帰ってきてからそう言えば何度か二人でいる姿を見ていることを思い出す。
「――こんな話をするのは、なんですけれどもお亡くなりになられたご両親の面影をお嬢様はまだ、覚えていらっしゃるかと思うのですが、ミゲル様はまだ本当にお小さかったですから、リベカ様のところに行かれるのも当然かと」
「そうね」
シャーロットがとても柔らかい表情を見せたので、ミゲルの近くにいるのが、エイブリルではなく彼女だったらよかったのにと、思ってしまった。
「そろそろ向かいませんと」
シャーロットの言葉に急いでヴェールがついた帽子をかぶり、部屋を出る。
ちょうどアレシアが廊下の向こうに見えた。普段の少し色をトーンダウンしたドレスだったので、彼女は葬儀には出席しないのだろう。だけど、何か様子がいつもと違う。階下の一点を凝視するように見つめている。
「アレシア様」
無視するわけにもいかないので、呼びかける。
アレシアはわずかに体をこわばらせ、ミーガンの方を向いたが、小さく会釈をするだけで、そのままさっと行ってしまった。何を見ていたのだろうかと、気になったミーガンは彼女が立っていたのと同じ位置に向かう。
ちょうど階段の手前で、そこから階下を見ると、ミーガンの目の端にエイブリルの後ろ姿が見えたのと、ちょうどそれと反対方向にミゲルが、おそらくキッチンのある方面に向かっていくのが見えただけだった。




